薔薇色って何色?――ロト7で人生をやり直すはずが、敏腕弁護士の執着愛に捕まりました――
地下駐車場へ降りると、陸斗さんに促されるまま大型SUVの助手席へ乗った。

車は驚くほど静かに地下駐車場を出る。

「……静かですね」

「そうですか?」

「今、走り出したの分からなかったです」

「それは大げさでしょう」

「本当です」

しばらくして、窓の外を見ていた私は気づいた。

明らかに都心から離れている。

「……あの、買い物ですよね?」

「そうです」

「ずいぶん離れますね」

「その方がいいので」

「何でですか?」

「予防線です」

陸斗さんは前を向いたまま続ける。

「今のところ、相手に神宮寺さんの生活拠点まで特定されているとは考えていません。ただ、万が一どこかで姿を見られても、普段の生活圏から離れていた方が、その後の行動を読まれにくい」

わざわざ少し離れた大型ショッピングモールへ向かっているのは、そのためらしい。

「人も多いですし、出入口も複数あります。必要ならすぐ移動できます」

「買い物するだけなのに、そこまで考えるんですね」

「考えます」

即答だった。

そして少しして、

「それと」

「はい?」

「出掛けた先では、恋人同士のように振る舞ってください」

「…………は?」

聞き間違えた?

「今、何て言いました?」

「恋人同士です」

真顔だった。

「何でですか!?」

「男女二人で夕方に日用品や食料品を買っているのに、妙に距離を取っていたら、かえって不自然でしょう」

「普通に知り合いでもいいじゃないですか」

「一番自然な設定にした方がいい」

「設定って……」

「離れすぎないでください。必要なら腕を組む」

「必要なら!?」

「それくらいです」

少し間を置いて、

「手を繋ぐ方がいいですか?」

「何で選択肢が増えるんですか!」

そこで初めて、陸斗さんの口元がほんの少し緩んだ。

「冗談です」

「……分かりにくいです」

「よく言われます」

絶対言われてる。

その時の私は、まだ思っていた。

恋人のフリ。

ただ、それだけだと。



ショッピングモールへ着いてからというもの、買い物かごは陸斗さんが持ち、重い物も全部持ってくれた。

私が手を伸ばせば、

「持ちます」

の一言。

「私、自分で持てますけど」

「知ってます」

「じゃあ返してください」

「嫌です」

「……何でですか」

「恋人なんでしょう?」

「フリです!」

声を潜めて言い返すと、陸斗さんの口元がほんの少しだけ緩んだ。

絶対、ちょっと楽しんでる。

そんなことを考えながら、必要な食品や日用品を選んでいた時だった。

「あら、奏?」

足が止まった。

聞き覚えのある声。

聞き間違えるはずがない。

ゆっくり振り返る。

「えー! 奏! こんなところで会うなんて!」

そこに立っていたのは、坂梨未來だった。

一瞬、周りの音が遠のいた気がした。

未來は昔と変わらない笑顔で、何事もなかったように近づいてくる。

「あー、良かった。昨日も今日もLINEしたのに返事ないから、何かあったのかと思って心配してたのよ」

平然と。

本当に、平然と。

私は返事が出来なかった。

ほんの数時間前。

事務所のスクリーンに映っていた名前。

未來。

髙橋耕史。

坂上幹司。

絡み合う線。

その中心にいた人が、今、目の前にいる。

しかも私たちは、ついさっきまで現在地までは知られていないだろうと話していた。

未來は、いかにも高そうな服を身につけていた。

バッグも靴も一目で安物ではないと分かり、耳元や手元には華やかなアクセサリー。きっちり作り込まれた髪に隙のない化粧、近づけば分かるほどの強い香水。

全身で、自分は成功しているのだと見せつけるような装いだった。

「奏?」

未來が首を傾げる。

「どうしたの? 久しぶりなのに」

「……未來」

ようやく名前だけが出た。

未來は満足そうに笑う。

「元気そうじゃない。良かったぁ。本当に心配してたのよ」

――心配。

その言葉に、胸の奥が冷えた。

昨日。

『今日、家にいないよね?』

今日。

『仕事してないよね〜(笑)』

それを送ってきた本人が、何も知らない顔をして目の前に立っている。

何て返す?

何を聞く?

どこまで知らないふりをする?

頭の中だけが忙しく動くのに、言葉が出てこない。

その時だった。

腰に腕が回った。

「……っ」

身体が自然に横へ引かれ、陸斗さんの側へ寄せられる。

近い。

というか、近すぎる。

思わず見上げる。

陸斗さんは未來を見たまま、私の腰から手を離さなかった。

さっきまでとは、空気が違う。

「奏」

低い声で呼ばれる。

呼び捨て。

……え?

「お知り合い?」

「……え、あ……」

そうだった。

恋人のフリ。

でも、ちょっと待って。

そこまでやるの?

未來も明らかに目を見開いていた。

視線が私から陸斗さんへ移る。

そして、ほんの一瞬だけ表情が変わった。

驚き。

値踏み。

そして、何かを確かめるような目。

「……奏、その人は?」

私が答えるより先に、陸斗さんが口を開いた。

「初めまして」

穏やかな声。

でも、腰へ回された腕はそのままだ。

「奏がお世話になっているようで」

「……え?」

未來の顔が、またわずかに変わる。

私は陸斗さんを見上げた。

――待って。

恋人のフリって。

こんな横暴なスパダリになるなんて。

聞いてないんだけど。
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