“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ―“好き”を受け取る資格がありません―
第3章 名前を付け損ねた関係 ―友だちよりも、近い距離―
第3話
大学三年の春休み。
なおは変わらずに友人数人とバスケをして遊んでいた。
友人の中には彼女を連れてくる人もいて、高校時代よりも女性比率が上がっていた。
なおは汗を拭きながらあきくんと一緒に壁に凭れ掛かる。
あきくんが先に一口飲んだスポーツドリンクを、そのままなおも煽る。
失った水分が、身体中へと戻る感覚に癒やされた。
「二人、付き合っているんですか?」
きょとん、としたなおと、少しだけ視線を逸らすあきくん。
「え? 仲良しだけど……」
付き合っているわけではない。
そう言おうとした瞬間にあきくんがふっと目を伏せた。
それが気になって言葉が止まる。
あきくんは何も言わない。
二人が即答できずにいると、横から彼の弟が声を掛ける。
「元カレ元カノ、だろ?」
「……冬真」
あきくんが少しだけ気まずそうな顔をする。
なおは、あきくんにそんな顔をさせたくなかったのにと少しだけ胸が重たくなった。
「あんたらが家で何してたか、オレが知らないとでも?
ヤるならもっとうまくやれ」
「…………」
「…………」
冬真の言葉は正しい分、言い返せなくて胸を抉る。
それが、罪悪感なのかそれとも別のものなのか、なおには判断ができない。
聞いてきた女の子が、少し気まずそうに距離を取ろうとしたところに、小柄な男子がぱっと入り込んでくる。
なおさん、次遊ぼ!と言いながらあきくんの隣から無理やりコートの方へと引っ張っていく。
子犬のような懐き方をする彼は、冬真の友だち。
あやくんとみんなに呼ばれている彼は、みんなの空気を和ませる立ち位置で、バスケメンバーに加わってすぐにみんなから可愛がられていた。
「綾くん」
綾と書いて、りょうと読むと自己紹介のときに彼本人が言っていた。
あやという読み方も、りょうという読み方も、どちらも合うような、そんな不思議な魅力のある男の子だった。
「なおさんジャンプ力すごいですよね!
どうやったらそんな跳べるのか、足の構造見てみたいです!」
「え、やめてよ!
綾くんが言うとなんか解剖されそう!」
あはは、と明るく笑う彼は、医学部に合格したばかりの四月から大学生になる男の子。
柔らかい雰囲気だけれど、彼は本来ゆめと同じ優秀側の人間だ。
「なお」
後ろから付いてきたあきくんが、ぽんと頭を撫でながら声を掛ける。
なに、と言い掛けようとして、思ったよりも真剣な表情にどきりとした。
「あんま、年下からかうなよ。
あやは、冬真の友だちだから」
綾がきょとんとした表情で、目をぱちぱちと瞬く。
少しだけ間を置いて、それから満面の笑みであきくんへと向き合う。
「大丈夫です、お兄さん。
僕はいつでも本気なので、からかいも本物に変えますよ」
なおは綾の言葉の意味がわからずに小首をかしげ、答えを探すようにあきくんを見た。
あきくんは、「そんなに簡単じゃない」とだけ彼に声を掛け、綾の反対側に回る。
なおは二人に引っ張られる形で、コートへと足を踏み入れた。
絶妙なタイミングで、あきくんがパスを回す。
合図も何もいらない。
コートの上での彼の行動に、考えるよりも先に身体が反応していた。
やりやすすぎるパートナーだからこそ、敵に回したときが面倒となおが笑うと、同じくとあきくんも笑った。
何本か試合をした後、みんなでファミレスに寄って帰ろうという話になる。
席に着くときも、当然のように二人分取った。
少しエアコンがきついなと思ったタイミングで、彼が羽織っていたシャツを膝に掛けられた。
ありがとう、と声を掛けつつ。
彼は寒くないのかなと見つめていると、「俺が暑いだけだから気にするな」といつものようにはにかんだ。
「お前ら、結婚式には呼べよ」
軽いいじりにも、あきくんは顔色一つ変えずに「おー」とだけ返す。
そんな彼の傍は、居心地が良い。
そのまま、あきくんはテーブルのタブレットへ手を伸ばす。
いつものメニューを指さして、言葉もなく確認してくる。
なおが頷くと、シェアサイズのそれを注文した。
あんなことがあった後でも、彼だけは変わらず傍にいてくれて、変わらない笑顔を浮かべてくれる。
それが、嬉しかった。
「そうそう。
今度うちの妹、結婚するんだよね」
頼んだポテトフライを摘まみながら、何気なく話した。
激辛スパイス付きのそれを、向かいの男子が何気なく手を伸ばして摘まみ、噎せる。
なおの話に、周りにいた人たちが一斉に彼女の方を見た。
「え。うそ、どっち?
