“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ―“好き”を受け取る資格がありません―
第7章 追いかけられない理由 ―当たり前だった時間の終わり―
第8話
夏の採用試験に向けて本格的に勉強していた。
ゼミで発達心理学を学びながら、空き時間を見つけて二人でテキストを開く。
休みの日も勉強に追われて、触れる触れないを考えるよりも試験について考える時間の方が増えた。
運動をして遊べる時間はほぼなくなり、いつしかあきくん以外の友だちと過ごす時間も無くなっていた。
なおの部屋に二人きりでいても、していることは勉強のみ。
前は一緒にゲームをしたり寄りかかって昼寝をしたりするようなこともあったが、今はそんな時間も余裕も全くなかった。
それが却って問題を考えなくて良いと、あきくんの気持ちを知りたいと思った自分に向き合うことを、意図的に避けていた。
そして、夏の採用試験の結果は惨敗だった。
採用人数の少なさから考えても、狭き門であることはわかっていた。
次に気持ちを切り替えて、常勤講師の採用試験に向けて勉強する。
同じく採用試験に惨敗したあきくんも、切り替えようと呟き、また隣でテキストを開く。
二人のどちらかだけでも上手くいけばと思っていたが、そう簡単には行かないのが現実だった。
そんなあきくんが採用が決まったと話しかけてきたのは、なおの試験の少し前だった。
小学校の教師を希望していた彼は、正規採用前提の講師枠を見事に勝ち取った。
なおの希望する中学校の体育教師ともなると、私学での募集もほぼなく、常勤講師の採用試験を外さないためにも必死になる。
あきくんは卒研と平行しながら私学の研修にも呼ばれるようになり、自然と勉強も一人でする時間が増えた。
望む望まないに限らず、大人になると言うことを嫌でも突きつけられた。
三つ子の妹たちも、それぞれが自分の人生を歩き始めてバラバラだ。
まなは結婚し、夏休みはずっと夫の元へと行っていた。
管理栄養士の試験に向けて、彼女も必死で勉強しているのを知っている。
ゆめは、もっと遠い。
京都の地で、優秀な大学に通い、優秀な人たちと研究を重ねている。
大学院への試験も危なげなくパスしていた。
同時に生まれたはずの妹たちでさえ、こんなに遠いのだから。
あきくんとも距離ができるのは当たり前に想定できたはずなのに、それが目の前に突きつけられるまで、本当の意味でわかっていなかった。
彼に会わない土日ができた。
テキストを開きながら、こんなにも自分は一人が苦手だったのだと思い知った。
採用試験が終わった頃には、秋を通り越して冬だった。
あきくんと卒研で席を並べながら、ほぼ終わっている研究論文を教授に見せる。
後は卒研発表会に向けて資料を整えるだけだなと思っていると、教授が冷蔵庫からリンゴジュースを注いでくれた。
教授の実家はリンゴ農家で、実家からジュースが送られてくるとゼミ生にも時々振る舞われる。
濃縮還元ではない、濃厚なリンゴの香りと甘みを楽しんで飲んでいると、そっと隣からホットのミルクティーのペットボトルが渡された。
「あったかいのも、飲んどけ」
相変わらずのあきくんの優しさを、もう当たり前だとは思わなくなっていた。
「……ありがとう」
――彼は、あたしの人生において大切な人だ。
ただ、それが“好き”なのかどうかはわからない。
あきくんが向けてくれるものも、そう呼ばれるものなのかわからなかった。
(あたしには、“好き”を受け取る資格なんて、ない。)
卒研もほぼ終わった十二月、あきくんは忙しさのピークなようで、なおはさすがに自分から声を掛けるのを控えた。
疲れた表情をした彼を見かけた日には、体調が悪くないか思わず額に手を伸ばし掛けた。
でも、その手を拒まれたら……と思うと触れる前に止めた。
代わりに、じっと彼の顔色を観察する。
あきくんには、そんな心配するなと笑われた。
試験の結果が出るまで、少し地に足が付かない気分だった。
家に帰ると猛勉強しているまながいる。
なんだか家で普通に過ごしているだけで、自分が何もしていないように感じて、胸の奥がざわついた。
他の誰かを誘って、あきくんのいない隣を埋める気も、もう起きなかった。
遊び歩きたいわけではない。
