経理課・木下紬の恋のバグ
第38話 エースの帰還
スーッと、三階の営業部フロアの自動ドアが、開け放たれた。
「――ただいま戻りました! 営業部の長谷川律、たった今、本社に復帰いたしました!」
初夏の眩しい陽光を背中にいっぱいに背負いながら、スーツケースを片手にフロアへ飛び込んできたのは、他でもない長谷川だった。
九州の物流センターから飛行機と電車を必死に乗り継ぎ、そのまま会社へと直行してきた彼の白いワイシャツの襟元は少し乱れていた。
しかし、そのやつれた顔にはいつもの太陽のような眩しい笑顔が、百パーセントの輝きで完全に戻っていた。
「長谷川……! 戻ってきたかぁ……っ!」
デスクから一番に勢いよく飛び出してきた佐藤が、長谷川の肩を壊れそうなほど強く抱きしめ、感極まった声を弾ませていた。
「佐藤さん、痛い、痛いですって! でも、ただいま戻りました!」
長谷川が嬉しそうに白い歯を見せて笑うと、フロア中から「おかえり長谷川!」「待ってたぞエース!」と、割れんばかりの激しい拍手と大歓声が一斉に巻き起こった。
静まり返っていたオフィスが一瞬にしていつもの温かい人間の活気を取り戻していった。
若手の鈴木も、実演販売担当の高橋も、みんなが彼の元へと駆け寄り、その逞しい肩を叩き、復帰を喜んでいた。
営業部の奥からは、営業部のトップである鬼塚部長が、いつも通りの穏やかで紳士的な笑みを浮かべて、ゆっくりと長谷川の元へと歩み寄ってきた。
「よく戻ったな、長谷川。お前を一度は理不尽なシステム(AI)の横暴から守り抜けなくて、本当にすまなかった。私の力不足だ」
「滅相もないです、鬼塚部長! 現場の意地と誇りをかけて戦う部長の強い背中、九州の物流センターまでビシビシ届いていましたから! 俺、あの広大なセンターで、人間の底力を信じて絶対に諦めないと誓ったんです!」
長谷川が背筋を正して最敬礼のポーズを取ると、鬼塚部長は嬉しそうに目を細め、彼の逞しい背中を大きな手のひらで何度も力強く叩いて労った。
その大きな手のひらの音が、フロア中に温かく響き渡った。
紬は隣の席で、藤沢先輩と一緒にその感動的な光景を見つめながら、込み上げる熱いものを堪えきれず、そっとハンカチで目元を押さえていた。
「よかったね、紬ちゃん。本当に、あなたが地下室で最後まで諦めずに経理の数字と戦ってくれたおかげよ。あなたが長谷川くんを救ったのよ」
藤沢先輩が優しく肩を抱き寄せ、紬の少し震える手をそっと包み込んでくれるのに深く頷きながら、紬は手元にある経理ノートを強く胸に抱きしめていた。
冷たい機械のデータによってバラバラに引き裂かれた現場の絆が、今、人間の手によって、これ以上ないほど強固に結び直されたのだ。
すると、仲間たちに囲まれて揉みくちゃにされていた長谷川が、ふとパーテーションの隙間から、経理課の席にいる紬へと真っ直ぐに視線を向けた。
目が合った瞬間、紬の心臓がドクンと小さく、しかし激しく脈打ち、フロアの賑やかな喧騒が遠のいていくような不思議な感覚に囚われる。
長谷川は佐藤たちの祝福の輪からそっと抜け出すと、長い足を動かして、紬の座るデスクの前へと迷いのない足取りで真っ直ぐに歩み寄ってきた。
その一歩一歩が、紬との距離を確実に縮めていく。
「……木下さん。ただいま。約束通り、君の隣に戻ってきたよ。地下室で、一人で寂しい思いをさせてごめんね」
長谷川は紬の前に立つと、あの勝手口の夜と同じ、どこまでも優しくて真剣な眼差しで、紬の潤んだ瞳を真っ正面からじっと見つめてくれた。
「長谷川さん……。おかえりなさい……っ! ずっと、ずっと待っていました……っ!」
紬が声を震わせながら精一杯の笑顔で応えると、長谷川はそっと手を伸ばし、フロアの誰もが見ている前で、紬の小さな手をその大きくて温かい手のひらで、ぎゅっと強く、愛おしそうに包み込んでくれた。
機械のデータには一行も入っていない、人間の不合理で愛おしい感情のバグ。私たちは私たちの力で、こののどかなオフィスを守り抜いたのだ。
紬は彼の手のぬくもりを全身で受け止めながら、これから始まる新しい未来へ向けて、心からの幸せな笑顔を咲かせるのだった。
