“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ―“好き”を受け取る資格がありません―
第2章 引き損ねた境界線 ―男女の友情は、成立していますか?―
第2話
あきくんと出会ったのは、中学二年の四月、同じクラスになったからだった。
「日高千秋です、よろしく」
出席番号で、隣同士になった彼が挨拶してきたことで、すんなりと仲良くなれた。
音楽の趣味も、勉強の苦手科目も、おまけに進路も一緒。
そしてバスケが好きという共通点も一緒だった。
一回、保坂さんとバスケしてみたかったんだよね、という言葉を実行に移したのは、そう話しかけられた当日の昼休みだった。
「あたし、知ってるだろうけど三つ子なんだよね。
保坂さんって呼ばれると、“なお”なのか“まな”なのか“ゆめ”なのかわかんないから。
なおって呼んでもらえる?」
びしりと指を差して言うと、そっとその指を手で払いのけられた。
その目は、人を指さしてはいけませんと伝えている気がした。
「ああ、うん。
去年まなさんと同じクラスだったから知ってる。
じゃあ、なおちゃんって呼べばいい?」
「ちゃん付けとか気持ち悪いから、なおでいいよ。
仲良かった男子とかもみんななおって呼ぶし、あたし男みたいじゃん?
気にしないで普通に呼んで」
なおの言葉に、少しだけ口元に手を当てて、考えてから頷く。
「わかった。
じゃあ、なおも俺のことは日高くんって呼ぶのナシ。
千秋でいいよ」
「えー、みんなそう呼んでるじゃん。
せっかくなら違うのがいいから、あきくんって呼んでもいい?」
なおの言葉に、ふはっと彼が噴き出す。
「おま、さっきみんななおって呼ぶからそう呼べって人に言っておいてそれかよ!」
少し笑いが収まってきたところで、目尻にたまった涙を拭きながら彼が言う。
「……あきくん、か」
少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「まぁ、なんでもいいけどさ」
「細かいことは気にしない!
あきくんよろしく!」
それから、ずっと一緒だった。
当たり前のように彼の腕を取り、一緒にふざけて笑いあった。
昼休みは彼を始めとした男子と少しの女子と集まり、遊び。
そして授業中はもちろん、毎日の宿題も予習も復習も一緒だった。
学校のない土日は、必ずどちらかの家に遊びに行く。
同じクラスになったあの瞬間から、一番長く一緒に過ごした人だった。
よく、勉強ならゆめに聞けばと言われていたが、ゆめは聞いたら答えてはくれるが、頭の構造が違うのか、何を言っているのかわからないことが多い。
まなに聞くのは、なんか嫌だった。
一緒に同じところで躓いて、そして悩んで解決できる、あきくんと勉強するのが一番捗った。
なおが進学校であるあの高校に合格できたのも、一緒に頑張るあきくんの存在があったからこそ。
高校入学後、一年の時はクラスが離れてしまった。
中学時代の二年・三年は同じクラスだったのもあり、クラスが違うことが寂しいとは思った。
でも、彼は昼休みも、放課後も、ちょっとした時間はなおのところに来て話してくれた。
なおが行動するよりも早く隣に来てくれる、それが少しうれしかった。
「やば、なおちゃん、今日英和辞書必須だって」
辞書を忘れた、と同じクラスの浅瀬海が話しかけてくる。
「あ、あたしもだ」
辞書なんて重たいもの、必要ないときにまで持ち歩いていない。
まなか、ゆめなら持っているかなぁと思って、とりあえずまなの教室へ向かって歩く。
ここ、A組の教室から、一番近いのがC組のまなの教室だった。
ゆめは特別進学クラスなので、クラスが遠い。
ちなみに海は兄に借りに行くと言って、三年の教室へと出かけて行った。
C組を覗くと、まなよりも先にあきくんが気が付いてこっちに歩いてくる。
男子たちが「彼女見せつけんな」と次々に彼の背中を叩いた。
「なに、どうしたの?」
「ああ、うん、まなにね。
辞書借りようかと思って」
それだけ伝えると、あきくんがなおの手を引いて廊下へと出た。
「日高、またなおといちゃついてんのかよ!」
