昨日、僕を殺したのは誰ですか
第五章 十七年前の集合写真
第五章 十七年前の集合写真
父親を復元しますか?
YES / NO
黒板に浮かぶ二つの文字。
蓮は動けなかった。
YESを選べば。
父が戻る。
その代わり、
自分が消える。
NOを選べば。
自分は残る。
そして父は、
これからも誰にも思い出されない。
「……選べるわけないだろ」
蓮が呟く。
スピーカー。
『選択は保留できます』
桐島校長の声。
「いつまで」
『九月八日まで』
「それを過ぎたら?」
数秒。
『自動処理へ移行します』
「どっちになる」
『記憶保持人数の多い方が残ります』
蓮は笑った。
「またそれかよ」
『……』
「結局」
一拍。
「人間を多数決で決めるんだな」
『多数決ではありません』
「同じだよ」
『違います』
「じゃあ何が違う」
桐島は答えない。
蓮は黒板を見る。
父。
自分。
二人とも神谷蓮。
同じ名前。
同じ住所。
そして。
同時には存在できない。
「桐島」
三上先生が言う。
『……』
「もうやめろ」
『三上先生』
「十七年前も」
三上は拳を握る。
「お前は同じことをした」
『必要でした』
「何のために」
『世界を』
桐島。
一拍。
『矛盾させないためです』
◇
「世界?」
栞が聞き返す。
『同じ人間が二人存在する』
「……」
『同じ家族を持つ』
『同じ過去を持つ』
『同じ記憶を持つ』
『その状態が長期間続いた場合』
三上。
「何が起きる」
『記憶の衝突です』
「記憶?」
『本人だけではありません』
『周囲の人間も』
『どちらを本物として記憶すべきか分からなくなる』
蓮は美月を思い出す。
0組で。
蓮と悠真を見て、
美月は言った。
「どっちもお兄ちゃんの記憶がある」
「だから」
蓮。
「美月の記憶が二つになった?」
『はい』
「母さんも」
『可能性があります』
「カレーの夜」
『……』
「母さんが家にいた記憶と」
「いなかった記憶」
沈黙。
「関係あるんだろ」
桐島は答えなかった。
「額に傷があった母さん」
栞が蓮を見る。
「神谷君」
「美月が言ってた」
蓮。
「普段の母さんにはない傷」
三上。
「別の香織さん?」
「もしくは」
栞。
「同じ人の」
一拍。
「別の記憶」
◇
原型の少年が小さく笑った。
「やっぱり始まってる」
蓮が振り返る。
「何が」
「家族の分裂」
「分裂?」
「名前だけじゃない」
少年。
「誰か一人の存在に矛盾が増えると」
「……」
「その人を知ってる人の記憶も分かれる」
「じゃあ母さんは」
「まだ一人」
「まだ?」
「記憶が二つあるだけ」
「それが進んだら」
少年は答えなかった。
「言えよ」
「……」
「どうなる」
「人による」
「何が」
「二つの記憶のうち」
一拍。
「どっちか一つに合わせた人間になる」
蓮は黙る。
別の母。
別の妹。
別の悠真。
そして。
別の自分。
「だから昨日」
蓮。
「俺も三人に」
「うん」
「悠真も二人」
「うん」
「じゃあ」
栞。
「神谷君だけの問題じゃない」
「そう」
少年。
「もう周りにも広がってる」
◇
三上が黒板を見る。
「九月八日」
「何です?」
「あと五日」
「……」
「それまでに」
三上。
「父親を復元するかどうか決める」
「でも」
蓮。
「それだけじゃない」
「何?」
「雨宮」
栞の名前。
欠席日数。
一。
「雨宮が完全に消えるまで」
栞が目を伏せる。
「あと六日」
「俺の父さんより一日長い」
「……」
「偶然?」
原型の少年。
「たぶん違う」
「じゃあ」
「同じ処理が」
「……」
「重なってる」
蓮。
「父さんの復元」
「雨宮の削除」
「俺の重複」
「悠真の重複」
「全部」
一拍。
「この一週間で決まる?」
少年は頷いた。
◇
スピーカー。
『地下区画を閉鎖します』
三上。
「待て」
『十分後に照明を停止します』
「桐島!」
『集合写真を調べてください』
全員が止まった。
蓮。
「何?」
『あなた方が探している答えは』
「……」
『すでに写っています』
「十七年前の?」
『はい』
「どれ」
『それは』
桐島。
『あなた自身で見つけてください』
「ふざけるな!」
通信。
切れる。
◇
五分後。
四人は0組へ戻っていた。
蓮。
栞。
三上。
そして、
もう一人の悠真。
原型の少年は白い部屋に残った。
理由を聞くと。
「僕はここから出ると」
「また誰かになるかもしれない」
そう言った。
もう一人の蓮は、
いつの間にか姿を消していた。
「本当に何人いるんだよ」
蓮は呟く。
「本人たちも分かってないんじゃない」
栞。
「笑えないな」
教室。
箱。
十七年前の資料。
三上が集合写真を机に置いた。
「これだ」
古い写真。
三十三人。
いや。
よく見ると。
「待って」
栞。
「三十三じゃない」
「前にも数えたぞ」
三上。
「三十三だった」
「人じゃなくて」
栞が写真を指す。
「影」
「影?」
◇
窓から差し込む光。
集合写真。
生徒。
教師。
全員。
床や壁に影。
「数えて」
蓮。
「一」
「二」
「三」
……
「三十二」
三上。
「一人分ない」
蓮は写真を見る。
「誰」
影と人物。
一人ずつ確認。
「先生ある」
「前列ある」
「後列」
そして。
右端。
顔を黒く塗り潰された男子。
「この人」
栞。
「影がない」
「十七年前に消えた」
三上。
「俺の友達?」
「違う」
三上はすぐ答えた。
「それは違う」
「どうして分かる」
「分からない」
「……」
「でも」
三上は胸を押さえる。
「友達を見た時の感じじゃない」
蓮。
「じゃあ誰」
悠真。
「最初の神谷蓮」
「俺の父さん?」
「可能性は高い」
◇
蓮は写真をスマートフォンで拡大した。
顔。
黒い。
でも。
完全に塗り潰されているわけではない。
「これ」
「何?」
栞。
「黒い部分」
「……」
「インクじゃない」
三上。
「じゃあ」
「写真自体」
蓮は指でなぞる。
表面。
傷はない。
「最初から」
栞。
「顔の部分だけ写ってない?」
「でも輪郭はある」
「光?」
「違う」
三上。
「昔この写真見た」
「十七年前?」
「ああ」
「その時は?」
長い沈黙。
「顔」
三上。
「写ってた」
「覚えてる?」
「……」
「顔そのものは無理」
「でも」
「黒くはなかった」
◇
蓮は写真の裏を見る。
名前一覧。
三十二人。
教師。
そして。
三十三人目。
名前。
ない。
「最初から空欄?」
三上。
「違う」
「覚えてる?」
「ここ」
三上は最後の行を指す。
「字があった」
「何て」
「思い出せない」
「神谷蓮?」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺」
三上。
「神谷蓮って名前を」
一拍。
「十七年前から知ってた気がする」
蓮の表情が変わる。
「でも先生」
「何だ」
「地下の映像では」
「……」
「友達が『それ俺の名前だ』って」
「そうだ」
「先生は知らない名前だと思って返事した」
「……」
「矛盾してる」
三上の顔色が変わる。
「また記憶が」
栞。
「二つある」
◇
三上は椅子に座った。
「一つ」
「……」
「神谷蓮なんて知らなかった俺」
「もう一つ」
「十七年前から知ってた俺」
「どっちが本当」
蓮は答えられない。
悠真が写真を見る。
「両方じゃない?」
三上。
「何」
「今までずっと」
悠真。
「どっちかが本物だと思ってた」
「……」
「でもこの場所では」
「二つとも本当に起きたこととして残ってる」
「つまり」
栞。
「過去が一つじゃない?」
「そう」
「そんなこと」
三上。
「あり得るのか」
悠真は蓮を見る。
「俺たちが二人いるんだぞ」
「……」
「もうあり得るとか」
「関係ないだろ」
◇
蓮は写真を裏返す。
「桐島は」
「この写真に答えがあるって言った」
「人物?」
栞。
「背景かもしれない」
三上。
「背景?」
「窓」
蓮は二階の窓を拡大。
若い桐島。
立っている。
「この人はもう見つけた」
「他」
校舎。
時計。
掲示板。
木。
校章。
そして。
「待って」
栞が言う。
「時計」
「何?」
写真の校舎。
外壁の時計。
針。
十一時四十七分。
蓮の心臓が跳ねた。
「23時47分」
三上。
「お前が学校に入った時間」
「同じ」
「でも写真は昼」
「11時47分」
「偶然?」
誰も答えない。
◇
さらに。
写真。
校舎入口。
デジタルではない掲示板。
文字。
「拡大できる?」
蓮。
「画質悪い」
悠真。
「虫眼鏡」
三上が箱から取り出す。
古い拡大鏡。
掲示板。
ぼんやり。
しかし。
一部読める。
9月1日
その下。
転入生
「転入生?」
栞。
「名前」
蓮。
さらに見る。
最初の文字。
神。
「……」
二文字目。
谷。
三文字目。
蓮。
神谷蓮
「十七年前」
三上。
「9月1日に転入?」
出席簿。
神谷蓮。
九月一日。
出席日数1。
「一致した」
蓮。
「俺の父さん?」
悠真。
「でも」
「何」
「写真」
一拍。
「転入生が来る前に撮る?」
◇
全員。
黙る。
集合写真。
撮影日。
裏。
小さな印字。
8月31日
「前日」
栞。
「神谷蓮が転入する前」
「なのに」
蓮。
「写ってる?」
最後列。
影のない男子。
名前なし。
もし。
彼が神谷蓮なら。
転入前日に、
すでに学校にいる。
「それだけじゃない」
三上。
「何です?」
「この写真」
「……」
「夏休み中だ」
「八月三十一日」
「なんで集合写真」
「新学期の準備で」
「生徒全員?」
三上は首を振る。
「そんなことしない」
◇
栞が写真の端を見る。
「撮影者」
「何?」
「反射」
校舎のガラス。
撮影者らしき人物。
カメラ。
その隣。
一人。
白衣。
「桐島」
蓮。
「撮ってたのは別人」
「隣に桐島」
三上。
「つまり」
栞。
「この写真は学校行事じゃない」
「実験記録?」
蓮。
全員の背筋が冷えた。
◇
箱の中。
写真袋。
日付。
平成21年8月31日 識別試験
「識別」
三上。
中。
同じ集合写真。
何枚も。
「同じ?」
栞。
「違う」
蓮。
一枚目。
三十三人。
二枚目。
三十三人。
三枚目。
三十三人。
でも。
人物の位置が、
少しずつ違う。
「撮り直し?」
悠真。
「いや」
蓮。
「同じ時刻」
時計。
全て。
11時47分。
「一秒も違わない」
三上。
「なら」
「何枚も同時に撮った?」
「でも」
栞。
「人の位置が違う」
◇
一枚目。
影のない男子。
最後列右。
二枚目。
中央。
三枚目。
前列。
四枚目。
いない。
「消えた」
悠真。
五枚目。
二人いる。
「……」
蓮。
「二人」
同じ顔。
同じ制服。
一人は前列。
一人は後列。
六枚目。
三人。
「昨日と同じ」
栞。
屋上。
三人の神谷蓮。
「十七年前にも」
三上。
「起きてた」
◇
写真袋。
裏。
手書きのメモ。
識別率
一枚目 98%
二枚目 83%
三枚目 71%
四枚目 100%
五枚目 42%
六枚目 17%
「何の数字」
栞。
「周りが」
蓮。
「どれを同じ人間だと認識するか?」
悠真。
「17%」
「三人になると」
三上。
「誰が本物か分からなくなる」
蓮は六枚目を見る。
三人。
その下。
赤字。
分裂発生。0組へ移行。
「……」
◇
その瞬間。
蓮のスマートフォン。
着信。
母
「母さん」
出る。
「もしもし」
『蓮?』
「うん」
『今どこ』
「学校」
『何してるの』
「ちょっと調べもの」
『早く帰ってきて』
「なんで」
母。
少し沈黙。
『美月が』
「美月?」
『変なの』
「何が」
『あなたのこと』
一拍。
『お兄ちゃんじゃないって言ってる』
蓮の体が硬直した。
「……」
「どういうこと」
『急に』
『写真見て』
「どの写真」
『家族写真』
「それで?」
『蓮の顔を見て』
母。
『この人誰って』
◇
「美月に代わって」
『今』
「お願い」
足音。
少しして。
『……もしもし』
「美月」
『誰』
蓮の胸が痛む。
