ベンチから始まる怪談譚

取材②

 怪談話ばかり読み漁っていた僕は、なんとか期末テストを乗り切り、夏休みに入った。

「なかなかいい話に出会えないなぁ……」

 雫がそんなことをぼやく日が続き、気づけば夏休みも五日目。

 坂を上ると、視界がぱっと開けた。

「おーい!」

 ベンチに座っていた雫が、僕を見つけて大きく手を振る。

 僕が近づくと、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

「ねぇねぇ、いいネタを仕入れてきたよ!」

「寿司屋か⁉」
 と、ツッコミたい気持ちをぐっと堪え、「何?」と聞く。

「あのね、兵隊さん」

「兵隊? なんだか怖そうだね」

「そうなんだよ。その人ね、新入社員研修で三か月間ホテルに泊まってたんだって。それで、そのホテルで怖い体験をしたみたい」

 兵隊にホテル……。

 夏のホラー特集で見かけそうな組み合わせだ。
 それにしても、こんな身近な場所にもそんな体験をした人がいるなんて。

 僕は改めて、雫の取材力に感心した。

 雫が聞いてきた話を語り出した。

「最初はね、『夜になると金縛りに合うなー。疲れてるからかな』くらいに思ってたんだって。でもね、金縛りに合うたびに、カチャ……カチャ……って音が聞こえてきたらしいの。それが日に日に大きくなって、まるで近づいてくるみたいに。
 そしてある日、とうとうその音が、その人のすぐそばまで来たんだって。
 そこで……ピタッと止まった」

「……」

「でね、恐る恐る目を開けると……」

 キャーッ。

 雫はそう言って、自分で耳を塞いだ。

 怖がっている……というより、完全に楽しんでいる。

「ねー、もう。なんで怖がらないのー」
 つまんなーい、と言わんばかりに、雫は僕に向かって口を尖らせる。

「いや……ありきたりな流れだなと思って」

「ありきたりって……。いや、その場にいたらかなりの恐怖よ」

 雫はちらりと僕を見ると、ゴホンとひとつ咳払いをした。

「はいはい。察しの通り、そこにはね、その人を覗き込んでいる兵隊さんがいたらしいですよ。はい」

 僕が怖がらなかったのが少し面白くなかったらしい。

 雫は少しぶっきらぼうに話を続ける。

「それでね、ホテルの人に言って部屋を変えてもらったんだって」

 僕は、いかにも「興味があります」という顔を作って続きを待った。

「でもね、部屋を変えても毎晩、その人の枕元に立ってたらしいの。そして、そのうち話しかけてくるようになったんだって。
『お国のために、この命を捧げよう』
 って。毎晩、毎晩……」

 僕は思わず眉をひそめる。

「その人は同期の人に事情を話して、部屋に泊めてもらうことにしたんだけど……」

 雫はそこで一度間を置いた。

「やっぱり来たんだって」

「それは怖いね。で、その人はどうしたの?」

「研修も二か月くらい経った頃。ある時から気持ちが軽くなったって。きっと慣れちゃったんじゃないかなって言ってたよ。
『なんだったんだろうなぁ』って」

「なるほどねぇ……」

 よくある怪談話だとは思う。

 でも、せっかく雫が取材してきてくれた話だ。

 僕はその話をもとに、考えを巡らせた。
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