ベンチから始まる怪談譚

編集長より

「……どう、かな?」

 僕は雫の顔をうかがった。

 新しく書き上げた兵隊の怪談。
 それを今、雫に読んでもらっている。

 雫は長い髪を耳にかけ直し、スマホからゆっくりと顔を上げた。

「なんだか切ない話になったね。幽霊に洗脳されていく話だ」

「うん。ちょうどテレビで、洗脳されていたって人のニュースを見たんだ。人間が人間を洗脳するって怖いなって思ったら、こんな話になった」

「長かったね」

「えっ? やっぱり長い?」

 思わず身を乗り出す。

「前回は三千文字もなかったのに、今回は四千文字を超えちゃったんだよね」

 やっぱり長すぎるよね、と雫に意見を求める。

 雫は少し考えるように首を傾げた。

「うーん……でも、削れるところはないよね。どれも必要な場面だったと思う」

 そう言うと、ニカッと笑った。

「これでいいと思うよ」

 その一言に、僕はほっと胸を撫で下ろした。
 僕はタグやあらすじを確認し、最後に小さく息を吐く。

 そして――。

 Web小説の投稿ボタンを押した。

『投稿しました』

 その文字がスマホの画面に表示された。

「よし、投稿できたよ」

「今回も雫、こだわったよね。ほら、あの『二か月くらい経った頃には気持ちが軽くなった』っていう話。まさか、あれを『死んで楽になる』っていう方向に持っていくとは思わなかったよ」

「でしょ、でしょー。ホラーだからね。やっぱり、そこはどこまでも怖くしないと」

 雫は得意げに笑った。

「さぁ、次は何の話が聞けるかなぁ」

 雫は楽しそうに笑った。

「えっ? まだ書くの?」

 僕はホラーを書きたいわけじゃない。

 ただ、雫が聞いてきた話を文章にしているだけだ。

「もう少しだけ続けてみようよ」

 雫はそう言うと、ふと思い出したように首を傾げた。

「そうだ。一番最初に書いた『踏切』って、Webでの反応はどうだったの?」

「……反応?」

 僕は一瞬、言葉に詰まった。

 そんなもの、あるわけがない。

 もう二年近く小説を投稿している。

 読まれたことはある。

 でも、感想が届いたことなんてほとんどない。

 ましてや、誰かが自分の作品を待ってくれているなんて、考えたこともなかった。

 だから、いつからか見るのをやめた。

 投稿できた。

 それだけでいい。

 反応を期待して、何もなかった時の虚しさを味わうくらいなら。

「どうせ、何もないよ」

 僕はスマホの画面を伏せ、そのままポケットへしまおうとした。

「わかんないよー」

 雫は身を乗り出す。

「ほら、とりあえず確認してみよ」

 僕は渋々スマホを操作すると、プロフィール画面から反応の項目をタップした。

 いつものように、何もないと思っていた。

 けれど――。

 表示された画面を見た瞬間、指が止まった。

 30PV。

 いいね、8。

 星評価、6。

 そして――。

 コメントが、届いていた。

「……え?」

 思わず声が漏れる。

 何度見ても、そこに表示されている文字は変わらない。

 コメント。

 誰かが、僕の書いたものを読んで、言葉を残してくれている。

 その様子を見て、雫がスマホを覗き込んだ。

「えっ、すごいじゃん!」

 雫は嬉しそうに声を上げる。

「まだ投稿して一週間でしょ? なになに?」

 そして、そこに書かれたコメントを読み始めた。

「『これは……怖い!
 踏切の警告音って何と言うか不穏な響きですよね。しかも人身事故…。
 「呼ばれる」ということもあるのかも知れませんね』……だって」

 雫の声を聞きながら、僕は画面を見つめ続けた。

 本当に……?

 本当に誰かが読んでくれたんだ。

 胸の奥が、少しだけ温かくなる。

「よーし、次いってみよー!」

 雫が元気よく右手を握りながら、高く空に向かって突き出した。

 坂の下から吹き上げてくる風が、雫の赤い水玉模様のスカートの裾をふわりと揺らしていった。
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