“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ―“好き”を受け取る資格がありません―
第4章 勘違いの成立 ―触れて良い≠恋人―
第4話
あきくんとの距離が明確に変わったのは、高校一年の冬だった。
クリスマスイブの日の午後。
数人で集まって、軽くバスケをした後に持ち込み可能なカラオケでクリスマスパーティーをした。
当たり前のように二人の好きな曲を入れ、いつものように一緒に歌う。
取り分けたケーキのイチゴを、あきくんがフォークに刺して差し出してくる。
それを頬張った後、同じように自分のイチゴをお返しした。
歌を歌ったりケーキを食べたりと大満足のあと、デートがあると言い出した男どもに発破を掛けながらなおは笑って送り出した。
そんな友人たちも、並んで立つあきくんとなおを見ながら「お前らも早く二人っきりにしてやるよ!」と笑っていた。
なおは何それと笑い返したが、あきくんは何も言わなかった。
ただ、ほんの少し頬を染めて、目が左右に泳いでいたことに、彼をしっかりと見ていないなおは気付けない。
二人並んで歩きながら、段々と暗くなっていく街を眺める。
なおたちがよく遊ぶ場所である、町田の街。
よく知っている街なのに、イルミネーションが輝いていつもと違う顔を見せていた。
駅まで歩き、横浜線に乗り込んで相模原へと戻る。
窓の外の住宅地の景色を見ながら、寒さで少しだけふるっと震えた。
それに気がついたあきくんが、手袋を外してなおの手を温めるように取る。
「なんで手袋しないの?」
「すぐなくすから」
なおの返事に、あきくんの肩が揺れる。
なおは少しだけむくれたふりをして、握られた手に力を込めた。
「こら」
怒っているような言葉なのに、その表情はやさしい。
「電車の中だけね。
歩いているときは、危ないから」
そう前置きをして、繋いだ手を彼のコートのポケットへと入れてくれた。
手袋よりも、ずっと温かかった。
そして、それを特別だと思う理由が、なおには見当たらなかった。
相模原駅で降りると、そのまま彼は駅ビルの方へと歩いて行く。
不思議に思いながら付いていくと、手袋が売られているコーナーでぴたりと立ち止まった。
「なくしてもいいから、どれか選べ」
「え?」
「クリスマスプレゼント。
高いものじゃ無いけど、買ってやるから好きに選べ」
「……あたし、本当にすぐ落とすよ?」
「まぁ……それも込みで買ってやる」
なおが一番最初に触れたのは、白い手袋だった。
「なおって、白好きだよな」
今彼女が来ているコートは黒だが、その下の洋服は白だった。
「うん、白と黒が好き。
なんか締まるじゃん?
実は下着も黒なのです!」
「いらん、そんな情報!」
目に見えて真っ赤になっていくあきくんを、なおは笑いながらからかう。
彼が白い手袋を買ってくれるのを見ながら、自分も何か彼にあげるべきかと考える。
「ピアス。
あきくんは着けないの?」
目に付いたピアスコーナーを眺めながら、なおが問いかける。
なおの耳には両方にピアスホールが空いていた。
「ん? ピアス?
俺に似合うかどうかわからん」
「似合うと思うよ?
着けてみない?」
乗り気のなおに、ほんの少し悩んで。
それから、ポツリと彼は答えた。
「……なおが、言うなら」
「よしきた!
選ばせてよ!」
鼻歌まじりで選び始めるなおを、あきくんはため息交じりで見つめる。
でも、その目はいつも以上にやさしかった。
外に出るとみぞれ混じりの雨が降っていた。
折りたたみ傘をあきくんが取り出し、そこになおは当たり前の様に入った。
「自分のは?」
「持ってない」
「……そっか」
肩が触れる距離。
並んで二人歩いていく。
途中、まなとすれ違った。
ほんの少し慌てた様子の彼女に首を捻りながらも、あまり深く考えずに手を振った。
あきくんは少し恥ずかしそうに、まなに頭を下げた。
「ピアス、どこで空ける?」
わくわくした様子のなおに、あきくんは少し考えた様子で「俺の家、くる?」と声を掛けた。
「家、両親は仕事が終わったら待ち合わせてクリスマスデート。
弟も友だちと出かけて遅くなるって言っていたから、誰もいない」
「ふぅん?
