薔薇色って何色?――ロト7で人生をやり直すはずが、敏腕弁護士の執着愛に捕まりました――
その夜。

私は恵麻の実家で夕食をご馳走になり、お風呂にも入って。

ようやく少しだけ身体の力が抜けた。

今日はもう。

何も考えたくない。

明日のことは、明日考えよう。

東京へいつ戻るのか。

病院をどうするのか。

陸斗さんにどう話すのか。

三つ子って聞いたら。

あの人。

どんな顔するんだろう。

……駄目。

考えるのやめよう。

寝よう。

その前に、時間だけ確認しようと思って。

枕元のショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。

画面を見る。

「…………」

真っ黒。

「あれ?」

電源ボタン。

反応なし。

長押し。

何も起きない。

そこで。

嫌な予感がした。

「……まさか」

充電。

いつした?

昨日?

朝?

ホテルから帰って。

仕事して。

昨日のうちに荷物をロッカーへ入れて。

今日は静岡。

ドラッグストア。

墓参り。

飛行機。

病院。

「…………」

してない。

全然。

してない。

「…………ヤバい」

声が出た。

「ヤバい」

もう一回。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」

私は布団から飛び起きた。

廊下の向こうから、すぐ足音がする。

「奏?」

恵麻が部屋を覗き、その後ろから真那斗さんまで顔を出した。

「何かありました?」

「携帯!」

「携帯?」

「電源切れてる!」

二人とも。

一瞬黙った。

「それだけ?」

恵麻が言う。

「それだけじゃない!」

「何が」

「充電するの忘れてた!」

「すればいいじゃん」

「そういう問題じゃないの!」

「じゃあ、どういう問題」

「陸斗さん!」

真那斗さんの顔が、微妙に変わった。

「ああ」

「“ああ”じゃないです!」

私は真っ黒なスマートフォンを握ったまま右往左往する。

「私、静岡から北海道まで来たでしょう?」

「来たね」

「連絡してない!」

恵麻も少し真顔になる。

「一回も?」

「……多分」

「多分って」

陽性を見て。

墓参りして。

恵麻に電話して。

飛行機に乗って。

病院で三つ子と言われて。

完全に。

それどころじゃなかった。

「しかも位置情報!」

「最後に通信できた場所で止まってる可能性ありますね」

真那斗さんが言う。

「静岡だったらどうしよう!」

「多分静岡じゃない?」

「恵麻、平然と言わないで!」

「だから充電しなって」

「してる場合!?」

「しないと何もできないでしょ」

「そうだった!」

慌てて充電器へ繋ぐ。

数分後。

ようやく画面が明るくなった。

「ついた!」

起動。

そして。

ロック画面を見た瞬間。

私は固まった。

通知。

LINE。

不在着信。

メッセージ。

またLINE。

また着信。

もはや。

通知というより。

壁。

「……ひょえー」

思わず変な声が出た。

恵麻が肩越しに画面を見る。

「うわ」

「“うわ”って言わないで!」

「凄いね」

「数えたくない!」

「数字出てるじゃん」

「見ない!」

真那斗さんまで画面を見る。

「兄貴から何件?」

「聞かないでください!」

多方面。

本当に。

多方面。

そして。

その時。

また。

――澤登陸斗。

着信。

三人で。

画面を見る。

「奏。出な」

恵麻が言う。

「無理」

「出なさい」

「無理!」

「今出ない方がもっとヤバいでしょ」

「分かってる!」

真那斗さんが、妙に冷静な声で言った。

「多分、今の兄貴、怒ってるというより相当心配してると思いますよ」

その一言で。

胸が少し痛んだ。

そうだ。

陸斗さんは、私が北海道へ来たことを知らない。

静岡へ墓参りへ行った。

遅ければ一泊する。

そこまでしか。

知らない。

そのあと突然、連絡がつかなくなった。

位置情報も止まった。

電話にも出ない。

LINEも既読にならない。

そりゃ。

心配する。

私だって。

逆なら。

怖い。

私は覚悟を決めて、通話ボタンを押した。

「……もしもし」

『奏?』

思っていたより。

ずっと低い声だった。

怒ってる。

そう思った。

でも。

次に聞こえたのは。

『奏、無事ですか?』

その一言だった。

胸が。

少し痛んだ。

「……無事、です」

やっと。

それだけ答えた。

電話の向こうが静かになった。

「陸斗さん?」

返事がない。

少しして。

『……奏』

ようやく声が聞こえた。

『何か……言ってください』

「え?」

『何でもいいです』

「……あっ」

何でも。

って。

何を。

私はスマートフォンを持ったまま固まった。

北海道にいます。

何で?

検査薬が陽性だったからです。

病院へ行きました。

妊娠十週です。

三つ子です。

「…………」

無理。

電話一本で説明する量じゃない。

完全に固まった私を見て、恵麻が顔を覗き込む。

「奏?」

私は無言で首を横へ振った。

無理。

今。

無理。

「俺、代わります?」

真那斗さんが手を出す。

私は思わずスマートフォンを渡した。

「お願いします……」

「兄貴。俺だけど」

電話の向こう。

沈黙。

そして。

『……何で真那斗が出るんだ』

怖い。

ものすごく。

怖い。

「奏さんは無事ですよ」

『それも今聞いた』

「じゃあ良かった」

『良くない』

即答。

兄弟。

似てる。

変なところ。

すると。

恵麻が横からスマートフォンを奪った。

「貸して」

そして、ものすごく普通の声で。

「もしもし。橋本です」

『……橋本?』

「はい」

『誰ですか』

「奏の幼馴染です。今、奏はこちらで預かっています。ご心配なく。無事です」

『待ってください』

「今日はもう遅いので。詳しい話はまた」

『橋本さん』

「では。失礼します」

ぷつっ。

「…………」

切った。

本当に。

切った。

私はスマートフォンと恵麻の顔を交互に見る。

「……え? 切ったの?」

「切った」

「陸斗さんですよ!?」

「知ってる」

「私の婚約者!」

「それも聞いた」

「何で切るの!」

恵麻は、本気で分からないという顔をした。

「じゃあ今の状況で、何を話すの?」

「…………」

言われて。

詰まった。

妊娠。

十週。

三つ子。

急に北海道。

今の私に。

全部ちゃんと説明できる?

