別府の湯けむり、君と50年の未来

空色の指輪

 約束の日の朝。

 遥斗は早くから目を覚ましていた。

 今日は、雪を迎えに行く日。

 何度も確認した荷物の中には、もう一つだけ特別なものが入っていた。

 小さな箱。

 その中には、婚約指輪が入っている。

 遥斗が選んだのは、空色の石が輝く指輪だった。

 雪が好きな色。

 別府の海を思わせる、優しい空色。

「……雪、喜んでくれるかな」

 遥斗は箱を大切にバッグへしまった。

 そして、別府を出発する。

     *

 大分空港に到着する。

 飛行機に乗り込み、東京へ向かった。

 窓の外を眺めながら、遥斗は何度もバッグを確認した。

 空色の指輪。

 そして、雪との未来。

 東京に着くと、電車へ乗り換える。

 東京駅まで向かい、そこからさらに乗り換える。

 何度も確認した道。

 そして――。

 ようやく鎌倉駅に到着した。

     *

 ホームへ降りる。

 その瞬間だった。

「遥斗!」

 聞き慣れた声。

 遥斗が顔を上げると、雪が立っていた。

 長い髪。

 少し涙で潤んだ瞳。

 そして、五年前と変わらない笑顔。

「待ってたよ……」

 雪の頬を涙が伝っていた。

「遥斗……本当に来てくれた」

「ああ」

 遥斗も笑う。

「迎えに来た」

 雪は涙を拭いながら、遥斗のもとへ駆け寄った。

「ずっと待ってたんよ」

「俺も、ずっと約束を覚えてた」

 二人はしばらく見つめ合った。

 そして遥斗は言った。

「雪。海に行こう」

「うん」

     *

 鎌倉の砂浜。

 夕方の海は、空と同じような色に染まっていた。

 二人は波の音を聞きながら歩く。

 遥斗は立ち止まった。

「雪」

「ん?」

「ここで、もう一度ちゃんと伝えたい」

 雪が遥斗を見る。

 遥斗はバッグから小さな箱を取り出した。

「……!」

 箱を開ける。

 中から現れたのは、空色の輝きを持つ婚約指輪。

「雪が好きな色にした」

 雪の瞳から、涙がこぼれる。

「俺は、雪と一緒に人生を歩みたい」

 遥斗は雪の手を取る。

「一緒に別府へ帰ってくれませんか?」

 そして、まっすぐに伝えた。

「俺と結婚してください」

 雪は泣きながら笑った。

「……はい」

 何度も頷く。

「私も、遥斗と一緒に生きたい」

 遥斗は、雪の指に空色の婚約指輪をそっとはめた。

 夕日の光を受けて、指輪がきらりと輝く。

「綺麗……」

「雪に似合ってる」

「ありがとう……」

 二人は海を見つめた。

 五年前。

 大分駅で交わした約束。

 あの日から続いていた長い時間が、ようやく一つにつながった。

     *

 その夜、二人は雪の家へ向かった。

「ただいま」

「おかえり」

 お母さんが玄関へ出てくる。

 雪は少し照れながら、左手を見せた。

「お母さん……」

「……まあ」

 空色の指輪を見て、お母さんは嬉しそうに笑った。

「おめでとう」

「ありがとう、お母さん」

 その夜の食卓には、大分の料理が並んだ。

 唐揚げ。

 とり天。

 りゅうきゅう。

 どれも温かく、懐かしい味だった。

「今日はお祝いだから、いっぱい食べてね」

「ありがとうございます」

 遥斗は何度も頭を下げた。

「雪をよろしくお願いします」

 お母さんは二人を見ながら頷いた。

「こちらこそ。二人とも幸せになるのよ」

「はい」

 雪は遥斗の隣で笑っていた。

     *

 翌朝。

 玄関には、遥斗と雪の荷物が並んでいた。

 いよいよ、雪が鎌倉を離れる日。

 お母さんは雪を抱きしめた。

「体に気をつけるのよ」

「うん」

「遥くん」

「はい」

「雪をお願いね」

 遥斗は深く頭を下げた。

「ありがとうございます。大切にします」

 雪も涙を拭いながら笑う。

「お母さん、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 二人は手を繋いで歩き出した。

 別府で始まった二人の物語――

 空色の指輪が、朝の光の中で静かに輝いていた。
 
 
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