仏様だって青春がしたい!
「ということで、現世の中学校で青春を謳歌したいです」
「……は?」
翌日。現世の私立中学校の、キラキラした制服姿の生徒たちが表紙を飾るパンフレットを両手で掲げて宣言した私に対し、阿弥さんは案の定『このバカは何を言っているんだ』という冷ややかな視線を向けてきた。
「昨日、テレビの現世チャンネルをたまたま見まして!あー、これだ!青春ってなんて素晴らしいんだろう、って感動しちゃいまして!」
「はぁ……それで?」
「現世の中学生に行かせてください。極楽浄土、平和だけどつまんないです」
「良いことじゃないですか、平和なのは。。そもそもここは『苦しみのない最高にハッピーな世界』として私がプロデュースした極楽浄土ですよ?つまらないとは何事ですか」
阿弥さんは深く息を吐き、私の持つパンフレットからゆっくりと視線を上げた。
「……却下、と言いたいところですが」
「えっ」
「『青春に憧れた』という理由だけで現世に行かせろと言われて、はいそうですかと頷くほど、私は甘くありません」
ごもっともです。
ぐうの音も出ない正論に、私は思わず膝の上で拳を握り締め、ピシッと背筋を伸ばした。
「ただし、条件付きでなら考えましょう」
「条件?」
阿弥さんは扇子を畳み、机の上に軽く置いた。
「第一。人間の因果を歪めないこと。病気、怪我、成績、本来の運命……人間が本来辿るべき運命への神仏の介入は一切禁止です」
「うっ……はい」
「第二。人間関係に深入りしすぎないこと。友達は構いません。ですが、誰かの人生を背負うような真似はしないでください」
その言葉だけは、普段の厳しい阿弥さんらしからぬ、どこか慈悲深い柔らかさを帯びていた。
「第三。問題を起こした場合は即時帰還。警察、病院、学校――どこであれ、面倒事を起こした瞬間に終了です」
前科がありすぎて、返す言葉がこれっぽっちもない。
「そして最後」
阿弥さんは、まっすぐこちらを見る。
「精一杯楽しんでください」
予想外の温かい言葉に、胸がじんと熱くなる。思わず息を呑んだ、まさにその感動的な瞬間のことだった。
「――あ、じゃあ俺も行くわ」
「行かせません」
間髪を入れず、阿弥さんが容赦なくシャッターを下ろすように切り捨てた。
「えっ、即答!? 酷くないっスか阿弥さん!?」
いつの間に入ってきたのか、部屋の朱塗りの柱にもたれかかりながら、薬師がひらひらと手を振っている。
完全に聞き耳を立てていた顔だ。
「そもそも、こいつ一人現世に放り出すの、危なくないです?すぐ騙されるし、漬け物奪われたくらいでブチ切れるし」
「うるさい、この薬びょう神!」
即座に噛みついたものの、阿弥さんは「うーむ……」と難しそうな顔で顎に手を当ててしまった。
「……確かに、不安要素が多いですね」
「ほら!」
薬師が勝ち誇ったように、ニタァと憎たらしい笑みを浮かべる。
「だから俺が監督役として同行するのが一番合理的じゃないっスか?医療知識もあるし、いざとなったらフォローできますし」
「どうせ仕事サボりたいだけのくせに……」
私がボソッと呟いた瞬間、阿弥さんの切れ長の目が、すっと細くなった。
「貴方が現世で何をするか、こちらは把握していますが?二人セットで何も起こさないと思いで?」
「え、えーっと……?」
「交番を三つ動かした件を含めて」
「……あれは事故っス」
「事故の定義を辞書で引き直しなさい」
空気が一気に冷える。
(やっぱ薬師嫌い……)
阿弥さんは、机に置いた扇子の端で、コン、コンと一定のビートを刻みながら、痛むこめかみを押さえるように頭を抱えた。
「あ、現世でも仕事はしてもらいますよ」
「えっ」
「えーっ!? なんでっスか!?」
私と薬師の声が綺麗にハモる。
阿弥さんは、仏の慈悲を体現したかのような、実ににこやかな笑みを浮かべた。
だが、その目は一切笑っていない。いわゆる、一番怒らせてはいけない時の『いつものやつ』だ。
笑顔を崩さぬまま、阿弥さんは机の深い引き出しから、お洒落な英国風デザインのクッキー缶を取り出した。
え、もしかして、現世への餞別としてお菓子の差し入れ……!?
