昨日、僕を殺したのは誰ですか
第四章 0組
第四章 0組
『俺の横にいるお前、高城悠真って書いてある』
電話の向こうから聞こえたその言葉が、
何度も頭の中で繰り返される。
蓮は屋上の中央で、しばらく動けなかった。
「……名前が」
口に出す。
「逆?」
隣では雨宮栞が黙っている。
三上先生も。
少し離れた場所に立つ、もう一人の“神谷蓮”も。
全員が、
蓮の次の言葉を待っているようだった。
「悠真」
『うん』
「その写真」
『今持ってる』
「裏だけじゃなくて、表もちゃんと見て」
『見てる』
「俺たち何歳くらい」
『五歳とか六歳』
「場所は?」
『幼稚園』
「どこの」
『ひかり幼稚園』
蓮は眉をひそめる。
「俺、そこ通ってない」
『……俺も』
沈黙。
「じゃあ」
『でも写真にはいる』
「他には?」
『知らない子が何人か』
「先生とか」
『いる』
「裏の名前、全員分ある?」
『ある』
「その中に神谷蓮」
『俺の位置』
「高城悠真」
『お前の位置』
蓮は額を押さえる。
「意味分かんねえ」
『俺だって』
「十七年前の写真もあるって言ったよな」
『うん』
「今送れる?」
『送る』
数秒後。
画像。
蓮のスマートフォンが震える。
開く。
古い集合写真。
校舎。
制服。
平成の少し色褪せた写真。
そして。
確かに。
そこにいる。
「……俺」
蓮。
前列。
現在より少し幼い顔。
でも間違いなく自分。
その隣。
「悠真……」
現在の悠真。
ただし。
写真の裏。
位置に合わせて書かれた名前。
蓮の場所には、
高城悠真
悠真の場所には、
神谷蓮
「……」
栞が写真を覗く。
「これ」
「何?」
「0組の集合写真と違う」
「どこが」
「人数」
蓮は数える。
一。
二。
三。
……
「三十四」
三上が顔を上げる。
「地下のは三十三だった」
「一人多い」
「誰?」
蓮は写真を拡大する。
最後列。
端。
一人だけ。
顔が、
完全に白く飛んでいる。
「この人」
栞。
「顔がない」
「でも」
三上が指を差す。
「名前はある」
写真の裏。
最後の一人。
そこに。
かすれた文字。
高城悠真
「……は?」
蓮は自分の場所を見る。
そこにも。
高城悠真
「二人いる」
栞が呟く。
「同じ名前が」
三上の顔色が変わる。
「また重複」
その言葉に、
蓮は0組の出席簿を思い出した。
既存生徒との重複を確認
一名を削除してください。
「先生」
「何だ」
「0組」
「……」
「名前が重複した人間を消す場所なんじゃないですか」
三上は答えなかった。
◇
「どういうこと?」
栞が聞く。
「名前って普通」
蓮は言う。
「同じ人いても問題ないだろ」
「同姓同名」
「そう」
「でもここでは」
三上。
「名前だけじゃない」
「住所」
「家族」
「生年月日」
「記憶」
蓮が続ける。
「全部が同じ」
「それなら」
栞。
「同じ人が二人いることになる」
「だから」
蓮は地下で見た文字を思い出す。
削除基準:記憶保持人数
「覚えてる人が少ない方を消す」
三上が呟く。
「0組は」
一拍。
「存在が重なった人間を処理する場所」
屋上にいるもう一人の蓮が笑った。
「正解に近い」
蓮が睨む。
「じゃあ正解を言えよ」
「嫌だ」
「なんで」
「自分で思い出した方がいい」
「またそれか」
「お前」
男は蓮を見る。
「俺の言うこと信用できる?」
「できない」
「ならちょうどいい」
「……」
「真実は」
一拍。
「本人の記憶でしか確定しない」
◇
午後六時四十四分。
屋上。
悠真との通話は続いている。
『蓮』
「何」
『変なこと気づいた』
「何?」
『幼稚園の写真』
「うん」
『俺たち二人』
「うん」
『影がない』
蓮は写真を拡大する。
園庭。
晴れ。
先生。
子供たち。
全員。
地面に影。
でも。
蓮と悠真。
そこだけ。
ない。
「加工?」
『そんな昔の写真だぞ』
「でも」
『それと』
「まだあるの?」
『写真の端』
蓮は見る。
園庭の隅。
フェンス。
その向こう。
一人の少年。
制服ではない。
小学生くらい。
こちらを見ている。
顔。
「……神谷蓮?」
また。
自分。
ただし。
幼稚園児の蓮より、
明らかに年上。
『だよな』
「うん」
『これおかしくない?』
「全部おかしい」
栞が言う。
「写真の中に」
「何?」
「時間が違う神谷君がいる」
蓮の背中が冷たくなる。
「時間?」
「幼稚園児の神谷君」
「……」
「小学生くらいの神谷君」
「……」
「今の神谷君」
三上。
「十七年前の神谷」
「……」
「昨日の三人」
蓮は一つの可能性を考える。
「同じ人間を」
「何度も」
「作ってる?」
もう一人の蓮が笑わなくなった。
◇
「反応した」
蓮が言う。
「今」
「何が」
栞。
「こいつ」
もう一人の蓮。
「何か知ってる」
「知らない」
「嘘」
「証拠は?」
「顔」
「顔なんて」
「俺と同じだから分かる」
男は少し黙る。
「だったら」
一歩。
「お前はどうなんだ」
「何が」
「今」
「……」
「自分が“何番目”か」
「……」
「気になっただろ」
蓮の表情が止まる。
「何番目?」
栞。
男は蓮を見たまま。
「0組」
「……」
「0って意味」
「最初?」
「違う」
「じゃあ」
「数えない」
「何を」
男。
「正式な生徒として数えない」
◇
蓮の胸がざわつく。
「0組は」
男。
「クラスじゃない」
「何?」
「待機場所」
「誰の」
「登録できない人間」
「……」
「同じ名前」
「同じ記録」
「同じ記憶」
「同じ家族」
「何かが重なって」
「学校の通常の名簿に入れられない人間」
「それを0組に入れる?」
「そう」
「それで七日」
「そう」
蓮の目が細くなる。
「七日間で」
「周りの記憶を測る」
「記憶保持人数」
「そう」
「多い方が残る」
「そう」
「少ない方が消える」
「そう」
「誰がこんなことやってる」
男は沈黙。
「学校?」
沈黙。
「先生?」
沈黙。
「校長?」
初めて。
男の目がわずかに動いた。
「……校長?」
栞も気づく。
三上は眉をひそめる。
「まさか」
「今」
蓮。
「反応した」
◇
「今の校長」
三上が言う。
「桐島校長?」
「何歳ですか」
「五十代」
「十七年前は?」
「この学校にはいなかった」
「本当に?」
「少なくとも教師では」
「先生」
「何だ」
「写真」
「……」
「十七年前の集合写真」
三上が見る。
生徒。
教師。
担任。
端。
校舎。
その窓。
「……」
蓮が拡大する。
二階の窓。
一人。
大人。
こちらを見ている。
「先生」
「……」
「これ」
三上の顔が青ざめる。
「桐島校長?」
写真は荒い。
でも。
顔立ち。
髪型。
目。
「若いけど」
「似てる」
「でも」
三上。
「当時」
「……」
「桐島って名前の教師はいなかった」
「じゃあ誰」
誰も答えられない。
その時。
電話の向こう。
『蓮』
「何」
『桐島って』
「校長」
『俺』
「何?」
『その名前』
一拍。
『聞いたことある』
◇
「どこで」
『分かんない』
「思い出して」
『無理』
「何でもいい」
『……夢』
「夢?」
『子供の頃』
「どんな」
『白い部屋』
蓮の表情が変わる。
『机がいっぱいあって』
「学校?」
『違う』
『病院みたいな』
「それで」
『俺と』
一拍。
『お前がいた』
「……」
『あと』
「誰」
『桐島って人』
蓮は屋上のもう一人を見る。
今度は、
明らかに顔が強張った。
「当たりか」
「何が」
「桐島」
「知らない」
「嘘」
「知らない」
「じゃあなんで」
一歩。
「今そんな顔した」
男は黙る。
「言えよ!」
「言ったら」
「また消える?」
「違う」
「じゃあ」
男は蓮を見る。
「お前が」
一拍。
「桐島を思い出す」
◇
蓮の頭に、
一瞬。
白い天井。
蛍光灯。
机。
子供の声。
『名前を言って』
誰か。
『神谷蓮』
蓮の声。
『違う』
別の声。
『君は高城悠真』
次。
悠真。
『神谷蓮』
『そう』
大人の男。
顔。
白衣。
「……っ」
蓮は頭を押さえる。
「神谷君!」
栞が支える。
「大丈夫?」
「今」
「何」
「見えた」
「何が?」
「白い部屋」
「……」
「俺と悠真」
「……」
「名前」
蓮の呼吸が荒くなる。
「入れ替えられてた」
三上。
「誰に」
蓮は顔を上げる。