まなちゃん? ゆめちゃん?」
「まな」
あきくんは、驚くよな、と苦笑する。
彼には一連の流れを、すでに話した後だった。
「誰と? まさか、海?」
「あー、海くんと仲良かったよね」
みんなが口々に海の名前を出すことに、なおは静かに驚く。
確かに、まなの傍にはいつもだいたい海がいる。
うちにも連れてきていて、保坂家の両親とも仲良しだ。
自分の傍にいるあきくんのような感じだな、なんて思っていたから、勝手に彼氏というフィルターを除外して考えていた。
端から見たら、海は彼氏候補なのか、と不思議な気持ちだった。
「というか、まなちゃんって俺らと同い年じゃん。
大学卒業する前に結婚とか、もしかしてもしかした?」
「あっちゃー、海のやつやらかしたか」
話が下世話な方へ向かって行きそうだったので、そこは姉として止めておく。
まなは、まじめだから。
きっと、結婚するまではそういうことをしないタイプだ。
「まな、別に妊娠とかしてないし。
それに、相手は海じゃない」
「え、マジで!」
「吉田……でもないよな、たぶん。
はっきり別れたって高二の時に言ってたもんな、あいつ」
みんながまなの話で盛り上がっているところで、綾がタイミングよくみんなにドリンクバーから取ってきたウーロン茶を配っていく。
みんなが気が利く、ありがとうと口々にお礼を言いながら受け取っていた。
「なおさんには、ホットにしました。
身体冷やさないようにしてください」
渡されたカップを受け取りながら、屈託のない笑顔を浮かべる彼に笑い返した。
テーブルの全員に飲み物が渡ると、再びなおの隣へと腰を下ろした。
なおを挟んで、両隣にあきくんと綾。
綾の隣には冬真が座り、綾とたわいもない話をしていた。
「なお、まなちゃんの相手って俺らも知ってるやつ?」
好奇心が隠せないようで、さっそく一人が聞いてくる。
他のみんなも静かに聞き耳を立てているようだった。
「たぶん、知っているんじゃないかな。
高校の先輩」
「あ、俺わかったかも。
俺とタメのやつじゃね?」
バスケメンバーの中の、先輩である一人が手を上げる。
彼は一足先に大学を卒業し、金融系に今年就職した人だった。
「ああ、確か先輩と同い年だったかも。
あたし、まなが家に連れてくるまで彼氏いたなんて知らなかったのに、よく思いつきますね」
感心したように言うと、あきくんが「お前はまぁ、そうだろうな」と言いながらぽん、と頭に触れた。
「どういう意味?」となおがむくれたところで、先輩が話し出す。
「卒業前くらいに噂になったんだよ、一瞬。
本人達は否定してたけど。
あれ、付き合っていたけど噂を否定して、それでこじれて別れたって感じだったぜ?
俺も当時は悪ノリしたクチだったから、多少後味悪かったんだけど。
そいつと結婚するのなら良かった」
先輩の言い方に、誰かの彼女が「それ罪悪感軽くするためでしょ」って笑う。
「なお、まなちゃんの相手、海の兄貴だろ。
あれだ、“トイレの貴公子”」
一年の時のその噂を知っていたのか、一人が思い出したように言う。
その言葉を、誰かが拾った。
「ああ!