ご両親仲良しなんだね」
「いい年してね」
あきくんの言いぐさになおが笑う。
仲良しなのはいいじゃん、というとまぁ、と曖昧な返事が返ってきた。
あきくんの家はなおの家からそんなに離れてはいない。
大きな道路を挟むから小学校の校区は違ったが、直線距離だと割と近い。
二階建ての落ち着いた雰囲気の家に、なおは通される。
何度も遊びに来ているので、慣れた様子で靴を脱いだ。
「飲み物持って行くから、俺の部屋にいて」
「はーい」
階段を上がってまっすぐに彼の部屋を開ける。
机の上はテキスト類が少しだけ山になっているが、全体としてはまぁまぁ片付けられた部屋だった。
ラグとクッションが置いてあったが、座りやすさを考えて勝手にベッドに腰掛ける。
しばらくすると、湯気の立つココアを持ってあきくんが入ってきた。
「お待たせ」
「ううん、いい匂いだね。
マシュマロ浮いていてかわいい」
「なんか、家にあったから入れてみた」
ココアには、紅白のハート型のマシュマロが入っていた。
ゆっくりと溶けていく様子を眺めながら、一口飲んだ。
カカオの香りとやさしい甘さが美味しかった。
ピアッサーをあてるとき、ほんの少しだけ震えるあきくんがちょっとかわいかった。
「大丈夫大丈夫、怖くない怖くない」
「……うるさい」
かちん、という音と共に、彼の耳にホールを空ける。
そこに、見繕ったピアスを着けた。
黒い、オニキスのピアス。
なおの見立て通り、それは彼に似合っていた。
「完璧!」
満足そうに笑うなおを、あきくんはじっと見つめる。
「実は、あきくんに選びながらあたしも欲しくなったんだよね」
なおが取り出したのは、全く同じ黒いピアスだった。
「お揃い?」
「うん、いいでしょ」
「……うん。
……ねぇ、それ俺が着けていい?」
躊躇いがちにされた提案に、軽い感じでオッケーを出した。
あきくんの手が、なおの耳に触れる。
その指先は、小さく震えていた。
ピアスが触れた一瞬だけ、少しひんやりとする。
真剣な目で耳を見つめるあきくんの顔が、近い。
ピアスを着け終わり、耳から手を離したあきくんと、至近距離で見つめ合った。
小さく、息を吸う音が聞こえた。
「……いい?」
頭で意味を考える前に、頷いていた。
――次の瞬間、唇が触れた。
うとうとと眠りかけていた。
雪が舞う夜。
あきくんの体温は、とても温かかった。
初めては痛いなんて聞いていたけれど、あまりそんな風には思わなかった。
何度も彼は本当にいいのか確認してくれて、そんな優しさに微笑みながら腕を回した。
名前を呼ばれ、優しくされた記憶しか無くて、思い出しても嫌な気持ちは少しも湧かない。
疲れて眠っているあきくんに、少し寄り添う。
ほんのりと香る彼の香り。
ドキドキよりも落ち着くそれに、心がじんわりと温かくなる。
女に生まれたことも、悪くないなと思った。
このときは、これからのことなど、何も考えていなかった。
階下から、物音がしたと思った瞬間に、なおは慌てて飛び起きた。
今までに無いくらいの早さで服を整えると、あきくんがぼんやりとした顔をしたままベッドから身体を起こす。
「あきくん、服!」
上半身に何も身につけていない彼に慌てて布団をかけたところで、「なお来てんの?」という言葉と同時に彼の弟が扉を開けた。
ばさりと布団がずれて落ちる。
「…………」
「…………」
「…………お邪魔しました」
冬真はそれだけ言うとドアを閉めて出て行った。
「……まぁ、いいか」
あきくんのつぶやきに、なおも慌てて頷く。
「そうだ、今年の初詣なんだけど!
……昨日テレビで運気アップの神社、紹介してたよ」
「へぇ? どこ?」
あきくんの質問に、慌ててスマートフォンを取り出してその場で検索したままのウェブページを開いて見せた。
一台のスマートフォンを覗き込むあきくんの顔が近くて、思わずなおから顔を寄せた。
軽く触れたそれに、あきくんの顔が真っ赤に染まっていく。
「あきくん、かわいい」
「……お前なぁ」
照れたように、少しだけ目線を逸らす彼の姿は、今まで知らなかった彼の姿で。
そんな姿が見られたことに、満足気になおは笑った。
そのまま、二人で年末年始の遊びと勉強の計画を立て、彼に送って貰って家へと帰った。
それから、何度もあきくんと身体を重ねた。
場所は彼の部屋だったり、なおの部屋だったり。
あきくんのぬくもりが、好きだった。
その温かさを求めて、なおからも積極的に彼へと触れた。
それがいけないことだという認識はなかった。
ただ、優しく触れられるのも、照れた彼の表情も好きだった。
それが終わりを迎えたのは、高校二年の夏だった。
いつものように、なおの部屋で彼に抱かれ、そしてその余韻にまどろんでいたとき。
あきくんが、なおを優しく抱きしめながら「好き」と一言言った。
何を意味するのかが、全くわからない、唐突な言葉だった。
その好きが何に対してか知りたくて、「なにが」と聞き返した。
あきくんの目が、ゆっくりと見開かれる。
なおはあきくんの表情の理由もわからず、ただ見つめていた。
唇が震えている。
抱きしめてくれる腕からは力が抜けていく。
何か、彼は言おうとしているんだろうけど、結局それは言葉にならなかった。
ただ、揺れる瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
彼が何に対して泣いているのか、本当のところは理解できていないのに、自分のせいなんだというのははっきりわかった。
(……こんな風な顔をさせたいわけじゃないのに)
(あたし、何を間違った?)
