S系策士に豹変した元恋人御曹司の独占愛が甘すぎる
和季の声には疑問と困惑の感情が含まれていたが、紗夜はそのすべてをあえて無視することにした。その方が早く決着すると――お互いのためだと知っているからだ。
「ですから、明里常務とお付き合いするつもりはありません」
好きな人がいる、というのはあながち嘘ではない。だが、和季と付き合うつもりはない、と考えているのは本当だ。しかしそのすべてを詳細に説明する必要はないだろう。
よって適度にぼかして上手に話をすり替えたつもりでいた紗夜だが、この選択は完全な失敗だった。
好きな人がいる、という一言は、和季の最大の逆鱗だったらしい。
「誰だよ、好きな人って」
「!」
「……誰?」
和季の声音に氷点下の冷気が入り混じる。
おそるおそる視線を上げると冷たい怒りを孕んだ黒い目と目が合い、紗夜の喉からひゅ、と細い空気が漏れる。
誰にでも優しく人当たりの良い和季が、他人に怒りの感情を向ける姿は見たことがない。
一年間和季から仕事を教わり、さらに最後の三か月は恋人として過ごしてきた紗夜も、これほど強い怒りを露わにする姿を見るのははじめてだ。
「和季、さ……」
「紗夜」
紗夜の腰を抱く指先に力が入り、逞しい腕に身体を強く引き寄せられる。
――それがきっと、いつも優しく温厚な彼が〝豹変〟した瞬間だった。