「俺」
『誰なの』
「蓮だよ」
『蓮?』
「お兄ちゃん」
沈黙。
『……違う』
「何が」
『お兄ちゃん』
「うん」
『そんな声じゃない』
「美月」
『お兄ちゃんは』
一拍。
『もっと低い声だった』
蓮は言葉を失う。
「顔は」
『写真』
「何」
『昔の写真』
「誰が写ってる」
『お兄ちゃん』
「俺?」
『違う』
「じゃあ」
『知らない男の人』
◇
「写真撮って送って」
『分かった』
数秒。
画像。
届く。
幼い美月。
母。
そして。
少年。
十歳くらい。
蓮の記憶では。
そこには自分が写っていた。
でも。
今。
知らない少年。
「誰だ」
栞が覗く。
「神谷君じゃない」
三上。
「でも」
少年。
どこか。
見覚え。
蓮は写真を拡大。
目。
輪郭。
「……」
悠真。
「これ」
「何」
「俺じゃない?」
「は?」
よく見る。
確かに。
高城悠真に似ている。
ただし。
完全には同じではない。
「また」
栞。
「混ざってる」
◇
電話。
『ねえ』
「何」
『この人』
「……」
『名前』
「書いてある?」
『裏に』
「何て」
美月。
一拍。
『神谷蓮』
蓮は目を閉じた。
「また」
「俺じゃない神谷蓮」
美月。
『それで』
「何」
『もう一枚』
「まだある?」
『うん』
『お父さんと一緒の写真』
「父さん?」
『でも』
「何」
『お父さんの顔』
美月。
声が震える。
『今のお兄ちゃんと同じ』
◇
「送って」
画像。
蓮は開く。
昔の公園。
母。
美月。
幼い蓮。
そして父。
父の顔。
現在の蓮。
十七歳の自分を、
そのまま大人にしたような顔ではない。
今の蓮とほぼ同じ年齢の顔。
「歳取ってない」
栞。
「父さんは」
蓮。
「この時」
「三十代のはず」
三上。
「でも写真では」
「高校生くらい」
悠真。
「原型と同じ」
◇
電話の向こう。
『蓮?』
母の声。
「母さん」
『何』
「父さんの顔」
『……』
「覚えてる?」
『当たり前でしょ』
「どんな」
長い沈黙。
『……』
「母さん?」
『分からない』
「え」
『顔が』
「写真にある」
『見てる』
「じゃあ」
『でも』
母の声が震える。
『この人』
一拍。
『誰?』
◇
蓮は目を閉じる。
父。
消えている。
もう一度。
今度は記憶から。
「進んでる」
栞。
「復元処理」
三上。
「今の神谷の存在を薄くして」
「父親を戻そうとしてる?」
「でも」
悠真。
「父親の記憶まで消えてる」
蓮。
「戻すために」
「一回全部消す?」
誰も答えられない。
◇
美月。
『ねえ』
「何」
『お兄ちゃん』
一瞬。
蓮の胸が跳ねる。
「思い出した?」
『……分かんない』
「いい」
『でも』
「何」
『一つだけ』
「うん」
『昨日の夜』
蓮の顔が変わる。
『お兄ちゃん』
「……」
『家に帰ってきたよ』
「何時」
『十二時すぎ』
「俺は」
蓮。
昨日。
防犯カメラ。
00:18学校を出た。
「そのあと?」
『お母さんと話してた』
「何を」
『聞こえなかった』
「誰の母さん」
『いつものお母さん』
「額に傷は?」
『……』
美月。
『あった』
◇
「いつもの母さんなのに傷?」
『うん』
「それで」
『お兄ちゃん』
「何」
『泣いてた』
「俺が?」
『うん』
「何て言ってた」
『一個だけ』
「……」
美月。
『父さんを戻さないで』
蓮の指が震える。
「俺が言った?」
『うん』
『お母さんに』
「母さんは何て」
『分からない』
『でも』
「何」
『お母さん』
一拍。
『あなたが決めることじゃないって』
◇
電話が切れた。
「昨日」
蓮。
「俺は知ってた」
「父親のことを」
「うん」
栞。
「記憶を消す前」
三上。
「お前は父親を戻すことに反対してた」
「なんで」
悠真。
「戻したらお前が消えるから?」
「それだけ?」
蓮は首を振る。
「何か違う」
「何が」
「俺」
蓮。
「自分が消えるだけなら」
「……」
「たぶん」
一拍。
「こんなに必死に止めない」
栞。
「じゃあ」
「父さんが戻ると」
蓮。
「もっとまずいことが起きる」
◇
集合写真。
もう一度。
十七年前。
六枚。
三人に分裂した男子。
「父さん」
蓮。
「もしこれが父さんなら」
「十七年前から分裂してた」
三上。
「そして今も」
「同じ顔の人間が」
栞。
「何人もいる」
悠真。
「父親が最初じゃない」
「え?」
「第四章で」
悠真。
「初回登録日」
「平成9年」
「そう」
「十七年前よりさらに前」
「じゃあ」
「父親が神谷蓮になったのは」
悠真。
「その時」
蓮。
「父さん自身も」
一拍。
「誰かの名前を受け継いだ」
◇
「なら」
三上。
「最初の神谷蓮は」
「父さんじゃない」
栞。
「もっと前」
「原型?」
蓮。
でも。
原型は言った。
“神谷蓮は僕から作った名前”
「どういうこと」
蓮。
「名前をもらった原型」
「父さん」
「俺」
「誰が最初」
栞。
「集合写真」
「何?」
「人物じゃなくて」
写真の下。
校名。
その横。
小さなプレート。
神谷記念館
「……」
蓮。
「神谷」
三上。
「そんな建物」
「昔あった?」
三上の顔色が変わった。
「……あった」
「どこ」
「旧校舎」
「今は?」
「十年以上前に取り壊された」
「何の施設」
「資料館」
「誰の記念館」
三上は考える。
「創立に関わった」
「……」
「医師だったかな」
蓮。
「名前」
三上。
「神谷……」
一拍。
「神谷廉一郎」
◇
「れんいちろう?」
「漢字は違う」
「蓮じゃない?」
「廉」
三上。
「清廉の廉」
栞。
「読みは」
「れん」
全員が止まる。
「神谷廉」
蓮。
「神谷蓮」
悠真。
「読みが同じ」
「偶然?」
三上。
「分からない」
蓮は写真を見る。
神谷記念館。
創立関係者。
医師。
「桐島」
蓮。
「白衣」
「実験」
「名前」
「もしかして」
栞。
「0組って」
「学校が始めたものじゃない」
◇
資料箱。
三上が探る。
「神谷記念館」
古いパンフレット。
見つかる。
表紙。
神谷記念館
人間記憶研究資料室
「研究?」
蓮。
ページ。
創設者。
写真。
老人。
神谷廉一郎
説明。
医師。
心理学。
記憶研究。
そして。
昭和後期。
この学校の土地の一部を寄付。
「学校の前から」
栞。
「ここで研究してた?」
三上。
「知らなかった」
◇
次のページ。
研究テーマ。
自己認識と社会的記憶
名前が個人認識へ与える影響
集団記憶による人格固定
「そのまま」
悠真。
「0組」
蓮。
ページ下。
一文。
人は自分一人では自分になれない。
「……」
その下。
手書き。
赤いペン。
だから、三十三人いれば一人を作れる。
全員。
黙る。
「三十三」
栞。
「ここでも」
◇
三上がページをめくる。
写真。
実験室。
子供たち。
白衣。
その中央。
一人の少年。
顔。
蓮。
「原型」
でも。
写真の日付。
昭和62年
「……」
蓮。
「三十九年前?」
悠真。
「原型」
「今も中学生くらい」
「歳取ってない」
栞。
「本当に」
少年の名前。
被験者00
「名前なし」
三上。
写真横。
神谷廉一郎。
そして。
若い男性。
誰か。
顔。
「桐島?」
蓮。
「いや」
三上。
「年齢が合わない」
昭和62年。
今の桐島が五十代なら。
若すぎる。
「似てる」
栞。
「親?」
「父親とか」
◇
写真の裏。
手書き。
00は自分の名前を保持できない。
周囲が与えた名前に人格が引きずられる。
三十三名以上の記憶が一致した場合、人格は安定する。
蓮。
「三十三人」
「だからクラス」
三上。
「学校は」
一クラス三十三人で実験しやすい」
栞。
「でも今は三十二」
蓮。
「一人消えるたび」
「三十二になる?」
「そして」
悠真。
「新しい一人を入れて」
「また三十三」
◇
ページ。
最後。
神谷廉一郎の文章。
被験者00に恒久的な名前を与える。
仮称――神谷蓮。
蓮の呼吸が止まる。
「ここ」
栞。
「最初」
仮称――神谷蓮
「神谷廉一郎が」
三上。
「自分の名字と」
「自分の読みを」
蓮。
「与えた」
悠真。
「だから神谷蓮」
◇
蓮は椅子へ座った。
「じゃあ」
「最初の神谷蓮は」
原型。
栞。
「名前のない子供」
「でも」
「その名前が」
三上。
「何度も他人に移された」
悠真。
「原型から」
「父親へ」
「俺へ」
蓮。
「じゃあ」
「父さんも」
「俺も」
「原型を安定させるための」
一拍。
「代わり?」
誰も答えない。
◇
パンフレット。
一番最後。
一枚の紙が挟まっていた。
コピー。
研究中止命令
理由。
被験者00による同一性侵食の拡大
関係者に記憶混乱を確認
複数名が自らを被験者00と認識
研究主任 神谷廉一郎を含む
「研究者まで」
栞。
「自分を00だと思った?」
三上。
「だから」
悠真。
「名前が広がった」
蓮。
「感染みたいに」
◇
次。
昭和63年3月
被験者00 所在不明
「消えた?」
栞。
「違う」
蓮。
「原型は今地下にいる」
「なら」
三上。
「所在不明になった後」
「誰かが回収した」
「桐島?」
悠真。
最後。
手書き。
研究は終了しない。
00を一人に戻すまで。
署名。
桐島修司
「桐島」
蓮。
「今の校長?」
三上。
「名前は」
「桐島修司で合ってる」
「でも昭和63年」
「今の校長なら」
「……」
計算。
三上。
「二十歳前後なら」
「今は六十近い」
「あり得なくはない」
栞。
「写真では若い」
「でも」
蓮。
「ずっと同じ顔だったら?」
◇
全員が黙る。
「まさか」
三上。
悠真。
「桐島も」
「名前を引き継いでる?」
蓮。
「桐島修司が」
「一人じゃない」
栞。
「神谷蓮と同じ」
◇
突然。
教室。
照明。
消える。
赤い非常灯。
スピーカー。
『閲覧時間を終了します』
蓮。
「桐島!」
『神谷君』
「お前」
「……」
「何代目だ」
沈黙。
三上が蓮を見る。
「何を」
蓮。
「桐島修司って名前」
「……」
「お前も受け継いでるんだろ」
長い沈黙。
そして。
『非常に』
一拍。
『良い質問です』
◇
「答えろ」
『私が何代目か』
「……」
『私自身にも分かりません』
栞。
「じゃあ」
『私も』
桐島。
『0組の生徒でした』
全員。
息を呑む。
「いつ」
『最初は』
「……」
『昭和六十三年』
「最初?」
『少なくとも』
一拍。
『私が覚えている限りでは』
◇
「桐島修司も」
蓮。
「作られた名前?」
『はい』
「原型と同じ?」
『違います』
「何が」
『私は』
桐島。
『被験者00を監視するために作られた』
「人間を?」
『役割です』
「役割?」
『神谷蓮が』
「……」
『増えすぎないように』
『消えすぎないように』
『一人へ戻す』
「それが桐島修司」
『はい』
「じゃあ校長って立場も」
『都合が良かった』
「ずっと学校にいられるから」
『そうです』
◇
三上。
「十七年前」
「お前は」
「俺の友達を消した」
『違います』
「何が違う!」
『彼は』
「……」
『神谷蓮になりかけた』
「だから消した?」
『彼自身を守るためです』
「消すことが?」
『神谷蓮として固定されれば』
「……」
『元の彼は二度と戻れない』
三上。
「じゃあ名前を返せ」
『できません』
「なぜ」
『あなたが』
一拍。
『忘れたからです』
三上の顔が歪む。
◇
「先生だけじゃない」
栞。
「周り全員」
『はい』
「名前を思い出せれば」
『戻る可能性はあります』
三上。
「可能性?」
『十七年』
「……」
『長すぎます』
「でも」
蓮。
「父さんは戻せる」
『神谷蓮という名前で』
「元の名前は?」
『分かりません』
「……」
「父さんも」
蓮。
「本当は神谷蓮じゃない」
『そうです』
◇
蓮は笑った。
力なく。
「じゃあ」
「父さんを復元するって」
「本当の父さんじゃない」
『……』
「神谷蓮としての父さんを戻すだけ」
『はい』
「そのために」
「俺を消す」
『現在の重複を解消するためには』
