薔薇色って何色?――ロト7で人生をやり直すはずが、敏腕弁護士の執着愛に捕まりました――
最上階にあるレストランへ上がると、エレベーターの扉が開いた瞬間から、十日前とはまるで別の世界だった。

高い天井に落ち着いた照明。大きな窓の向こうには、一面に広がる夜景。

前回使った二階のレストランも十分立派だったけれど、ここは比べものにならない。

景色もいい。

雰囲気も抜群。

そして何より。

……完全にデート向け。

「陸斗さん」

「はい」

「もしかして、最初からここ予約してました?」

「もちろんです」

「ですよね」

仕事帰りに軽く食事でも、なんて雰囲気では絶対にない。

窓際の席へ案内され、向かい合わせに座った。

料理も美味しく、久しぶりにちゃんと外で食事をしたせいか、思っていた以上に食べられた。

陸斗さんも、事件の話を無理に出してこなかった。

出張先のこと。

仕事へ戻ってからの事務所の様子。

私が寝込んでいた間、聖子さんが本当に陸斗さんを家へ近づけなかったこと。

「玄関前までは行きました」

「来たんですか!?」

「入りませんでした」

「来てるじゃないですか!」

「聖子さんに追い返されました」

「当たり前です!」

そんな話をしているうちに、最初に感じていた気まずさも少しずつ薄れていった。

食後、飲み物が運ばれ、店員さんが静かに離れていく。

私は窓の外へ目を向けた。

「綺麗ですね」

「そうですね」

「十日前と同じホテルとは思えないです」

「今日は普通に営業していますから」

「普通って大事ですね」

本当に。

照明が突然落ちることもない。客が一斉にいなくなることもない。巨大なスクリーンに人生最大級の秘密を映し出されることもない。

誰かを追及する必要も、嘘を見抜く必要もない。

ただ食事をして、話をして、笑っているだけ。

平和。

こういうのでいいんですよ。

私が欲しかったのは、本当はこういう時間だったのかもしれない。

そんなことを考えていた時だった。

「奏」

「はい?」

何気なく返事をしてから、私は陸斗さんを見る。

今。

奏って、呼びました?

いつもの『神宮寺さん』じゃない。

聞き返す前に、陸斗さんはもう一度、私の名前を呼んだ。

「奏」

今度は、はっきり。

そして。

「俺と結婚してください」

「…………」

来た。

十日前、保留にした話。

今度は誰もいない。

家族も、事務所の人たちも、警察も。

私と陸斗さんだけ。

「一生のお願いです」

そこまで言う?

「幸せにします」

陸斗さんは、冗談を言っている顔ではなかった。

「後悔させません」

私はしばらく何も言えなかった。

夜景。

高級レストラン。

十六年前の出会いの場所。

条件だけ並べれば、完璧なプロポーズなんだと思う。

でも、胸へ響いたのはそういうものじゃなかった。

十六年前。

私はこの人へ『人生変わるよ』なんて、勝手なことを言った。

その言葉で本当に人生を変えた人が、今度は私の人生を一緒に生きたいと言っている。

「……すごいストレートですね」

やっと出た言葉が、それだった。

「そうですか?」

「そうですよ。何の躊躇いもなく、よく言えますね」

「躊躇う理由がありません」

「ないんですか?」

「ありません」

即答。

本当に、この人は。

「断られるとか、考えないんですか?」

そう聞くと、陸斗さんは少しだけ眉を上げた。

「断るんですか?」

「その返し、卑怯ですね!」

「そうですか?」

「そうですよ。質問に質問で返してるじゃないですか」

呆れて見ると、陸斗さんは本気で不思議そうな顔をした。

それから、何の迷いもなく言った。

「俺は、断られるとは微塵も思っていません」

「えー、そう来る?」

思わず笑ってしまった。

そこまで言い切れるのもすごい。

自信があるというより、この人の場合、本当に私が最後には自分の隣へ来ると信じているんだと思う。

「陸斗さんって、ストレートですよね」

「そうですか?」

「そうですよ。嘘もないし、曲がったことも嫌いそうだし……」

少し考えて、私は続けた。

「あと」

「はい」

「家族、皆さん濃すぎますよね」

一瞬、陸斗さんが黙った。

「……そうですね」

「認めるんですね」

「否定出来ません」

「ですよね!」

思わず笑う。

「元裁判官のお母さんに、弁護士のお父さん。警視総監が親戚にいて、検察官もいて、警察関係も情報解析もいて、人気芸能人まで身内ですよ?」

「そうですね」

「それで普通にカフェに集まってご飯食べてるんですよ?」

「よくあります」

「よくあっちゃ駄目な気がするんですけど」

陸斗さんが少し笑った。

「慣れますよ」

「そこなんです! その“慣れますよ”が一番怖いんです」

「大丈夫です」

「何が大丈夫なんですか」

「皆、奏のことは気に入っています」

「それも怖いんですよ!」

私は最初、法律事務所へ相談しに来ただけだった。

それなのに、気づけば家族専用の席へ座って、事件の作戦会議に混ざって、守られて、励まされて。十日前なんて、警視総監まで出てきた。

「私、本当に最初は法律事務所に相談しに来ただけだったんですよ?」

「はい」

「それが何で、こんなことになったんでしょうね」

「俺と出会ったからでしょう」

また、何の躊躇いもなく言う。

「……本当に、そういうところですよ」

「嫌ですか?」

聞かれて、少し言葉に詰まった。

嫌なら、ここには来ていない。

十日前のプロポーズだって、本気で嫌なら保留になんてしない。その場で断っていた。

それに、あれだけ濃い人たちの中にいても、不思議と息苦しくなかった。

むしろ、家族を失ってからずっと忘れていた、誰かに囲まれている感覚を思い出していた。

ご飯を食べたかと聞かれて、帰りが遅ければ心配されて、何かあれば皆が勝手に集まってくる。

うるさくて。

面倒で。

でも、温かい。

「……嫌ではないです」

小さく答えた。

陸斗さんの目が、わずかに細くなる。

「では」

「待ってください」

「はい」

「今ので結婚決定にしないでください」

「まだですか?」

「まだです!」

本当に、油断も隙もない。
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