仏様だって青春がしたい!
第一章、仏さん、中学生になる
「分かっているのですか!?不動明王!薬師如来!」
極楽浄土の総支配人室。
ふかふかの高級革張り椅子に座り、額に青筋を浮かべてブチ切れている阿弥さんを前に、私達は畳の上で文字通り平伏する勢いで正座させられていた。
「今回は警察に追われ、泣く泣く極楽浄土に戻ってきたと……。先週、貴方達の喧嘩で交番が三つも動くことになったのをもうお忘れで?」
「な、何で分かるんですか?……まさかストーカー?」
私が本気でハッとした顔をして身を引くと、阿弥さんは眉間をさらに寄せて大袈裟に咳払いをした。
「貴方達が現世で何をしているのか、この極楽浄土の総支配人、阿弥陀如来には筒抜けです!」
阿弥さんの神々しくも怒気を含んだ声が部屋に響き渡る。ふと隣を見ると、同じく正座しているはずの薬師は、阿弥さんの怒り顔すら愛おしいとばかりにデレデレと鼻の下を伸ばしていた。
正気かこいつは。
「我々仏は現世の救いを求める人々を時に助け、時に罰し、正しく導かなくてはいけません。それなのに、貴方達ときたら……現世に下りるたびに派手な喧嘩をして街の物を壊して、これじゃあ救いの神どころか、まるでタチの悪い疫病神じゃないの!」
阿弥さんの説教も、こう何度も浴びせられれば、右の耳から入って左の耳から綺麗に抜けていく程度には慣れっこだ。
次はどんなお決まりの小言が飛んでくるか、次に繰り出される単語まで予測できてしまう領域に達している。自慢ではないが、これまでに食らった説教の総合時間は、隣でヘラヘラと阿弥さんに見とれている薬師といい勝負だと思う。
そろそろこの長いお説教も終わりそうだな――と、心の中で帰りの駄菓子屋のお菓子を思い浮かべていた、その時、薬師が口を開いた。
「そういや阿弥さんって、その薄い服の下って全裸なんですか?」
「うわっ……」
「……は?」
私と阿弥さんの氷点下を下回る冷ややかな視線が、同時に薬師へ突き刺さる。どん引き、という言葉すら生ぬるい。
だが、薬師は何をトチ狂ったのか、怒りで引きつる阿弥さんの繊細な手の甲を優しくさすりながら、「いやぁ、まいったなぁ……」とさらにデレデレと頬をゆるゆるに緩めた。
次の瞬間、変態へと成り下がった薬師の無防備につむじめがけ、阿弥さんが逆手に持った金箔押しの扇子を縦一文字に振り下ろした。
ドゴッと凄い音がした。
痛そう……。
さっきまでのデレ顔はどこへやら、正座し直す薬師の背筋は伸びていた。
「何か私に言うことは?」
「「申し訳ございません。深く反省しています」」
揃って地面に額を擦り付け、土下座の姿勢をとることで、私たちはようやく一時間以上に及ぶ地獄のお説教から解放されたのだった。
昼ご飯を食べる前に呼ばれたので、お腹がグゥーと音を立てながら食堂へ向かう。
隣の席では薬師が、さっきの爆弾発言のせいで頭を押さえている。
(何で私、不仲な奴と一緒に蕎麦を食べているんだろう……)
食堂のテーブルにつき、ズズズと蕎麦をすする薬師をチラリと横目で睨みながら、私は深いため息をついた。
「本当、薬師と絡むとろくなことがないよね……。トラブルしか連れてこないじゃん。いっそのこと、変態薬びょう神に改名したら?」
軽く悪態をつくと、薬師が私の盛り蕎麦に付いてきていた漬け物を掻っ攫っていく。
「あっ!」
取ろうとするも既にドヤ顔で口に入れられていた。
「あぁぁっぁ!!」
「あーうまうま。漬け物の後の蕎麦は美味いなー」
あからさまに棒読みで蕎麦をすする薬師に対し、私の脳内で何かがブチ切れる音がした。怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「お、お前、本当にマジで……食べ物の恨みは恐ろしいからね!」
薬師の襟首を掴んで揺さぶった。