あきくんが、涙を拭うことなく顔を寄せた。
それを避けることなく、そのまま受け止める。
キスが長かったのか短かったのかは覚えていない。
「……もうしない。ごめん」
その言葉に頷くしかなかった。
その日、彼は言葉が少なかった。
それでも、次の日にはいつも通り話しかけてくれた。
ただ、それ以降抱かれることはなかった。
今までのように触れたいなと思ったときは何度もあった。
それでも、そのたびにあきくんの「もうしない」という声が過ぎり、踏みとどまった。
隣には、今までと変わらない笑顔で、あきくんがいてくれる。
それだけで、軽い男性は勝手に勘違いをして引いていく。
あきくんは、いつだって守ってくれた。
だからだろうか。
それでもなおに手を伸ばしてくれるのは、いつも覚悟を持った男性ばかりだった。
そして、そういう人ほど。
……最後に、同じ顔をする。
その日も、関係を持ってしまった後に責任を取ろうとする男性に、望んでいないことを伝えると、同じ顔をして立ち去った。
今までその顔をした男性は、そっとなおの周りから姿を消した。
あきくん以外は。
「……お前さぁ……。
いや、まぁ……しょうがないか」
ぽん、といつものように頭を撫でられる。
いつも何か言いたげなあきくんは、それでも曖昧を許してくれた。
白黒はっきりした色が好きなのに、人間関係ではそれを選ばない。
そんな矛盾さえ、指摘しないでそのままでいさせてくれる。
彼の隣は居心地が良かった。
クリスマスイブの日の午後。
数人で集まって、軽くバスケをした後に持ち込み可能なカラオケでクリスマスパーティーをした。
当たり前のように二人の好きな曲を入れ、いつものように一緒に歌う。
取り分けたケーキのイチゴを、あきくんがフォークに刺して差し出してくる。
それを頬張った後、同じように自分のイチゴをお返しした。
歌を歌ったりケーキを食べたりと大満足のあと、デートがあると言い出した男どもに発破を掛けながらなおは笑って送り出した。
そんな友人たちも、並んで立つあきくんとなおを見ながら「お前らも早く二人っきりにしてやるよ!」と笑っていた。
なおは何それと笑い返したが、あきくんは何も言わなかった。
ただ、ほんの少し頬を染めて、目が左右に泳いでいたことに、彼をしっかりと見ていないなおは気付けない。
二人並んで歩きながら、段々と暗くなっていく街を眺める。
なおたちがよく遊ぶ場所である、町田の街。
よく知っている街なのに、イルミネーションが輝いていつもと違う顔を見せていた。
駅まで歩き、横浜線に乗り込んで相模原へと戻る。
窓の外の住宅地の景色を見ながら、寒さで少しだけふるっと震えた。
それに気がついたあきくんが、手袋を外してなおの手を温めるように取る。
「なんで手袋しないの?」
「すぐなくすから」
なおの返事に、あきくんの肩が揺れる。
なおは少しだけむくれたふりをして、握られた手に力を込めた。
「こら」
怒っているような言葉なのに、その表情はやさしい。
「電車の中だけね。
歩いているときは、危ないから」
そう前置きをして、繋いだ手を彼のコートのポケットへと入れてくれた。
手袋よりも、ずっと温かかった。
そして、それを特別だと思う理由が、なおには見当たらなかった。
相模原駅で降りると、そのまま彼は駅ビルの方へと歩いて行く。
不思議に思いながら付いていくと、手袋が売られているコーナーでぴたりと立ち止まった。
「なくしてもいいから、どれか選べ」
「え?」
「クリスマスプレゼント。
高いものじゃ無いけど、買ってやるから好きに選べ」
「……あたし、本当にすぐ落とすよ?」
「まぁ……それも込みで買ってやる」
なおが一番最初に触れたのは、白い手袋だった。
「なおって、白好きだよな」
今彼女が来ているコートは黒だが、その下の洋服は白だった。
「うん、白と黒が好き。
なんか締まるじゃん?
