S系策士に豹変した元恋人御曹司の独占愛が甘すぎる
紗夜が身体を引くと同時に二人も上階へ向かい始めたらしく、コツコツ、コンコン、と靴底が段差を踏む二つの音が、少しずつ上へ遠ざかっていく。
和季と女性の移動はたったの一階分だったためか、紗夜が立ち尽くしている間に八階へ辿り着いたらしい。
ピッと小さな電子音が聞こえたのち、扉が開いて、閉じて――やがて階段エリアの中は、ほぼ無音の状態になった。
力が抜けて階段から足を踏み外してしまいそうだったので、必死に手すりを掴んで力を込める。だがその指の先にも、まったく力が入っている気がしない。
(そっか……そうだよね……)
最初からわかっていた。
二年前に別れたときから知っていた。
紗夜と和季では住む世界が違うことぐらい。
和季がいつか、明里家の御曹司として相応しい女性を選ぶことぐらい。
紗夜が『本命』にはなれないことぐらい――紗夜と和季には未来がないことぐらい、気づいていたはずなのに。
(バカだな、私……)
もちろん今もちゃんとわかっている。
頭では理解して、思い知って、弁えている。
それでも和季が『好きだ』と言ってくれるときの眼差しを思い出してしまう。その笑顔が眩しくて、嬉しくて、恋しいと感じてしまう。
そんな自分を、今さら自身の気持ちに気づいてしまったことを、どうしようもなく愚かな大馬鹿者だと理解しているのに――