「ふざけるな」
◇
蓮は黒板を見る。
YES。
NO。
「選ばない」
『期限があります』
「知らない」
『九月八日』
「それまでに」
一拍。
「第三の方法を探す」
『ありません』
「ある」
『……』
「神谷蓮を」
「一人にしなきゃいい」
桐島。
『それは』
「父さんも」
「俺も」
「原型も」
「全部」
「それぞれ別の名前に戻す」
沈黙。
「元の名前」
『不可能です』
「なんで」
『記録がありません』
「じゃあ思い出す」
『誰が』
「先生」
三上が顔を上げる。
「十七年前の友達」
「先生が思い出す」
栞。
「私も」
「消える前の自分を」
悠真。
「俺たちも」
「本当の名前」
蓮。
「全部戻す」
◇
桐島。
『成功率は』
「聞いてない」
『……』
「やる」
長い沈黙。
そして。
桐島。
『では』
「何」
『集合写真の』
一拍。
『三十四人目を見つけなさい』
「三十四?」
三上。
「写真は三十三」
『いいえ』
「でも」
『そこに』
桐島。
『ずっと写っています』
通信。
切れる。
◇
「三十四人目」
蓮。
「また」
写真。
三十三人。
教師。
影。
窓。
「どこ」
栞。
「撮影者?」
「それなら写真の外」
三上。
「窓の桐島?」
「数えた?」
蓮。
人物。
三十三。
窓の桐島。
「三十四」
悠真。
「でも簡単すぎる」
「桐島が言う必要ない」
栞。
「違う人」
◇
蓮は六枚の写真を並べた。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
違い。
人の位置。
影。
「間違い探し」
悠真。
「みたいだな」
「待って」
蓮。
「校舎」
「何」
「窓」
六枚。
一枚目。
二階窓。
桐島。
二枚目。
桐島。
三枚目。
桐島。
四枚目。
桐島。
五枚目。
桐島。
六枚目。
二人。
「……」
栞。
「桐島が二人」
◇
一人。
二階窓。
もう一人。
三階。
顔は小さい。
でも。
同じ。
「これ」
三上。
「三十四人目?」
「いや」
蓮。
「写真の中なら」
「もう三十五?」
「生徒三十三」
「桐島二人」
悠真。
「でも」
「三十三人の中に」
「神谷蓮が三人いる写真もある」
「数え方が」
「人物じゃない」
栞。
「名前?」
◇
写真裏。
名前。
三十二。
空欄一つ。
桐島。
記載なし。
「三十四人目」
蓮。
「名前がある人間?」
悠真。
「写真にいない名前」
三上。
「名簿」
箱。
出席簿。
三十三名。
蓮が見る。
一番。
二番。
……
三十二。
三十三。
神谷蓮。
「三十四はない」
「別ページ」
栞。
最後。
備考。
紙が二重になっている。
「これ」
「貼ってある?」
三上が慎重に剥がす。
下。
隠された行。
34
全員。
息を止める。
「名前」
蓮。
文字。
かすれている。
最初。
雨
栞の顔が凍る。
「……」
二文字目。
宮
「嘘」
三文字目。
栞
◇
34 雨宮栞
誰も動けない。
「十七年前」
蓮。
「雨宮?」
栞は首を振る。
「私」
「まだ生まれてない」
三上。
「この名前」
「……」
「知ってる」
栞が先生を見る。
「え?」
三上の顔色が変わる。
「違う」
「今」
「知ってるって」
「頭に」
三上。
「記憶が」
◇
十七年前。
教室。
一人の女子生徒。
黒髪。
窓際。
左目の下。
小さなほくろ。
三上。
「……雨宮」
栞が震える。
「私?」
「違う」
「でも顔」
「同じ」
蓮。
「十七年前にも雨宮栞がいた」
「そんな」
悠真。
「神谷蓮だけじゃない」
「名前が繰り返されてる」
◇
出席簿。
34番。
雨宮栞。
備考。
記憶保持補助者
「補助者?」
栞。
次。
被験者00の認識維持担当
蓮。
「何これ」
三上。
「雨宮は」
「神谷蓮を覚えておく役?」
栞。
「だから」
「私だけ」
一拍。
「神谷君を忘れない?」
◇
蓮は第一章を思い出す。
悠真は忘れた。
クラス全員忘れた。
でも。
雨宮栞だけは。
地下を知っていた。
写真を知っていた。
そして。
蓮に言った。
「昨日の自分を信じないで」
「お前」
蓮。
「最初から」
「……」
「俺を覚えていられるように」
「何かされてた?」
栞。
「知らない」
「本当に?」
「本当に!」
「じゃあ」
三上。
「なぜ地下を知っていた」
栞は黙る。
◇
「雨宮」
蓮。
「もう隠すな」
「……」
「お前」
「写真」
「いつから受け取ってた」
栞。
長い沈黙。
「八月」
「何日」
「二十六日」
「俺より先」
「うん」
「何枚」
「……」
「何枚」
「七枚」
蓮が息を呑む。
「七」
「一日一枚」
「何が写ってた」
栞。
「最初」
「私の教室」
「次」
「地下」
「次」
「0組」
「次」
栞は震える。
「十七年前の私」
◇
「見てた?」
「うん」
「なんで言わなかった」
「怖かった」
「俺に」
「違う」
「じゃあ」
栞。
「写真の裏」
「何て」
栞は鞄。
小さな封筒。
取り出す。
「残ってた?」
「全部じゃない」
一枚。
裏。
『あなたは今回も神谷蓮を忘れない。』
二枚目。
『それがあなたの役目です。』
三枚目。
『ただし、思い出してはいけない。』
蓮。
「何を」
栞。
最後の写真。
裏。
『あなたが最初に神谷蓮を殺した。』
◇
教室。
静まり返る。
「私」
栞。
「これ見て」
「……」
「怖くなった」
「だから」
「屋上で」
「何が起きるか確かめたかった」
蓮。
「お前が」
「俺を?」
「分からない」
「でも」
栞。
「十七年前の雨宮栞が」
「……」
「神谷蓮に何かした」
「それが」
「今の私にも」
一拍。
「繰り返されるかもしれない」
◇
三上。
「写真」
「十七年前の雨宮」
六枚。
探す。
「いない」
蓮。
「名簿には34」
「写真には33」
悠真。
「つまり」
栞。
「撮影者?」
全員が止まる。
「雨宮栞が」
「写真を撮った?」
蓮。
「じゃあ」
「ガラスに写る撮影者」
拡大。
カメラ。
顔。
今まで気づかなかった。
髪。
長い。
女子。
そして。
左目の下。
小さな点。
「……私」
栞が呟く。
◇
十七年前。
集合写真を撮影したのは。
雨宮栞。
「三十四人目」
三上。
「写真に写ってる」
「反射で」
蓮。
「これが答え」
その瞬間。
集合写真。
変化。
ガラスに映っていた女子。
ゆっくり。
こちらを向く。
「……」
栞。
「今」
「動いた」
写真の中。
十七年前の雨宮栞。
口。
動く。
声は聞こえない。
「何て言ってる」
悠真。
蓮は口元を見る。
一文字ずつ。
「か」
「……」
「み」
「……」
「や」
神谷
次。
れ
ん
「神谷蓮」
そして。
続き。
を
し
ん
じ
る
な
蓮の顔色が変わる。
神谷蓮を信じるな。
◇
栞。
「私と同じ」
「昨日の自分を信じるな」
三上。
「十七年前から」
「同じ警告」
写真。
女子。
さらに口を動かす。
「次」
蓮。
ほ
ん
も
の
は
い
な
い
全員。
黙る。
本物はいない。
◇
「本物がいない?」
悠真。
「じゃあ」
「原型も?」
栞。
「父親も」
三上。
「今の神谷も」
蓮は写真を見つめる。
十七年前の栞。
最後。
もう一つ。
口。
「ゼ」
「ロ」
「く」
「み」
「0組」
続き。
は
ひ
と
を
け
す
ば
し
ょ
じゃ
な
い
「0組は」
蓮。
一拍。
「人を消す場所じゃない」
続き。
き
お
く
を
つ
く
る
全員。
息を止めた。
0組は、記憶を作る場所。
◇
その瞬間。
蓮の頭。
何かが繋がる。
「待って」
栞。
「何」
「俺たち」
「ずっと」
「0組が」
一拍。
「人を消してると思ってた」
三上。
「違う?」
「逆」
蓮。
「0組は」
「誰かを消してるんじゃない」
「じゃあ」
「三十三人に」
「同じ記憶を与える」
悠真。
「一人の人間を作る」
「そう」
「じゃあ消えた人は」
蓮。
「新しい記憶に」
一拍。
「押し出されてる」
◇
雨宮栞。
存在しない。
クラス全員が忘れた。
でも。
もしかすると。
彼女が消されたのではない。
「雨宮の席に」
蓮。
「誰か入った?」
栞。
「え?」
「クラス三十二人」
「もともと三十三」
「お前が消えたあと」
「机も消えた」
「だから人数は三十二」
三上。
「代わりはいない」
「まだ」
蓮。
「まだ?」
「七日」
「雨宮が完全に消えたら」
「その席に」
悠真。
「新しい誰かが入る?」
◇
黒板。
突然。
文字。
雨宮栞
欠席日数 2
「増えた」
栞。
「さっき1だった」
三上。
「日付が」
時計。
午前0時00分。
「いつの間に」
蓮。
地下へ入ったのは夕方。
時間。
飛んだ。
九月四日。
「二日目」
栞。
黒板。
追加。
代替候補選定中
蓮。
「やっぱり」
◇
候補者。
一文字ずつ。
雨宮栞 代替候補
神谷蓮
「……は?」
蓮。
栞。
三上。
悠真。
全員。
固まる。
「俺が」
「雨宮の代わり?」
黒板。
次。
適合率 92%
「高すぎる」
悠真。
「なんで」
栞。
「性別も」
「記録も」
「全然違う」
蓮。
「名前じゃない」
「記憶の役割」
三上。
「雨宮は」
「神谷蓮を覚える役」
「そして」
蓮。
「俺は」
一拍。
「自分自身を神谷蓮だと覚えてる」
◇
黒板。
新しい文字。
記憶保持補助者が消失した場合
被験者本人を補助者へ転換します。
「転換」
栞。
「神谷君が」
「私になる?」
「違う」
蓮。
「俺が」
「神谷蓮を覚える側になる」
「じゃあ」
悠真。
「神谷蓮本人は?」
黒板。
答えるように。
新規個体を登録します。
教室。
誰も声を出せない。
「新しい」
蓮。
「神谷蓮が作られる」
◇
その瞬間。
廊下。
足音。
一つ。
二つ。
三つ。
近づいてくる。
三上。
「誰かいる」
0組の扉。
ゆっくり。
開く。
一人の少年。
制服。
蓮と同じ顔。
でも。
少し違う。
目。
髪。
表情。
新しい。
見たことのない“神谷蓮”。
「……」
少年は教室へ入る。
黒板。
新規個体
登録準備完了
「もう」
栞。
「作ってる」
◇
新しい蓮。
現在の蓮を見る。
「初めまして」
「……」
「お前」
「神谷蓮」
「違う」
「そう教えられた」
「誰に」
「先生」
「桐島?」
「うん」
少年は笑う。
「母さんは神谷香織」
「妹は美月」
「友達は高城悠真」
悠真の顔が変わる。
「好きな食べ物」
「カレー」
蓮の指が震える。
「右手小指」
「昨日怪我した」
包帯。
同じ。
「昨日の夜」
蓮。
「何してた」
少年。
「学校の屋上に行った」
「……」
「雨宮栞に会った」
栞。
顔色が変わる。
「それから」
少年。
「一人の男を」
一拍。
「0組から消した」
◇
蓮は少年へ近づく。
「お前」
「俺の記憶」
「持ってる?」
「うん」
「どこまで」
「全部」
「じゃあ」
蓮。
「昨日」
「屋上で」
一拍。
「誰が人を殺した」
少年は、
少し考えた。
「僕」
教室。
静まり返る。
栞。
「嘘」
少年。
「本当」
「何をした」
「名前を消した」
蓮。
「それを」
「殺したって言ってる?」
「うん」
「誰の」
少年。
ゆっくり答える。
「神谷蓮」
「……」
「どの」
少年は笑った。
「それが」
一拍。
「分からない」
◇
蓮は拳を握る。
「お前」
「俺じゃない」
「うん」
「でも俺の記憶がある」
「うん」
「じゃあ」
「俺が忘れた記憶も?」
少年。
一瞬。
表情が変わる。
「ある」
蓮の心臓。
跳ねる。
「桐島に消してもらった記憶」
「うん」
「見せろ」
「嫌」
「なんで」
「見たら」
「……」
少年。
「君は僕になるから」
◇
「意味分かんない」
「記憶が同じなら」
「……」
「どっちがどっちか」
「分からなくなる」
蓮。
「もう分からない」
「違う」
「何が」
「今は」
少年。
「君は」
一拍。
「自分が神谷蓮だと思ってる」
「……」
「僕の記憶を全部見たら」
「……」
「君は」
「自分が昨日作られた方だと思うかもしれない」
◇
蓮は動けない。
どちらが。
新しい?