まなちゃんも、“トイレの女王様”だったからお似合いカップルなんだね」
懐かしいあだ名に、なおが笑う。
家で口にしそうになってゆめに怒られたが、未だにその二つ名はみんなの記憶に残っているようだ。
お似合い、と色んな人に言われることに理由のわからない寂しさが胸に過ぎった。
盛り上がるみんなに、綾と冬真が不思議そうに顔を見合わせた。
二人は同じ高校ではないから、知らない。
誰かがトイレ係と呼ばれている、うちの出身高校における保健委員の仕事と、保健委員長に代々付けられていた二つ名について説明すると、二人共が笑った。
なおも一緒になって笑っていると、もう一度隣から、ぽんと頭を叩かれる。
あきくんの方を改めて向くと、彼がじっと目を見つめてきた。
「……結婚しても、家族であることは変わらない。
三つ子なんて、なおさら結束は強いだろ。
まなさんには、おめでとうって伝えておいて」
何も言っていないのに、心の底の寂しさを見つけられたみたいでちょっと居心地が悪いのに、わかってくれて嬉しいとも思う。
なおがわずかに頬を染めて、ありがとうと呟くと、また誰かが「本当はまだ付き合っている?」と聞いてきた。
何でみんなすぐにそう言うんだろうと思っていたところで、改めて「過去のことだろ」と冬真が締めた。
みんなと別れたあと、電車に乗って最寄りへと帰る。
横浜線は、そこそこの人がいた。
車両の端のつり革に掴まり、揺れに身を任せる。
あきくんとは、同じ電車。
大学も、おまけに学部も選択授業もゼミも同じ。
遊びまで一緒なんだから、別々になることがまずない。
気の合うあきくんと、ずっと一緒にいられることが嬉しかった。
彼の後ろには、冬真もいた。
授業のことや実習のことをメインにあきくんと話していると、ずっと黙っていた冬真が心底不思議そうに聞いてくる。
「……普通、別れた相手とそこまで仲良くいられるもん?
俺、別れた彼女と話したくも無いけど」
「……それは、お前の別れ方が悪かったからだろ」
あきくんの言葉に、冬真がうるさいと兄を叩いた。
本当は元カレ元カノですらない関係だとは、二人とも言わなかった。
相模原駅で降りると、通りをまっすぐ歩いて行く。
途中で、あきくんが寄り道してもいいかと尋ねてきた。
特に予定も無かったので二つ返事でオッケーを出すと、あきくんは通りにあった花屋へと入っていく。
不思議に思いながら着いて行くと、注文していたのであろうそれなりの大きさの花束を受け取っていた。
ピンク色ベースで包まれたその花は、どうみてもまなへの結婚祝いのようだった。
「まなさんに。
ここの花屋、俺の小学校の同級生の家なんだよ」
「兄貴ってそういうところ、かっこつけだよな」
「うるさい」
兄弟で軽く言い合いながらも、まなを大切にしてくれているところが嬉しかった。
「……ありがとう、あきくん。
まな、喜ぶと思う」
「そっか、良かった」
あきくんが、屈託のない笑顔で笑う。
その顔は、中学の時から変わらないなと思った。
いつだって、望む前に当たり前のように差し出される優しさ。
――ああ、あたしはこの人に。
ちゃんと何かを返したことがあっただろうか。
なおは変わらずに友人数人とバスケをして遊んでいた。
友人の中には彼女を連れてくる人もいて、高校時代よりも女性比率が上がっていた。
なおは汗を拭きながらあきくんと一緒に壁に凭れ掛かる。
あきくんが先に一口飲んだスポーツドリンクを、そのままなおも煽る。
失った水分が、身体中へと戻る感覚に癒やされた。
「二人、付き合っているんですか?」
きょとん、としたなおと、少しだけ視線を逸らすあきくん。
「え? 仲良しだけど……」
付き合っているわけではない。
そう言おうとした瞬間にあきくんがふっと目を伏せた。
それが気になって言葉が止まる。
あきくんは何も言わない。
二人が即答できずにいると、横から彼の弟が声を掛ける。
「元カレ元カノ、だろ?」
「……冬真」
あきくんが少しだけ気まずそうな顔をする。
なおは、あきくんにそんな顔をさせたくなかったのにと少しだけ胸が重たくなった。
「あんたらが家で何してたか、オレが知らないとでも?
ヤるならもっとうまくやれ」
「…………」
「…………」
冬真の言葉は正しい分、言い返せなくて胸を抉る。
それが、罪悪感なのかそれとも別のものなのか、なおには判断ができない。
聞いてきた女の子が、少し気まずそうに距離を取ろうとしたところに、小柄な男子がぱっと入り込んでくる。
なおさん、次遊ぼ!と言いながらあきくんの隣から無理やりコートの方へと引っ張っていく。
子犬のような懐き方をする彼は、冬真の友だち。
あやくんとみんなに呼ばれている彼は、みんなの空気を和ませる立ち位置で、バスケメンバーに加わってすぐにみんなから可愛がられていた。
「綾くん」
綾と書いて、りょうと読むと自己紹介のときに彼本人が言っていた。
あやという読み方も、りょうという読み方も、どちらも合うような、そんな不思議な魅力のある男の子だった。
「なおさんジャンプ力すごいですよね!
どうやったらそんな跳べるのか、足の構造見てみたいです!」
「え、やめてよ!
