別府の湯けむり、君と50年の未来

初めての叱られ

 数日後。

 遥斗は無事に退院した。

 大きな怪我ではなかったものの、雪は退院の日までずっと遥斗のことを心配していた。

「痛くない?」

「大丈夫」

「本当に?」

「本当だよ」

 家に帰ってからも、遥斗は雪のことばかり気にしていた。

「雪、今日は座ってて」

「大丈夫だよ」

「荷物は俺が持つ」

「遥斗は怪我したばっかりでしょ」

「でも雪は妊娠してるから」

「だからって、何でも私のことを心配しすぎ!」

 雪の声が少し大きくなる。

 遥斗は驚いて雪を見る。

「……雪?」

「遥斗、過保護すぎるよ」

「でも……」

「私は病人じゃないよ。ちゃんと自分の体調は分かってる」

 雪は少し怒った顔をしていた。

「それに、遥斗だって会社の社長なんだから、いつまでも家にいたら駄目でしょ?」

「……」

「明日から会社に行きなさい」

 遥斗は黙った。

 雪が遥斗に本気で怒ったのは、初めてだった。

「……分かった」

「本当に?」

「ああ」

 遥斗は少し寂しそうに頷く。

「でも、無理はしないでね」

 雪の声が優しくなる。

「それは遥斗も同じだから」

「うん」

 遥斗は笑った。

「雪に怒られるの、初めてだな」

「だって心配なんだもん」

「俺も同じ」

「だから、お互い様」

 二人は顔を見合わせる。

 そして、ふっと笑った。

 翌朝。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 遥斗は久しぶりに会社へ向かった。

 振り返ると、玄関には雪が立っている。

「無理しないでね」

「雪もな」

 遥斗は手を振り、会社へ向かった。

 初めて妻に叱られた日。

 けれど、それは――。

 お互いを大切に思っているからこその、優しい叱りだった。
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