今目の前にいる少年?
それとも。
自分?
「証拠」
悠真。
「何?」
「どっちが先か」
「調べられる」
「どうやって」
「集合写真」
「……」
「昨日の写真」
悠真。
「時間」
防犯カメラ。
23:47。
23:56。
00:07。
00:13。
00:18。
「三人の神谷蓮」
「誰がどこから来たか」
「追えば」
三上。
「一番最初に学校へ入った個体」
「それが」
「元の神谷?」
悠真。
「少なくとも」
「昨日の時点で先にいた方」
蓮。
「映像」
「職員室」
◇
四人。
新しい蓮も含め。
B2を出る。
階段。
B1。
倉庫。
地上。
学校。
深夜。
時計。
0時17分。
「本当に」
三上。
「何時間も飛んだ」
職員室。
防犯カメラ。
データ。
三上が開く。
九月一日。
23:30。
再生。
「いた」
23:47。
蓮。
門。
カメラを見る。
笑う。
「これ」
現在の蓮。
「俺?」
栞。
「分からない」
新しい蓮。
「僕だと思う」
「なんで」
「覚えてる」
「本当に?」
「うん」
◇
23:49。
校内。
23:51。
廊下。
23:53。
階段。
23:56。
屋上。
次。
別カメラ。
23:58。
「待って」
悠真。
「誰か」
裏門。
一人。
神谷蓮。
二人目。
「……」
00:01。
正門。
三人目。
神谷蓮。
全員。
黙る。
「三人」
三上。
「別々に入ってる」
蓮。
「一人目23:47」
「二人目23:58」
「三人目00:01」
栞。
「屋上に三人」
◇
「一番目が」
新しい蓮。
「僕」
蓮。
「証拠は」
「記憶」
「それ以外」
少年は黙る。
悠真。
「続き」
00:07。
栞。
屋上へ。
00:09。
別映像。
階段。
一人の神谷蓮。
降りてくる。
「誰」
00:10。
B1入口。
「地下へ」
00:11。
別の神谷蓮。
屋上。
00:12。
三人目。
屋上。
そして。
00:13。
廊下。
神谷蓮。
00:18。
正門から出る。
鍵。
B2・0。
蓮。
「この出た奴」
「俺?」
新しい少年。
画面を見る。
「違う」
「分かる?」
「うん」
「誰」
少年。
一拍。
「君」
◇
「俺?」
「うん」
「じゃあ」
「一番目はお前」
「二番目」
「分からない」
「三番目」
「分からない」
蓮。
「でも」
「俺は最後に出た」
「うん」
「その時」
「何を覚えてた」
少年。
「全部」
「何をした」
「……」
「言え」
「屋上で」
少年。
「最初の神谷蓮が」
「……」
「自分の名前を取り戻そうとした」
「父さん?」
「違う」
「じゃあ誰」
「十七年前に」
「……」
「最初に消えた人」
三上。
「俺の友達?」
「違う」
◇
「また違う」
蓮。
「じゃあ誰なんだよ!」
少年。
「雨宮栞」
全員。
止まる。
「……何?」
栞。
「十七年前」
少年。
「最初に消えたのは雨宮栞」
三上。
「いや」
「男子だった」
「そう記憶してるだけ」
「でも」
「写真」
少年。
「34番」
「撮影者」
「雨宮栞」
「次の日」
一拍。
「全員が彼女を忘れた」
◇
栞の顔。
真っ白。
「じゃあ」
「今と同じ」
「うん」
「男子生徒は」
「二人目」
三上。
「……」
「俺」
「最初から」
「順番を間違えて覚えてた?」
「うん」
少年。
「十七年前」
「最初に雨宮栞が消えた」
「そのあと」
「神谷蓮が増えた」
「そして」
「三上先生の友達が消えた」
蓮。
「今回も」
「雨宮が消えた」
「俺が増えてる」
少年。
「そう」
悠真。
「次は」
全員。
黙る。
少年。
ゆっくり三上を見る。
「先生の友達に当たる人が消える」
◇
蓮の背中が冷える。
「誰」
少年。
「まだ分からない?」
蓮。
「……」
悠真。
「俺?」
少年は答えない。
黒板ではなく。
スマートフォン。
悠真の端末。
通知。
差出人不明。
画像。
開く。
写真。
教室。
高城悠真。
一人。
机に座っている。
背後。
誰もいない。
裏面代わりのメッセージ。
『次は彼です。』
「……」
蓮。
「嘘だろ」
悠真。
笑おうとする。
「まあ」
「流れ的には」
「笑うなよ!」
「じゃあどうしろって」
◇
栞。
「あと何日」
写真。
日付。
九月四日
少年。
「三日」
「何が」
「十七年前」
「雨宮栞が消えてから」
「……」
「三日後」
一拍。
「三上先生の友達が消えた」
悠真。
「じゃあ俺も」
「九月七日?」
「たぶん」
蓮。
「雨宮より先?」
「雨宮の完全削除は九月九日」
「悠真は九月七日」
「父さん復元は九月八日」
三上。
「全部重なる」
◇
現在。
九月四日。
残り。
悠真――三日。
父――四日。
栞――五日。
そして。
神谷蓮。
誰が残るか分からない。
「時間」
蓮。
「ないな」
栞。
「どうする」
蓮は集合写真を見る。
十七年前。
三十四人目。
雨宮栞。
神谷蓮。
三上。
桐島。
そして。
何度も繰り返された同じ事件。
「十七年前と同じなら」
「今回も」
蓮。
「順番通りに消える」
三上。
「ああ」
「なら」
一拍。
「十七年前と違うことをすればいい」
悠真。
「何を」
「最初に」
「雨宮を戻す」
「三十三人に思い出させる?」
「そう」
「次」
「悠真を絶対に忘れない」
「どうやって」
「記録する」
「写真」
「動画」
「紙」
栞。
「記録は先に消える」
「分かってる」
「じゃあ」
蓮。
「人に覚えさせる」
「できるだけ多く」
◇
三上。
「最後」
「父親」
蓮。
「父さんは」
「神谷蓮として戻さない」
「元の名前を探す」
「間に合う?」
「間に合わせる」
新しい蓮。
「そして僕は?」
全員。
彼を見る。
「……」
少年は笑う。
「僕も」
「消す?」
蓮。
「いや」
「じゃあ」
「お前にも」
「元の名前があるなら探す」
「ないよ」
「分からないだろ」
「僕は昨日作られた」
「それでも」
蓮。
「昨日から」
一拍。
「お前として生きてる」
少年。
表情が止まる。
「だったら」
「名前くらい」
「自分で選べばいい」
◇
少年はしばらく黙っていた。
「名前」
「うん」
「自分で?」
「神谷蓮じゃなくていい」
「……」
「誰かから盗まなくていい」
少年。
初めて。
少しだけ。
普通に笑った。
「考えとく」
◇
その瞬間。
職員室のプリンター。
勝手に動き出す。
紙。
一枚。
二枚。
三枚。
「何」
三上。
印刷。
十七年前の集合写真。
ただし。
今までと違う。
全員の顔。
はっきり。
三十四人。
撮影者の雨宮栞も、
なぜか列の中にいる。
「写真が」
栞。
「変わった」
蓮。
最後列。
一人。
三上の友達らしき男子。
そして。
その隣。
高城悠真。
「……」
悠真。
「俺?」
十七年前。
生まれていないはず。
でも。
はっきり写っている。
裏。
印刷。
名前。
33 高城悠真
34 雨宮栞
そして。
32 神谷蓮
蓮の顔色が変わる。
「三人」
今回と同じ。
◇
さらに。
一番下。
文章。
十七年前の再現率:94%
不足要素:1名
「一名」
三上。
次の紙。
現在のクラス写真。
三十三人。
蓮。
悠真。
栞。
全員。
そして。
一番後ろ。
知らない男子。
顔。
黒い。
「また」
蓮。
紙の下。
不足要素が登録された場合
再現率100%
栞。
「100になったら」
悠真。
「何が起きる」
最後の紙。
赤字。
平成21年9月2日を再実行します。
全員。
動けない。
「再実行」
三上。
「十七年前の事件を」
少年。
「そのまま」
蓮。
「もう一回やる」
◇
そして。
最後。
一行。
不足要素候補:神谷美月
蓮の目が見開かれる。
「美月?」
栞。
「妹さん?」
「なんで」
プリンター。
もう一枚。
家の写真。
美月。
自室。
眠っている。
撮影時刻。
現在。
その背後。
一人。
額に傷のある、
母・香織。
そして。
そのさらに後ろ。
高校生くらいの男子。
蓮と同じ顔。
写真下。
回収準備完了。
「……」
蓮の手から紙が落ちた。
「美月」
スマートフォン。
電話。
母。
出ない。
美月。
出ない。
「神谷君」
「帰る」
三上。
「俺も行く」
「いや」
「一人で」
「ダメ!」
栞。
「今まで一人で動いた時」
「何が起きた?」
蓮は止まる。
屋上。
記憶。
消去。
分裂。
「……全員で行く」
◇
校舎を走る。
玄関。
夜。
外。
蓮の家まで。
十五分。
途中。
スマートフォン。
美月から。
着信。
「美月!」
『……』
「もしもし!」
『お兄ちゃん』
「大丈夫?」
『うん』
「今どこ」
『家』
「母さんは」
『いる』
「額に傷」
『ある』
蓮。
「部屋から出るな」
『でも』
「何」
『お母さん』
一拍。
『お兄ちゃんが帰ってきたって言ってる』
蓮の足が止まった。
「俺は」
「まだ外」
『……え』
「誰が帰ってきた」
電話の向こう。
廊下。
足音。
美月。
『お兄ちゃん』
「何」
『ドアの前』
「開けるな」
『でも』
「絶対開けるな!」
ノック。
電話越しに聞こえる。
コン。
コン。
コン。
そして。
男の声。
『美月』
蓮と同じ声。
『開けて』
美月。
小さな声。
『お兄ちゃんの声』
「違う!」
「俺はここ!」
ドアの向こう。
男。
『美月』
一拍。
『本物のお兄ちゃんだよ』
電話。
切れる。
「美月!」
蓮は走った。
今までで一番速く。
自分の名前。
父親の名前。
原型。
0組。
そんなことは、
今はどうでもよかった。
ただ一つ。
妹を。
三十四人目にしてはいけない。
――第六章「犯人を忘れる町」へ続く。
父親を復元しますか?
