S系策士に豹変した元恋人御曹司の独占愛が甘すぎる

 一瞬の決断の遅さを密かに後悔していると、和季が、

「ほら、出たぞ」

 と、不機嫌な声を出した。

 焦った紗夜は、多少大袈裟に暴れてでも和季の腕から逃れるべきだろうか、と考えた。

 だがその行動一つで電話の向こうの陽太に『和季と一緒にいる』と知られるかもしれない、と躊躇してしまう。

 常務執務室の一面ガラス張りの窓にはすでにブラインドがかけられているため、外から中の様子は伺えない。つまり紗夜が和季の膝の上に抱えられているというこの状態は、黙っていれば他人に知られることはない。

 逡巡の末、ならばここはさっさと断りの旨を告げて会話を終わらせる方が早い、と判断し、陽太との通話を続行することにする。

 大丈夫。労いの挨拶をして、用件を伝えて、別れの挨拶をする、というスリーステップで済むのだから、普通の会話を普通にすれば、陽太にこちらの状況を察知されることはないはずだ。

「お……お疲れさまです、深田です」
『あ、仕事終わった?』

 紗夜が労いの挨拶をすると、声を弾ませた陽太がこちらの状況を確認してくる。

『俺もいま終わったとこ。どうする? どっか行きたいとこある?』
「あ、あの……っ」

 挨拶に対する返答の続きで今夜の希望を訊ねられる、という、さっそく予定外の流れになってしまい、あわあわと焦る。

 しかし紗夜が『違うの』『行けなくなったの』と伝える直前で、さらなる予想外の状況に見舞われた。

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