この漬け物は単なる脇役じゃない!ちょっと濃いめの漬け物を挟んで蕎麦を食べる瞬間の為に私は生きていると言っても過言ではない。
どれだけ私が前後に揺さぶろうとも、薬師は涼しい顔をしたまま、もぐもぐと口の中の漬け物を食べている。
「返して、私の大事な漬け物を今すぐ返してよ!」
「いや、もう胃袋の中だし。一度食べた物は返せませーん」
あまりにも平然と、かつ小馬鹿にした態度で返されたものだから、私の頭に上っていた血が、逆にスーッと冷めていくのを感じた。
「本当に……最悪」
言い捨てると、何故か少しだけ目を細めた。まるでその反応を待ってましたとばかりの表情だ。
✳✳✳
その夜。
今日は珍しく夜遅くまで起きていた。
冷たいほうじ茶を片手に、阿弥さんから渡された反省文用の紙を眠気と戦いながら睨みつける。
どれだけ睨みつけても反省文は怯まない。いよいよ避けられなくなった反省文が、抜き差しならない敵となって私の前に立ちはだかったのだ。
勝負は劣勢。
冷や汗を流しながら、反省文という強敵に良いように殴られてふらふらになっている。
私は視線を上げ、壁の時計を見た。古い飴色の振り子時計。
時刻は既に日付をまたいでいる。
少しでも脳を休めようと、現実逃避のつもりでテレビの主電源を入れた。画面に映し出された番組の内容が、ぼんやりとした視界に飛び込んでくる。
『やっぱり、青春って楽しい!』
どうやら、現世のテレビ番組の再放送らしい。画面の向こうでは、制服を着た若者達が夕日に向かって笑い合っていた。
画面の中で輝く学生を眺めながら、私は小さく呟いた。
「青春ねぇ。人間の子供は、テストだの部活だの恋だので大騒ぎしてて楽しそうだな……」
私と薬師如来の日常といえば、交番を三つも動かすような大喧嘩か、極楽浄土の支配人である阿弥さんからの容赦ない正座説教。
さっきまで書いていた反省文の紙には、まだ一行も埋まっていない。
はっきり言って、神仏の暮らしは『青春』とは程遠い。あれ、悲しくなってきた。
(青春か〜……楽しそう)
極楽浄土の総支配人室。
ふかふかの高級革張り椅子に座り、額に青筋を浮かべてブチ切れている阿弥さんを前に、私達は畳の上で文字通り平伏する勢いで正座させられていた。
「今回は警察に追われ、泣く泣く極楽浄土に戻ってきたと……。先週、貴方達の喧嘩で交番が三つも動くことになったのをもうお忘れで?」
「な、何で分かるんですか?……まさかストーカー?」
私が本気でハッとした顔をして身を引くと、阿弥さんは眉間をさらに寄せて大袈裟に咳払いをした。
「貴方達が現世で何をしているのか、この極楽浄土の総支配人、阿弥陀如来には筒抜けです!」
阿弥さんの神々しくも怒気を含んだ声が部屋に響き渡る。ふと隣を見ると、同じく正座しているはずの薬師は、阿弥さんの怒り顔すら愛おしいとばかりにデレデレと鼻の下を伸ばしていた。
正気かこいつは。
「我々仏は現世の救いを求める人々を時に助け、時に罰し、正しく導かなくてはいけません。それなのに、貴方達ときたら……現世に下りるたびに派手な喧嘩をして街の物を壊して、これじゃあ救いの神どころか、まるでタチの悪い疫病神じゃないの!」
阿弥さんの説教も、こう何度も浴びせられれば、右の耳から入って左の耳から綺麗に抜けていく程度には慣れっこだ。
次はどんなお決まりの小言が飛んでくるか、次に繰り出される単語まで予測できてしまう領域に達している。自慢ではないが、これまでに食らった説教の総合時間は、隣でヘラヘラと阿弥さんに見とれている薬師といい勝負だと思う。
そろそろこの長いお説教も終わりそうだな――と、心の中で帰りの駄菓子屋のお菓子を思い浮かべていた、その時、薬師が口を開いた。
「そういや阿弥さんって、その薄い服の下って全裸なんですか?」
「うわっ……」
「……は?」
私と阿弥さんの氷点下を下回る冷ややかな視線が、同時に薬師へ突き刺さる。どん引き、という言葉すら生ぬるい。