YES / NO
黒板に浮かぶ二つの文字。
蓮は動けなかった。
YESを選べば。
父が戻る。
その代わり、
自分が消える。
NOを選べば。
自分は残る。
そして父は、
これからも誰にも思い出されない。
「……選べるわけないだろ」
蓮が呟く。
スピーカー。
『選択は保留できます』
桐島校長の声。
「いつまで」
『九月八日まで』
「それを過ぎたら?」
数秒。
『自動処理へ移行します』
「どっちになる」
『記憶保持人数の多い方が残ります』
蓮は笑った。
「またそれかよ」
『……』
「結局」
一拍。
「人間を多数決で決めるんだな」
『多数決ではありません』
「同じだよ」
『違います』
「じゃあ何が違う」
桐島は答えない。
蓮は黒板を見る。
父。
自分。
二人とも神谷蓮。
同じ名前。
同じ住所。
そして。
同時には存在できない。
「桐島」
三上先生が言う。
『……』
「もうやめろ」
『三上先生』
「十七年前も」
三上は拳を握る。
「お前は同じことをした」
『必要でした』
「何のために」
『世界を』
桐島。
一拍。
『矛盾させないためです』
◇
「世界?」
栞が聞き返す。
『同じ人間が二人存在する』
「……」
『同じ家族を持つ』
『同じ過去を持つ』
『同じ記憶を持つ』
『その状態が長期間続いた場合』
三上。
「何が起きる」
『記憶の衝突です』
「記憶?」
『本人だけではありません』
『周囲の人間も』
『どちらを本物として記憶すべきか分からなくなる』
蓮は美月を思い出す。
0組で。
蓮と悠真を見て、
美月は言った。
「どっちもお兄ちゃんの記憶がある」
「だから」
蓮。
「美月の記憶が二つになった?」
『はい』
「母さんも」
『可能性があります』
「カレーの夜」
『……』
「母さんが家にいた記憶と」
「いなかった記憶」
沈黙。
「関係あるんだろ」
桐島は答えなかった。
「額に傷があった母さん」
栞が蓮を見る。
「神谷君」
「美月が言ってた」
蓮。
「普段の母さんにはない傷」
三上。
「別の香織さん?」
「もしくは」
栞。
「同じ人の」
一拍。
「別の記憶」
◇
原型の少年が小さく笑った。
「やっぱり始まってる」
蓮が振り返る。
「何が」
「家族の分裂」
「分裂?」
「名前だけじゃない」
少年。
「誰か一人の存在に矛盾が増えると」
「……」
「その人を知ってる人の記憶も分かれる」
「じゃあ母さんは」
「まだ一人」
「まだ?」
「記憶が二つあるだけ」
「それが進んだら」
少年は答えなかった。
「言えよ」
「……」
「どうなる」
「人による」
「何が」
「二つの記憶のうち」
一拍。
「どっちか一つに合わせた人間になる」
蓮は黙る。
別の母。
別の妹。
別の悠真。
そして。
別の自分。
「だから昨日」
蓮。
「俺も三人に」
「うん」
「悠真も二人」
「うん」
「じゃあ」
栞。
「神谷君だけの問題じゃない」
「そう」
少年。
「もう周りにも広がってる」
◇
三上が黒板を見る。
「九月八日」
「何です?」
「あと五日」
「……」
「それまでに」
三上。
「父親を復元するかどうか決める」
「でも」
蓮。
「それだけじゃない」
「何?」
「雨宮」
栞の名前。
欠席日数。
一。
「雨宮が完全に消えるまで」
栞が目を伏せる。
「あと六日」
「俺の父さんより一日長い」
「……」
「偶然?」
原型の少年。
「たぶん違う」
「じゃあ」
「同じ処理が」
「……」
「重なってる」
蓮。
「父さんの復元」
「雨宮の削除」
「俺の重複」
「悠真の重複」
「全部」
一拍。
「この一週間で決まる?」
少年は頷いた。
◇
スピーカー。
『地下区画を閉鎖します』
三上。
「待て」
『十分後に照明を停止します』
「桐島!」
『集合写真を調べてください』
全員が止まった。
蓮。
「何?」
『あなた方が探している答えは』
「……」
『すでに写っています』
「十七年前の?」
『はい』
「どれ」
『それは』
桐島。
『あなた自身で見つけてください』
「ふざけるな!」
通信。
切れる。
◇
五分後。
四人は0組へ戻っていた。
蓮。
栞。
三上。
そして、
もう一人の悠真。
原型の少年は白い部屋に残った。
理由を聞くと。
「僕はここから出ると」
「また誰かになるかもしれない」
そう言った。
もう一人の蓮は、
いつの間にか姿を消していた。
「本当に何人いるんだよ」
蓮は呟く。
「本人たちも分かってないんじゃない」
栞。
「笑えないな」
教室。
箱。
十七年前の資料。
三上が集合写真を机に置いた。
「これだ」
古い写真。
三十三人。
いや。
よく見ると。
「待って」
栞。
「三十三じゃない」
「前にも数えたぞ」
三上。
「三十三だった」
「人じゃなくて」
栞が写真を指す。
「影」
「影?」
◇
窓から差し込む光。
集合写真。
生徒。
教師。
全員。
床や壁に影。
「数えて」
蓮。
「一」
「二」
「三」
……
「三十二」
三上。
「一人分ない」
蓮は写真を見る。
「誰」
影と人物。
一人ずつ確認。
「先生ある」
「前列ある」
「後列」
そして。
右端。
顔を黒く塗り潰された男子。
「この人」
栞。
「影がない」
「十七年前に消えた」
三上。
「俺の友達?」
「違う」
三上はすぐ答えた。
「それは違う」
「どうして分かる」
「分からない」
「……」
「でも」
三上は胸を押さえる。
「友達を見た時の感じじゃない」
蓮。
「じゃあ誰」
悠真。
「最初の神谷蓮」
「俺の父さん?」
「可能性は高い」
◇
蓮は写真をスマートフォンで拡大した。
顔。
黒い。
でも。
完全に塗り潰されているわけではない。
「これ」
「何?」
栞。
「黒い部分」
「……」
「インクじゃない」
三上。
「じゃあ」
「写真自体」
蓮は指でなぞる。
表面。
傷はない。
「最初から」
栞。
「顔の部分だけ写ってない?」
「でも輪郭はある」
「光?」
「違う」
三上。
「昔この写真見た」
「十七年前?」
「ああ」
「その時は?」
長い沈黙。
「顔」
三上。
「写ってた」
「覚えてる?」
「……」
「顔そのものは無理」
「でも」
「黒くはなかった」
◇
蓮は写真の裏を見る。
名前一覧。
三十二人。
教師。
そして。
三十三人目。
名前。
ない。
「最初から空欄?」
三上。
「違う」
「覚えてる?」
「ここ」
三上は最後の行を指す。
「字があった」
「何て」
「思い出せない」
「神谷蓮?」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺」
三上。
「神谷蓮って名前を」
一拍。
「十七年前から知ってた気がする」
蓮の表情が変わる。
「でも先生」
「何だ」
「地下の映像では」
「……」
「友達が『それ俺の名前だ』って」
「そうだ」
「先生は知らない名前だと思って返事した」
「……」
「矛盾してる」
三上の顔色が変わる。
「また記憶が」
栞。
「二つある」
◇
三上は椅子に座った。
「一つ」
「……」
「神谷蓮なんて知らなかった俺」
「もう一つ」
「十七年前から知ってた俺」
「どっちが本当」
蓮は答えられない。
悠真が写真を見る。
「両方じゃない?」
三上。
「何」
「今までずっと」
悠真。
「どっちかが本物だと思ってた」
「……」
「でもこの場所では」
「二つとも本当に起きたこととして残ってる」
「つまり」
栞。
「過去が一つじゃない?」
「そう」
「そんなこと」
三上。
「あり得るのか」
悠真は蓮を見る。
「俺たちが二人いるんだぞ」
「……」
「もうあり得るとか」
「関係ないだろ」
◇
蓮は写真を裏返す。
「桐島は」
「この写真に答えがあるって言った」
「人物?」
栞。
「背景かもしれない」
三上。
「背景?」
「窓」
蓮は二階の窓を拡大。
若い桐島。
立っている。
「この人はもう見つけた」
「他」
校舎。
時計。
掲示板。
木。
校章。
そして。
「待って」
栞が言う。
「時計」
「何?」
写真の校舎。
外壁の時計。
針。
十一時四十七分。
蓮の心臓が跳ねた。
「23時47分」
三上。
「お前が学校に入った時間」
「同じ」
「でも写真は昼」
「11時47分」
「偶然?」
誰も答えない。
◇
さらに。
写真。
校舎入口。
デジタルではない掲示板。
文字。
「拡大できる?」
蓮。
「画質悪い」
悠真。
「虫眼鏡」
三上が箱から取り出す。
古い拡大鏡。
掲示板。
ぼんやり。
しかし。
一部読める。
9月1日
その下。
転入生
「転入生?」
栞。
「名前」
蓮。
さらに見る。
最初の文字。
神。
「……」
二文字目。
谷。
三文字目。
蓮。
神谷蓮
「十七年前」
三上。
「9月1日に転入?」
出席簿。
神谷蓮。
九月一日。
出席日数1。
「一致した」
蓮。
「俺の父さん?」
悠真。
「でも」
「何」
「写真」
一拍。
「転入生が来る前に撮る?」
◇
全員。
黙る。
集合写真。
撮影日。
裏。
小さな印字。
8月31日
「前日」
栞。
「神谷蓮が転入する前」
「なのに」
蓮。
「写ってる?」
最後列。
影のない男子。
名前なし。
もし。
彼が神谷蓮なら。
転入前日に、
すでに学校にいる。
「それだけじゃない」
三上。
「何です?」
「この写真」
「……」
「夏休み中だ」
「八月三十一日」
「なんで集合写真」
「新学期の準備で」
「生徒全員?」
三上は首を振る。
「そんなことしない」
◇
栞が写真の端を見る。
「撮影者」
「何?」
「反射」
校舎のガラス。
撮影者らしき人物。
カメラ。
その隣。
一人。
白衣。
「桐島」
蓮。
「撮ってたのは別人」
「隣に桐島」
三上。
「つまり」
栞。
「この写真は学校行事じゃない」
「実験記録?」
蓮。
全員の背筋が冷えた。
◇
箱の中。
写真袋。
日付。
平成21年8月31日 識別試験
「識別」
三上。
中。
同じ集合写真。
何枚も。
「同じ?」
栞。
「違う」
蓮。
一枚目。
三十三人。
二枚目。
三十三人。
三枚目。
三十三人。
でも。
人物の位置が、
少しずつ違う。
「撮り直し?」
悠真。
「いや」
蓮。
「同じ時刻」
時計。
全て。
11時47分。
「一秒も違わない」
三上。
「なら」
「何枚も同時に撮った?」
「でも」
栞。
「人の位置が違う」
◇
一枚目。
影のない男子。
最後列右。
二枚目。
中央。
三枚目。
前列。
四枚目。
いない。
「消えた」
悠真。
五枚目。
二人いる。
「……」
蓮。
「二人」
同じ顔。
同じ制服。
一人は前列。
一人は後列。
六枚目。
三人。
「昨日と同じ」
栞。
屋上。
三人の神谷蓮。
「十七年前にも」
三上。
「起きてた」
◇
写真袋。
裏。
手書きのメモ。
識別率
一枚目 98%
二枚目 83%
三枚目 71%
四枚目 100%
五枚目 42%
六枚目 17%
「何の数字」
栞。
「周りが」
蓮。
「どれを同じ人間だと認識するか?」
悠真。
「17%」
「三人になると」
三上。
「誰が本物か分からなくなる」
蓮は六枚目を見る。
三人。
その下。
赤字。
分裂発生。0組へ移行。
「……」
◇
その瞬間。
蓮のスマートフォン。
着信。
母
「母さん」
出る。
「もしもし」
『蓮?』
「うん」
『今どこ』
「学校」
『何してるの』
「ちょっと調べもの」
『早く帰ってきて』
「なんで」
母。
少し沈黙。
『美月が』
「美月?」
『変なの』
「何が」
『あなたのこと』
一拍。
『お兄ちゃんじゃないって言ってる』
蓮の体が硬直した。
「……」
「どういうこと」
『急に』
『写真見て』
「どの写真」
『家族写真』
「それで?」
『蓮の顔を見て』
母。
『この人誰って』
◇
「美月に代わって」
『今』
「お願い」
足音。
少しして。
『……もしもし』
「美月」
『誰』
蓮の胸が痛む。
「俺」
『誰なの』
「蓮だよ」
『蓮?』
「お兄ちゃん」
沈黙。
『……違う』