「桐島」
◇
もう一人の蓮が走り出した。
「待て!」
屋上の扉。
蓮も追う。
「神谷!」
三上。
「待って!」
栞。
階段。
男は速い。
二階。
一階。
昇降口。
外。
校庭。
「どこ行く!」
返事なし。
校舎裏。
旧体育館。
「また地下?」
男が倉庫へ入る。
床の扉。
開ける。
降りる。
蓮も。
栞。
三上。
三人続く。
◇
地下二階。
0組。
しかし。
さっきとは違う。
廊下の壁。
写真。
全部なくなっている。
「何これ」
栞。
「消した?」
三上。
もう一人の蓮が0組へ入る。
「待て!」
蓮も。
教室。
机。
三十三個。
椅子。
三十四。
黒板。
何もない。
男は教卓へ。
下。
床板を外す。
「そんな場所」
「見つけてなかった」
中。
古い箱。
「何それ」
男が蓋を開ける。
ファイル。
写真。
出席簿。
そして。
ビデオテープ。
ラベル。
0組 記録映像
日付。
平成21年9月1日
「十七年前」
三上。
「再生できる?」
部屋の隅。
古いテレビ。
ビデオデッキ。
「なんでそんなのまで」
男。
「この教室は」
「……」
「十七年前のままだから」
◇
テープ。
再生。
ザーッ。
ノイズ。
映像。
0組。
十七年前。
三上。
高校生。
そして。
一人の男子。
顔。
まだ見える。
「先生」
「……」
「この人」
三上が震える。
「……」
男子生徒。
現在の蓮に似ている。
でも。
違う。
目。
輪郭。
声。
『三上』
『何』
『俺さ』
少年が笑う。
『最近、自分の名前が分かんなくなる』
現在の三上が息を呑む。
「思い出した」
『何だよそれ』
『たまに』
『先生が俺を違う名前で呼ぶ』
『誰』
『神谷』
現在の蓮の指が止まる。
『神谷蓮』
『お前、神谷じゃねえだろ』
『うん』
『じゃあ何だよ』
『……』
少年。
『分かんない』
◇
映像。
扉。
白衣の男が入ってくる。
三上。
「……誰だ」
蓮。
「顔」
男。
若い。
でも。
「桐島」
今の校長。
間違いない。
白衣の男。
『始めます』
三上少年。
『何を』
『出席確認』
『こんなクラスないだろ』
『今日だけです』
黒板。
白衣の男が書く。
0組
『名前を呼ばれたら返事をしてください』
生徒は二人しかいない。
でも。
出席簿。
三十三名。
名前。
次々。
白衣。
『佐伯直樹』
返事なし。
『欠席』
『田中美緒』
返事なし。
『欠席』
続く。
そして。
『神谷蓮』
三上少年。
反応。
『……はい』
現在の三上が口を押さえる。
「俺」
『よろしい』
もう一人の少年が立つ。
『違う!』
『座りなさい』
『それ俺の名前だ!』
現在の蓮。
「やっぱり」
白衣。
『あなたの名前ではありません』
『俺だよ!』
『記録上』
一拍。
『神谷蓮という生徒は一人です』
『じゃあ俺は誰だよ!』
白衣の男。
笑わない。
『それをこれから決めます』
◇
映像が一瞬乱れる。
次。
少年。
椅子。
壁向き。
あの椅子。
『座らせるな!』
三上少年。
『記憶保持試験を行います』
白衣。
『三上君』
『何だよ!』
『この生徒の名前を答えてください』
三上。
少年を見る。
『……』
『どうぞ』
『……』
少年。
『三上』
『言え』
三上少年。
『……か』
音声。
ノイズ。
聞こえない。
『もう一度』
『……』
ザーッ。
現在の三上がテレビへ近づく。
「聞こえない」
『……』
少年。
泣いている。
『忘れんなよ』
そして。
白衣。
『次』
一人ずつ。
教師。
生徒。
家族らしき人物。
映像が切り替わる。
少年の名前を尋ねる。
誰も答えられない。
最後。
表示。
記憶保持人数 1
「一人」
栞。
「誰」
映像。
三上少年。
『俺は覚えてる』
少年を見る。
『絶対忘れない』
現在の三上。
涙。
「……俺だった」
◇
白衣。
『一名では基準を満たしません』
『ふざけんな!』
『削除処理へ移行します』
『人だぞ!』
『記録上は』
一拍。
『未登録です』
その瞬間。
少年がカメラを見る。
まっすぐ。
現在の蓮たちを見るように。
『もし』
『これを見てる奴がいるなら』
蓮は息を呑む。
『俺の名前』
ノイズ。
『……』
音が飛ぶ。
『は』
聞こえない。
『……』
映像乱れ。
そして。
『神谷蓮じゃない』
蓮の手が震える。
『それだけは』
『覚えてて』
映像。
終了。
◇
テレビ。
砂嵐。
誰も話さない。
三上が椅子へ座る。
「俺」
「先生」
「約束した」
「……」
「忘れないって」
涙。
「でも」
「……」
「忘れた」
栞が言う。
「先生のせいじゃ」
「俺だけだった」
「……」
「俺が覚えてれば」
「でも一人じゃ足りなかった」
「それでも」
三上は顔を覆う。
「名前すら」
蓮は何も言えない。
その時。
教卓の箱。
もう一つ。
封筒。
表。
三上智也へ
「先生」
三上が開ける。
手紙。
十七年前。
少年の字。
読む。
『三上へ』
『もし俺のこと忘れたら』
『これを読め』
『たぶんお前は自分を責める』
『でも』
『悪いのはお前じゃない』
『俺も』
『自分の名前が分からなくなってる』
『最近』
『鏡を見るたび』
『顔が少し違う』
蓮の表情が変わる。
『昨日』
『母さんに』
『あんた誰って言われた』
『そのあと』
『普通に俺の名前呼んだ』
『たぶん』
『何かが俺を上書きしてる』
◇
続き。
『白衣の男』
『桐島って名乗ってた』
『あいつは』
『名前を変える実験をしてる』
三上が止まる。
「実験」
蓮。
『本人が自分を何者だと思うか』
『周りが何者だと思うか』
『記録が何者だと示すか』
『その三つが全部違った時』
『人間はどうなるか』
「……」
『俺は実験体にされた』
栞。
「人間で」
『あと』
『もう一人いる』
蓮の心臓が跳ねる。
『俺より前に』
『同じ実験をされた子供』
『名前は』
次の部分。
インク。
滲んでいる。
「読めない」
三上。
蓮が角度を変える。
うっすら。
一文字。
神
「神……?」
もう一人の蓮が、
急に手紙を奪った。
「おい!」
「読むな」
「返せ!」
「これはまだ」
「何がまだだよ!」
男が手紙を破ろうとする。
蓮が腕を掴む。
「やめろ!」
二人。
揉み合う。
手紙が床へ。
栞が拾う。
「続き!」
読む。
『その子は』
『十年前から歳を取ってない』
全員が止まる。
『何度名前を変えても』
『何度家族を変えても』
『同じ顔で戻ってくる』
『桐島は』
一拍。
『その子を“原型”って呼んでた』
◇
「原型」
蓮。
「何の」
もう一人の蓮。
顔。
完全に青ざめる。
「お前」
蓮。
「知ってるだろ」
「……」
「原型って何」
「……」
「俺か?」
沈黙。
「悠真?」
沈黙。
「十七年前の人?」
男。
「違う」
「じゃあ」
男が小さく。
「俺たち全員の前にいた」
「誰が」
「最初の」
一拍。
「神谷蓮」
◇
教室の時計。
突然。
動き出す。
午後七時十三分。
スピーカー。
ザーッ。
『記録映像の閲覧を確認しました』
「誰だ」
蓮が上を見る。
『未承認情報への接触』
『修正処理を開始します』
黒板。
文字。
0組 再編成
「まずい」
もう一人の蓮。
「逃げろ」
「また?」
「今度は違う」
「何が」
「0組が」
一拍。
「誰を残すか決める」
◇
机。
ガタガタ。
勝手に動く。
三十三。
配置。
全て前を向く。
椅子。
人数。
蓮。
栞。
三上。
もう一人の蓮。
四人。
なのに。
教室の席。
次々。
人が現れる。
クラスメイト。
「悠真?」
高城悠真。
席に座っている。
でも。
電話は。
まだ通話中。
『蓮?』
スマートフォン。
「悠真」
『何』
「お前今どこ」
『家』
蓮は目の前を見る。
悠真。
無表情。
「じゃあこれ誰」
次。
母。
香織。
美月。
担任。
クラス全員。
三十二人。
席が埋まる。
黒板。
記憶保持試験
「何する気」
スピーカー。
『神谷蓮を知っていますか』
蓮の心臓。
ドクン。
最初。
クラスメイト。
「はい」
次。
「知ってます」
次。
「同じクラス」
次。
「知ってる」
黒板。
保持人数 12
18
24
蓮。
「増えてる」
そして。
悠真。
目の前の偽物。
『神谷蓮を知っていますか』
「……」
悠真。
口。
「知ってる」
蓮は安心しかける。
次。