実は下着も黒なのです!」
「いらん、そんな情報!」
目に見えて真っ赤になっていくあきくんを、なおは笑いながらからかう。
彼が白い手袋を買ってくれるのを見ながら、自分も何か彼にあげるべきかと考える。
「ピアス。
あきくんは着けないの?」
目に付いたピアスコーナーを眺めながら、なおが問いかける。
なおの耳には両方にピアスホールが空いていた。
「ん? ピアス?
俺に似合うかどうかわからん」
「似合うと思うよ?
着けてみない?」
乗り気のなおに、ほんの少し悩んで。
それから、ポツリと彼は答えた。
「……なおが、言うなら」
「よしきた!
選ばせてよ!」
鼻歌まじりで選び始めるなおを、あきくんはため息交じりで見つめる。
でも、その目はいつも以上にやさしかった。
外に出るとみぞれ混じりの雨が降っていた。
折りたたみ傘をあきくんが取り出し、そこになおは当たり前の様に入った。
「自分のは?」
「持ってない」
「……そっか」
肩が触れる距離。
並んで二人歩いていく。
途中、まなとすれ違った。
ほんの少し慌てた様子の彼女に首を捻りながらも、あまり深く考えずに手を振った。
あきくんは少し恥ずかしそうに、まなに頭を下げた。
「ピアス、どこで空ける?」
わくわくした様子のなおに、あきくんは少し考えた様子で「俺の家、くる?」と声を掛けた。
「家、両親は仕事が終わったら待ち合わせてクリスマスデート。
弟も友だちと出かけて遅くなるって言っていたから、誰もいない」
「ふぅん?
ご両親仲良しなんだね」
「いい年してね」
あきくんの言いぐさになおが笑う。
仲良しなのはいいじゃん、というとまぁ、と曖昧な返事が返ってきた。
あきくんの家はなおの家からそんなに離れてはいない。
大きな道路を挟むから小学校の校区は違ったが、直線距離だと割と近い。
二階建ての落ち着いた雰囲気の家に、なおは通される。
何度も遊びに来ているので、慣れた様子で靴を脱いだ。
「飲み物持って行くから、俺の部屋にいて」
「はーい」
階段を上がってまっすぐに彼の部屋を開ける。
机の上はテキスト類が少しだけ山になっているが、全体としてはまぁまぁ片付けられた部屋だった。
ラグとクッションが置いてあったが、座りやすさを考えて勝手にベッドに腰掛ける。
しばらくすると、湯気の立つココアを持ってあきくんが入ってきた。
「お待たせ」
「ううん、いい匂いだね。
マシュマロ浮いていてかわいい」
「なんか、家にあったから入れてみた」
ココアには、紅白のハート型のマシュマロが入っていた。
ゆっくりと溶けていく様子を眺めながら、一口飲んだ。
カカオの香りとやさしい甘さが美味しかった。
ピアッサーをあてるとき、ほんの少しだけ震えるあきくんがちょっとかわいかった。
「大丈夫大丈夫、怖くない怖くない」
「……うるさい」
かちん、という音と共に、彼の耳にホールを空ける。
そこに、見繕ったピアスを着けた。
黒い、オニキスのピアス。
なおの見立て通り、それは彼に似合っていた。
「完璧!」
満足そうに笑うなおを、あきくんはじっと見つめる。
「実は、あきくんに選びながらあたしも欲しくなったんだよね」
なおが取り出したのは、全く同じ黒いピアスだった。
「お揃い?」
「うん、いいでしょ」
「……うん。
……ねぇ、それ俺が着けていい?」
躊躇いがちにされた提案に、軽い感じでオッケーを出した。
あきくんの手が、なおの耳に触れる。
その指先は、小さく震えていた。
ピアスが触れた一瞬だけ、少しひんやりとする。
真剣な目で耳を見つめるあきくんの顔が、近い。
ピアスを着け終わり、耳から手を離したあきくんと、至近距離で見つめ合った。
小さく、息を吸う音が聞こえた。
「……いい?」
頭で意味を考える前に、頷いていた。
――次の瞬間、唇が触れた。
うとうとと眠りかけていた。
雪が舞う夜。
あきくんの体温は、とても温かかった。
初めては痛いなんて聞いていたけれど、あまりそんな風には思わなかった。
何度も彼は本当にいいのか確認してくれて、そんな優しさに微笑みながら腕を回した。
名前を呼ばれ、優しくされた記憶しか無くて、思い出しても嫌な気持ちは少しも湧かない。
疲れて眠っているあきくんに、少し寄り添う。
ほんのりと香る彼の香り。
ドキドキよりも落ち着くそれに、心がじんわりと温かくなる。
女に生まれたことも、悪くないなと思った。
このときは、これからのことなど、何も考えていなかった。
階下から、物音がしたと思った瞬間に、なおは慌てて飛び起きた。
今までに無いくらいの早さで服を整えると、あきくんがぼんやりとした顔をしたままベッドから身体を起こす。
「あきくん、服!」
上半身に何も身につけていない彼に慌てて布団をかけたところで、「なお来てんの?」という言葉と同時に彼の弟が扉を開けた。
ばさりと布団がずれて落ちる。
「…………」
「…………」
「…………お邪魔しました」
冬真はそれだけ言うとドアを閉めて出て行った。
「……まぁ、いいか」
あきくんのつぶやきに、なおも慌てて頷く。
「そうだ、今年の初詣なんだけど!
