君が思い出になる前に
第51話 いつかの約束
月曜日の朝。
葵は、いつもより少し早く目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光を眺めながら、しばらく布団の中にいた。
昨日は何もしなかった。
仕事のメールも、必要以上には確認しなかった。
一人でパンを買いに行って、コーヒーを飲んで、本を読んだ。
以前の自分なら、そんな休日を「何もしていない」と思っただろう。
けれど今は違った。
何もしない時間も、自分の時間なのだと思えるようになっていた。
葵はベッドから起き上がり、スマートフォンを手に取る。
悠真からメッセージが届いていた。
『昨日はゆっくりできた?』
葵は少し笑って、返信する。
『うん。久しぶりに何もしなかった』
少しして、悠真から返事が届いた。
『葵が?』
『失礼じゃない?』
『だって、昔から休みの日も何かしてただろ』
その言葉に、葵は思わず笑った。
確かにそうだった。
仕事の資料を整理したり、資格の勉強をしたり、次の予定を考えたり。
何も予定がない日でさえ、何かを「しなければ」と思っていた。
『最近は、何もしないのも悪くないって思えるようになった』
そう送ると、悠真から、
『いいと思う』
と返ってきた。
短い言葉だった。
けれど、その一言が不思議と嬉しかった。
スマートフォンを置き、葵は仕事へ向かう準備を始めた。
駅まで歩く。
月曜日の朝の街は、いつも通り慌ただしい。
信号を待つ人。
急ぎ足で駅へ向かう人。
コンビニの前でコーヒーを飲む会社員。
そんな当たり前の光景を眺めながら、葵はふと思った。
以前は、この景色を見ても何も感じなかった。
会社へ行って。
仕事をして。
帰って。
悠真に連絡して。
眠る。
それが自分の生活だった。
けれど今は、少しだけ違う。
自分の生活の中に、仕事も悠真もいる。
でも、それだけではない。
そんな感覚が、少しずつ分かってきていた。
会社に着く。
「おはよう、高橋さん」
「おはようございます」
いつもの挨拶を交わし、デスクに座る。
パソコンを立ち上げると、メールがいくつか届いていた。
その中には、週末に送られてきた確認依頼もある。
葵は一つずつ目を通していく。
以前なら、朝一番からすべて片づけようとしていた。
けれど今日は、優先順位をつける。
急ぎのものから処理する。
今日中でなくてもいいものは、午後に回す。
昼休みになったら、ちゃんと休む。
当たり前のことだった。
それなのに、以前の葵にはできていなかった。
昼休み。
同僚からランチに誘われた。
「高橋さん、今日一緒に行かない?」
「行きます」
葵は迷わず答えた。
仕事のメールを確認しようとしていた指を止める。
そして、スマートフォンを伏せた。
昼食を終えて会社へ戻る途中、同僚がふと尋ねた。
「そういえば、高橋さんって最近、少し雰囲気変わった?」
「え?」
「なんか、前よりゆっくりしてる感じ」
葵は少し考える。
「そうかな」
「うん。前はもっと、いつも急いでる感じだったから」
その言葉に、葵は苦笑した。
「……確かに、そうだったかも」
午後の仕事を終え、会社を出る。
空は少し赤く染まっていた。
駅へ向かう途中、スマートフォンが震える。
悠真からだった。
『今週末、どうする?』
葵は立ち止まる。
少し考えてから返信した。
『海、行かない?』
送信する。
しばらくして、
『いいよ』
と返ってきた。
葵は続けて、
『今度はちゃんと日を決めよう』
と送る。
すぐには返信が来なかった。
けれど、数分後。
『土曜日なら大丈夫』
その文字を見て、葵は小さく笑った。
『じゃあ土曜日』
『うん』
たったそれだけの約束だった。
けれど、以前とは少し違う。
昔の二人は、何度も「いつか」と言った。
いつか一緒に暮らそう。
いつか旅行に行こう。
いつか海へ行こう。
未来の話をすることは、幸せだった。
けれど、その「いつか」は、いつまで経っても来なかった。
今度は違う。
日にちを決めた。
場所を決めた。
ちゃんと、その日を待つ。
葵は歩きながら、ふと空を見上げた。
まだ月曜日。
土曜日までは、少し時間がある。
それでも、不思議と待ち遠しかった。
そして思う。
未来は、ただ待っているだけでは来ない。
自分たちで一つずつ、選んでいくものなのかもしれない。
葵はスマートフォンを鞄にしまった。
そして、駅へ向かって歩き出した。
今週は、ちゃんと仕事をする。
そして土曜日には、悠真と海へ行く。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
けれど今は、「いつか」ではなく「土曜日」と言えることが、少しだけ嬉しかった。