綾くんが言うとなんか解剖されそう!」
あはは、と明るく笑う彼は、医学部に合格したばかりの四月から大学生になる男の子。
柔らかい雰囲気だけれど、彼は本来ゆめと同じ優秀側の人間だ。
「なお」
後ろから付いてきたあきくんが、ぽんと頭を撫でながら声を掛ける。
なに、と言い掛けようとして、思ったよりも真剣な表情にどきりとした。
「あんま、年下からかうなよ。
あやは、冬真の友だちだから」
綾がきょとんとした表情で、目をぱちぱちと瞬く。
少しだけ間を置いて、それから満面の笑みであきくんへと向き合う。
「大丈夫です、お兄さん。
僕はいつでも本気なので、からかいも本物に変えますよ」
なおは綾の言葉の意味がわからずに小首をかしげ、答えを探すようにあきくんを見た。
あきくんは、「そんなに簡単じゃない」とだけ彼に声を掛け、綾の反対側に回る。
なおは二人に引っ張られる形で、コートへと足を踏み入れた。
絶妙なタイミングで、あきくんがパスを回す。
合図も何もいらない。
コートの上での彼の行動に、考えるよりも先に身体が反応していた。
やりやすすぎるパートナーだからこそ、敵に回したときが面倒となおが笑うと、同じくとあきくんも笑った。
何本か試合をした後、みんなでファミレスに寄って帰ろうという話になる。
席に着くときも、当然のように二人分取った。
少しエアコンがきついなと思ったタイミングで、彼が羽織っていたシャツを膝に掛けられた。
ありがとう、と声を掛けつつ。
彼は寒くないのかなと見つめていると、「俺が暑いだけだから気にするな」といつものようにはにかんだ。
「お前ら、結婚式には呼べよ」
軽いいじりにも、あきくんは顔色一つ変えずに「おー」とだけ返す。
そんな彼の傍は、居心地が良い。
そのまま、あきくんはテーブルのタブレットへ手を伸ばす。
いつものメニューを指さして、言葉もなく確認してくる。
なおが頷くと、シェアサイズのそれを注文した。
あんなことがあった後でも、彼だけは変わらず傍にいてくれて、変わらない笑顔を浮かべてくれる。
それが、嬉しかった。
「そうそう。
今度うちの妹、結婚するんだよね」
頼んだポテトフライを摘まみながら、何気なく話した。
激辛スパイス付きのそれを、向かいの男子が何気なく手を伸ばして摘まみ、噎せる。
なおの話に、周りにいた人たちが一斉に彼女の方を見た。
「え。うそ、どっち?
まなちゃん? ゆめちゃん?」
「まな」
あきくんは、驚くよな、と苦笑する。
彼には一連の流れを、すでに話した後だった。
「誰と? まさか、海?」
「あー、海くんと仲良かったよね」
みんなが口々に海の名前を出すことに、なおは静かに驚く。
確かに、まなの傍にはいつもだいたい海がいる。
うちにも連れてきていて、保坂家の両親とも仲良しだ。
自分の傍にいるあきくんのような感じだな、なんて思っていたから、勝手に彼氏というフィルターを除外して考えていた。
端から見たら、海は彼氏候補なのか、と不思議な気持ちだった。
「というか、まなちゃんって俺らと同い年じゃん。
大学卒業する前に結婚とか、もしかしてもしかした?」
「あっちゃー、海のやつやらかしたか」
話が下世話な方へ向かって行きそうだったので、そこは姉として止めておく。
まなは、まじめだから。
きっと、結婚するまではそういうことをしないタイプだ。
「まな、別に妊娠とかしてないし。
それに、相手は海じゃない」
「え、マジで!」
「吉田……でもないよな、たぶん。
はっきり別れたって高二の時に言ってたもんな、あいつ」
みんながまなの話で盛り上がっているところで、綾がタイミングよくみんなにドリンクバーから取ってきたウーロン茶を配っていく。
みんなが気が利く、ありがとうと口々にお礼を言いながら受け取っていた。
「なおさんには、ホットにしました。
身体冷やさないようにしてください」
渡されたカップを受け取りながら、屈託のない笑顔を浮かべる彼に笑い返した。
テーブルの全員に飲み物が渡ると、再びなおの隣へと腰を下ろした。
なおを挟んで、両隣にあきくんと綾。
綾の隣には冬真が座り、綾とたわいもない話をしていた。
「なお、まなちゃんの相手って俺らも知ってるやつ?」
好奇心が隠せないようで、さっそく一人が聞いてくる。
他のみんなも静かに聞き耳を立てているようだった。
「たぶん、知っているんじゃないかな。
高校の先輩」
「あ、俺わかったかも。
俺とタメのやつじゃね?」
バスケメンバーの中の、先輩である一人が手を上げる。
彼は一足先に大学を卒業し、金融系に今年就職した人だった。
「ああ、確か先輩と同い年だったかも。
あたし、まなが家に連れてくるまで彼氏いたなんて知らなかったのに、よく思いつきますね」
感心したように言うと、あきくんが「お前はまぁ、そうだろうな」と言いながらぽん、と頭に触れた。
「どういう意味?」となおがむくれたところで、先輩が話し出す。
「卒業前くらいに噂になったんだよ、一瞬。
本人達は否定してたけど。
あれ、付き合っていたけど噂を否定して、それでこじれて別れたって感じだったぜ?
