“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ―“好き”を受け取る資格がありません―
第9章 予定調和 ―回り道の終着点―

第11話

言葉を失ってこちらを見ているあきくんの肩に手を掛けて。
小さな声で、なおは耳元で囁いた。

「……あたし、あきくんのこと。
 好きなんだと思う……たぶん」

「……多分かよ」

「たぶん」

重ねられた言葉に、彼が苦笑する。

「俺は、ちゃんと好きだよ」

「……うん」

なおは、今度こそ素直に“好き”を受け取った。


「それで……なおは、関係にどういう名前を付けたいんだ?」

「……今度は、ちゃんとあきくんと同じ意味だって。
 それを確かめさせて」

なおがそういった瞬間、顔を寄せる。

久しぶりのキスは、長いのか短いのかもよくわからなかった。

「……あたし。
 ……あきくんが、“ちゃんと”欲しい」

「……それは、どういう……意味……」

なおは、少しだけ息を整えてから、まっすぐにあきくんを見て言った。

「あきくんの人生、預けてよ」

もう一度、顔を寄せた。
彼は逃げずに受け入れる。

なおの手が、あきくんの服を掴む。

なおが自分からそういう意味で触れたいと思うのは、昔も今も彼だけだった。
今更気が付いたその事実に、なおは小さく苦笑する。

「……もう、触れてもいいんだよね?」

伺うように、あきくんの顔を見つめて確認する。

「……うん」

今度はあきくんから、優しいキスが返される。
その事実に、なおは心からの安堵の表情を浮かべた。

「……あたし、高二のあの日から。
 本当は……ずっとあきくんにこうして触れたかった」

零れ落ちた本音に、あきくんの目が驚きで揺れる。

「まじ……で?」

「うん」

「……もう、難しいのかもしれないと思っていたけれど。
 ……俺も、……本当の意味で、なおとこうしたかった」

あきくんの言葉が終わるより前に。
そのまま、なおはあきくんに体重を預けた。


ほどよい眠気を感じながら、なおは眠るあきくんに抱きつく。
あきくんの体温は眠たくなるほど温かく、包み込まれるようだった。
あきくんも同じなのか、小さく寝息を立てて無邪気な寝顔を見せていた。

胸元に顔を寄せると、髪の毛がくすぐったいのか小さな呻きが聞こえる。


今この場所を、誰にも渡したくないと思った。

彼の隣は、自分がいい。


◇

年末。
今年は、陸を連れたまなだけが戻ってきた。
その彼女も、年末は浅瀬家の方でここにはいない。
ゆめは、論文に追われる郁人の傍にいたいからと、帰っては来なかった。
元日は毎年恒例の親戚集まりに行くんだろうなと思った瞬間、いいことを思いついた。


『Nao:あきくん、今出られる?』

『Chiaki:今すぐ?』

『Nao:うん』

『Chiaki:わかった』

『Nao:できるだけしっかりとした服にしてね』

それだけ送信すると、クローゼットからジャケットを取り出す。
肘当てと胸当てが付いた、黒とライムグリーンのラインがワンポイント。
風が入りにくく、冬にお勧め。
厚手のジーンズを履いて、同じくクローゼットの奥から二つヘルメットを取り出し、一つをリュックに詰めた。

「ちょっと出かけてくるね」

その格好でリビングに入ると、母が目を丸くして「今から?」と言う。
父は心配そうに、気をつけるようにと言ってきた。
中型二輪の免許を取ったことに、一番眉を寄せたのは母でなく父だった。