葵は、いつもより少し早く目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光を眺めながら、しばらく布団の中にいた。
昨日は何もしなかった。
仕事のメールも、必要以上には確認しなかった。
一人でパンを買いに行って、コーヒーを飲んで、本を読んだ。
以前の自分なら、そんな休日を「何もしていない」と思っただろう。
けれど今は違った。
何もしない時間も、自分の時間なのだと思えるようになっていた。
葵はベッドから起き上がり、スマートフォンを手に取る。
悠真からメッセージが届いていた。
『昨日はゆっくりできた?』
葵は少し笑って、返信する。
『うん。久しぶりに何もしなかった』
少しして、悠真から返事が届いた。
『葵が?』
『失礼じゃない?』
『だって、昔から休みの日も何かしてただろ』
その言葉に、葵は思わず笑った。
確かにそうだった。
仕事の資料を整理したり、資格の勉強をしたり、次の予定を考えたり。
何も予定がない日でさえ、何かを「しなければ」と思っていた。
『最近は、何もしないのも悪くないって思えるようになった』
そう送ると、悠真から、
『いいと思う』
と返ってきた。
短い言葉だった。
けれど、その一言が不思議と嬉しかった。
スマートフォンを置き、葵は仕事へ向かう準備を始めた。
駅まで歩く。
月曜日の朝の街は、いつも通り慌ただしい。
信号を待つ人。
急ぎ足で駅へ向かう人。
コンビニの前でコーヒーを飲む会社員。
そんな当たり前の光景を眺めながら、葵はふと思った。
以前は、この景色を見ても何も感じなかった。
会社へ行って。
仕事をして。
帰って。
悠真に連絡して。
眠る。
それが自分の生活だった。
けれど今は、少しだけ違う。
自分の生活の中に、仕事も悠真もいる。
でも、それだけではない。
そんな感覚が、少しずつ分かってきていた。
会社に着く。
「おはよう、高橋さん」
「おはようございます」
いつもの挨拶を交わし、デスクに座る。
パソコンを立ち上げると、メールがいくつか届いていた。
その中には、週末に送られてきた確認依頼もある。
葵は一つずつ目を通していく。
以前なら、朝一番からすべて片づけようとしていた。
けれど今日は、優先順位をつける。
急ぎのものから処理する。
今日中でなくてもいいものは、午後に回す。
昼休みになったら、ちゃんと休む。
当たり前のことだった。
それなのに、以前の葵にはできていなかった。
昼休み。
同僚からランチに誘われた。
「高橋さん、今日一緒に行かない?」
「行きます」
葵は迷わず答えた。
仕事のメールを確認しようとしていた指を止める。
そして、スマートフォンを伏せた。
昼食を終えて会社へ戻る途中、同僚がふと尋ねた。
「そういえば、高橋さんって最近、少し雰囲気変わった?」
「え?」
「なんか、前よりゆっくりしてる感じ」
葵は少し考える。
「そうかな」
「うん。前はもっと、いつも急いでる感じだったから」
その言葉に、葵は苦笑した。
「……確かに、そうだったかも」
午後の仕事を終え、会社を出る。
空は少し赤く染まっていた。
駅へ向かう途中、スマートフォンが震える。
悠真からだった。
『今週末、どうする?』
葵は立ち止まる。
少し考えてから返信した。
『海、行かない?』
送信する。
しばらくして、
『いいよ』
と返ってきた。
葵は続けて、
『今度はちゃんと日を決めよう』
と送る。
すぐには返信が来なかった。
けれど、数分後。
『土曜日なら大丈夫』
その文字を見て、葵は小さく笑った。
『じゃあ土曜日』
『うん』
たったそれだけの約束だった。
けれど、以前とは少し違う。
昔の二人は、何度も「いつか」と言った。
いつか一緒に暮らそう。
いつか旅行に行こう。
いつか海へ行こう。
未来の話をすることは、幸せだった。
けれど、その「いつか」は、いつまで経っても来なかった。
今度は違う。
日にちを決めた。
場所を決めた。
ちゃんと、その日を待つ。
葵は歩きながら、ふと空を見上げた。
まだ月曜日。
土曜日までは、少し時間がある。
それでも、不思議と待ち遠しかった。
そして思う。
未来は、ただ待っているだけでは来ない。
自分たちで一つずつ、選んでいくものなのかもしれない。
葵はスマートフォンを鞄にしまった。
そして、駅へ向かって歩き出した。
今週は、ちゃんと仕事をする。
そして土曜日には、悠真と海へ行く。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
けれど今は、「いつか」ではなく「土曜日」と言えることが、少しだけ嬉しかった。