「俺」
一拍。
「神谷蓮です」
蓮の顔が凍る。
「何?」
黒板。
重複を確認
神谷蓮:2名
「やめろ」
スピーカー。
『削除対象を選択します』
栞。
「神谷君!」
三上。
「返事するな!」
でも。
これは出席じゃない。
教室全体。
投票。
『あなたが知っている神谷蓮は』
一拍。
『どちらですか』
黒板。
蓮の写真。
そして。
悠真の写真。
「……」
蓮は息を失う。
「俺と悠真」
名前。
二人とも。
神谷蓮
◇
クラスメイト。
一人目。
悠真を指す。
二人目。
蓮。
三人目。
悠真。
数字。
蓮 1
悠真 2
「待って!」
栞。
「こんなの」
三上。
「記憶じゃない!」
スピーカー。
『多数決ではありません』
「何?」
『記憶強度を測定しています』
一人。
また一人。
選ぶ。
蓮。
悠真。
蓮。
悠真。
数字。
15:15
「同点」
最後。
二人。
母。
美月。
母。
『あなたの息子はどちらですか』
蓮。
「母さん」
香織。
涙。
左右を見る。
そして。
指。
「……」
悠真。
「嘘」
数字。
15:16
「母さん!」
偽物の香織。
「この子が」
悠真を見る。
「神谷蓮」
蓮の学生証。
文字。
また薄くなる。
栞。
「神谷君!」
最後。
美月。
『あなたの兄はどちらですか』
「美月!」
美月。
泣いている。
蓮を見る。
悠真を見る。
そして。
「……分かんない」
蓮の胸が締めつけられる。
「美月」
「お兄ちゃん」
「俺だよ」
「でも」
美月。
悠真を見る。
「こっちも」
一拍。
「お兄ちゃんの記憶がある」
◇
黒板。
判定不能
警報。
『記憶重複率100%』
「100?」
三上。
『両個体の識別不能』
「個体って」
栞。
『原型照合へ移行します』
もう一人の蓮が叫ぶ。
「まずい!」
「何が」
「原型が出る!」
「だから誰なんだよ!」
教室。
正面。
黒板の下。
床。
ガタン。
四角い穴。
下。
白い光。
「地下三階?」
三上。
「そんな」
男。
「行くな」
蓮。
「逆に行く」
「神谷!」
「原型がいるんだろ」
「……」
「なら」
一拍。
「会えば全部分かる」
◇
階段。
白い。
学校の地下とは思えない。
病院。
研究施設。
蛍光灯。
壁。
ガラス。
三上。
「ここ」
「先生?」
「知らない」
でも。
蓮は。
「知ってる」
栞。
「来たことある?」
「……夢で」
白い部屋。
悠真。
桐島。
名前。
そのまま。
廊下の先。
扉。
プレート。
SUBJECT 00
「00」
0組。
原型。
もう一人の蓮。
「開けるな」
「なんで」
「中にいるのは」
「……」
「人間じゃない」
「何」
「俺たちの」
男の声が震える。
「名前の元になったもの」
◇
蓮が扉へ手を伸ばす。
「待って」
栞。
「怖くない?」
「怖い」
「じゃあ」
「でも」
蓮は笑う。
「もう自分が誰か分からない方が怖い」
扉。
開く。
白い部屋。
中央。
椅子。
一人の少年。
背中。
中学生くらい。
白い服。
「……」
少年。
ゆっくり振り返る。
蓮。
栞。
三上。
全員。
息を止める。
顔。
神谷蓮。
でも。
今の蓮より、
少し幼い。
頬。
左側。
小さな傷。
屋上で会ったもう一人と同じ。
少年が笑う。
「やっと来た」
蓮は言う。
「お前が原型?」
「そう呼ばれてる」
「名前は?」
少年。
「ない」
「神谷蓮じゃないの?」
「それは」
一拍。
「僕から作った名前」
蓮の心臓が跳ねる。
「どういうこと」
少年。
「桐島先生は」
「……」
「僕が自分の名前を忘れたあと」
「……」
「いろんな名前をくれた」
「その一つが」
「神谷蓮」
「高城悠真も?」
少年は頷く。
「三上先生の友達も?」
「たぶん」
「たぶん?」
「僕」
一拍。
「何回ここから出たか覚えてないから」
◇
「何回」
栞。
「人として?」
少年。
「うん」
「そのたび」
「名前」
「家族」
「学校」
「友達」
「全部作る」
「でも」
少年が笑う。
「失敗する」
「何が」
「誰かが気づく」
「……」
「この人」
「前と同じ顔だって」
三上が震える。
「十七年前の」
「僕かもしれない」
「じゃあ消えた生徒は」
「僕だったかもしれない」
「かもしれないって」
少年は首を傾げる。
「だって」
一拍。
「消えた人の記憶は僕にも残らない」
◇
蓮は拳を握る。
「じゃあ俺は」
「君?」
「お前の何」
少年。
しばらく蓮を見る。
「かなり新しい」
「何番目」
「分からない」
「昨日いた三人」
「分裂」
「何?」
「同じ記憶を持つ存在が」
「選択できなくなった時」
「一時的に複数になる」
「だから三人」
「うん」
「一人消えた」
「うん」
「誰が消した」
「君たち」
「俺たち?」
「覚えなかったから」
蓮の顔が青ざめる。
「……」
「人は」
少年。
「見えてるもの全部を覚えられない」
「……」
「三人の神谷蓮を見ても」
「……」
「最後には」
一拍。
「一人だったことにする」
栞が口元を押さえる。
「だから」
「昨日」
「一人」
「忘れられた」
「消えた」
「そう」
◇
「屋上で倒れてた人は?」
蓮。
「神谷蓮?」
「違う」
「誰」
少年が答えようとする。
その瞬間。
部屋の照明。
赤。
警告。
『SUBJECT 00への接触を確認』
「桐島?」
蓮。
スピーカー。
男の声。
『神谷君』
聞き覚え。
校内放送。
校長。
桐島校長。
『そこまでにしなさい』
「やっぱり」
『君は知る必要がない』
「十七年前から何してる!」
沈黙。
『君を』
一拍。
『生かしています』
「は?」
『それだけです』
「ふざけるな!」
『私は』
『何度も』
『君を生かした』
「俺を?」
『正確には』
一拍。
『神谷蓮という存在を』
◇
少年。
笑わない。
「嘘」
全員が少年を見る。
「桐島先生は」
「……」
「生かしてない」
「何」
少年。
「消えるたび」
一拍。
「新しい僕を作ってるだけ」
スピーカー。
『黙りなさい』
「嫌だ」
『SUBJECT 00』
「名前で呼んで」
『君に名前はない』
「だから」
少年の目。
初めて。
怒り。
「ずっと」
「誰かの名前を盗ませたんでしょ」
◇
蓮の頭。
また映像。
白い部屋。
幼い自分。
悠真。
桐島。
『今日から』
白衣。
『君は神谷蓮』
子供。
『神谷……蓮』
『そう』
隣の子供。
『じゃあ僕は?』
『高城悠真』
『昨日は逆だったよ』
白衣。
沈黙。
子供。
『先生』
『何』
『どっちが本当?』
桐島。
一拍。
『覚えている方が本当です』
蓮は目を開ける。
「……」
栞。
「神谷君?」
「思い出した」
「何を」
「俺と悠真」
「……」
「何回も」
「……」
「名前を交換されてた」
三上。
「子供の頃?」
「うん」
「なんで」
「実験」
蓮。
「どっちの名前で呼ばれるか」
「周りがどっちを覚えるか」
「試してた」
◇
スピーカー。
『記憶の混線です』
「嘘」
『君は混乱しています』
「じゃあ」
蓮が叫ぶ。
「悠真の昔の写真どう説明する!」
沈黙。
「十七年前に俺たちが写ってるのは!」
沈黙。
「俺は誰なんだよ!」
長い。
沈黙。
そして。
桐島。
『知りたいですか』
「当たり前だろ」
『では』
一拍。
『昨日の屋上へ来なさい』
「何?」
『そこで』
『君が忘れたものを』
「……」
『もう一度見せます』
通信。
切れる。
◇
部屋。
静寂。
原型の少年。
「行っちゃダメ」
「なんで」
「昨日」
「何」
少年は蓮を見る。
「君は」
一拍。
「自分から桐島先生に会いに行った」
蓮の表情が止まる。
「俺が?」
「うん」
「何しに」
少年。
「頼んだ」
「何を」
「記憶を」
一拍。
「消してくれって」
栞。
「……」
三上。
「どうして」
蓮自身も。
「なんで」
少年。
「理由は一つ」
「何」
少年は、
静かに答えた。
「昨日」
「屋上で」
「君は」
一拍。
「本当の神谷蓮が誰かを知ったから」
蓮の呼吸が止まる。
「誰」
少年は答えない。
「言えよ」
「……」
「本当の神谷蓮は誰なんだ!」
少年は蓮ではなく。
蓮の後ろ。
そこを見る。
「もう」
「……」
「来てる」
◇
振り返る。
白い部屋の入り口。
一人。
男子高校生。
高城悠真。
「悠真……?」
でも。
違う。