ふと、思いついてインターネットで調べてみた。
料金も思っていたほどは高くないし、これなら行けるかもと思い、さっそく行動に移す。
お金を下ろして向かった先は、近所の自動車学校だった。
ここには数年前にあきくんと一緒に通った。
中学二年からのどこを切り取っても、いつも隣に彼がいた。
――今は、ここに一人で立っている。
お正月は、いつもの家族恒例の親戚集まりに、まなが陸を連れて紹介していた。
まなのことが好きだったらしい従兄弟がショックを受けているのを見て、あんなに小さいと思っていた従兄弟でも、ちゃんと失恋を感じるくらいには人を好きになるんだなと思った。
“好き”を未だに上手く定義できない自分に内心少しだけ笑っていると、スマートフォンが震える。
みたらあきくんからの、初詣へのお誘いだった。
二つ返事で了解すると、ゆめが「日高くんでしょ」と笑って指摘する。
頷き返すと、「本当になおちゃんは日高くん一筋でぶれないね」と笑われた。
本当はぶれぶれな男性遍歴を抱えているなおは、少し気まずげに笑う。
その笑いを照れと受け取ったらしいゆめは、羨ましい、と一言零した。
彼女にも、何かあるのかもしれない。
とりあえず自分のやらかしだけは、妹たちには知られないように黙っておこうと誓った。
気温が温かい日が増えた、三月後半。
母と一緒に卒業式へと参加した。
まなと二人並んで、早朝から髪の毛をセットして貰った袴姿。
スーツ姿のあきくんと、そしてその隣にあきくんの母の姿を見つけて頭を下げる。
当たり前の様に二人並ぶと、母たちがさっそく写真を撮り始めた。
母親同士も知り合いで仲が良い。
同日に開催された卒業式。
母がなお、父がまなの方に付いていったのには、母があきくんの母と話したかったからだと思っている。
中学の卒業式から繰り返されてきた光景が、これで最後なのかと思うと寂しかった。
隣で並ぶ彼に、写真撮影だからポーズを取ろうという建前で、近くに居た数人の友だちも呼んで腕を取った。
予想通り、ほんの少し身体を固くはしていたが、あきくんから振り払われるようなことはなかった。
四月。
一年の期限はあるが、中学の体育教師としてなおは市内の中学校へ赴任した。
授業の準備や環境整備だけでなく、部活動や担任業務などの補佐、配布物の印刷、仕分けなど様々な業務に携わった。
担任の先生たちは、それにプラスして個別の指導を考えたり進路相談を受けたりなどもある。
教師という仕事の責任の重さとハードさを受け入れられるのか、現場で改めて突きつけられているような気持ちになった。
あきくんは小学校で担任を持っている。
低学年の担任を任されたと言っていた彼とは、忙しさのレベルが桁違いだった。
それでも、土日のどちらかは彼と会って一緒に過ごした。
学校の様子をお互いに話ながら、近くの公園で遊んだり、一緒に買い物に行ったり。
今までよりも一緒にいる時間は減って、夜も彼の方から仕事があるからと早めに別れる。
どちらかが連絡をしなかったら切れてしまいそうな、会うために約束が必要な関係にあきくんとなるなんて、今まで考えたことも無かった。
GWになり、鹿児島に住んでいるまなが陸を連れて実家に戻ってくる。
そこまでは予想していたが、ゆめがまさかの彼氏を連れて京都から戻ってきた。
大事な話があると行っていたので十中八九結婚についてだろう。
なおは一人部屋に引っ込みながら、頭の中で「まじかぁ」を繰り返した。
とりあえず、スマートフォンを取り出してあきくんに連絡する。
『Nao:ちょっとやばいんだけど!』
『Chiaki:なにが?』
『Nao:ゆめが彼氏連れてきた!』
『Chiaki:マジで。まぁ、ゆめさんなら彼氏の一人くらいいるだろ』
『Nao:京都からわざわざ連れてくるって、あれだよね?』
『Chiaki:普通に考えたら結婚考えているんじゃないか?』
『Nao:だよねぇ……。あたしだけ行き遅れだわ』
『Chiaki:いや、この年で結婚とか言える方が少ないだろ』
あきくんと話しているとほっとする。
自分がそのままでいて良いと、昔から言ってくれているような人だった。
「なおちゃーん!」
階下から、海の呼ぶ声が聞こえる。
話が終わったのだろう。
「はーい」
「おじさんが、郁人さんも含めて遊ぼうだって!
