改札も通れない完璧令嬢に、庶民高校生の俺が普通の放課後を教えます

第十四話 守られるだけの俺では終わらない

 病室での夜から数日、玲華はまだ入院を続けていた。医師の診断では過労と栄養不足に加え精神的な負荷も大きかったらしく、しばらくの静養が必要だという。
 俺は毎日のように見舞いに行きたい気持ちを抱えながらも、玲華の回復を優先しあえて頻繁には顔を出さないようにしていた。代わりに俺にできることを考え続けていた。

 夜、店の片付けをしながら、頭の中では同じ問いだけがぐるぐると回っていた。
 鷹司グループという巨大な存在と俺が正面から張り合う力はない。財力もなければ社会的な影響力もないただの定食屋の息子だ。
 それでも何かできることはあるはずだった。厨房で洗い物をしながら、その答えを探し続けた。
            ☆
「颯太、ちょっと相談があるんだけど」
 次の日の放課後、俺は颯太を呼び止めて頭の中にあった考えを話した。屋上のフェンスにもたれ、二人で街並みを見下ろしながらの話だった。
「玲華のこと、何とか力になりたいんだけど、俺には金も権力もない。だから」
「だから?」
「玲華が今まで助けてきた人たちの声を、集められないかと思って」
 颯太は、しばらく考え込んだあとにやりと笑った。
「いいじゃん、それ。俺も手伝う」
 その日のうちに俺は美桜にも声をかけた。事情を聞いた美桜はすぐに乗り気になった。
「玲華が助けた人、結構いるよね。生徒会の相談から、あの迷子の一件まで」
「うん。みんなに声かけて、集まってもらえないかなって」
「いいと思う。でも、どこに集める?」
「うちの店」
 俺は迷わず答えた。玲華にとってあの店は初めて肩書きを外して過ごせた場所だ。そこに彼女を支える人々を集めることに意味があると思った。
 結衣にも協力を頼むと、目を輝かせて張り切った。
「お姉さんのために? もちろん手伝う!」

 四人で手分けをして玲華に助けられた人々に声をかけて回った。夕方の街を歩き回り、一人一人に事情を説明して回った。
 迷子になった男の子とその母親。生徒会の相談で救われたという後輩たち。噂が広まった際、玲華の判断で正式な処分を求められた事件の関係者たち。数えてみれば、玲華が誰かのために動いた場面はこの数ヶ月だけでも決して少なくなかった。
「鷹司会長のために、何かできるなら」
 そう言ってみな快く協力を申し出てくれた。玲華の存在が思っていた以上に多くの人の支えになっていたことを俺は改めて実感した。
 準備を進める間、父さんと母さんにも事情を話した。
「玲華ちゃんのために、そんなことを」
 母さんは驚いた顔をしたあと、すぐに料理の準備を買って出てくれた。
「せっかくなら、玲華ちゃんが好きな味、たくさん用意しないとね」
 父さんもいつもより多めに仕入れをして、無口なりに支度を進めてくれていた。仕込みをする父さんの背中が、いつもより少しだけ張り切っているように見えた。
 
               ☆

 玲華が退院してから数日後。
 まだ本調子ではないものの、玲華は医師の許可を得て学園へ戻ってきた。放課後、生徒会室から出てきた彼女を、俺は廊下で待っていた。
「今日は、うちに寄っていきませんか」
「……いいのですか」
「はい。ちょっと、見せたいものがあって」
 玲華は不思議そうな顔をしながらも頷いた。
 夕暮れの商店街を並んで歩く道すがら、玲華の表情には、入院中の張り詰めた様子とは違う穏やかさが戻っていた。

 店の扉を引くと、いつもなら聞こえてくるはずの父さんの鍋を振る音が、今日は妙に静かだった。
「……今日は、お休みなのですか」
「いえ。入ってみれば分かります」
 暖簾をくぐった玲華を待っていたのは、店内いっぱいに集まった見覚えのある顔ぶれだった。 
「……皆さん」
 玲華は目の前の光景に言葉を失っていた。店内を埋め尽くす人々の顔を、一人一人確かめるように見回していた。
 迷子だった男の子と、その母親、生徒会で支えられた後輩たち、噂の一件で立ち上がった生徒たち。誰もが玲華の顔を見るなり温かい笑顔を向けていた。
「鷹司会長、退院おめでとうございます」
「あの時は、本当にありがとうございました」
「会長がいなかったら、私、あのままだったと思います」
 次々と寄せられる感謝の言葉に、玲華は呆然と立ち尽くしていた。
「……どうして、皆さんが」
「陽翔くんが、声をかけてくれたんです」
 迷子の母親がそう言って微笑んだ。
 玲華は俺のほうを振り返った。その目には驚きとじわりと浮かぶ涙があった。
「陽翔……」
「玲華は、ずっと一人で皆を守ってきたと思ってるかもしれないけど」
 俺は集まった人々を見渡しながら続けた。
「本当は、玲華が助けた分だけ、ちゃんと繋がりができてたんだ。それを、今日、見てほしかった」
 玲華はしばらく声を出せずにいた。これだけ多くの人が自分のために集まってくれるという光景は想像したこともなかったのだろう。店内を見渡すその瞳が、次第に潤んでいくのが分かった。
「私は……一人で、皆を守ってきたつもりでいました。でも」
 玲華の声が涙で震えた。
「本当は、すでにこんなにも、多くの人と支え合っていたんですね」
「そうだよ」
 俺は玲華の隣に立ちながらはっきりと告げた。
「これからは、俺も玲華の隣で支える。守られるだけの俺じゃ、終わらせない」
 玲華は涙を拭いながら小さく、けれど確かに頷いた。
 その夜の食事会は、笑い声の絶えない温かな時間になった。玲華は久しぶりに肩書きを気にすることなく、心から楽しそうに笑っていた。結衣が持ってきた駄菓子を前に、真剣な顔で選び始める玲華の姿に、集まった皆が思わず笑みをこぼしていた。

            ☆

 数日後、玲華は改めて父・政一郎と向き合う決意を固めた。
 自宅の書斎で、玲華は告げた。書斎の窓の外には、静かな夜の庭が広がっていた。
「お父様。私は、鷹司家を継ぐ意志を変えるつもりはありません」
「……それで?」
「ですが、私の交友関係や、進路のすべてを、お父様の判断に従順に委ねるつもりもありません。私は、私なりのやり方で、人を大切にできる後継者になりたいと思っています」
 政一郎はしばらく厳しい表情のまま娘を見つめていた。
「それが、あの笹岡という男のためか」
「陽翔さんのためだけではありません。私自身のためです」
 その言葉に、政一郎は初めてわずかに視線を揺らがせた。
「……お前が倒れたと聞いたとき、私も反省した。厳しくすることが、お前を守ることだと信じてきたが、それが、お前を追い詰めていたのかもしれない」
 父の口から出た思いがけない言葉だった。書斎の重い空気が、わずかに緩んだ気がした。
「笹岡という男が、お前の財産ではなく、お前自身を支えているという話は、宮村からも聞いている」
 政一郎はしばらく黙り込んだあと、穏やかに続けた。
「すぐに、すべてを認めるわけではない。だが、お前の覚悟は、受け取った」
 その言葉とともに玲華の転校と早期留学の話は正式に撤回されることになった。
 完全な許しではない。だが玲華が自分の足で一歩を踏み出した証だった。
< 14 / 15 >

この作品をシェア

pagetop