俺も当時は悪ノリしたクチだったから、多少後味悪かったんだけど。
そいつと結婚するのなら良かった」
先輩の言い方に、誰かの彼女が「それ罪悪感軽くするためでしょ」って笑う。
「なお、まなちゃんの相手、海の兄貴だろ。
あれだ、“トイレの貴公子”」
一年の時のその噂を知っていたのか、一人が思い出したように言う。
その言葉を、誰かが拾った。
「ああ!
まなちゃんも、“トイレの女王様”だったからお似合いカップルなんだね」
懐かしいあだ名に、なおが笑う。
家で口にしそうになってゆめに怒られたが、未だにその二つ名はみんなの記憶に残っているようだ。
お似合い、と色んな人に言われることに理由のわからない寂しさが胸に過ぎった。
盛り上がるみんなに、綾と冬真が不思議そうに顔を見合わせた。
二人は同じ高校ではないから、知らない。
誰かがトイレ係と呼ばれている、うちの出身高校における保健委員の仕事と、保健委員長に代々付けられていた二つ名について説明すると、二人共が笑った。
なおも一緒になって笑っていると、もう一度隣から、ぽんと頭を叩かれる。
あきくんの方を改めて向くと、彼がじっと目を見つめてきた。
「……結婚しても、家族であることは変わらない。
三つ子なんて、なおさら結束は強いだろ。
まなさんには、おめでとうって伝えておいて」
何も言っていないのに、心の底の寂しさを見つけられたみたいでちょっと居心地が悪いのに、わかってくれて嬉しいとも思う。
なおがわずかに頬を染めて、ありがとうと呟くと、また誰かが「本当はまだ付き合っている?」と聞いてきた。
何でみんなすぐにそう言うんだろうと思っていたところで、改めて「過去のことだろ」と冬真が締めた。
みんなと別れたあと、電車に乗って最寄りへと帰る。
横浜線は、そこそこの人がいた。
車両の端のつり革に掴まり、揺れに身を任せる。
あきくんとは、同じ電車。
大学も、おまけに学部も選択授業もゼミも同じ。
遊びまで一緒なんだから、別々になることがまずない。
気の合うあきくんと、ずっと一緒にいられることが嬉しかった。
彼の後ろには、冬真もいた。
授業のことや実習のことをメインにあきくんと話していると、ずっと黙っていた冬真が心底不思議そうに聞いてくる。
「……普通、別れた相手とそこまで仲良くいられるもん?
俺、別れた彼女と話したくも無いけど」
「……それは、お前の別れ方が悪かったからだろ」
あきくんの言葉に、冬真がうるさいと兄を叩いた。
本当は元カレ元カノですらない関係だとは、二人とも言わなかった。
相模原駅で降りると、通りをまっすぐ歩いて行く。
途中で、あきくんが寄り道してもいいかと尋ねてきた。
特に予定も無かったので二つ返事でオッケーを出すと、あきくんは通りにあった花屋へと入っていく。
不思議に思いながら着いて行くと、注文していたのであろうそれなりの大きさの花束を受け取っていた。
ピンク色ベースで包まれたその花は、どうみてもまなへの結婚祝いのようだった。
「まなさんに。
ここの花屋、俺の小学校の同級生の家なんだよ」
「兄貴ってそういうところ、かっこつけだよな」
「うるさい」
兄弟で軽く言い合いながらも、まなを大切にしてくれているところが嬉しかった。
「……ありがとう、あきくん。
まな、喜ぶと思う」
「そっか、良かった」
あきくんが、屈託のない笑顔で笑う。
その顔は、中学の時から変わらないなと思った。
いつだって、望む前に当たり前のように差し出される優しさ。
――ああ、あたしはこの人に。
ちゃんと何かを返したことがあっただろうか。