なおちゃんも行こうよ!」
「了解、ちょっと待っていてね」
黒いパーカーを取り出して身にまとうと、さっと姿見で確認する。
白のパンツと、黒いパーカー。
なおの好きな、白と黒。
耳には変わらずにオニキスのピアスが光っていた。
『Nao:また連絡するね! 彼氏見てくる!』
手を振るスタンプをぺたりと貼り付け、なおは階下へと降りていった。
父と海、まなと陸、ゆめとその彼氏、そして一人の自分。
ほんの少しだけ寂しさが混ざる。
「人数、何気に奇数なんだけど……千秋でも呼ぶ?」
気を遣ったような海の言葉に、なおは緩く首を振る。
「あきくん、普段忙しいから急に呼び出したら迷惑だと思う。
……それに、この中に連れてきたら、重くない?」
意味を正しく理解した海が、「まぁ、それもそっか」と答える。
親友を、この中に引きずり込む勇気はなかった。
ゆめが連れてきた彼氏は、彼女の彼氏というにはイメージが違った。
前髪が長めの黒髪は少し重たそうな印象で、背は高く、服装はよく言えばシンプル。
大学院の優秀な学生と言われたら、そのまんまのイメージではあるが。
ふわふわとしたフェミニンスタイルの彼女と並ぶと、個性と個性がぶつかる感じだ。
ゆめが、郁人にやさしい笑みを浮かべて笑いかける。
ゆめの表情は完全に信頼している人に向けるそれだ。
対する郁人は、基本は無表情に見える。
あまり好きとか言葉にするイメージもない。
そんな彼が、なぜゆめと“結婚”という形を選ぼうと思ったのかが不思議だった。
「郁人さん」
気がついたら話しかけていた。
「はい」
彼は顔色一つ変えずにこちらを見る。
「なんで、ゆめと結婚したいと思ったんですか?」
きっと想定済みの質問だったんだろう。
あまり迷うこともなく、言葉にする。
「……五年、十年先を考えた時。
彼女が隣にいないのが嫌だと思いました」
郁人の答えに、なおの指先がぴくりと震えた。
事実を乗せただけという、照れも戸惑いもない、淡々とした言葉。
だからこそ、なおの胸にすとんと入ってきた。
なおは今まで、今どうしたいかしか考えてこなかった。
目の前のものに向き合うのが、精一杯だと思っていた。
人生に見通しを立てることを、意識して避けていたのかもしれない。
「……ありがとう、ございました」
五年、十年先を想像する。
そのとき、一緒にいる人は。
一人しか思い浮かばなかった。
ゼミで発達心理学を学びながら、空き時間を見つけて二人でテキストを開く。
休みの日も勉強に追われて、触れる触れないを考えるよりも試験について考える時間の方が増えた。
運動をして遊べる時間はほぼなくなり、いつしかあきくん以外の友だちと過ごす時間も無くなっていた。
なおの部屋に二人きりでいても、していることは勉強のみ。
前は一緒にゲームをしたり寄りかかって昼寝をしたりするようなこともあったが、今はそんな時間も余裕も全くなかった。
それが却って問題を考えなくて良いと、あきくんの気持ちを知りたいと思った自分に向き合うことを、意図的に避けていた。
そして、夏の採用試験の結果は惨敗だった。
採用人数の少なさから考えても、狭き門であることはわかっていた。
次に気持ちを切り替えて、常勤講師の採用試験に向けて勉強する。
同じく採用試験に惨敗したあきくんも、切り替えようと呟き、また隣でテキストを開く。
二人のどちらかだけでも上手くいけばと思っていたが、そう簡単には行かないのが現実だった。
そんなあきくんが採用が決まったと話しかけてきたのは、なおの試験の少し前だった。
小学校の教師を希望していた彼は、正規採用前提の講師枠を見事に勝ち取った。
なおの希望する中学校の体育教師ともなると、私学での募集もほぼなく、常勤講師の採用試験を外さないためにも必死になる。
あきくんは卒研と平行しながら私学の研修にも呼ばれるようになり、自然と勉強も一人でする時間が増えた。
望む望まないに限らず、大人になると言うことを嫌でも突きつけられた。
三つ子の妹たちも、それぞれが自分の人生を歩き始めてバラバラだ。
まなは結婚し、夏休みはずっと夫の元へと行っていた。
管理栄養士の試験に向けて、彼女も必死で勉強しているのを知っている。
ゆめは、もっと遠い。
京都の地で、優秀な大学に通い、優秀な人たちと研究を重ねている。
大学院への試験も危なげなくパスしていた。
