別府の湯けむり、君と50年の未来

社長の育休

 月日が流れるにつれて、雪のお腹は少しずつ大きくなっていった。

 今までできていた家事も、少しずつ大変になってきた。

「今日は洗濯、できなかった……」

 雪が申し訳なさそうに言うと、遥斗は笑った。

「いいよ。無理しなくていい」

「でも……」

「雪と赤ちゃんのほうが大事だから」

 遥斗は家事を代わりにしていった。

 そしてある日、雪に言った。

「俺、育休に入るから」

「え?」

「会社の仕事は家でもできる。会議もオンラインで参加するよ」

「でも、社長なのに……」

「社長だからこそ、ちゃんと取るんだよ」

 遥斗はそう言って笑った。

 それからの毎日。

 遥斗は家でパソコンを開き、オンライン会議に参加する。

「では、次の観光事業についてですが――」

 真剣に仕事をしながらも、時々雪の様子を確認する。

「雪、水飲んだ?」

「うん」

「疲れたら休んでね」

「遥斗も仕事中でしょ」

「分かってる」

 仕事と家庭。

 どちらも大切にしながら、遥斗は雪を支えた。

     *

 ある日。

 雪のスマートフォンに、佐々木から連絡が届いた。

『雪さん、お元気ですか?』

「はい。ありがとうございます」

『実は、社長が育休を取ったことで、社員たちも育休を取りやすくなったんですよ』

「本当ですか?」

『はい。今まで「会社を休みにくい」と思っていた社員も、社長自身が奥様と赤ちゃんのために休んでいるのを見て、安心して申請できるようになりました』

 雪は嬉しくなった。

「それはよかったです」

『みんな、社長に感謝してます』

「遥斗が……」

『はい。それに雪さんにも』

「私?」

『社長が「家族を大切にできる会社にしたい」って言ってましたから』

 雪は、胸が温かくなった。

「ありがとうございます」

『こちらこそです。雪さん、元気な赤ちゃんを産んでくださいね』

「はい」

 電話を切る。

 雪は、仕事をしている遥斗を見つめた。

「遥斗」

「ん?」

「佐々木さんから聞いたよ」

「何を?」

「遥斗が育休を取ったおかげで、社員さんたちも育休を取りやすくなったって」

 遥斗は少し照れたように笑った。

「それならよかった」

「素敵な会社だね」

「みんなが家族を大切にできる会社にしたかったんだ」

 雪は優しく笑った。

「ありがとう、遥斗」

「なんで雪がお礼言うの?」

「だって……私と赤ちゃんのためにしてくれたことが、他の人の幸せにも繋がったから」

 遥斗は雪のお腹にそっと手を当てた。

「この子が生まれてくることで、もっと幸せが増えたらいいな」

「うん」

 二人は、お腹の中の小さな命を見つめるように笑った。

 家族を大切にすること。

 その想いは、二人だけではなく――。

 少しずつ会社全体へ広がっていった。
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