家にいるはず。
電話。
蓮はスマートフォンを見る。
通話。
まだ接続中。
『蓮?』
電話の向こうにも。
悠真。
そして。
目の前にも。
悠真。
目の前の悠真が笑う。
「久しぶり」
蓮。
「誰だ」
「ひどいな」
一歩。
「ずっと一緒だっただろ」
「……」
「幼稚園も」
「……」
「小学校も」
「……」
「中学も」
「……」
「高校も」
蓮の胸が苦しくなる。
「悠真?」
「そう」
「じゃあ電話の」
「そっちも悠真」
「意味分かんない」
目の前の悠真。
「簡単」
一拍。
「昨日、神谷蓮だけじゃなく」
「……」
「高城悠真も二人に分かれた」
◇
蓮は動けない。
「なんで」
「同じ理由」
「記憶が」
「矛盾した」
「何を見た」
悠真の表情。
消える。
「屋上」
「いたの?」
「うん」
「雨宮は三人の俺しか」
「俺は隠れてた」
「何を見た」
悠真。
「お前が」
「……」
「一人の男に」
「……」
「神谷蓮って呼びかけた」
「誰に」
悠真は原型の少年を見る。
蓮も見る。
「この子?」
「違う」
「じゃあ」
「大人」
「誰」
「十七年前の集合写真にいた」
「……」
「顔を黒く塗り潰された人」
三上が息を呑む。
「そいつ」
「誰なんだ」
悠真。
「昨日」
一拍。
「自分が最初の神谷蓮だって言った」
◇
「最初の」
蓮。
「原型じゃなくて?」
「原型は名前がない」
「じゃあ」
「最初に」
悠真。
「この子へ神谷蓮って名前を与えた人間」
蓮の背中が冷える。
「桐島?」
「違う」
「誰」
「十七年前」
「……」
「0組にいた」
「先生の友達?」
三上が首を振る。
「俺の友達は」
「神谷じゃない」
「うん」
「じゃあ別人」
「そう」
蓮。
「その人は今どこ」
悠真。
「昨日」
「……」
「屋上で倒れてた」
蓮の脳裏。
知らない男子。
写真から消えた人。
「……あの人」
「そう」
「死んだ?」
悠真。
「分からない」
「でも」
「……」
「消えた」
◇
蓮は理解する。
昨日。
屋上。
三人の神谷蓮。
雨宮栞。
二人の高城悠真。
そして。
本当の神谷蓮を名乗る男。
「何が起きた」
悠真。
「その男が」
「……」
「言った」
『俺を誰か一人でも覚えていれば』
『全部戻る』
「何が」
『神谷蓮という名前が』
「……」
『本来の持ち主に』
蓮の顔色が変わる。
「じゃあ俺は」
「名前を失う」
「悠真も」
「たぶん」
「原型は」
「また名前がなくなる」
少年。
目を伏せる。
「だから」
悠真。
「お前は止めた」
「どうやって」
「男を」
悠真は答えない。
「何した」
「……」
「俺が殺した?」
悠真。
ゆっくり首を横に振る。
「違う」
「じゃあ」
「お前は」
一拍。
「全員に忘れさせた」
◇
蓮の心臓が大きく鳴る。
「どうやって」
「0組」
「……」
「出席システム」
「俺が使った?」
「うん」
「桐島に頼んだ」
「うん」
「その男を」
「……」
「欠席にした」
「……」
「記憶保持人数」
悠真。
「0」
蓮の足から力が抜ける。
「だから写真から消えた」
「そう」
「三上先生も」
「忘れた」
「栞も」
「名前だけ」
「俺も」
「全部」
「でも」
蓮は悠真を見る。
「なんで俺だけ」
「今」
「思い出し始めてる?」
悠真は答えない。
原型の少年。
代わりに。
「だって」
一拍。
「消した本人だから」
◇
白い部屋。
警告音。
『時間切れです』
桐島。
『0組へ戻ってください』
「嫌だ」
蓮。
『神谷君』
「俺が誰か分からないのに」
「……」
「その名前で呼ぶな」
沈黙。
「俺は」
蓮。
「神谷蓮じゃないかもしれない」
『それでも』
「何」
『現在』
一拍。
『最も多くの人間が君を神谷蓮として記憶している』
「だから本物?」
『はい』
「じゃあ」
蓮は笑う。
「十七年前の人は」
「……」
「覚えてる人がいなくなったから偽物?」
桐島は答えない。
「ふざけんな」
「……」
「そんなの」
一拍。
「本物かどうかじゃなくて、人気投票じゃん」
◇
三上が蓮を見る。
栞も。
悠真も。
原型も。
蓮は続ける。
「忘れられたら偽物」
「覚えられたら本物」
「そんなルール」
「誰が決めた」
桐島。
『必要でした』
「何のために」
『一人の人間を』
「……」
『一人として存在させるためです』
「……」
『人間は』
『矛盾した複数の自分を持てない』
「だから消す?」
『統合します』
「言い方変えただけだろ」
『神谷君』
「俺は」
蓮。
「昨日」
「……」
「そのルールで誰かを消した」
「……」
「でも」
一拍。
「今日からはしない」
◇
黒板。
突然。
表示。
記憶保持対象:未登録
候補者検索
写真。
十七年前。
黒く塗り潰された男。
少しずつ。
輪郭。
戻る。
目。
鼻。
口。
三上。
「……」
「知ってる?」
「……」
「まだ」
顔。
完成。
四十代くらいの男性。
今の姿。
蓮。
「誰」
原型の少年。
震える。
「……」
男の名前。
黒板。
文字。
一文字ずつ。
神
次。
谷
「……」
蓮。
神谷
そして。
最後。
蓮
全員。
黙る。
神谷蓮
「本当に」
三上。
「最初の」
黒板。
追加。
初回登録日:平成9年4月8日
「十七年前より前」
栞。
「もっと昔」
さらに。
現在年齢:46
蓮の顔が強張る。
「46歳」
その下。
現住所
表示。
蓮は読む。
見覚え。
「……嘘」
三上。
「どこ」
蓮。
声が震える。
「俺の家」
◇
全員が黙る。
「神谷君の家?」
栞。
「住所」
「同じ」
「じゃあ」
悠真。
「そこに」
「……」
「いる?」
蓮は母を思い出す。
香織。
美月。
父親。
「うち」
「今」
一拍。
「父親いない」
「何?」
三上。
「両親は?」
「父さん」
「……」
「俺が小学生の頃」
一拍。
「行方不明になった」
栞。
「神谷君」
「何」
「お父さんの名前」
蓮は答えようとする。
普通なら。
すぐ出るはず。
でも。
「……」
出ない。
「神谷君?」
「待って」
父親。
顔。
覚えている。
声。
覚えている。
一緒に遊んだ記憶。
ある。
でも。
名前。
「なんで」
思い出せない。
黒板。
文字。
神谷蓮
現在年齢46歳。
現住所。
同じ。
蓮の唇が震える。
「まさか」
原型の少年。
静かに言う。
「気づいた?」
「……」
「最初の神谷蓮」
一拍。
「君のお父さんだよ」
◇
世界が止まる。
「……父さん?」
「そう」
「でも」
蓮。
「父さんの名前は」
言えない。
出ない。
「忘れてるだけ」
少年。
「桐島先生が消した」
「なんで」
「君が」
「……」
「頼んだから」
蓮の頭。
痛み。
父。
夜。
玄関。
『蓮』
誰かが呼ぶ。
『お父さんね』
『昔』
『神谷蓮って名前だったんだ』
子供の蓮。
『僕と同じ?』
『そう』
『変なの』
『だろ』
父が笑う。
次。
『でも』
『本当は』
ノイズ。
『この名前』
『僕のじゃない』
「……!」
蓮が頭を抱える。
「思い出した」
栞。
「何を」
「父さん」
「……」
「言ってた」
「……」
「自分も」
一拍。
「誰かから神谷蓮って名前をもらったって」
◇
黒板。
最後。
新しい文字。
次回復元対象
神谷蓮(46)
復元予定:9月8日
栞。
「九月八日?」
三上。
「あと五日」
蓮の顔。
青ざめる。
その下。
復元時
一拍。
現行神谷蓮を削除します
「……」
栞。
「神谷君」
悠真。
「蓮」
原型。
少年。
黙っている。
蓮は黒板を見つめる。
父が戻る。
その代わり。
自分が消える。
これが、
0組のルール。
一つの名前に、
一人。
それなら。
今の自分は。
父の名前を奪って、
存在していることになる。
「俺」
蓮は呟く。
「父さんを」
声が震える。
「消して生きてたのか?」
その瞬間。
白い部屋のスピーカー。
桐島の声。
『違います』
蓮が顔を上げる。
『あなたが消したのではありません』
「じゃあ誰だよ」
長い沈黙。
『あなたのお父様は』
一拍。
『自分から消えることを選びました』
「……何?」
『あなたを』
「……」
『神谷蓮として残すために』
蓮は何も言えなかった。
黒板。
カウント。
復元まで 119時間
そして。
一番下。
赤い文字。
選択してください。
父親を復元しますか?