同時に生まれたはずの妹たちでさえ、こんなに遠いのだから。
あきくんとも距離ができるのは当たり前に想定できたはずなのに、それが目の前に突きつけられるまで、本当の意味でわかっていなかった。
彼に会わない土日ができた。
テキストを開きながら、こんなにも自分は一人が苦手だったのだと思い知った。
採用試験が終わった頃には、秋を通り越して冬だった。
あきくんと卒研で席を並べながら、ほぼ終わっている研究論文を教授に見せる。
後は卒研発表会に向けて資料を整えるだけだなと思っていると、教授が冷蔵庫からリンゴジュースを注いでくれた。
教授の実家はリンゴ農家で、実家からジュースが送られてくるとゼミ生にも時々振る舞われる。
濃縮還元ではない、濃厚なリンゴの香りと甘みを楽しんで飲んでいると、そっと隣からホットのミルクティーのペットボトルが渡された。
「あったかいのも、飲んどけ」
相変わらずのあきくんの優しさを、もう当たり前だとは思わなくなっていた。
「……ありがとう」
――彼は、あたしの人生において大切な人だ。
ただ、それが“好き”なのかどうかはわからない。
あきくんが向けてくれるものも、そう呼ばれるものなのかわからなかった。
(あたしには、“好き”を受け取る資格なんて、ない。)
卒研もほぼ終わった十二月、あきくんは忙しさのピークなようで、なおはさすがに自分から声を掛けるのを控えた。
疲れた表情をした彼を見かけた日には、体調が悪くないか思わず額に手を伸ばし掛けた。
でも、その手を拒まれたら……と思うと触れる前に止めた。
代わりに、じっと彼の顔色を観察する。
あきくんには、そんな心配するなと笑われた。
試験の結果が出るまで、少し地に足が付かない気分だった。
家に帰ると猛勉強しているまながいる。
なんだか家で普通に過ごしているだけで、自分が何もしていないように感じて、胸の奥がざわついた。
他の誰かを誘って、あきくんのいない隣を埋める気も、もう起きなかった。
遊び歩きたいわけではない。
ふと、思いついてインターネットで調べてみた。
料金も思っていたほどは高くないし、これなら行けるかもと思い、さっそく行動に移す。
お金を下ろして向かった先は、近所の自動車学校だった。
ここには数年前にあきくんと一緒に通った。
中学二年からのどこを切り取っても、いつも隣に彼がいた。
――今は、ここに一人で立っている。
お正月は、いつもの家族恒例の親戚集まりに、まなが陸を連れて紹介していた。
まなのことが好きだったらしい従兄弟がショックを受けているのを見て、あんなに小さいと思っていた従兄弟でも、ちゃんと失恋を感じるくらいには人を好きになるんだなと思った。
“好き”を未だに上手く定義できない自分に内心少しだけ笑っていると、スマートフォンが震える。
みたらあきくんからの、初詣へのお誘いだった。
二つ返事で了解すると、ゆめが「日高くんでしょ」と笑って指摘する。
頷き返すと、「本当になおちゃんは日高くん一筋でぶれないね」と笑われた。
本当はぶれぶれな男性遍歴を抱えているなおは、少し気まずげに笑う。
その笑いを照れと受け取ったらしいゆめは、羨ましい、と一言零した。
彼女にも、何かあるのかもしれない。
とりあえず自分のやらかしだけは、妹たちには知られないように黙っておこうと誓った。
気温が温かい日が増えた、三月後半。
母と一緒に卒業式へと参加した。
まなと二人並んで、早朝から髪の毛をセットして貰った袴姿。
スーツ姿のあきくんと、そしてその隣にあきくんの母の姿を見つけて頭を下げる。
当たり前の様に二人並ぶと、母たちがさっそく写真を撮り始めた。
母親同士も知り合いで仲が良い。
同日に開催された卒業式。
母がなお、父がまなの方に付いていったのには、母があきくんの母と話したかったからだと思っている。
中学の卒業式から繰り返されてきた光景が、これで最後なのかと思うと寂しかった。
隣で並ぶ彼に、写真撮影だからポーズを取ろうという建前で、近くに居た数人の友だちも呼んで腕を取った。
予想通り、ほんの少し身体を固くはしていたが、あきくんから振り払われるようなことはなかった。
四月。
一年の期限はあるが、中学の体育教師としてなおは市内の中学校へ赴任した。
授業の準備や環境整備だけでなく、部活動や担任業務などの補佐、配布物の印刷、仕分けなど様々な業務に携わった。
