S系策士に豹変した元恋人御曹司の独占愛が甘すぎる
三階から六階に上がってきただけで息を切らしている紗夜を見て、和季がおかしそうに笑い出す。
身体をくの字に曲げて呼吸を乱し、仕事のときだけ使っている眼鏡も体温の上昇で若干曇っているのに威勢だけは一丁前、という姿が滑稽だったのかもしれない。
その笑顔に、誰のせいだと思っているのか、と反論したい気持ちもあったが、紗夜は和季に文句を言うために後を追いかけてきたわけではない。
今ここで重要なのは、左手に握りしめているネクタイピンを和季に返すことだ。
「こ、これ、明里常務の、ものですよね……!?」
未だ呼吸は整っていないが、それでもどうにかネクタイピンを差し出す。すると紗夜の手の中を見下ろした和季が、小さく頷く。
「なんだ、もう気づかれたのか。思ったより早かったな」
「……」
やはり急に出現したこのネクタイピンは和季のもので、先ほど近づいたときに自分の胸元から紗夜のカーディガンへ付け替えたらしい。
しれっと悪行を認められた紗夜は、ただただ呆れるしかない。
「こんな悪戯は、やめてください」
「悪戯?」
紗夜が頬を膨らませながら文句を言うと、それを聞いた和季が困ったようなため息を零した。
「仕方がないだろ。こうでもしなきゃ、紗夜は俺を意識してくれない」
「!」