YES / NO
蓮は、
画面を見つめたまま動けなかった。
父親を戻せば、
自分が消える。
自分を残せば、
父親は戻らない。
そして。
その選択をするまで、
残された時間は、
あと五日。
――第五章「十七年前の集合写真」へ続く。
『俺の横にいるお前、高城悠真って書いてある』
電話の向こうから聞こえたその言葉が、
何度も頭の中で繰り返される。
蓮は屋上の中央で、しばらく動けなかった。
「……名前が」
口に出す。
「逆?」
隣では雨宮栞が黙っている。
三上先生も。
少し離れた場所に立つ、もう一人の“神谷蓮”も。
全員が、
蓮の次の言葉を待っているようだった。
「悠真」
『うん』
「その写真」
『今持ってる』
「裏だけじゃなくて、表もちゃんと見て」
『見てる』
「俺たち何歳くらい」
『五歳とか六歳』
「場所は?」
『幼稚園』
「どこの」
『ひかり幼稚園』
蓮は眉をひそめる。
「俺、そこ通ってない」
『……俺も』
沈黙。
「じゃあ」
『でも写真にはいる』
「他には?」
『知らない子が何人か』
「先生とか」
『いる』
「裏の名前、全員分ある?」
『ある』
「その中に神谷蓮」
『俺の位置』
「高城悠真」
『お前の位置』
蓮は額を押さえる。
「意味分かんねえ」
『俺だって』
「十七年前の写真もあるって言ったよな」
『うん』
「今送れる?」
『送る』
数秒後。
画像。
蓮のスマートフォンが震える。
開く。
古い集合写真。
校舎。
制服。
平成の少し色褪せた写真。
そして。
確かに。
そこにいる。
「……俺」
蓮。
前列。
現在より少し幼い顔。
でも間違いなく自分。
その隣。
「悠真……」
現在の悠真。
ただし。
写真の裏。
位置に合わせて書かれた名前。
蓮の場所には、
高城悠真
悠真の場所には、
神谷蓮
「……」
栞が写真を覗く。
「これ」
「何?」
「0組の集合写真と違う」
「どこが」
「人数」
蓮は数える。
一。
二。
三。
……
「三十四」
三上が顔を上げる。
「地下のは三十三だった」
「一人多い」
「誰?」
蓮は写真を拡大する。
最後列。
端。
一人だけ。
顔が、
完全に白く飛んでいる。
「この人」
栞。
「顔がない」
「でも」
三上が指を差す。
「名前はある」
写真の裏。
最後の一人。
そこに。
かすれた文字。
高城悠真
「……は?」
蓮は自分の場所を見る。
そこにも。
高城悠真
「二人いる」
栞が呟く。
「同じ名前が」
三上の顔色が変わる。
「また重複」
その言葉に、
蓮は0組の出席簿を思い出した。
既存生徒との重複を確認
一名を削除してください。
「先生」
「何だ」
「0組」
「……」
「名前が重複した人間を消す場所なんじゃないですか」
三上は答えなかった。
◇
「どういうこと?」
栞が聞く。
「名前って普通」
蓮は言う。
「同じ人いても問題ないだろ」
「同姓同名」
「そう」
「でもここでは」
三上。
「名前だけじゃない」
「住所」
「家族」
「生年月日」
「記憶」
蓮が続ける。
「全部が同じ」
「それなら」
栞。
「同じ人が二人いることになる」
「だから」
蓮は地下で見た文字を思い出す。
削除基準:記憶保持人数
「覚えてる人が少ない方を消す」
三上が呟く。
「0組は」
一拍。
「存在が重なった人間を処理する場所」
屋上にいるもう一人の蓮が笑った。
「正解に近い」
蓮が睨む。
「じゃあ正解を言えよ」
「嫌だ」
「なんで」
「自分で思い出した方がいい」
「またそれか」
「お前」
男は蓮を見る。
「俺の言うこと信用できる?」
「できない」
「ならちょうどいい」
「……」
「真実は」
一拍。
「本人の記憶でしか確定しない」
◇
午後六時四十四分。
屋上。
悠真との通話は続いている。
『蓮』
「何」
『変なこと気づいた』
「何?」
『幼稚園の写真』
「うん」
『俺たち二人』
「うん」
『影がない』
蓮は写真を拡大する。
園庭。
晴れ。
先生。
子供たち。
全員。
地面に影。
でも。
蓮と悠真。
そこだけ。
ない。
「加工?」
『そんな昔の写真だぞ』
「でも」
『それと』
「まだあるの?」
『写真の端』
蓮は見る。
園庭の隅。
フェンス。
その向こう。
一人の少年。
制服ではない。
小学生くらい。
こちらを見ている。
顔。
「……神谷蓮?」
また。
自分。
ただし。
幼稚園児の蓮より、
明らかに年上。
『だよな』
「うん」
『これおかしくない?』
「全部おかしい」
栞が言う。
「写真の中に」
「何?」
「時間が違う神谷君がいる」
蓮の背中が冷たくなる。
「時間?」
「幼稚園児の神谷君」
「……」
「小学生くらいの神谷君」
「……」
「今の神谷君」
三上。
「十七年前の神谷」
「……」
「昨日の三人」
蓮は一つの可能性を考える。
「同じ人間を」
「何度も」
「作ってる?」
もう一人の蓮が笑わなくなった。
◇
「反応した」
蓮が言う。
「今」
「何が」
栞。
「こいつ」
もう一人の蓮。
「何か知ってる」
「知らない」
「嘘」
「証拠は?」
「顔」
「顔なんて」
「俺と同じだから分かる」
男は少し黙る。
「だったら」
一歩。
「お前はどうなんだ」
「何が」
「今」
「……」
「自分が“何番目”か」
「……」
「気になっただろ」
蓮の表情が止まる。
「何番目?」
栞。
男は蓮を見たまま。
「0組」
「……」
「0って意味」
「最初?」
「違う」
「じゃあ」
「数えない」
「何を」
男。
「正式な生徒として数えない」
◇
蓮の胸がざわつく。
「0組は」
男。
「クラスじゃない」
「何?」
「待機場所」
「誰の」
「登録できない人間」
「……」
「同じ名前」
「同じ記録」
「同じ記憶」
「同じ家族」
「何かが重なって」
「学校の通常の名簿に入れられない人間」
「それを0組に入れる?」
「そう」
「それで七日」
「そう」
蓮の目が細くなる。
「七日間で」
「周りの記憶を測る」
「記憶保持人数」
「そう」
「多い方が残る」
「そう」
「少ない方が消える」
「そう」
「誰がこんなことやってる」
男は沈黙。
「学校?」
沈黙。
「先生?」
沈黙。
「校長?」
初めて。
男の目がわずかに動いた。
「……校長?」
栞も気づく。
三上は眉をひそめる。
「まさか」
「今」
蓮。
「反応した」
◇
「今の校長」
三上が言う。
「桐島校長?」
「何歳ですか」
「五十代」
「十七年前は?」
「この学校にはいなかった」
「本当に?」
「少なくとも教師では」
「先生」
「何だ」
「写真」
「……」
「十七年前の集合写真」
三上が見る。
生徒。
教師。
担任。
端。
校舎。
その窓。
「……」
蓮が拡大する。
二階の窓。
一人。
大人。
こちらを見ている。
「先生」
「……」
「これ」
三上の顔が青ざめる。
「桐島校長?」
写真は荒い。
でも。
顔立ち。
髪型。
目。
「若いけど」
「似てる」
「でも」
三上。
「当時」
「……」
「桐島って名前の教師はいなかった」
「じゃあ誰」
誰も答えられない。
その時。
電話の向こう。
『蓮』
「何」
『桐島って』
「校長」
『俺』
「何?」
『その名前』
一拍。
『聞いたことある』
◇
「どこで」
『分かんない』
「思い出して」
『無理』
「何でもいい」
『……夢』
「夢?」
『子供の頃』
「どんな」
『白い部屋』
蓮の表情が変わる。
『机がいっぱいあって』
「学校?」
『違う』
『病院みたいな』
「それで」
『俺と』
一拍。
『お前がいた』
「……」
『あと』
「誰」
『桐島って人』
蓮は屋上のもう一人を見る。
今度は、
明らかに顔が強張った。
「当たりか」
「何が」
「桐島」
「知らない」
「嘘」
「知らない」
「じゃあなんで」
一歩。
「今そんな顔した」
男は黙る。
「言えよ!」
「言ったら」
「また消える?」
「違う」
「じゃあ」
男は蓮を見る。
「お前が」
一拍。
「桐島を思い出す」
◇
蓮の頭に、
一瞬。
白い天井。
蛍光灯。
机。
子供の声。
『名前を言って』
誰か。
『神谷蓮』
蓮の声。
『違う』
別の声。
『君は高城悠真』
次。
悠真。
『神谷蓮』
『そう』
大人の男。
顔。
白衣。
「……っ」
蓮は頭を押さえる。
「神谷君!」
栞が支える。
「大丈夫?」
「今」
「何」
「見えた」
「何が?」
「白い部屋」
「……」
「俺と悠真」
「……」
「名前」