淡い期待を抱いて身を乗り出した私の前に、クッキー缶から引っ張り出されたのは、ぎっしりと詰まった、およそクッキーとは無縁の『大量の紙束』だった。
「……これは?」
「貴方達が現世に行くたびに、好き勝手やって溜めに溜めまくった『領収書』の数々です」
「「………」」
「ちなみにこちらは―――」
阿弥さんは、束になっているやつを取り出した。
『破損物修理費』
『示談金』
『慰謝料』
わーすっごい。難しそうな名前がこんにちはしてるぅー。
「素晴らしい金額ですね。ほんっとうに、何回も何回も貴方達が問題を起こすたびに、私が立て替えておいたのですがね。どうやら一向に反省の色が見えませんので、立て替え制度は廃止といたしました」
「御慈悲を!」
「無理です」
にっこりと首を横に振る阿弥さん。
その瞬間、薬師が素早く一歩前に出て、私の顔を指差した。
「こいつ一人で行かせるので俺の仕事免除―――あ、無理ですね。すみませんでした!」
反射神経だけは無駄に良い薬師が、九十度の角度で即座に頭を下げた。
「理解が早くて助かります」
阿弥さんは満足そうに頷く。
「ということで」
扇子を一度、パンと鳴らした。
「バイトなり何なりしてお金を稼いで下さい」
「嘘ッスよね!?」
最後だけ、薬師の声が裏返った。
「いや待ってくださいよ阿弥さん!? 現世の給料でこれ返すの、無理じゃないっスか!?」
「あら、そこは安心してください。温情ですよ」
阿弥さんは、引き出しからさらに極めつけの一枚を取り出し、私たちの前にスッと差し出した。
『返済計画書(百年)』
「無利子の長期ローンです」
「地獄より地獄的だ!!」
絶叫する薬師を無視して、阿弥さんはどこまでも穏やかに続けた。
「ちなみに」
扇子が、静かに、そして重々しく閉じられる。
「利子は付きませんが、踏み倒そうとしたり、逃亡を図った場合は―――分かりますよね?」
「「…………」」
私と薬師は、同時に背筋を伸ばした。
「……は?」
翌日。現世の私立中学校の、キラキラした制服姿の生徒たちが表紙を飾るパンフレットを両手で掲げて宣言した私に対し、阿弥さんは案の定『このバカは何を言っているんだ』という冷ややかな視線を向けてきた。
「昨日、テレビの現世チャンネルをたまたま見まして!あー、これだ!青春ってなんて素晴らしいんだろう、って感動しちゃいまして!」
「はぁ……それで?」
「現世の中学生に行かせてください。極楽浄土、平和だけどつまんないです」
「良いことじゃないですか、平和なのは。。そもそもここは『苦しみのない最高にハッピーな世界』として私がプロデュースした極楽浄土ですよ?つまらないとは何事ですか」
阿弥さんは深く息を吐き、私の持つパンフレットからゆっくりと視線を上げた。
「……却下、と言いたいところですが」
「えっ」
「『青春に憧れた』という理由だけで現世に行かせろと言われて、はいそうですかと頷くほど、私は甘くありません」
ごもっともです。
ぐうの音も出ない正論に、私は思わず膝の上で拳を握り締め、ピシッと背筋を伸ばした。
「ただし、条件付きでなら考えましょう」
「条件?」
阿弥さんは扇子を畳み、机の上に軽く置いた。
「第一。人間の因果を歪めないこと。病気、怪我、成績、本来の運命……人間が本来辿るべき運命への神仏の介入は一切禁止です」
「うっ……はい」
「第二。人間関係に深入りしすぎないこと。友達は構いません。ですが、誰かの人生を背負うような真似はしないでください」
その言葉だけは、普段の厳しい阿弥さんらしからぬ、どこか慈悲深い柔らかさを帯びていた。
「第三。問題を起こした場合は即時帰還。警察、病院、学校――どこであれ、面倒事を起こした瞬間に終了です」
前科がありすぎて、返す言葉がこれっぽっちもない。
「そして最後」
阿弥さんは、まっすぐこちらを見る。
「精一杯楽しんでください」
予想外の温かい言葉に、胸がじんと熱くなる。思わず息を呑んだ、まさにその感動的な瞬間のことだった。
