別府の湯けむり、君と50年の未来

帰る場所

 別府での新しい生活が始まった。

 雪は、遥斗のために毎日のように大分の郷土料理を作った。

 とり天、だんご汁、りゅうきゅう、鶏めし――。

「今日もお疲れさま」

 仕事から帰ってきた遥斗を、雪が笑顔で迎える。

「ただいま。今日も美味しそうだな」

「遥斗が好きなもの、作ったよ」

「ありがとう」

 二人で食卓を囲む時間は、雪にとって何より幸せだった。

 遥斗は会社の社長になってから、以前よりずっと忙しくなった。

 会議、仕事の打ち合わせ、観光事業の予定。

 帰りが遅くなる日もある。

 それでも遥斗は、できるだけ早く家へ帰った。

 雪に寂しい思いをさせたくなかったからだ。

「今日は早く帰ってこられた」

「おかえり」

 玄関で出迎える雪を見て、遥斗はほっとする。

「雪の顔を見ると、疲れが取れるな」

「もう……」

 雪は照れながら笑った。

     *

 ある日、遥斗が仕事から帰ってくると、雪に声をかけた。

「雪、今度会社でバーベキューがあるんだけど、一緒に行かない?」

「私も?」

「もちろん」

「でも、社員さんたちに迷惑じゃない?」

「みんな家族を連れてくるんだ。雪も俺の家族だから」

 その言葉に、雪の顔がぱっと明るくなった。

「……行きたい」

「じゃあ決まり」

 当日。

 社員たちも、それぞれ家族を連れて集まった。

「社長の奥さん、初めまして!」

「雪です。よろしくお願いします」

「こちらこそ!」

 みんなで肉を焼いたり、野菜を焼いたり。

 子どもたちが走り回り、大人たちは笑いながら話している。

 遥斗も社員たちと話しながら、時々雪のところへ戻ってくる。

「雪、楽しんでる?」

「うん!」

 雪は笑顔で答えた。

 別府で暮らし始めてから、雪には新しい居場所が少しずつ増えていった。

 遥斗の会社の人たち。

 その家族。

 そして、遥斗と過ごす毎日。

 仕事が忙しくても、遥斗は雪を一人にしなかった。

 会社の飲み会にも、

「雪も一緒に来る?」

 と声をかけてくれる。

 雪も、そんな遥斗の優しさが嬉しかった。

 夜。

 二人で家へ帰る車の中。

「今日、楽しかったね」

「うん」

「雪が笑っててよかった」

 遥斗が運転しながら言う。

 雪は助手席で微笑んだ。

「私ね……別府に帰ってきてよかった」

「俺も」

 信号が赤になり、車が止まる。

 遥斗は雪の手をそっと握った。

「ここが、俺たちの帰る場所だから」

 雪は、その手を握り返した。

「うん。私たちの家だね」

 別府の夜。

 窓の外には、いつものように湯煙が上がっていた。

 五年前の約束は、もう思い出ではない。

 今は――。

 二人の日常そのものになっていた。
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