蓮の呼吸が荒くなる。
「入れ替えられてた」
三上。
「誰に」
蓮は顔を上げる。
「桐島」
◇
もう一人の蓮が走り出した。
「待て!」
屋上の扉。
蓮も追う。
「神谷!」
三上。
「待って!」
栞。
階段。
男は速い。
二階。
一階。
昇降口。
外。
校庭。
「どこ行く!」
返事なし。
校舎裏。
旧体育館。
「また地下?」
男が倉庫へ入る。
床の扉。
開ける。
降りる。
蓮も。
栞。
三上。
三人続く。
◇
地下二階。
0組。
しかし。
さっきとは違う。
廊下の壁。
写真。
全部なくなっている。
「何これ」
栞。
「消した?」
三上。
もう一人の蓮が0組へ入る。
「待て!」
蓮も。
教室。
机。
三十三個。
椅子。
三十四。
黒板。
何もない。
男は教卓へ。
下。
床板を外す。
「そんな場所」
「見つけてなかった」
中。
古い箱。
「何それ」
男が蓋を開ける。
ファイル。
写真。
出席簿。
そして。
ビデオテープ。
ラベル。
0組 記録映像
日付。
平成21年9月1日
「十七年前」
三上。
「再生できる?」
部屋の隅。
古いテレビ。
ビデオデッキ。
「なんでそんなのまで」
男。
「この教室は」
「……」
「十七年前のままだから」
◇
テープ。
再生。
ザーッ。
ノイズ。
映像。
0組。
十七年前。
三上。
高校生。
そして。
一人の男子。
顔。
まだ見える。
「先生」
「……」
「この人」
三上が震える。
「……」
男子生徒。
現在の蓮に似ている。
でも。
違う。
目。
輪郭。
声。
『三上』
『何』
『俺さ』
少年が笑う。
『最近、自分の名前が分かんなくなる』
現在の三上が息を呑む。
「思い出した」
『何だよそれ』
『たまに』
『先生が俺を違う名前で呼ぶ』
『誰』
『神谷』
現在の蓮の指が止まる。
『神谷蓮』
『お前、神谷じゃねえだろ』
『うん』
『じゃあ何だよ』
『……』
少年。
『分かんない』
◇
映像。
扉。
白衣の男が入ってくる。
三上。
「……誰だ」
蓮。
「顔」
男。
若い。
でも。
「桐島」
今の校長。
間違いない。
白衣の男。
『始めます』
三上少年。
『何を』
『出席確認』
『こんなクラスないだろ』
『今日だけです』
黒板。
白衣の男が書く。
0組
『名前を呼ばれたら返事をしてください』
生徒は二人しかいない。
でも。
出席簿。
三十三名。
名前。
次々。
白衣。
『佐伯直樹』
返事なし。
『欠席』
『田中美緒』
返事なし。
『欠席』
続く。
そして。
『神谷蓮』
三上少年。
反応。
『……はい』
現在の三上が口を押さえる。
「俺」
『よろしい』
もう一人の少年が立つ。
『違う!』
『座りなさい』
『それ俺の名前だ!』
現在の蓮。
「やっぱり」
白衣。
『あなたの名前ではありません』
『俺だよ!』
『記録上』
一拍。
『神谷蓮という生徒は一人です』
『じゃあ俺は誰だよ!』
白衣の男。
笑わない。
『それをこれから決めます』
◇
映像が一瞬乱れる。
次。
少年。
椅子。
壁向き。
あの椅子。
『座らせるな!』
三上少年。
『記憶保持試験を行います』
白衣。
『三上君』
『何だよ!』
『この生徒の名前を答えてください』
三上。
少年を見る。
『……』
『どうぞ』
『……』
少年。
『三上』
『言え』
三上少年。
『……か』
音声。
ノイズ。
聞こえない。
『もう一度』
『……』
ザーッ。
現在の三上がテレビへ近づく。
「聞こえない」
『……』
少年。
泣いている。
『忘れんなよ』
そして。
白衣。
『次』
一人ずつ。
教師。
生徒。
家族らしき人物。
映像が切り替わる。
少年の名前を尋ねる。
誰も答えられない。
最後。
表示。
記憶保持人数 1
「一人」
栞。
「誰」
映像。
三上少年。
『俺は覚えてる』
少年を見る。
『絶対忘れない』
現在の三上。
涙。
「……俺だった」
◇
白衣。
『一名では基準を満たしません』
『ふざけんな!』
『削除処理へ移行します』
『人だぞ!』
『記録上は』
一拍。
『未登録です』
その瞬間。
少年がカメラを見る。
まっすぐ。
現在の蓮たちを見るように。
『もし』
『これを見てる奴がいるなら』
蓮は息を呑む。
『俺の名前』
ノイズ。
『……』
音が飛ぶ。
『は』
聞こえない。
『……』
映像乱れ。
そして。
『神谷蓮じゃない』
蓮の手が震える。
『それだけは』
『覚えてて』
映像。
終了。
◇
テレビ。
砂嵐。
誰も話さない。
三上が椅子へ座る。
「俺」
「先生」
「約束した」
「……」
「忘れないって」
涙。
「でも」
「……」
「忘れた」
栞が言う。
「先生のせいじゃ」
「俺だけだった」
「……」
「俺が覚えてれば」
「でも一人じゃ足りなかった」
「それでも」
三上は顔を覆う。
「名前すら」
蓮は何も言えない。
その時。
教卓の箱。
もう一つ。
封筒。
表。
三上智也へ
「先生」
三上が開ける。
手紙。
十七年前。
少年の字。
読む。
『三上へ』
『もし俺のこと忘れたら』
『これを読め』
『たぶんお前は自分を責める』
『でも』
『悪いのはお前じゃない』
『俺も』
『自分の名前が分からなくなってる』
『最近』
『鏡を見るたび』
『顔が少し違う』
蓮の表情が変わる。
『昨日』
『母さんに』
『あんた誰って言われた』
『そのあと』
『普通に俺の名前呼んだ』
『たぶん』
『何かが俺を上書きしてる』
◇
続き。
『白衣の男』
『桐島って名乗ってた』
『あいつは』
『名前を変える実験をしてる』
三上が止まる。
「実験」
蓮。
『本人が自分を何者だと思うか』
『周りが何者だと思うか』
『記録が何者だと示すか』
『その三つが全部違った時』
『人間はどうなるか』
「……」
『俺は実験体にされた』
栞。
「人間で」
『あと』
『もう一人いる』
蓮の心臓が跳ねる。
『俺より前に』
『同じ実験をされた子供』
『名前は』
次の部分。
インク。
滲んでいる。
「読めない」
三上。
蓮が角度を変える。
うっすら。
一文字。
神
「神……?」
もう一人の蓮が、
急に手紙を奪った。
「おい!」
「読むな」
「返せ!」
「これはまだ」
「何がまだだよ!」
男が手紙を破ろうとする。
蓮が腕を掴む。
「やめろ!」
二人。
揉み合う。
手紙が床へ。
栞が拾う。
「続き!」
読む。
『その子は』
『十年前から歳を取ってない』
全員が止まる。
『何度名前を変えても』
『何度家族を変えても』
『同じ顔で戻ってくる』
『桐島は』
一拍。
『その子を“原型”って呼んでた』
◇
「原型」
蓮。
「何の」
もう一人の蓮。
顔。
完全に青ざめる。
「お前」
蓮。
「知ってるだろ」
「……」
「原型って何」
「……」
「俺か?」
沈黙。
「悠真?」
沈黙。
「十七年前の人?」
男。
「違う」
「じゃあ」
男が小さく。
「俺たち全員の前にいた」
「誰が」
「最初の」
一拍。
「神谷蓮」
◇
教室の時計。
突然。
動き出す。
午後七時十三分。
スピーカー。
ザーッ。
『記録映像の閲覧を確認しました』
「誰だ」
蓮が上を見る。
『未承認情報への接触』
『修正処理を開始します』
黒板。
文字。
0組 再編成
「まずい」
もう一人の蓮。
「逃げろ」
「また?」
「今度は違う」
「何が」
「0組が」
一拍。
「誰を残すか決める」
◇
机。
ガタガタ。
勝手に動く。
三十三。
配置。
全て前を向く。
椅子。
人数。
蓮。
栞。
三上。
もう一人の蓮。
四人。
なのに。
教室の席。
次々。
人が現れる。
クラスメイト。
「悠真?」
高城悠真。
席に座っている。
でも。
電話は。
まだ通話中。
『蓮?』
スマートフォン。
「悠真」
『何』
「お前今どこ」
『家』
蓮は目の前を見る。
悠真。
無表情。
「じゃあこれ誰」
次。
母。
香織。
美月。
担任。
クラス全員。
三十二人。
席が埋まる。
黒板。
記憶保持試験
「何する気」
スピーカー。
『神谷蓮を知っていますか』
蓮の心臓。
ドクン。
最初。
クラスメイト。
「はい」
次。
「知ってます」
次。
「同じクラス」
次。
「知ってる」
黒板。
保持人数 12
18
24
蓮。
「増えてる」
そして。
悠真。
目の前の偽物。
『神谷蓮を知っていますか』
「……」
悠真。
口。
「知ってる」
蓮は安心しかける。
次。
「俺」
一拍。
「神谷蓮です」