「――あ、じゃあ俺も行くわ」
「行かせません」
間髪を入れず、阿弥さんが容赦なくシャッターを下ろすように切り捨てた。
「えっ、即答!? 酷くないっスか阿弥さん!?」
いつの間に入ってきたのか、部屋の朱塗りの柱にもたれかかりながら、薬師がひらひらと手を振っている。
完全に聞き耳を立てていた顔だ。
「そもそも、こいつ一人現世に放り出すの、危なくないです?すぐ騙されるし、漬け物奪われたくらいでブチ切れるし」
「うるさい、この薬びょう神!」
即座に噛みついたものの、阿弥さんは「うーむ……」と難しそうな顔で顎に手を当ててしまった。
「……確かに、不安要素が多いですね」
「ほら!」
薬師が勝ち誇ったように、ニタァと憎たらしい笑みを浮かべる。
「だから俺が監督役として同行するのが一番合理的じゃないっスか?医療知識もあるし、いざとなったらフォローできますし」
「どうせ仕事サボりたいだけのくせに……」
私がボソッと呟いた瞬間、阿弥さんの切れ長の目が、すっと細くなった。
「貴方が現世で何をするか、こちらは把握していますが?二人セットで何も起こさないと思いで?」
「え、えーっと……?」
「交番を三つ動かした件を含めて」
「……あれは事故っス」
「事故の定義を辞書で引き直しなさい」
空気が一気に冷える。
(やっぱ薬師嫌い……)
阿弥さんは、机に置いた扇子の端で、コン、コンと一定のビートを刻みながら、痛むこめかみを押さえるように頭を抱えた。
「あ、現世でも仕事はしてもらいますよ」
「えっ」
「えーっ!? なんでっスか!?」
私と薬師の声が綺麗にハモる。
阿弥さんは、仏の慈悲を体現したかのような、実ににこやかな笑みを浮かべた。
だが、その目は一切笑っていない。いわゆる、一番怒らせてはいけない時の『いつものやつ』だ。
笑顔を崩さぬまま、阿弥さんは机の深い引き出しから、お洒落な英国風デザインのクッキー缶を取り出した。
え、もしかして、現世への餞別としてお菓子の差し入れ……!?
淡い期待を抱いて身を乗り出した私の前に、クッキー缶から引っ張り出されたのは、ぎっしりと詰まった、およそクッキーとは無縁の『大量の紙束』だった。
「……これは?」
「貴方達が現世に行くたびに、好き勝手やって溜めに溜めまくった『領収書』の数々です」
「「………」」
「ちなみにこちらは―――」
阿弥さんは、束になっているやつを取り出した。
『破損物修理費』
『示談金』
『慰謝料』
わーすっごい。難しそうな名前がこんにちはしてるぅー。
「素晴らしい金額ですね。ほんっとうに、何回も何回も貴方達が問題を起こすたびに、私が立て替えておいたのですがね。どうやら一向に反省の色が見えませんので、立て替え制度は廃止といたしました」
「御慈悲を!」
「無理です」
にっこりと首を横に振る阿弥さん。
その瞬間、薬師が素早く一歩前に出て、私の顔を指差した。
「こいつ一人で行かせるので俺の仕事免除―――あ、無理ですね。すみませんでした!」
反射神経だけは無駄に良い薬師が、九十度の角度で即座に頭を下げた。
「理解が早くて助かります」
阿弥さんは満足そうに頷く。
「ということで」
扇子を一度、パンと鳴らした。
「バイトなり何なりしてお金を稼いで下さい」
「嘘ッスよね!?」
最後だけ、薬師の声が裏返った。
「いや待ってくださいよ阿弥さん!? 現世の給料でこれ返すの、無理じゃないっスか!?」
「あら、そこは安心してください。温情ですよ」
阿弥さんは、引き出しからさらに極めつけの一枚を取り出し、私たちの前にスッと差し出した。
『返済計画書(百年)』
「無利子の長期ローンです」
「地獄より地獄的だ!!」
絶叫する薬師を無視して、阿弥さんはどこまでも穏やかに続けた。
「ちなみに」
扇子が、静かに、そして重々しく閉じられる。
「利子は付きませんが、踏み倒そうとしたり、逃亡を図った場合は―――分かりますよね?」
「「…………」」
私と薬師は、同時に背筋を伸ばした。