……昨日テレビで運気アップの神社、紹介してたよ」
「へぇ? どこ?」
あきくんの質問に、慌ててスマートフォンを取り出してその場で検索したままのウェブページを開いて見せた。
一台のスマートフォンを覗き込むあきくんの顔が近くて、思わずなおから顔を寄せた。
軽く触れたそれに、あきくんの顔が真っ赤に染まっていく。
「あきくん、かわいい」
「……お前なぁ」
照れたように、少しだけ目線を逸らす彼の姿は、今まで知らなかった彼の姿で。
そんな姿が見られたことに、満足気になおは笑った。
そのまま、二人で年末年始の遊びと勉強の計画を立て、彼に送って貰って家へと帰った。
それから、何度もあきくんと身体を重ねた。
場所は彼の部屋だったり、なおの部屋だったり。
あきくんのぬくもりが、好きだった。
その温かさを求めて、なおからも積極的に彼へと触れた。
それがいけないことだという認識はなかった。
ただ、優しく触れられるのも、照れた彼の表情も好きだった。
それが終わりを迎えたのは、高校二年の夏だった。
いつものように、なおの部屋で彼に抱かれ、そしてその余韻にまどろんでいたとき。
あきくんが、なおを優しく抱きしめながら「好き」と一言言った。
何を意味するのかが、全くわからない、唐突な言葉だった。
その好きが何に対してか知りたくて、「なにが」と聞き返した。
あきくんの目が、ゆっくりと見開かれる。
なおはあきくんの表情の理由もわからず、ただ見つめていた。
唇が震えている。
抱きしめてくれる腕からは力が抜けていく。
何か、彼は言おうとしているんだろうけど、結局それは言葉にならなかった。
ただ、揺れる瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
彼が何に対して泣いているのか、本当のところは理解できていないのに、自分のせいなんだというのははっきりわかった。
(……こんな風な顔をさせたいわけじゃないのに)
(あたし、何を間違った?)
あきくんが、涙を拭うことなく顔を寄せた。
それを避けることなく、そのまま受け止める。
キスが長かったのか短かったのかは覚えていない。
「……もうしない。ごめん」
その言葉に頷くしかなかった。
その日、彼は言葉が少なかった。
それでも、次の日にはいつも通り話しかけてくれた。
ただ、それ以降抱かれることはなかった。
今までのように触れたいなと思ったときは何度もあった。
それでも、そのたびにあきくんの「もうしない」という声が過ぎり、踏みとどまった。
隣には、今までと変わらない笑顔で、あきくんがいてくれる。
それだけで、軽い男性は勝手に勘違いをして引いていく。
あきくんは、いつだって守ってくれた。
だからだろうか。
それでもなおに手を伸ばしてくれるのは、いつも覚悟を持った男性ばかりだった。
そして、そういう人ほど。
……最後に、同じ顔をする。
その日も、関係を持ってしまった後に責任を取ろうとする男性に、望んでいないことを伝えると、同じ顔をして立ち去った。
今までその顔をした男性は、そっとなおの周りから姿を消した。
あきくん以外は。
「……お前さぁ……。
いや、まぁ……しょうがないか」
ぽん、といつものように頭を撫でられる。
いつも何か言いたげなあきくんは、それでも曖昧を許してくれた。
白黒はっきりした色が好きなのに、人間関係ではそれを選ばない。
そんな矛盾さえ、指摘しないでそのままでいさせてくれる。
彼の隣は居心地が良かった。