「何が」
『お兄ちゃん』
「うん」
『そんな声じゃない』
「美月」
『お兄ちゃんは』
一拍。
『もっと低い声だった』
蓮は言葉を失う。
「顔は」
『写真』
「何」
『昔の写真』
「誰が写ってる」
『お兄ちゃん』
「俺?」
『違う』
「じゃあ」
『知らない男の人』
◇
「写真撮って送って」
『分かった』
数秒。
画像。
届く。
幼い美月。
母。
そして。
少年。
十歳くらい。
蓮の記憶では。
そこには自分が写っていた。
でも。
今。
知らない少年。
「誰だ」
栞が覗く。
「神谷君じゃない」
三上。
「でも」
少年。
どこか。
見覚え。
蓮は写真を拡大。
目。
輪郭。
「……」
悠真。
「これ」
「何」
「俺じゃない?」
「は?」
よく見る。
確かに。
高城悠真に似ている。
ただし。
完全には同じではない。
「また」
栞。
「混ざってる」
◇
電話。
『ねえ』
「何」
『この人』
「……」
『名前』
「書いてある?」
『裏に』
「何て」
美月。
一拍。
『神谷蓮』
蓮は目を閉じた。
「また」
「俺じゃない神谷蓮」
美月。
『それで』
「何」
『もう一枚』
「まだある?」
『うん』
『お父さんと一緒の写真』
「父さん?」
『でも』
「何」
『お父さんの顔』
美月。
声が震える。
『今のお兄ちゃんと同じ』
◇
「送って」
画像。
蓮は開く。
昔の公園。
母。
美月。
幼い蓮。
そして父。
父の顔。
現在の蓮。
十七歳の自分を、
そのまま大人にしたような顔ではない。
今の蓮とほぼ同じ年齢の顔。
「歳取ってない」
栞。
「父さんは」
蓮。
「この時」
「三十代のはず」
三上。
「でも写真では」
「高校生くらい」
悠真。
「原型と同じ」
◇
電話の向こう。
『蓮?』
母の声。
「母さん」
『何』
「父さんの顔」
『……』
「覚えてる?」
『当たり前でしょ』
「どんな」
長い沈黙。
『……』
「母さん?」
『分からない』
「え」
『顔が』
「写真にある」
『見てる』
「じゃあ」
『でも』
母の声が震える。
『この人』
一拍。
『誰?』
◇
蓮は目を閉じる。
父。
消えている。
もう一度。
今度は記憶から。
「進んでる」
栞。
「復元処理」
三上。
「今の神谷の存在を薄くして」
「父親を戻そうとしてる?」
「でも」
悠真。
「父親の記憶まで消えてる」
蓮。
「戻すために」
「一回全部消す?」
誰も答えられない。
◇
美月。
『ねえ』
「何」
『お兄ちゃん』
一瞬。
蓮の胸が跳ねる。
「思い出した?」
『……分かんない』
「いい」
『でも』
「何」
『一つだけ』
「うん」
『昨日の夜』
蓮の顔が変わる。
『お兄ちゃん』
「……」
『家に帰ってきたよ』
「何時」
『十二時すぎ』
「俺は」
蓮。
昨日。
防犯カメラ。
00:18学校を出た。
「そのあと?」
『お母さんと話してた』
「何を」
『聞こえなかった』
「誰の母さん」
『いつものお母さん』
「額に傷は?」
『……』
美月。
『あった』
◇
「いつもの母さんなのに傷?」
『うん』
「それで」
『お兄ちゃん』
「何」
『泣いてた』
「俺が?」
『うん』
「何て言ってた」
『一個だけ』
「……」
美月。
『父さんを戻さないで』
蓮の指が震える。
「俺が言った?」
『うん』
『お母さんに』
「母さんは何て」
『分からない』
『でも』
「何」
『お母さん』
一拍。
『あなたが決めることじゃないって』
◇
電話が切れた。
「昨日」
蓮。
「俺は知ってた」
「父親のことを」
「うん」
栞。
「記憶を消す前」
三上。
「お前は父親を戻すことに反対してた」
「なんで」
悠真。
「戻したらお前が消えるから?」
「それだけ?」
蓮は首を振る。
「何か違う」
「何が」
「俺」
蓮。
「自分が消えるだけなら」
「……」
「たぶん」
一拍。
「こんなに必死に止めない」
栞。
「じゃあ」
「父さんが戻ると」
蓮。
「もっとまずいことが起きる」
◇
集合写真。
もう一度。
十七年前。
六枚。
三人に分裂した男子。
「父さん」
蓮。
「もしこれが父さんなら」
「十七年前から分裂してた」
三上。
「そして今も」
「同じ顔の人間が」
栞。
「何人もいる」
悠真。
「父親が最初じゃない」
「え?」
「第四章で」
悠真。
「初回登録日」
「平成9年」
「そう」
「十七年前よりさらに前」
「じゃあ」
「父親が神谷蓮になったのは」
悠真。
「その時」
蓮。
「父さん自身も」
一拍。
「誰かの名前を受け継いだ」
◇
「なら」
三上。
「最初の神谷蓮は」
「父さんじゃない」
栞。
「もっと前」
「原型?」
蓮。
でも。
原型は言った。
“神谷蓮は僕から作った名前”
「どういうこと」
蓮。
「名前をもらった原型」
「父さん」
「俺」
「誰が最初」
栞。
「集合写真」
「何?」
「人物じゃなくて」
写真の下。
校名。
その横。
小さなプレート。
神谷記念館
「……」
蓮。
「神谷」
三上。
「そんな建物」
「昔あった?」
三上の顔色が変わった。
「……あった」
「どこ」
「旧校舎」
「今は?」
「十年以上前に取り壊された」
「何の施設」
「資料館」
「誰の記念館」
三上は考える。
「創立に関わった」
「……」
「医師だったかな」
蓮。
「名前」
三上。
「神谷……」
一拍。
「神谷廉一郎」
◇
「れんいちろう?」
「漢字は違う」
「蓮じゃない?」
「廉」
三上。
「清廉の廉」
栞。
「読みは」
「れん」
全員が止まる。
「神谷廉」
蓮。
「神谷蓮」
悠真。
「読みが同じ」
「偶然?」
三上。
「分からない」
蓮は写真を見る。
神谷記念館。
創立関係者。
医師。
「桐島」
蓮。
「白衣」
「実験」
「名前」
「もしかして」
栞。
「0組って」
「学校が始めたものじゃない」
◇
資料箱。
三上が探る。
「神谷記念館」
古いパンフレット。
見つかる。
表紙。
神谷記念館
人間記憶研究資料室
「研究?」
蓮。
ページ。
創設者。
写真。
老人。
神谷廉一郎
説明。
医師。
心理学。
記憶研究。
そして。
昭和後期。
この学校の土地の一部を寄付。
「学校の前から」
栞。
「ここで研究してた?」
三上。
「知らなかった」
◇
次のページ。
研究テーマ。
自己認識と社会的記憶
名前が個人認識へ与える影響
集団記憶による人格固定
「そのまま」
悠真。
「0組」
蓮。
ページ下。
一文。
人は自分一人では自分になれない。
「……」
その下。
手書き。
赤いペン。
だから、三十三人いれば一人を作れる。
全員。
黙る。
「三十三」
栞。
「ここでも」
◇
三上がページをめくる。
写真。
実験室。
子供たち。
白衣。
その中央。
一人の少年。
顔。
蓮。
「原型」
でも。
写真の日付。
昭和62年
「……」
蓮。
「三十九年前?」
悠真。
「原型」
「今も中学生くらい」
「歳取ってない」
栞。
「本当に」
少年の名前。
被験者00
「名前なし」
三上。
写真横。
神谷廉一郎。
そして。
若い男性。
誰か。
顔。
「桐島?」
蓮。
「いや」
三上。
「年齢が合わない」
昭和62年。
今の桐島が五十代なら。
若すぎる。
「似てる」
栞。
「親?」
「父親とか」
◇
写真の裏。
手書き。
00は自分の名前を保持できない。
周囲が与えた名前に人格が引きずられる。
三十三名以上の記憶が一致した場合、人格は安定する。
蓮。
「三十三人」
「だからクラス」
三上。
「学校は」
一クラス三十三人で実験しやすい」
栞。
「でも今は三十二」
蓮。
「一人消えるたび」
「三十二になる?」
「そして」
悠真。
「新しい一人を入れて」
「また三十三」
◇
ページ。
最後。
神谷廉一郎の文章。
被験者00に恒久的な名前を与える。
仮称――神谷蓮。
蓮の呼吸が止まる。
「ここ」
栞。
「最初」
仮称――神谷蓮
「神谷廉一郎が」
三上。
「自分の名字と」
「自分の読みを」
蓮。
「与えた」
悠真。
「だから神谷蓮」
◇
蓮は椅子へ座った。
「じゃあ」
「最初の神谷蓮は」
原型。
栞。
「名前のない子供」
「でも」
「その名前が」
三上。
「何度も他人に移された」
悠真。
「原型から」
「父親へ」
「俺へ」
蓮。
「じゃあ」
「父さんも」
「俺も」
「原型を安定させるための」
一拍。
「代わり?」
誰も答えない。
◇
パンフレット。
一番最後。
一枚の紙が挟まっていた。
コピー。
研究中止命令
理由。
被験者00による同一性侵食の拡大
関係者に記憶混乱を確認
複数名が自らを被験者00と認識
研究主任 神谷廉一郎を含む
「研究者まで」
栞。
「自分を00だと思った?」
三上。
「だから」
悠真。
「名前が広がった」
蓮。
「感染みたいに」
◇
次。
昭和63年3月
被験者00 所在不明
「消えた?」
栞。
「違う」
蓮。
「原型は今地下にいる」
「なら」
三上。
「所在不明になった後」
「誰かが回収した」
「桐島?」
悠真。
最後。
手書き。
研究は終了しない。
00を一人に戻すまで。
署名。
桐島修司
「桐島」
蓮。
「今の校長?」
三上。
「名前は」
「桐島修司で合ってる」
「でも昭和63年」
「今の校長なら」
「……」
計算。
三上。
「二十歳前後なら」
「今は六十近い」
「あり得なくはない」
栞。
「写真では若い」
「でも」
蓮。
「ずっと同じ顔だったら?」
◇
全員が黙る。
「まさか」
三上。
悠真。
「桐島も」
「名前を引き継いでる?」
蓮。
「桐島修司が」
「一人じゃない」
栞。
「神谷蓮と同じ」
◇
突然。
教室。
照明。
消える。
赤い非常灯。
スピーカー。
『閲覧時間を終了します』
蓮。
「桐島!」
『神谷君』
「お前」
「……」
「何代目だ」
沈黙。
三上が蓮を見る。
「何を」
蓮。
「桐島修司って名前」
「……」
「お前も受け継いでるんだろ」
長い沈黙。
そして。
『非常に』
一拍。
『良い質問です』
◇
「答えろ」
『私が何代目か』
「……」
『私自身にも分かりません』
栞。
「じゃあ」
『私も』
桐島。
『0組の生徒でした』
全員。
息を呑む。
「いつ」
『最初は』
「……」
『昭和六十三年』
「最初?」
『少なくとも』
一拍。
『私が覚えている限りでは』
◇
「桐島修司も」
蓮。
「作られた名前?」
『はい』
「原型と同じ?」
『違います』
「何が」
『私は』
桐島。
『被験者00を監視するために作られた』
「人間を?」
『役割です』
「役割?」
『神谷蓮が』
「……」
『増えすぎないように』
『消えすぎないように』
『一人へ戻す』
「それが桐島修司」
『はい』
「じゃあ校長って立場も」
『都合が良かった』
「ずっと学校にいられるから」
『そうです』
◇
三上。
「十七年前」
「お前は」
「俺の友達を消した」
『違います』
「何が違う!」
『彼は』
「……」
『神谷蓮になりかけた』
「だから消した?」
『彼自身を守るためです』
「消すことが?」
『神谷蓮として固定されれば』
「……」
『元の彼は二度と戻れない』
三上。
「じゃあ名前を返せ」
『できません』
「なぜ」
『あなたが』
一拍。
『忘れたからです』
三上の顔が歪む。
◇
「先生だけじゃない」
栞。
「周り全員」
『はい』
「名前を思い出せれば」
『戻る可能性はあります』
三上。
「可能性?」
『十七年』
「……」
『長すぎます』
「でも」
蓮。
「父さんは戻せる」
『神谷蓮という名前で』
「元の名前は?」
『分かりません』
「……」
「父さんも」
蓮。
「本当は神谷蓮じゃない」
『そうです』
◇
蓮は笑った。
力なく。
「じゃあ」
「父さんを復元するって」
「本当の父さんじゃない」
『……』
「神谷蓮としての父さんを戻すだけ」
『はい』
「そのために」
「俺を消す」
『現在の重複を解消するためには』
「ふざけるな」
◇
蓮は黒板を見る。