雑な男子の絡みにも「まあな」と軽くあきくんは流した。
手を引かれたまま、ロッカーの前へとたどり着く。
そのまま、扉を開けながら、何の辞書か尋ねられた。
英和、と言うとすぐにそれを手渡す。
「落書きするなよ」
「えー、あきくんの似顔絵、描いてあげようと思ったのに」
そう答えると、彼は笑う。
そのよく知っている笑い方にほっとした。
「落書きなら、自分のノートに描け」
「しょうがない、ちぎって挟んでおくね」
「冗談だ」
くだらない、なんて言われるようなやり取りが楽しかった。
借りた辞書片手に、二つ隣の教室へと戻る。
その日、授業中の落書きが見つかって、怒られた。
あきくんも、なおも同じバスケ部で、部活が終わった後の自主練タイムはいつも一緒だった。
ボールを奪い合いながら、軽く会話する。
「体育祭の話あった?」
きゅっと体育館シューズの音が鳴る。
その音が、心地いい。
「ああ、あった」
するりとボールが奪われる。
身長差もあって、高く掲げられたボールが取りにくい。
だが、足りない高さは跳べばいい。
バネを使って、飛び上がって奪い返そうとする。
その瞬間、少しだけ動きが重なってしまった。
気が付いた時には、頭部に衝撃。
あきくんからは、くぐもった声が聞こえてきた。
次の瞬間には、ボタボタボタっと鼻血が落ちてきた。
「うわ、ごめんっ!!」
慌ててティッシュを探すが、近くにはない。
体育館のトイレが目について、必死でトイレットペーパーを巻き取る。
「はい、これ!」
あきくんに渡すと、押さえていた手を放してトイレットペーパーに替える。
ペーパーはすぐに赤く染まった。
「うわぁ……足りないね……もうロールごと持ってくるよ……」
女子トイレから持ってきたロールを使って、しばらく真っ赤になるそれを必死で押さえる。
なんとか止まった頃には、もう思い切り夜だった。
「ごめん、なお。
帰るの遅くなった」
「いやいや、あたしのせいじゃん!
あきくんは悪くない」
二人して謝り合ってしまい、なんだかおかしくなって顔を見合わせて笑った。
「本当に大丈夫?
鼻、折れてない?」
「折れてたらこんなんじゃすまないだろ。
平気だから、そんな気にするな」
あきくんが、ぽんぽんとなおの頭を宥めるように手を置いた。
それを嫌がることなく受け入れながら、なおはスマートフォンを開く。
「部活で遅れたって書いておいた。
嘘じゃないし」
「まぁ……そうだね」
「トイレットペーパーどうしよっか。
慌てて取っちゃったから、ビリビリになっちゃった」
なおがちょっとおどけながら、適当に取ったせいでビリビリなロールを見せる。
「あ、鼻血着いちゃってるじゃん。
もう少し巻き取った方がいいな」
二人でああでもないこうでもないと言い合いながら、紙を巻き取ろうとする。
だが、一回ビリビリになったものを戻すのは、なかなか難しい。
時間がどんどん押していくのを感じて、とうとう諦めてトイレへと戻した。
「……俺の鼻血のせいで、ちょっとトイレ係には悪いことをした気がするな」
「トイレ係、うちのまなだから。
大丈夫でしょ、たぶん」
「……ああ、確かにうちのクラスの保健委員だった」
ふふ、ともう一度笑い合う。
「まなさんに、謝っておいて」
「体育館って巡回先だっけ?
なんかいくつか巡回ルートがあるらしいから、まなじゃないかもだけど」
「なら、吉田のほうに謝っておくか」
もう一人の男子の保健委員の名前を出す。
なおは自分のクラスの保健委員が誰かすら知らない。
あきくんは、よく周りを見ているんだななんて感心していた。
学校を出ると、駅まで歩いていく。
あきくんとは同じ中学だけあって、家も近い。
最寄り駅で降りた後も、二人で歩きながら見慣れた区画へと近づく。
歩いているうちに、前を歩くよく知る頭が見える。
低い位置で結ばれたツインテールが、ぴょこぴょこと揺れていた。
「まな!」
声を掛けると、びくりと彼女の肩が揺れた。
「え、なおと、日高くん?」
「こんばんは」
あきくんが軽く頭を下げる。
まなも同じように頭を下げた。
「まな、こんな時間に帰り?