蓮の顔が凍る。
「何?」
黒板。
重複を確認
神谷蓮:2名
「やめろ」
スピーカー。
『削除対象を選択します』
栞。
「神谷君!」
三上。
「返事するな!」
でも。
これは出席じゃない。
教室全体。
投票。
『あなたが知っている神谷蓮は』
一拍。
『どちらですか』
黒板。
蓮の写真。
そして。
悠真の写真。
「……」
蓮は息を失う。
「俺と悠真」
名前。
二人とも。
神谷蓮
◇
クラスメイト。
一人目。
悠真を指す。
二人目。
蓮。
三人目。
悠真。
数字。
蓮 1
悠真 2
「待って!」
栞。
「こんなの」
三上。
「記憶じゃない!」
スピーカー。
『多数決ではありません』
「何?」
『記憶強度を測定しています』
一人。
また一人。
選ぶ。
蓮。
悠真。
蓮。
悠真。
数字。
15:15
「同点」
最後。
二人。
母。
美月。
母。
『あなたの息子はどちらですか』
蓮。
「母さん」
香織。
涙。
左右を見る。
そして。
指。
「……」
悠真。
「嘘」
数字。
15:16
「母さん!」
偽物の香織。
「この子が」
悠真を見る。
「神谷蓮」
蓮の学生証。
文字。
また薄くなる。
栞。
「神谷君!」
最後。
美月。
『あなたの兄はどちらですか』
「美月!」
美月。
泣いている。
蓮を見る。
悠真を見る。
そして。
「……分かんない」
蓮の胸が締めつけられる。
「美月」
「お兄ちゃん」
「俺だよ」
「でも」
美月。
悠真を見る。
「こっちも」
一拍。
「お兄ちゃんの記憶がある」
◇
黒板。
判定不能
警報。
『記憶重複率100%』
「100?」
三上。
『両個体の識別不能』
「個体って」
栞。
『原型照合へ移行します』
もう一人の蓮が叫ぶ。
「まずい!」
「何が」
「原型が出る!」
「だから誰なんだよ!」
教室。
正面。
黒板の下。
床。
ガタン。
四角い穴。
下。
白い光。
「地下三階?」
三上。
「そんな」
男。
「行くな」
蓮。
「逆に行く」
「神谷!」
「原型がいるんだろ」
「……」
「なら」
一拍。
「会えば全部分かる」
◇
階段。
白い。
学校の地下とは思えない。
病院。
研究施設。
蛍光灯。
壁。
ガラス。
三上。
「ここ」
「先生?」
「知らない」
でも。
蓮は。
「知ってる」
栞。
「来たことある?」
「……夢で」
白い部屋。
悠真。
桐島。
名前。
そのまま。
廊下の先。
扉。
プレート。
SUBJECT 00
「00」
0組。
原型。
もう一人の蓮。
「開けるな」
「なんで」
「中にいるのは」
「……」
「人間じゃない」
「何」
「俺たちの」
男の声が震える。
「名前の元になったもの」
◇
蓮が扉へ手を伸ばす。
「待って」
栞。
「怖くない?」
「怖い」
「じゃあ」
「でも」
蓮は笑う。
「もう自分が誰か分からない方が怖い」
扉。
開く。
白い部屋。
中央。
椅子。
一人の少年。
背中。
中学生くらい。
白い服。
「……」
少年。
ゆっくり振り返る。
蓮。
栞。
三上。
全員。
息を止める。
顔。
神谷蓮。
でも。
今の蓮より、
少し幼い。
頬。
左側。
小さな傷。
屋上で会ったもう一人と同じ。
少年が笑う。
「やっと来た」
蓮は言う。
「お前が原型?」
「そう呼ばれてる」
「名前は?」
少年。
「ない」
「神谷蓮じゃないの?」
「それは」
一拍。
「僕から作った名前」
蓮の心臓が跳ねる。
「どういうこと」
少年。
「桐島先生は」
「……」
「僕が自分の名前を忘れたあと」
「……」
「いろんな名前をくれた」
「その一つが」
「神谷蓮」
「高城悠真も?」
少年は頷く。
「三上先生の友達も?」
「たぶん」
「たぶん?」
「僕」
一拍。
「何回ここから出たか覚えてないから」
◇
「何回」
栞。
「人として?」
少年。
「うん」
「そのたび」
「名前」
「家族」
「学校」
「友達」
「全部作る」
「でも」
少年が笑う。
「失敗する」
「何が」
「誰かが気づく」
「……」
「この人」
「前と同じ顔だって」
三上が震える。
「十七年前の」
「僕かもしれない」
「じゃあ消えた生徒は」
「僕だったかもしれない」
「かもしれないって」
少年は首を傾げる。
「だって」
一拍。
「消えた人の記憶は僕にも残らない」
◇
蓮は拳を握る。
「じゃあ俺は」
「君?」
「お前の何」
少年。
しばらく蓮を見る。
「かなり新しい」
「何番目」
「分からない」
「昨日いた三人」
「分裂」
「何?」
「同じ記憶を持つ存在が」
「選択できなくなった時」
「一時的に複数になる」
「だから三人」
「うん」
「一人消えた」
「うん」
「誰が消した」
「君たち」
「俺たち?」
「覚えなかったから」
蓮の顔が青ざめる。
「……」
「人は」
少年。
「見えてるもの全部を覚えられない」
「……」
「三人の神谷蓮を見ても」
「……」
「最後には」
一拍。
「一人だったことにする」
栞が口元を押さえる。
「だから」
「昨日」
「一人」
「忘れられた」
「消えた」
「そう」
◇
「屋上で倒れてた人は?」
蓮。
「神谷蓮?」
「違う」
「誰」
少年が答えようとする。
その瞬間。
部屋の照明。
赤。
警告。
『SUBJECT 00への接触を確認』
「桐島?」
蓮。
スピーカー。
男の声。
『神谷君』
聞き覚え。
校内放送。
校長。
桐島校長。
『そこまでにしなさい』
「やっぱり」
『君は知る必要がない』
「十七年前から何してる!」
沈黙。
『君を』
一拍。
『生かしています』
「は?」
『それだけです』
「ふざけるな!」
『私は』
『何度も』
『君を生かした』
「俺を?」
『正確には』
一拍。
『神谷蓮という存在を』
◇
少年。
笑わない。
「嘘」
全員が少年を見る。
「桐島先生は」
「……」
「生かしてない」
「何」
少年。
「消えるたび」
一拍。
「新しい僕を作ってるだけ」
スピーカー。
『黙りなさい』
「嫌だ」
『SUBJECT 00』
「名前で呼んで」
『君に名前はない』
「だから」
少年の目。
初めて。
怒り。
「ずっと」
「誰かの名前を盗ませたんでしょ」
◇
蓮の頭。
また映像。
白い部屋。
幼い自分。
悠真。
桐島。
『今日から』
白衣。
『君は神谷蓮』
子供。
『神谷……蓮』
『そう』
隣の子供。
『じゃあ僕は?』
『高城悠真』
『昨日は逆だったよ』
白衣。
沈黙。
子供。
『先生』
『何』
『どっちが本当?』
桐島。
一拍。
『覚えている方が本当です』
蓮は目を開ける。
「……」
栞。
「神谷君?」
「思い出した」
「何を」
「俺と悠真」
「……」
「何回も」
「……」
「名前を交換されてた」
三上。
「子供の頃?」
「うん」
「なんで」
「実験」
蓮。
「どっちの名前で呼ばれるか」
「周りがどっちを覚えるか」
「試してた」
◇
スピーカー。
『記憶の混線です』
「嘘」
『君は混乱しています』
「じゃあ」
蓮が叫ぶ。
「悠真の昔の写真どう説明する!」
沈黙。
「十七年前に俺たちが写ってるのは!」
沈黙。
「俺は誰なんだよ!」
長い。
沈黙。
そして。
桐島。
『知りたいですか』
「当たり前だろ」
『では』
一拍。
『昨日の屋上へ来なさい』
「何?」
『そこで』
『君が忘れたものを』
「……」
『もう一度見せます』
通信。
切れる。
◇
部屋。
静寂。
原型の少年。
「行っちゃダメ」
「なんで」
「昨日」
「何」
少年は蓮を見る。
「君は」
一拍。
「自分から桐島先生に会いに行った」
蓮の表情が止まる。
「俺が?」
「うん」
「何しに」
少年。
「頼んだ」
「何を」
「記憶を」
一拍。
「消してくれって」
栞。
「……」
三上。
「どうして」
蓮自身も。
「なんで」
少年。
「理由は一つ」
「何」
少年は、
静かに答えた。
「昨日」
「屋上で」
「君は」
一拍。
「本当の神谷蓮が誰かを知ったから」
蓮の呼吸が止まる。
「誰」
少年は答えない。
「言えよ」
「……」
「本当の神谷蓮は誰なんだ!」
少年は蓮ではなく。
蓮の後ろ。
そこを見る。
「もう」
「……」
「来てる」
◇
振り返る。
白い部屋の入り口。
一人。
男子高校生。
高城悠真。
「悠真……?」
でも。
違う。
家にいるはず。
電話。
蓮はスマートフォンを見る。
通話。
まだ接続中。
『蓮?』
電話の向こうにも。
悠真。
そして。