YES。
NO。
「選ばない」
『期限があります』
「知らない」
『九月八日』
「それまでに」
一拍。
「第三の方法を探す」
『ありません』
「ある」
『……』
「神谷蓮を」
「一人にしなきゃいい」
桐島。
『それは』
「父さんも」
「俺も」
「原型も」
「全部」
「それぞれ別の名前に戻す」
沈黙。
「元の名前」
『不可能です』
「なんで」
『記録がありません』
「じゃあ思い出す」
『誰が』
「先生」
三上が顔を上げる。
「十七年前の友達」
「先生が思い出す」
栞。
「私も」
「消える前の自分を」
悠真。
「俺たちも」
「本当の名前」
蓮。
「全部戻す」
◇
桐島。
『成功率は』
「聞いてない」
『……』
「やる」
長い沈黙。
そして。
桐島。
『では』
「何」
『集合写真の』
一拍。
『三十四人目を見つけなさい』
「三十四?」
三上。
「写真は三十三」
『いいえ』
「でも」
『そこに』
桐島。
『ずっと写っています』
通信。
切れる。
◇
「三十四人目」
蓮。
「また」
写真。
三十三人。
教師。
影。
窓。
「どこ」
栞。
「撮影者?」
「それなら写真の外」
三上。
「窓の桐島?」
「数えた?」
蓮。
人物。
三十三。
窓の桐島。
「三十四」
悠真。
「でも簡単すぎる」
「桐島が言う必要ない」
栞。
「違う人」
◇
蓮は六枚の写真を並べた。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
違い。
人の位置。
影。
「間違い探し」
悠真。
「みたいだな」
「待って」
蓮。
「校舎」
「何」
「窓」
六枚。
一枚目。
二階窓。
桐島。
二枚目。
桐島。
三枚目。
桐島。
四枚目。
桐島。
五枚目。
桐島。
六枚目。
二人。
「……」
栞。
「桐島が二人」
◇
一人。
二階窓。
もう一人。
三階。
顔は小さい。
でも。
同じ。
「これ」
三上。
「三十四人目?」
「いや」
蓮。
「写真の中なら」
「もう三十五?」
「生徒三十三」
「桐島二人」
悠真。
「でも」
「三十三人の中に」
「神谷蓮が三人いる写真もある」
「数え方が」
「人物じゃない」
栞。
「名前?」
◇
写真裏。
名前。
三十二。
空欄一つ。
桐島。
記載なし。
「三十四人目」
蓮。
「名前がある人間?」
悠真。
「写真にいない名前」
三上。
「名簿」
箱。
出席簿。
三十三名。
蓮が見る。
一番。
二番。
……
三十二。
三十三。
神谷蓮。
「三十四はない」
「別ページ」
栞。
最後。
備考。
紙が二重になっている。
「これ」
「貼ってある?」
三上が慎重に剥がす。
下。
隠された行。
34
全員。
息を止める。
「名前」
蓮。
文字。
かすれている。
最初。
雨
栞の顔が凍る。
「……」
二文字目。
宮
「嘘」
三文字目。
栞
◇
34 雨宮栞
誰も動けない。
「十七年前」
蓮。
「雨宮?」
栞は首を振る。
「私」
「まだ生まれてない」
三上。
「この名前」
「……」
「知ってる」
栞が先生を見る。
「え?」
三上の顔色が変わる。
「違う」
「今」
「知ってるって」
「頭に」
三上。
「記憶が」
◇
十七年前。
教室。
一人の女子生徒。
黒髪。
窓際。
左目の下。
小さなほくろ。
三上。
「……雨宮」
栞が震える。
「私?」
「違う」
「でも顔」
「同じ」
蓮。
「十七年前にも雨宮栞がいた」
「そんな」
悠真。
「神谷蓮だけじゃない」
「名前が繰り返されてる」
◇
出席簿。
34番。
雨宮栞。
備考。
記憶保持補助者
「補助者?」
栞。
次。
被験者00の認識維持担当
蓮。
「何これ」
三上。
「雨宮は」
「神谷蓮を覚えておく役?」
栞。
「だから」
「私だけ」
一拍。
「神谷君を忘れない?」
◇
蓮は第一章を思い出す。
悠真は忘れた。
クラス全員忘れた。
でも。
雨宮栞だけは。
地下を知っていた。
写真を知っていた。
そして。
蓮に言った。
「昨日の自分を信じないで」
「お前」
蓮。
「最初から」
「……」
「俺を覚えていられるように」
「何かされてた?」
栞。
「知らない」
「本当に?」
「本当に!」
「じゃあ」
三上。
「なぜ地下を知っていた」
栞は黙る。
◇
「雨宮」
蓮。
「もう隠すな」
「……」
「お前」
「写真」
「いつから受け取ってた」
栞。
長い沈黙。
「八月」
「何日」
「二十六日」
「俺より先」
「うん」
「何枚」
「……」
「何枚」
「七枚」
蓮が息を呑む。
「七」
「一日一枚」
「何が写ってた」
栞。
「最初」
「私の教室」
「次」
「地下」
「次」
「0組」
「次」
栞は震える。
「十七年前の私」
◇
「見てた?」
「うん」
「なんで言わなかった」
「怖かった」
「俺に」
「違う」
「じゃあ」
栞。
「写真の裏」
「何て」
栞は鞄。
小さな封筒。
取り出す。
「残ってた?」
「全部じゃない」
一枚。
裏。
『あなたは今回も神谷蓮を忘れない。』
二枚目。
『それがあなたの役目です。』
三枚目。
『ただし、思い出してはいけない。』
蓮。
「何を」
栞。
最後の写真。
裏。
『あなたが最初に神谷蓮を殺した。』
◇
教室。
静まり返る。
「私」
栞。
「これ見て」
「……」
「怖くなった」
「だから」
「屋上で」
「何が起きるか確かめたかった」
蓮。
「お前が」
「俺を?」
「分からない」
「でも」
栞。
「十七年前の雨宮栞が」
「……」
「神谷蓮に何かした」
「それが」
「今の私にも」
一拍。
「繰り返されるかもしれない」
◇
三上。
「写真」
「十七年前の雨宮」
六枚。
探す。
「いない」
蓮。
「名簿には34」
「写真には33」
悠真。
「つまり」
栞。
「撮影者?」
全員が止まる。
「雨宮栞が」
「写真を撮った?」
蓮。
「じゃあ」
「ガラスに写る撮影者」
拡大。
カメラ。
顔。
今まで気づかなかった。
髪。
長い。
女子。
そして。
左目の下。
小さな点。
「……私」
栞が呟く。
◇
十七年前。
集合写真を撮影したのは。
雨宮栞。
「三十四人目」
三上。
「写真に写ってる」
「反射で」
蓮。
「これが答え」
その瞬間。
集合写真。
変化。
ガラスに映っていた女子。
ゆっくり。
こちらを向く。
「……」
栞。
「今」
「動いた」
写真の中。
十七年前の雨宮栞。
口。
動く。
声は聞こえない。
「何て言ってる」
悠真。
蓮は口元を見る。
一文字ずつ。
「か」
「……」
「み」
「……」
「や」
神谷
次。
れ
ん
「神谷蓮」
そして。
続き。
を
し
ん
じ
る
な
蓮の顔色が変わる。
神谷蓮を信じるな。
◇
栞。
「私と同じ」
「昨日の自分を信じるな」
三上。
「十七年前から」
「同じ警告」
写真。
女子。
さらに口を動かす。
「次」
蓮。
ほ
ん
も
の
は
い
な
い
全員。
黙る。
本物はいない。
◇
「本物がいない?」
悠真。
「じゃあ」
「原型も?」
栞。
「父親も」
三上。
「今の神谷も」
蓮は写真を見つめる。
十七年前の栞。
最後。
もう一つ。
口。
「ゼ」
「ロ」
「く」
「み」
「0組」
続き。
は
ひ
と
を
け
す
ば
し
ょ
じゃ
な
い
「0組は」
蓮。
一拍。
「人を消す場所じゃない」
続き。
き
お
く
を
つ
く
る
全員。
息を止めた。
0組は、記憶を作る場所。
◇
その瞬間。
蓮の頭。
何かが繋がる。
「待って」
栞。
「何」
「俺たち」
「ずっと」
「0組が」
一拍。
「人を消してると思ってた」
三上。
「違う?」
「逆」
蓮。
「0組は」
「誰かを消してるんじゃない」
「じゃあ」
「三十三人に」
「同じ記憶を与える」
悠真。
「一人の人間を作る」
「そう」
「じゃあ消えた人は」
蓮。
「新しい記憶に」
一拍。
「押し出されてる」
◇
雨宮栞。
存在しない。
クラス全員が忘れた。
でも。
もしかすると。
彼女が消されたのではない。
「雨宮の席に」
蓮。
「誰か入った?」
栞。
「え?」
「クラス三十二人」
「もともと三十三」
「お前が消えたあと」
「机も消えた」
「だから人数は三十二」
三上。
「代わりはいない」
「まだ」
蓮。
「まだ?」
「七日」
「雨宮が完全に消えたら」
「その席に」
悠真。
「新しい誰かが入る?」
◇
黒板。
突然。
文字。
雨宮栞
欠席日数 2
「増えた」
栞。
「さっき1だった」
三上。
「日付が」
時計。
午前0時00分。
「いつの間に」
蓮。
地下へ入ったのは夕方。
時間。
飛んだ。
九月四日。
「二日目」
栞。
黒板。
追加。
代替候補選定中
蓮。
「やっぱり」
◇
候補者。
一文字ずつ。
雨宮栞 代替候補
神谷蓮
「……は?」
蓮。
栞。
三上。
悠真。
全員。
固まる。
「俺が」
「雨宮の代わり?」
黒板。
次。
適合率 92%
「高すぎる」
悠真。
「なんで」
栞。
「性別も」
「記録も」
「全然違う」
蓮。
「名前じゃない」
「記憶の役割」
三上。
「雨宮は」
「神谷蓮を覚える役」
「そして」
蓮。
「俺は」
一拍。
「自分自身を神谷蓮だと覚えてる」
◇
黒板。
新しい文字。
記憶保持補助者が消失した場合
被験者本人を補助者へ転換します。
「転換」
栞。
「神谷君が」
「私になる?」
「違う」
蓮。
「俺が」
「神谷蓮を覚える側になる」
「じゃあ」
悠真。
「神谷蓮本人は?」
黒板。
答えるように。
新規個体を登録します。
教室。
誰も声を出せない。
「新しい」
蓮。
「神谷蓮が作られる」
◇
その瞬間。
廊下。
足音。
一つ。
二つ。
三つ。
近づいてくる。
三上。
「誰かいる」
0組の扉。
ゆっくり。
開く。
一人の少年。
制服。
蓮と同じ顔。
でも。
少し違う。
目。
髪。
表情。
新しい。
見たことのない“神谷蓮”。
「……」
少年は教室へ入る。
黒板。
新規個体
登録準備完了
「もう」
栞。
「作ってる」
◇
新しい蓮。
現在の蓮を見る。
「初めまして」
「……」
「お前」
「神谷蓮」
「違う」
「そう教えられた」
「誰に」
「先生」
「桐島?」
「うん」
少年は笑う。
「母さんは神谷香織」
「妹は美月」
「友達は高城悠真」
悠真の顔が変わる。
「好きな食べ物」
「カレー」
蓮の指が震える。
「右手小指」
「昨日怪我した」
包帯。
同じ。
「昨日の夜」
蓮。
「何してた」
少年。
「学校の屋上に行った」
「……」
「雨宮栞に会った」
栞。
顔色が変わる。
「それから」
少年。
「一人の男を」
一拍。
「0組から消した」
◇
蓮は少年へ近づく。
「お前」
「俺の記憶」
「持ってる?」
「うん」
「どこまで」
「全部」
「じゃあ」
蓮。
「昨日」
「屋上で」
一拍。
「誰が人を殺した」
少年は、
少し考えた。
「僕」
教室。
静まり返る。
栞。
「嘘」
少年。
「本当」
「何をした」
「名前を消した」
蓮。
「それを」
「殺したって言ってる?」
「うん」
「誰の」
少年。
ゆっくり答える。
「神谷蓮」
「……」
「どの」
少年は笑った。
「それが」
一拍。
「分からない」
◇
蓮は拳を握る。
「お前」
「俺じゃない」
「うん」
「でも俺の記憶がある」
「うん」
「じゃあ」
「俺が忘れた記憶も?」
少年。
一瞬。
表情が変わる。
「ある」
蓮の心臓。
跳ねる。
「桐島に消してもらった記憶」
「うん」
「見せろ」
「嫌」
「なんで」
「見たら」
「……」
少年。
「君は僕になるから」
◇
「意味分かんない」
「記憶が同じなら」
「……」
「どっちがどっちか」
「分からなくなる」
蓮。
「もう分からない」
「違う」
「何が」
「今は」
少年。
「君は」
一拍。
「自分が神谷蓮だと思ってる」
「……」
「僕の記憶を全部見たら」
「……」
「君は」
「自分が昨日作られた方だと思うかもしれない」
◇
蓮は動けない。
どちらが。
新しい?