「……無理」

「でしょ」

そして。

問答無用で私のスマートフォンを取り上げた。

「奏は寝る。いいね」

「良くない!」

「今日はもう十分。スマホは置いとく」

「置いとくじゃない!」

「明日が楽しみだね」

「どこが!?」

何が楽しみなの。

すると、真那斗さんが苦笑した。

「楽しみっていうか……多分、恐ろしいことが待ってると思いますけど」

「ほら! 弟さんが一番分かってる!」

「兄貴ですから」

「その一言で全部説明しないでください!」

その時。

今度は別のスマートフォンが鳴った。

真那斗さんの携帯。

三人で音の方を見る。

真那斗さんが画面を確認し、小さく笑った。

「ほら」

嫌な予感。

「……誰?」

分かってる。

でも。

聞いてしまった。

画面。

――兄貴。

「来ました」

「…………」

やっぱり。

「出るんですか?」

「出ないと、もっと面倒になるので」

通話が繋がる。

「もしもし」

そして。

電話の向こうから。

低い声。

『真那斗』

「はい」

『説明しろ』

怖っ。

私は反射的に恵麻を見る。

恵麻は平然としている。

むしろ、少し楽しそう。

「ほら」

私の背中を押す。

「奏は寝る」

「今この状況で寝られる!?」

「寝るの」

電話の向こうから、はっきり声が聞こえた。

『奏はそこにいるのか』

「いますよ」

真那斗さんが答える。

『代われ』

「今日は無理です」

「…………」

私は真那斗さんを見る。

今。

普通に。

断った。

陸斗さんを。

『……何でだ』

「疲れてます」

『真那斗』

「兄貴」

真那斗さんは、ものすごく落ち着いた声で返した。

「奏さんは無事です」

『それは分かった』

「なら今日は、それでいいでしょう」

『良くない』

即答。

「ですよね」

真那斗さん。

笑わないで。

『なぜ北海道にいる』

「それは本人から聞いてください」

『今聞こうとしてる』

「今日は寝かせます」

『真那斗』

「じゃあ、また明日」

『待て』

「おやすみ」

ぷつっ。

「…………」

切った。

兄弟。

揃って。

電話。

切るんだ。

「え?」

私は呆然とした。

「切ったんですか?」

「切りました」

「陸斗さんですよ?」

「兄貴ですね」

「絶対怒ってますよ!」

「まあ」

真那斗さんはスマートフォンを見ながら、何でもないことのように言った。

「明日は大変でしょうね」

「…………」

やっぱり。

そうですよね。

恵麻は私のスマートフォンを持ったまま立ち上がった。

「ほら。奏はもう寝る」

「この状況で寝られると思う?」

「寝なさい」

「無理だって!」

「三人いるんだから、少しは身体優先しな」

「…………」

その一言に。

何も言えなくなった。

三人。

そうだった。

私はまだ、その現実にすら全然追いついていない。

今日の朝までは。

静岡へ行って。

両親のお墓参りをして。

遅くなったら一泊して。

それだけの予定だった。

それが。

検査薬は陽性。

北海道へ飛んで。

病院へ連れて行かれて。

妊娠十週。

しかも。

三つ子。

唯一頼った幼馴染の恋人は。

よりによって陸斗さんの弟。

スマートフォンの充電切れにも気づかず。

東京からも。

九州からも。

連絡が入り。

気づけば。

大騒ぎになっていた。

「……恵麻」

「何」

「明日、本当に来ると思う?」

恵麻は。

一秒も考えなかった。

「来るでしょ」

「…………」

真那斗さんまで、静かに頷く。

「兄貴ですから」

また。

それ。

その一言だけで全部納得できてしまうの。

本当にやめてほしい。

私はそっと、自分のお腹へ手を当てた。

三人。

まだ。

何の実感もない。

でも。

確かに。

ここにいる。

そして。

その事実を。

私は陸斗さんへ話さなければならない。

怖い。

違う意味で。

ものすごく。

怖い。

一人でも絶対に大変なのに。

三つ子。

あの執着。

あの溺愛。

あの過保護。

そこへ。

三人追加。

「……私」

「何?」

「今から東京へ帰らないで、もっと遠くへ行ったら駄目かな」

恵麻が呆れたように私を見る。

「どこまで行くの」

「分かんない。海外とか」

「無駄」

「即答!」

真那斗さんまで苦笑した。

「多分、何処に行っても兄貴は来ますよ」

「…………」

ですよね。

知ってます。

もう。

十分。

分かってます。

私は大きく息を吐いて、布団へ身体を沈めた。

子どもの頃。

何気なく声を掛けただけの人に。

大人になった今。

ここまで追いかけられるなんて。

あの頃の私は。

絶対に想像していなかった。

事件から逃げても。

幸せから逃げても。

妊娠という現実から逃げても。

北海道まで来ても。

結局。

あの人は追いかけてくる。

私は目を閉じた。

そして。

心の中で。

そっと呟く。

――この現実から逃げても良いですか?

……なんて。

聞くだけ無駄だった。

だって。

やっぱり。

逃がしてはくれないですよね。
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