シフトガードの付いた、黒い皮のブーツを履いて、外へと飛び出す。
手袋もしっかりとはめ、ヘルメットを被る。

黒ベースにライムグリーンが光る、250CCのバイクにまたがり、エンジンを掛けた。

二気筒特有のエンジン音が響く。
ギアを入れ、住宅地の中をゆっくりと発進した。
景色が、後ろへと溶けていく。


「やっほー」

「……は?」

あきくんの家に着くと、あきくんがあり得ないという顔をして玄関に立ち尽くしていた。

「え、いつの間に……?」

「免許なら、大学四年の冬に。
 ほら、乗って!」

リュックからヘルメットを取り出し、渡す。

あきくんは、ヘルメット片手に固まっていた。

「あ、一応取得後一年は経ちました」

にっこり笑って言うなおに、あきくんが恐る恐る確かめる。

「……後ろに人を乗せたことは?」

「あるわけないよ、一年は乗せられないことになっているから」

「……何でも初めては俺かよ……」

「それ、結構アウトよりだからね」

ごちゃごちゃ言わずに乗りなさい、というと渋々彼が後ろに座る。

「……お前より重たい俺が乗って大丈夫なのかよ」

「重心さえずれなければ大丈夫。
 そもそも、バイクそのものがずっと重たいから、バランス崩したら体重だけでどうこうできないよ」

「……危ない乗り物だな」

「ごちゃごちゃ言うなら、あきくんも免許取りなよ。
 後ろ乗らなくていいし、気分変わるよ」

あきくんがそっと背中に掴まったのを確認して、エンジンを付けてギアを入れた。

少しだけバイクが沈み込む感じはあるが、問題なく走れそうだ。

後ろであきくんが何か言っているけれど、風切り音と周りの交通音で、声はあまりよく聞き取れない。

少しだけ山の方に走って、たどり着いたのは小さな公園だった。
街灯も少なく、枯れた草が風に靡いていた。

「とうちゃーく!」

バイクを止めて、ヘルメットを外す。
同じようにヘルメットを外しながら、あきくんが小さく怖かったと呟いた。

「確かに、あきくん最初遠慮がちにくっついていたのに、走り出したらしっかりしがみついてきていたよね」

思い出して笑うと、あきくんがいじけたように横を向いて、危ないのは事実だろ、と言った。
その言い方がかわいくて、ますます笑う。

「……それで、突然こんな場所に連れ出してきて、なんだよ」

「結婚しよ」

「……は?」

なおの、まるでバスケに誘うかのような軽い言い方と、その内容の差。

冬の冷たい風が吹き抜ける。

「……こんな、寂れた公園で言うのかよ」

「なら、どこならいいの?」

クスクスとなおが笑う。

「あたしたちに、レストランもきれいな夜景もいらないでしょ」

なおの言葉に、あきくんは大きなため息を付く。

「……ほんと、振り回されっぱなし。
 逃げ場なんて、最初からなかったな」

言葉よりも、表情はずっと優しかった。

「そう、諦めて」

苦笑したあきくんに、ぎゅうっと抱きしめられる。
ジャケット越しなのに、ふんわりと温かさが伝わった気がした。

「……やっと、捕まえた」

どこか幸せそうな響きの混ざるその声に、なおも思わず笑って返す。

「あはは!
 あたしも、捕まえた!」

ぎゅっと、彼の背中に手を回す。

あきくんに何が返せるのか、今も考えることはある。

けれど。

不安よりも、二人一緒の未来の方が欲しかった。

「あ、婚姻日、一月一日の元日とかどう?」

「それ、明後日じゃないか……」

◇


そのまま、コンビニに寄った後に自分の家へとあきくんを連れて帰る。

「……遅くにすみません」と謝るあきくんに、両親は気にしないでと笑った。

「あ、そうだ。
 お父さん、お母さん、あたしあきくんと結婚することにした」

「おい!」

準備も何もなくいきなり言い出すなおに、あきくんが慌てる。

「いや、だって元日に籍入れるには、早く言わないと」

「……それ、本気だったのかよ……」

項垂れるあきくんとけろっとしてるなおを見比べながら、父が困ったように笑っている。

「ええと……なお。
 あきくんの同意のない結婚は、許可できません」

「え!?」

「結婚は、勢いじゃないのよ」

両親の言葉に、なおがふらりと沈み込み、床にくずおれた。

「……なお」

座り込んだなおの横に、一緒になってあきくんが座る。

あらあらと両親が慌てる間もなく、すっとあきくんが頭を下げた。

「……なんか、色々と勢いまかせなところは否めませんが……。
 中学からずっと、なおさん以外と結婚することは考えられませんでした。
 なおと結婚させてください」

なおの両親は、そっと顔を見合わせてそれから優しく微笑み掛けた。

「あきくんがそう言ってくれるの、待ってたよ」

なおの父の言葉に、あきくんの目が見開かれる。

「そうね、まなが先か、なおが先か、なんて思っていたけど。
 思ったより遅かったくらいね」

母の言葉に、父が笑う。

「授かり婚するの、本当はゆめじゃなくてなおなんじゃないかと思って、覚悟していたんだけどね」

「え……?」

その言葉に、なおが固まる。

「高校になってからの、二人の関係も含めてね。
 さすがにわかるよ」

「あら、お付き合い自体は中学からでしょ?
 卒業式であきくんの第二ボタンと言わずに学ランまるごと受け取っていて驚いたわ」

日高さんと将来親戚ねなんて笑い合ってたと、母が明かす真実になおの身体が震えた。

なおの顔が驚きに染まる。
あきくんの顔は、逆に青ざめていた。

「……すみませんでした」

あきくんが頭を再度下げる。

「……あきくんのお母様も、ご存じみたいだったわよ。
 本当は止めるべきなのかって悩んだんだけどね。
 恋愛は、結局は二人でするものだから。
 子どもを過保護に守るんじゃ無くて、責任も含めて見守ろうって話してたの」

母のその見守りは、あの薬を飲んでいることを知っていたからこそのものもあるだろう。

「まぁ、日高さんがあきくんには“責任は渡した”と仰っていたから、それ以上は二人の問題ね」

朗らかに笑う母に、あきくんは完全に固まってしまっていた。

「ごめんね、意地悪な言い方してしまったね。
 あきくんはもう、ずっと前からなおの隣にいる人だって思っていたってことで、許して貰えるかな」

父の方が、そんなあきくんの肩に触れ、フォローをする。

「……いえ……ありがとうございます……」

あきくんが小さな声で、礼を言う。

「え、つまり結婚オッケー?
 やったねあきくん!」

「……なんでお前は、ノーダメージなんだよ」

納得のいかない顔で、あきくんがため息をつく。
なおは楽しそうに笑っていた。


あきくんの実家でも、同じような反応をされた。
遅かったわねと言われた言葉に、あきくんが世間的には早いってと言い返していた。

冬真は、一言「やっと腹括ったか」とだけあきくんに告げた。

周りの人には、予定調和だったことに、二人して苦笑した。
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