今目の前にいる少年?
それとも。
自分?
「証拠」
悠真。
「何?」
「どっちが先か」
「調べられる」
「どうやって」
「集合写真」
「……」
「昨日の写真」
悠真。
「時間」
防犯カメラ。
23:47。
23:56。
00:07。
00:13。
00:18。
「三人の神谷蓮」
「誰がどこから来たか」
「追えば」
三上。
「一番最初に学校へ入った個体」
「それが」
「元の神谷?」
悠真。
「少なくとも」
「昨日の時点で先にいた方」
蓮。
「映像」
「職員室」
◇
四人。
新しい蓮も含め。
B2を出る。
階段。
B1。
倉庫。
地上。
学校。
深夜。
時計。
0時17分。
「本当に」
三上。
「何時間も飛んだ」
職員室。
防犯カメラ。
データ。
三上が開く。
九月一日。
23:30。
再生。
「いた」
23:47。
蓮。
門。
カメラを見る。
笑う。
「これ」
現在の蓮。
「俺?」
栞。
「分からない」
新しい蓮。
「僕だと思う」
「なんで」
「覚えてる」
「本当に?」
「うん」
◇
23:49。
校内。
23:51。
廊下。
23:53。
階段。
23:56。
屋上。
次。
別カメラ。
23:58。
「待って」
悠真。
「誰か」
裏門。
一人。
神谷蓮。
二人目。
「……」
00:01。
正門。
三人目。
神谷蓮。
全員。
黙る。
「三人」
三上。
「別々に入ってる」
蓮。
「一人目23:47」
「二人目23:58」
「三人目00:01」
栞。
「屋上に三人」
◇
「一番目が」
新しい蓮。
「僕」
蓮。
「証拠は」
「記憶」
「それ以外」
少年は黙る。
悠真。
「続き」
00:07。
栞。
屋上へ。
00:09。
別映像。
階段。
一人の神谷蓮。
降りてくる。
「誰」
00:10。
B1入口。
「地下へ」
00:11。
別の神谷蓮。
屋上。
00:12。
三人目。
屋上。
そして。
00:13。
廊下。
神谷蓮。
00:18。
正門から出る。
鍵。
B2・0。
蓮。
「この出た奴」
「俺?」
新しい少年。
画面を見る。
「違う」
「分かる?」
「うん」
「誰」
少年。
一拍。
「君」
◇
「俺?」
「うん」
「じゃあ」
「一番目はお前」
「二番目」
「分からない」
「三番目」
「分からない」
蓮。
「でも」
「俺は最後に出た」
「うん」
「その時」
「何を覚えてた」
少年。
「全部」
「何をした」
「……」
「言え」
「屋上で」
少年。
「最初の神谷蓮が」
「……」
「自分の名前を取り戻そうとした」
「父さん?」
「違う」
「じゃあ誰」
「十七年前に」
「……」
「最初に消えた人」
三上。
「俺の友達?」
「違う」
◇
「また違う」
蓮。
「じゃあ誰なんだよ!」
少年。
「雨宮栞」
全員。
止まる。
「……何?」
栞。
「十七年前」
少年。
「最初に消えたのは雨宮栞」
三上。
「いや」
「男子だった」
「そう記憶してるだけ」
「でも」
「写真」
少年。
「34番」
「撮影者」
「雨宮栞」
「次の日」
一拍。
「全員が彼女を忘れた」
◇
栞の顔。
真っ白。
「じゃあ」
「今と同じ」
「うん」
「男子生徒は」
「二人目」
三上。
「……」
「俺」
「最初から」
「順番を間違えて覚えてた?」
「うん」
少年。
「十七年前」
「最初に雨宮栞が消えた」
「そのあと」
「神谷蓮が増えた」
「そして」
「三上先生の友達が消えた」
蓮。
「今回も」
「雨宮が消えた」
「俺が増えてる」
少年。
「そう」
悠真。
「次は」
全員。
黙る。
少年。
ゆっくり三上を見る。
「先生の友達に当たる人が消える」
◇
蓮の背中が冷える。
「誰」
少年。
「まだ分からない?」
蓮。
「……」
悠真。
「俺?」
少年は答えない。
黒板ではなく。
スマートフォン。
悠真の端末。
通知。
差出人不明。
画像。
開く。
写真。
教室。
高城悠真。
一人。
机に座っている。
背後。
誰もいない。
裏面代わりのメッセージ。
『次は彼です。』
「……」
蓮。
「嘘だろ」
悠真。
笑おうとする。
「まあ」
「流れ的には」
「笑うなよ!」
「じゃあどうしろって」
◇
栞。
「あと何日」
写真。
日付。
九月四日
少年。
「三日」
「何が」
「十七年前」
「雨宮栞が消えてから」
「……」
「三日後」
一拍。
「三上先生の友達が消えた」
悠真。
「じゃあ俺も」
「九月七日?」
「たぶん」
蓮。
「雨宮より先?」
「雨宮の完全削除は九月九日」
「悠真は九月七日」
「父さん復元は九月八日」
三上。
「全部重なる」
◇
現在。
九月四日。
残り。
悠真――三日。
父――四日。
栞――五日。
そして。
神谷蓮。
誰が残るか分からない。
「時間」
蓮。
「ないな」
栞。
「どうする」
蓮は集合写真を見る。
十七年前。
三十四人目。
雨宮栞。
神谷蓮。
三上。
桐島。
そして。
何度も繰り返された同じ事件。
「十七年前と同じなら」
「今回も」
蓮。
「順番通りに消える」
三上。
「ああ」
「なら」
一拍。
「十七年前と違うことをすればいい」
悠真。
「何を」
「最初に」
「雨宮を戻す」
「三十三人に思い出させる?」
「そう」
「次」
「悠真を絶対に忘れない」
「どうやって」
「記録する」
「写真」
「動画」
「紙」
栞。
「記録は先に消える」
「分かってる」
「じゃあ」
蓮。
「人に覚えさせる」
「できるだけ多く」
◇
三上。
「最後」
「父親」
蓮。
「父さんは」
「神谷蓮として戻さない」
「元の名前を探す」
「間に合う?」
「間に合わせる」
新しい蓮。
「そして僕は?」
全員。
彼を見る。
「……」
少年は笑う。
「僕も」
「消す?」
蓮。
「いや」
「じゃあ」
「お前にも」
「元の名前があるなら探す」
「ないよ」
「分からないだろ」
「僕は昨日作られた」
「それでも」
蓮。
「昨日から」
一拍。
「お前として生きてる」
少年。
表情が止まる。
「だったら」
「名前くらい」
「自分で選べばいい」
◇
少年はしばらく黙っていた。
「名前」
「うん」
「自分で?」
「神谷蓮じゃなくていい」
「……」
「誰かから盗まなくていい」
少年。
初めて。
少しだけ。
普通に笑った。
「考えとく」
◇
その瞬間。
職員室のプリンター。
勝手に動き出す。
紙。
一枚。
二枚。
三枚。
「何」
三上。
印刷。
十七年前の集合写真。
ただし。
今までと違う。
全員の顔。
はっきり。
三十四人。
撮影者の雨宮栞も、
なぜか列の中にいる。
「写真が」
栞。
「変わった」
蓮。
最後列。
一人。
三上の友達らしき男子。
そして。
その隣。
高城悠真。
「……」
悠真。
「俺?」
十七年前。
生まれていないはず。
でも。
はっきり写っている。
裏。
印刷。
名前。
33 高城悠真
34 雨宮栞
そして。
32 神谷蓮
蓮の顔色が変わる。
「三人」
今回と同じ。
◇
さらに。
一番下。
文章。
十七年前の再現率:94%
不足要素:1名
「一名」
三上。
次の紙。
現在のクラス写真。
三十三人。
蓮。
悠真。
栞。
全員。
そして。
一番後ろ。
知らない男子。
顔。
黒い。
「また」
蓮。
紙の下。
不足要素が登録された場合
再現率100%
栞。
「100になったら」
悠真。
「何が起きる」
最後の紙。
赤字。
平成21年9月2日を再実行します。
全員。
動けない。
「再実行」
三上。
「十七年前の事件を」
少年。
「そのまま」
蓮。
「もう一回やる」
◇
そして。
最後。
一行。
不足要素候補:神谷美月
蓮の目が見開かれる。
「美月?」
栞。
「妹さん?」
「なんで」
プリンター。
もう一枚。
家の写真。
美月。
自室。
眠っている。
撮影時刻。
現在。
その背後。
一人。
額に傷のある、
母・香織。
そして。
そのさらに後ろ。
高校生くらいの男子。
蓮と同じ顔。
写真下。
回収準備完了。
「……」
蓮の手から紙が落ちた。
「美月」
スマートフォン。
電話。
母。
出ない。
美月。
出ない。
「神谷君」
「帰る」
三上。
「俺も行く」
「いや」
「一人で」
「ダメ!」
栞。
「今まで一人で動いた時」
「何が起きた?」
蓮は止まる。
屋上。
記憶。
消去。
分裂。
「……全員で行く」
◇
校舎を走る。
玄関。
夜。
外。
蓮の家まで。
十五分。
途中。
スマートフォン。
美月から。
着信。
「美月!」
『……』
「もしもし!」
『お兄ちゃん』
「大丈夫?」
『うん』
「今どこ」
『家』
「母さんは」
『いる』
「額に傷」
『ある』
蓮。
「部屋から出るな」
『でも』
「何」
『お母さん』
一拍。
『お兄ちゃんが帰ってきたって言ってる』
蓮の足が止まった。
「俺は」
「まだ外」
『……え』
「誰が帰ってきた」
電話の向こう。
廊下。
足音。
美月。
『お兄ちゃん』
「何」
『ドアの前』
「開けるな」
『でも』
「絶対開けるな!」
ノック。
電話越しに聞こえる。
コン。
コン。
コン。
そして。
男の声。
『美月』
蓮と同じ声。
『開けて』
美月。
小さな声。
『お兄ちゃんの声』
「違う!」
「俺はここ!」
ドアの向こう。
男。
『美月』
一拍。
『本物のお兄ちゃんだよ』
電話。
切れる。
「美月!」
蓮は走った。
今までで一番速く。
自分の名前。
父親の名前。
原型。
0組。
そんなことは、
今はどうでもよかった。
ただ一つ。
妹を。
三十四人目にしてはいけない。
――第六章「犯人を忘れる町」へ続く。