目の前にも。
悠真。
目の前の悠真が笑う。
「久しぶり」
蓮。
「誰だ」
「ひどいな」
一歩。
「ずっと一緒だっただろ」
「……」
「幼稚園も」
「……」
「小学校も」
「……」
「中学も」
「……」
「高校も」
蓮の胸が苦しくなる。
「悠真?」
「そう」
「じゃあ電話の」
「そっちも悠真」
「意味分かんない」
目の前の悠真。
「簡単」
一拍。
「昨日、神谷蓮だけじゃなく」
「……」
「高城悠真も二人に分かれた」
◇
蓮は動けない。
「なんで」
「同じ理由」
「記憶が」
「矛盾した」
「何を見た」
悠真の表情。
消える。
「屋上」
「いたの?」
「うん」
「雨宮は三人の俺しか」
「俺は隠れてた」
「何を見た」
悠真。
「お前が」
「……」
「一人の男に」
「……」
「神谷蓮って呼びかけた」
「誰に」
悠真は原型の少年を見る。
蓮も見る。
「この子?」
「違う」
「じゃあ」
「大人」
「誰」
「十七年前の集合写真にいた」
「……」
「顔を黒く塗り潰された人」
三上が息を呑む。
「そいつ」
「誰なんだ」
悠真。
「昨日」
一拍。
「自分が最初の神谷蓮だって言った」
◇
「最初の」
蓮。
「原型じゃなくて?」
「原型は名前がない」
「じゃあ」
「最初に」
悠真。
「この子へ神谷蓮って名前を与えた人間」
蓮の背中が冷える。
「桐島?」
「違う」
「誰」
「十七年前」
「……」
「0組にいた」
「先生の友達?」
三上が首を振る。
「俺の友達は」
「神谷じゃない」
「うん」
「じゃあ別人」
「そう」
蓮。
「その人は今どこ」
悠真。
「昨日」
「……」
「屋上で倒れてた」
蓮の脳裏。
知らない男子。
写真から消えた人。
「……あの人」
「そう」
「死んだ?」
悠真。
「分からない」
「でも」
「……」
「消えた」
◇
蓮は理解する。
昨日。
屋上。
三人の神谷蓮。
雨宮栞。
二人の高城悠真。
そして。
本当の神谷蓮を名乗る男。
「何が起きた」
悠真。
「その男が」
「……」
「言った」
『俺を誰か一人でも覚えていれば』
『全部戻る』
「何が」
『神谷蓮という名前が』
「……」
『本来の持ち主に』
蓮の顔色が変わる。
「じゃあ俺は」
「名前を失う」
「悠真も」
「たぶん」
「原型は」
「また名前がなくなる」
少年。
目を伏せる。
「だから」
悠真。
「お前は止めた」
「どうやって」
「男を」
悠真は答えない。
「何した」
「……」
「俺が殺した?」
悠真。
ゆっくり首を横に振る。
「違う」
「じゃあ」
「お前は」
一拍。
「全員に忘れさせた」
◇
蓮の心臓が大きく鳴る。
「どうやって」
「0組」
「……」
「出席システム」
「俺が使った?」
「うん」
「桐島に頼んだ」
「うん」
「その男を」
「……」
「欠席にした」
「……」
「記憶保持人数」
悠真。
「0」
蓮の足から力が抜ける。
「だから写真から消えた」
「そう」
「三上先生も」
「忘れた」
「栞も」
「名前だけ」
「俺も」
「全部」
「でも」
蓮は悠真を見る。
「なんで俺だけ」
「今」
「思い出し始めてる?」
悠真は答えない。
原型の少年。
代わりに。
「だって」
一拍。
「消した本人だから」
◇
白い部屋。
警告音。
『時間切れです』
桐島。
『0組へ戻ってください』
「嫌だ」
蓮。
『神谷君』
「俺が誰か分からないのに」
「……」
「その名前で呼ぶな」
沈黙。
「俺は」
蓮。
「神谷蓮じゃないかもしれない」
『それでも』
「何」
『現在』
一拍。
『最も多くの人間が君を神谷蓮として記憶している』
「だから本物?」
『はい』
「じゃあ」
蓮は笑う。
「十七年前の人は」
「……」
「覚えてる人がいなくなったから偽物?」
桐島は答えない。
「ふざけんな」
「……」
「そんなの」
一拍。
「本物かどうかじゃなくて、人気投票じゃん」
◇
三上が蓮を見る。
栞も。
悠真も。
原型も。
蓮は続ける。
「忘れられたら偽物」
「覚えられたら本物」
「そんなルール」
「誰が決めた」
桐島。
『必要でした』
「何のために」
『一人の人間を』
「……」
『一人として存在させるためです』
「……」
『人間は』
『矛盾した複数の自分を持てない』
「だから消す?」
『統合します』
「言い方変えただけだろ」
『神谷君』
「俺は」
蓮。
「昨日」
「……」
「そのルールで誰かを消した」
「……」
「でも」
一拍。
「今日からはしない」
◇
黒板。
突然。
表示。
記憶保持対象:未登録
候補者検索
写真。
十七年前。
黒く塗り潰された男。
少しずつ。
輪郭。
戻る。
目。
鼻。
口。
三上。
「……」
「知ってる?」
「……」
「まだ」
顔。
完成。
四十代くらいの男性。
今の姿。
蓮。
「誰」
原型の少年。
震える。
「……」
男の名前。
黒板。
文字。
一文字ずつ。
神
次。
谷
「……」
蓮。
神谷
そして。
最後。
蓮
全員。
黙る。
神谷蓮
「本当に」
三上。
「最初の」
黒板。
追加。
初回登録日:平成9年4月8日
「十七年前より前」
栞。
「もっと昔」
さらに。
現在年齢:46
蓮の顔が強張る。
「46歳」
その下。
現住所
表示。
蓮は読む。
見覚え。
「……嘘」
三上。
「どこ」
蓮。
声が震える。
「俺の家」
◇
全員が黙る。
「神谷君の家?」
栞。
「住所」
「同じ」
「じゃあ」
悠真。
「そこに」
「……」
「いる?」
蓮は母を思い出す。
香織。
美月。
父親。
「うち」
「今」
一拍。
「父親いない」
「何?」
三上。
「両親は?」
「父さん」
「……」
「俺が小学生の頃」
一拍。
「行方不明になった」
栞。
「神谷君」
「何」
「お父さんの名前」
蓮は答えようとする。
普通なら。
すぐ出るはず。
でも。
「……」
出ない。
「神谷君?」
「待って」
父親。
顔。
覚えている。
声。
覚えている。
一緒に遊んだ記憶。
ある。
でも。
名前。
「なんで」
思い出せない。
黒板。
文字。
神谷蓮
現在年齢46歳。
現住所。
同じ。
蓮の唇が震える。
「まさか」
原型の少年。
静かに言う。
「気づいた?」
「……」
「最初の神谷蓮」
一拍。
「君のお父さんだよ」
◇
世界が止まる。
「……父さん?」
「そう」
「でも」
蓮。
「父さんの名前は」
言えない。
出ない。
「忘れてるだけ」
少年。
「桐島先生が消した」
「なんで」
「君が」
「……」
「頼んだから」
蓮の頭。
痛み。
父。
夜。
玄関。
『蓮』
誰かが呼ぶ。
『お父さんね』
『昔』
『神谷蓮って名前だったんだ』
子供の蓮。
『僕と同じ?』
『そう』
『変なの』
『だろ』
父が笑う。
次。
『でも』
『本当は』
ノイズ。
『この名前』
『僕のじゃない』
「……!」
蓮が頭を抱える。
「思い出した」
栞。
「何を」
「父さん」
「……」
「言ってた」
「……」
「自分も」
一拍。
「誰かから神谷蓮って名前をもらったって」
◇
黒板。
最後。
新しい文字。
次回復元対象
神谷蓮(46)
復元予定:9月8日
栞。
「九月八日?」
三上。
「あと五日」
蓮の顔。
青ざめる。
その下。
復元時
一拍。
現行神谷蓮を削除します
「……」
栞。
「神谷君」
悠真。
「蓮」
原型。
少年。
黙っている。
蓮は黒板を見つめる。
父が戻る。
その代わり。
自分が消える。
これが、
0組のルール。
一つの名前に、
一人。
それなら。
今の自分は。
父の名前を奪って、
存在していることになる。
「俺」
蓮は呟く。
「父さんを」
声が震える。
「消して生きてたのか?」
その瞬間。
白い部屋のスピーカー。
桐島の声。
『違います』
蓮が顔を上げる。
『あなたが消したのではありません』
「じゃあ誰だよ」
長い沈黙。
『あなたのお父様は』
一拍。
『自分から消えることを選びました』
「……何?」
『あなたを』
「……」
『神谷蓮として残すために』
蓮は何も言えなかった。
黒板。
カウント。
復元まで 119時間
そして。
一番下。
赤い文字。
選択してください。
父親を復元しますか?
YES / NO
蓮は、
画面を見つめたまま動けなかった。
父親を戻せば、
自分が消える。
自分を残せば、
父親は戻らない。
そして。
その選択をするまで、
残された時間は、
あと五日。
――第五章「十七年前の集合写真」へ続く。