あたしたちは部活だけど、まなは茶道部の日でもないよね?」
なおの言葉に、まなの頬がかぁっと染まる。
何か悪いことを言ってしまったのかと少し不安になったが、まな本人は寄り道していたら遅くなったと言うだけだった。
「じゃあ、また明日」
家の前まで来ると、あきくんがひらりと手を振る。
なおは、もう一度確認するように顔を近付けた。
「……もう、大丈夫だから」
安心させるように、あきくんはなおの頭をもう一度撫でた。
その様子を近くで見ていたまなが、そっと目を逸らす。
「本当に、二人はいつも一緒だね」
「うん、一番仲良しで大事な人だから!」
屈託なく笑うなおに、あきくんがはにかんだように笑い、「俺も」と返す。
「……いいなぁ」
ぽつりとつぶやいた彼女の頬は、ほんのり赤かった。
「日高千秋です、よろしく」
出席番号で、隣同士になった彼が挨拶してきたことで、すんなりと仲良くなれた。
音楽の趣味も、勉強の苦手科目も、おまけに進路も一緒。
そしてバスケが好きという共通点も一緒だった。
一回、保坂さんとバスケしてみたかったんだよね、という言葉を実行に移したのは、そう話しかけられた当日の昼休みだった。
「あたし、知ってるだろうけど三つ子なんだよね。
保坂さんって呼ばれると、“なお”なのか“まな”なのか“ゆめ”なのかわかんないから。
なおって呼んでもらえる?」
びしりと指を差して言うと、そっとその指を手で払いのけられた。
その目は、人を指さしてはいけませんと伝えている気がした。
「ああ、うん。
去年まなさんと同じクラスだったから知ってる。
じゃあ、なおちゃんって呼べばいい?」
「ちゃん付けとか気持ち悪いから、なおでいいよ。
仲良かった男子とかもみんななおって呼ぶし、あたし男みたいじゃん?
気にしないで普通に呼んで」
なおの言葉に、少しだけ口元に手を当てて、考えてから頷く。
「わかった。
じゃあ、なおも俺のことは日高くんって呼ぶのナシ。
千秋でいいよ」
「えー、みんなそう呼んでるじゃん。
せっかくなら違うのがいいから、あきくんって呼んでもいい?」
なおの言葉に、ふはっと彼が噴き出す。
「おま、さっきみんななおって呼ぶからそう呼べって人に言っておいてそれかよ!」
少し笑いが収まってきたところで、目尻にたまった涙を拭きながら彼が言う。
「……あきくん、か」
少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「まぁ、なんでもいいけどさ」
「細かいことは気にしない!
あきくんよろしく!」
それから、ずっと一緒だった。
当たり前のように彼の腕を取り、一緒にふざけて笑いあった。
昼休みは彼を始めとした男子と少しの女子と集まり、遊び。
そして授業中はもちろん、毎日の宿題も予習も復習も一緒だった。
学校のない土日は、必ずどちらかの家に遊びに行く。
同じクラスになったあの瞬間から、一番長く一緒に過ごした人だった。
よく、勉強ならゆめに聞けばと言われていたが、ゆめは聞いたら答えてはくれるが、頭の構造が違うのか、何を言っているのかわからないことが多い。
まなに聞くのは、なんか嫌だった。
一緒に同じところで躓いて、そして悩んで解決できる、あきくんと勉強するのが一番捗った。
なおが進学校であるあの高校に合格できたのも、一緒に頑張るあきくんの存在があったからこそ。
高校入学後、一年の時はクラスが離れてしまった。
中学時代の二年・三年は同じクラスだったのもあり、クラスが違うことが寂しいとは思った。
でも、彼は昼休みも、放課後も、ちょっとした時間はなおのところに来て話してくれた。
なおが行動するよりも早く隣に来てくれる、それが少しうれしかった。
「やば、なおちゃん、今日英和辞書必須だって」
辞書を忘れた、と同じクラスの浅瀬海が話しかけてくる。
「あ、あたしもだ」
辞書なんて重たいもの、必要ないときにまで持ち歩いていない。
まなか、ゆめなら持っているかなぁと思って、とりあえずまなの教室へ向かって歩く。
ここ、A組の教室から、一番近いのがC組のまなの教室だった。
ゆめは特別進学クラスなので、クラスが遠い。
ちなみに海は兄に借りに行くと言って、三年の教室へと出かけて行った。
C組を覗くと、まなよりも先にあきくんが気が付いてこっちに歩いてくる。
男子たちが「彼女見せつけんな」と次々に彼の背中を叩いた。
「なに、どうしたの?」
「ああ、うん、まなにね。
辞書借りようかと思って」
それだけ伝えると、あきくんがなおの手を引いて廊下へと出た。
「日高、またなおといちゃついてんのかよ!」
雑な男子の絡みにも「まあな」と軽くあきくんは流した。
手を引かれたまま、ロッカーの前へとたどり着く。
