S系策士に豹変した元恋人御曹司の独占愛が甘すぎる
自身の失態に気づいて我に返った紗夜は悲しみと後悔の狭間で静かに俯いたが、そこで和季がふと不機嫌な声を発した。
「だからそれ、誰のことなんだよ」
訝しげな声で訊ねてくる和季に、紗夜の空気が一瞬止まる。
それからゆっくり顔を上げると、至近距離で和季と目が合う。
「……え?」
いつの間にか和季の胡坐の上に横向きで抱かれていた紗夜が瞬きをすると、その表情を確認した和季が少し困ったようにため息をついた。
「前も言ってたよな、その『婚約者』がどうのって。けど、俺には婚約者なんていない。この二年間も、紗夜と付き合ってた頃も、もちろんその前も、二十九年生きてきて婚約者がいたことなんて一度もない」
「!?」
和季がきっぱりと言い切ったので、目を見開いて固まってしまう。
そうなの? と、そんなはずないですよね? がまとめて押し寄せてきて、頭の中が疑問符まみれになる。
「え……? 本当……ですか?」
「本当だ。俺は紗夜に嘘はつかない」
思考を埋め尽くす疑問をそのまま声に出すと、和季がしっかりと頷いて紗夜の不安を跳ね除けてくれる。
「信じられないか?」
「……。……いえ」
和季から真剣な眼差しで問われて、一瞬だけ言葉に詰まる。だが結局は首を横に振る。
もちろん、和季が悪質な嘘をつく人だとは思っていない。先ほどのようないたずらや冗談で紗夜を翻弄することはあっても、相手の心を深く傷つけるようなひどい嘘を言う人ではない。