「――ただいま戻りました! 営業部の長谷川律、たった今、本社に復帰いたしました!」
初夏の眩しい陽光を背中にいっぱいに背負いながら、スーツケースを片手にフロアへ飛び込んできたのは、他でもない長谷川だった。
九州の物流センターから飛行機と電車を必死に乗り継ぎ、そのまま会社へと直行してきた彼の白いワイシャツの襟元は少し乱れていた。
しかし、そのやつれた顔にはいつもの太陽のような眩しい笑顔が、百パーセントの輝きで完全に戻っていた。
「長谷川……! 戻ってきたかぁ……っ!」
デスクから一番に勢いよく飛び出してきた佐藤が、長谷川の肩を壊れそうなほど強く抱きしめ、感極まった声を弾ませていた。
「佐藤さん、痛い、痛いですって! でも、ただいま戻りました!」
長谷川が嬉しそうに白い歯を見せて笑うと、フロア中から「おかえり長谷川!」「待ってたぞエース!」と、割れんばかりの激しい拍手と大歓声が一斉に巻き起こった。
静まり返っていたオフィスが一瞬にしていつもの温かい人間の活気を取り戻していった。
若手の鈴木も、実演販売担当の高橋も、みんなが彼の元へと駆け寄り、その逞しい肩を叩き、復帰を喜んでいた。
営業部の奥からは、営業部のトップである鬼塚部長が、いつも通りの穏やかで紳士的な笑みを浮かべて、ゆっくりと長谷川の元へと歩み寄ってきた。
「よく戻ったな、長谷川。お前を一度は理不尽なシステム(AI)の横暴から守り抜けなくて、本当にすまなかった。私の力不足だ」
「滅相もないです、鬼塚部長! 現場の意地と誇りをかけて戦う部長の強い背中、九州の物流センターまでビシビシ届いていましたから! 俺、あの広大なセンターで、人間の底力を信じて絶対に諦めないと誓ったんです!」
長谷川が背筋を正して最敬礼のポーズを取ると、鬼塚部長は嬉しそうに目を細め、彼の逞しい背中を大きな手のひらで何度も力強く叩いて労った。
その大きな手のひらの音が、フロア中に温かく響き渡った。
紬は隣の席で、藤沢先輩と一緒にその感動的な光景を見つめながら、込み上げる熱いものを堪えきれず、そっとハンカチで目元を押さえていた。
「よかったね、紬ちゃん。本当に、あなたが地下室で最後まで諦めずに経理の数字と戦ってくれたおかげよ。あなたが長谷川くんを救ったのよ」
藤沢先輩が優しく肩を抱き寄せ、紬の少し震える手をそっと包み込んでくれるのに深く頷きながら、紬は手元にある経理ノートを強く胸に抱きしめていた。
冷たい機械のデータによってバラバラに引き裂かれた現場の絆が、今、人間の手によって、これ以上ないほど強固に結び直されたのだ。
すると、仲間たちに囲まれて揉みくちゃにされていた長谷川が、ふとパーテーションの隙間から、経理課の席にいる紬へと真っ直ぐに視線を向けた。
目が合った瞬間、紬の心臓がドクンと小さく、しかし激しく脈打ち、フロアの賑やかな喧騒が遠のいていくような不思議な感覚に囚われる。
長谷川は佐藤たちの祝福の輪からそっと抜け出すと、長い足を動かして、紬の座るデスクの前へと迷いのない足取りで真っ直ぐに歩み寄ってきた。
その一歩一歩が、紬との距離を確実に縮めていく。
「……木下さん。ただいま。約束通り、君の隣に戻ってきたよ。地下室で、一人で寂しい思いをさせてごめんね」
長谷川は紬の前に立つと、あの勝手口の夜と同じ、どこまでも優しくて真剣な眼差しで、紬の潤んだ瞳を真っ正面からじっと見つめてくれた。
「長谷川さん……。おかえりなさい……っ! ずっと、ずっと待っていました……っ!」
紬が声を震わせながら精一杯の笑顔で応えると、長谷川はそっと手を伸ばし、フロアの誰もが見ている前で、紬の小さな手をその大きくて温かい手のひらで、ぎゅっと強く、愛おしそうに包み込んでくれた。
機械のデータには一行も入っていない、人間の不合理で愛おしい感情のバグ。私たちは私たちの力で、こののどかなオフィスを守り抜いたのだ。
紬は彼の手のぬくもりを全身で受け止めながら、これから始まる新しい未来へ向けて、心からの幸せな笑顔を咲かせるのだった。