そのまま、扉を開けながら、何の辞書か尋ねられた。
英和、と言うとすぐにそれを手渡す。
「落書きするなよ」
「えー、あきくんの似顔絵、描いてあげようと思ったのに」
そう答えると、彼は笑う。
そのよく知っている笑い方にほっとした。
「落書きなら、自分のノートに描け」
「しょうがない、ちぎって挟んでおくね」
「冗談だ」
くだらない、なんて言われるようなやり取りが楽しかった。
借りた辞書片手に、二つ隣の教室へと戻る。
その日、授業中の落書きが見つかって、怒られた。
あきくんも、なおも同じバスケ部で、部活が終わった後の自主練タイムはいつも一緒だった。
ボールを奪い合いながら、軽く会話する。
「体育祭の話あった?」
きゅっと体育館シューズの音が鳴る。
その音が、心地いい。
「ああ、あった」
するりとボールが奪われる。
身長差もあって、高く掲げられたボールが取りにくい。
だが、足りない高さは跳べばいい。
バネを使って、飛び上がって奪い返そうとする。
その瞬間、少しだけ動きが重なってしまった。
気が付いた時には、頭部に衝撃。
あきくんからは、くぐもった声が聞こえてきた。
次の瞬間には、ボタボタボタっと鼻血が落ちてきた。
「うわ、ごめんっ!!」
慌ててティッシュを探すが、近くにはない。
体育館のトイレが目について、必死でトイレットペーパーを巻き取る。
「はい、これ!」
あきくんに渡すと、押さえていた手を放してトイレットペーパーに替える。
ペーパーはすぐに赤く染まった。
「うわぁ……足りないね……もうロールごと持ってくるよ……」
女子トイレから持ってきたロールを使って、しばらく真っ赤になるそれを必死で押さえる。
なんとか止まった頃には、もう思い切り夜だった。
「ごめん、なお。
帰るの遅くなった」
「いやいや、あたしのせいじゃん!
あきくんは悪くない」
二人して謝り合ってしまい、なんだかおかしくなって顔を見合わせて笑った。
「本当に大丈夫?
鼻、折れてない?」
「折れてたらこんなんじゃすまないだろ。
平気だから、そんな気にするな」
あきくんが、ぽんぽんとなおの頭を宥めるように手を置いた。
それを嫌がることなく受け入れながら、なおはスマートフォンを開く。
「部活で遅れたって書いておいた。
嘘じゃないし」
「まぁ……そうだね」
「トイレットペーパーどうしよっか。
慌てて取っちゃったから、ビリビリになっちゃった」
なおがちょっとおどけながら、適当に取ったせいでビリビリなロールを見せる。
「あ、鼻血着いちゃってるじゃん。
もう少し巻き取った方がいいな」
二人でああでもないこうでもないと言い合いながら、紙を巻き取ろうとする。
だが、一回ビリビリになったものを戻すのは、なかなか難しい。
時間がどんどん押していくのを感じて、とうとう諦めてトイレへと戻した。
「……俺の鼻血のせいで、ちょっとトイレ係には悪いことをした気がするな」
「トイレ係、うちのまなだから。
大丈夫でしょ、たぶん」
「……ああ、確かにうちのクラスの保健委員だった」
ふふ、ともう一度笑い合う。
「まなさんに、謝っておいて」
「体育館って巡回先だっけ?
なんかいくつか巡回ルートがあるらしいから、まなじゃないかもだけど」
「なら、吉田のほうに謝っておくか」
もう一人の男子の保健委員の名前を出す。
なおは自分のクラスの保健委員が誰かすら知らない。
あきくんは、よく周りを見ているんだななんて感心していた。
学校を出ると、駅まで歩いていく。
あきくんとは同じ中学だけあって、家も近い。
最寄り駅で降りた後も、二人で歩きながら見慣れた区画へと近づく。
歩いているうちに、前を歩くよく知る頭が見える。
低い位置で結ばれたツインテールが、ぴょこぴょこと揺れていた。
「まな!」
声を掛けると、びくりと彼女の肩が揺れた。
「え、なおと、日高くん?」
「こんばんは」
あきくんが軽く頭を下げる。
まなも同じように頭を下げた。
「まな、こんな時間に帰り?
あたしたちは部活だけど、まなは茶道部の日でもないよね?」
なおの言葉に、まなの頬がかぁっと染まる。
何か悪いことを言ってしまったのかと少し不安になったが、まな本人は寄り道していたら遅くなったと言うだけだった。
「じゃあ、また明日」
家の前まで来ると、あきくんがひらりと手を振る。
なおは、もう一度確認するように顔を近付けた。
「……もう、大丈夫だから」
安心させるように、あきくんはなおの頭をもう一度撫でた。
その様子を近くで見ていたまなが、そっと目を逸らす。
「本当に、二人はいつも一緒だね」
「うん、一番仲良しで大事な人だから!」
屈託なく笑うなおに、あきくんがはにかんだように笑い、「俺も」と返す。
「……いいなぁ」
ぽつりとつぶやいた彼女の頬は、ほんのり赤かった。