担任の先生たちは、それにプラスして個別の指導を考えたり進路相談を受けたりなどもある。
教師という仕事の責任の重さとハードさを受け入れられるのか、現場で改めて突きつけられているような気持ちになった。
あきくんは小学校で担任を持っている。
低学年の担任を任されたと言っていた彼とは、忙しさのレベルが桁違いだった。
それでも、土日のどちらかは彼と会って一緒に過ごした。
学校の様子をお互いに話ながら、近くの公園で遊んだり、一緒に買い物に行ったり。
今までよりも一緒にいる時間は減って、夜も彼の方から仕事があるからと早めに別れる。
どちらかが連絡をしなかったら切れてしまいそうな、会うために約束が必要な関係にあきくんとなるなんて、今まで考えたことも無かった。
GWになり、鹿児島に住んでいるまなが陸を連れて実家に戻ってくる。
そこまでは予想していたが、ゆめがまさかの彼氏を連れて京都から戻ってきた。
大事な話があると行っていたので十中八九結婚についてだろう。
なおは一人部屋に引っ込みながら、頭の中で「まじかぁ」を繰り返した。
とりあえず、スマートフォンを取り出してあきくんに連絡する。
『Nao:ちょっとやばいんだけど!』
『Chiaki:なにが?』
『Nao:ゆめが彼氏連れてきた!』
『Chiaki:マジで。まぁ、ゆめさんなら彼氏の一人くらいいるだろ』
『Nao:京都からわざわざ連れてくるって、あれだよね?』
『Chiaki:普通に考えたら結婚考えているんじゃないか?』
『Nao:だよねぇ……。あたしだけ行き遅れだわ』
『Chiaki:いや、この年で結婚とか言える方が少ないだろ』
あきくんと話しているとほっとする。
自分がそのままでいて良いと、昔から言ってくれているような人だった。
「なおちゃーん!」
階下から、海の呼ぶ声が聞こえる。
話が終わったのだろう。
「はーい」
「おじさんが、郁人さんも含めて遊ぼうだって!
なおちゃんも行こうよ!」
「了解、ちょっと待っていてね」
黒いパーカーを取り出して身にまとうと、さっと姿見で確認する。
白のパンツと、黒いパーカー。
なおの好きな、白と黒。
耳には変わらずにオニキスのピアスが光っていた。
『Nao:また連絡するね! 彼氏見てくる!』
手を振るスタンプをぺたりと貼り付け、なおは階下へと降りていった。
父と海、まなと陸、ゆめとその彼氏、そして一人の自分。
ほんの少しだけ寂しさが混ざる。
「人数、何気に奇数なんだけど……千秋でも呼ぶ?」
気を遣ったような海の言葉に、なおは緩く首を振る。
「あきくん、普段忙しいから急に呼び出したら迷惑だと思う。
……それに、この中に連れてきたら、重くない?」
意味を正しく理解した海が、「まぁ、それもそっか」と答える。
親友を、この中に引きずり込む勇気はなかった。
ゆめが連れてきた彼氏は、彼女の彼氏というにはイメージが違った。
前髪が長めの黒髪は少し重たそうな印象で、背は高く、服装はよく言えばシンプル。
大学院の優秀な学生と言われたら、そのまんまのイメージではあるが。
ふわふわとしたフェミニンスタイルの彼女と並ぶと、個性と個性がぶつかる感じだ。
ゆめが、郁人にやさしい笑みを浮かべて笑いかける。
ゆめの表情は完全に信頼している人に向けるそれだ。
対する郁人は、基本は無表情に見える。
あまり好きとか言葉にするイメージもない。
そんな彼が、なぜゆめと“結婚”という形を選ぼうと思ったのかが不思議だった。
「郁人さん」
気がついたら話しかけていた。
「はい」
彼は顔色一つ変えずにこちらを見る。
「なんで、ゆめと結婚したいと思ったんですか?」
きっと想定済みの質問だったんだろう。
あまり迷うこともなく、言葉にする。
「……五年、十年先を考えた時。
彼女が隣にいないのが嫌だと思いました」
郁人の答えに、なおの指先がぴくりと震えた。
事実を乗せただけという、照れも戸惑いもない、淡々とした言葉。
だからこそ、なおの胸にすとんと入ってきた。
なおは今まで、今どうしたいかしか考えてこなかった。
目の前のものに向き合うのが、精一杯だと思っていた。
人生に見通しを立てることを、意識して避けていたのかもしれない。
「……ありがとう、ございました」
五年、十年先を想像する。
そのとき、一緒にいる人は。
一人しか思い浮かばなかった。