だが、薬師は何をトチ狂ったのか、怒りで引きつる阿弥さんの繊細な手の甲を優しくさすりながら、「いやぁ、まいったなぁ……」とさらにデレデレと頬をゆるゆるに緩めた。
次の瞬間、変態へと成り下がった薬師の無防備につむじめがけ、阿弥さんが逆手に持った金箔押しの扇子を縦一文字に振り下ろした。
ドゴッと凄い音がした。
痛そう……。
さっきまでのデレ顔はどこへやら、正座し直す薬師の背筋は伸びていた。
「何か私に言うことは?」
「「申し訳ございません。深く反省しています」」
揃って地面に額を擦り付け、土下座の姿勢をとることで、私たちはようやく一時間以上に及ぶ地獄のお説教から解放されたのだった。
昼ご飯を食べる前に呼ばれたので、お腹がグゥーと音を立てながら食堂へ向かう。
隣の席では薬師が、さっきの爆弾発言のせいで頭を押さえている。
(何で私、不仲な奴と一緒に蕎麦を食べているんだろう……)
食堂のテーブルにつき、ズズズと蕎麦をすする薬師をチラリと横目で睨みながら、私は深いため息をついた。
「本当、薬師と絡むとろくなことがないよね……。トラブルしか連れてこないじゃん。いっそのこと、変態薬びょう神に改名したら?」
軽く悪態をつくと、薬師が私の盛り蕎麦に付いてきていた漬け物を掻っ攫っていく。
「あっ!」
取ろうとするも既にドヤ顔で口に入れられていた。
「あぁぁっぁ!!」
「あーうまうま。漬け物の後の蕎麦は美味いなー」
あからさまに棒読みで蕎麦をすする薬師に対し、私の脳内で何かがブチ切れる音がした。怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「お、お前、本当にマジで……食べ物の恨みは恐ろしいからね!」
薬師の襟首を掴んで揺さぶった。
この漬け物は単なる脇役じゃない!ちょっと濃いめの漬け物を挟んで蕎麦を食べる瞬間の為に私は生きていると言っても過言ではない。
どれだけ私が前後に揺さぶろうとも、薬師は涼しい顔をしたまま、もぐもぐと口の中の漬け物を食べている。
「返して、私の大事な漬け物を今すぐ返してよ!」
「いや、もう胃袋の中だし。一度食べた物は返せませーん」
あまりにも平然と、かつ小馬鹿にした態度で返されたものだから、私の頭に上っていた血が、逆にスーッと冷めていくのを感じた。
「本当に……最悪」
言い捨てると、何故か少しだけ目を細めた。まるでその反応を待ってましたとばかりの表情だ。
✳✳✳
その夜。
今日は珍しく夜遅くまで起きていた。
冷たいほうじ茶を片手に、阿弥さんから渡された反省文用の紙を眠気と戦いながら睨みつける。
どれだけ睨みつけても反省文は怯まない。いよいよ避けられなくなった反省文が、抜き差しならない敵となって私の前に立ちはだかったのだ。
勝負は劣勢。
冷や汗を流しながら、反省文という強敵に良いように殴られてふらふらになっている。
私は視線を上げ、壁の時計を見た。古い飴色の振り子時計。
時刻は既に日付をまたいでいる。
少しでも脳を休めようと、現実逃避のつもりでテレビの主電源を入れた。画面に映し出された番組の内容が、ぼんやりとした視界に飛び込んでくる。
『やっぱり、青春って楽しい!』
どうやら、現世のテレビ番組の再放送らしい。画面の向こうでは、制服を着た若者達が夕日に向かって笑い合っていた。
画面の中で輝く学生を眺めながら、私は小さく呟いた。
「青春ねぇ。人間の子供は、テストだの部活だの恋だので大騒ぎしてて楽しそうだな……」
私と薬師如来の日常といえば、交番を三つも動かすような大喧嘩か、極楽浄土の支配人である阿弥さんからの容赦ない正座説教。
さっきまで書いていた反省文の紙には、まだ一行も埋まっていない。
はっきり言って、神仏の暮らしは『青春』とは程遠い。あれ、悲しくなってきた。
(青春か〜……楽しそう)


