薔薇色って何色?――ロト7で人生をやり直すはずが、敏腕弁護士の執着愛に捕まりました――
その時だった。

「みんなー!」

事務所の入口から、場違いなほど明るい声が響いた。

「おやつ作ってきたわよー!」

ぴたりと全員の動きが止まる。

入口には、大きな紙袋を両手に提げた女性が立っていた。

上品な服装に、綺麗に整えられた髪。背筋も伸び、黙って立っていれば凛とした雰囲気さえある。

ところが本人は、満面の笑みで紙袋を掲げていた。

「今日はクッキーよ!」

純の表情が引きつる。

「……クッキー?」

愛梨が無言でペンを置き、征はそっと視線を画面へ戻した。

そして聖子が、深いため息を吐く。

「姉さん」

「なぁに?」

「何で作ったの」

「おやつだからよ」

「買ってきて」

「愛情がないじゃない!」

「姉さんが作る方が危険なのよ!」

「失礼ね!」

その横で、茂樹だけが嬉しそうだった。

「今日はクッキーか。僕、食べようかな」

「父さん」

陸斗が即座に止める。

「やめてください」

「まだ食べてもないだろ」

「前回を忘れたんですか」

聖子が追い打ちをかける。

「塩と砂糖を一袋ずつ間違えたパウンドケーキ」

「一回だけでしょう!」

「一袋間違える人は、一回で十分なのよ!」

「似てるじゃない!」

「似てない!」

さっきまでの作戦会議が、完全にどこかへ飛んでいった。

けれど、その女性の視線が机の上の資料へ向いた瞬間、空気が変わる。

「……何かあったの?」

笑顔が消えた。

茂樹が頷く。

「ちょうどよかった。少し聞いてほしい」

「私にも?」

「ああ。かなり厄介な案件になりそうだ」

女性は紙袋を聖子へ差し出した。

「これ、お願い」

「食べないわよ?」

「食べてよ!」

一瞬だけ元に戻ったものの、椅子へ腰を下ろした時には、すでに別人のような顔をしていた。

茂樹が、奏から聞いた内容を順に説明していく。

ロト7で手にした約十二億円。両親の事故と、その後の財産整理。そこへ関わった坂上幹司。高校時代から奏の周囲にいた坂梨未來。三人の元恋人。そして、部屋から選択的に消えた金品。

一通り聞き終えると、女性はしばらく黙っていた。

やがて、低く静かな声で言う。

「……彼女の安全確保が先ね」

さっきまでクッキーを掲げていた人と同じ女性とは思えない。

「案件を正式に受けるかどうかは本人が決めること。でも、それまで何もしなくていいという話ではないわ」

視線が陸斗へ向く。

「彼女の今の生活状況は?」

「一人暮らし。現在は固定の勤務先には就いていません」

「家族は?」

「両親は亡くなっています」

「普段、頼れる人は?」

「そこまではまだ確認できていません」

女性は一度頷いた。

「そこも確認ね」

そして、視線だけを横へ動かす。

「もう調べてるわよね?」

征が即答した。

「はい」

純が苦笑する。

「やっぱり聞くまでもないんだ」

征は淡々と続けた。

「必要な公開情報については進めています。ただ、過去の資料は時間が掛かるものもあります」

「それでいいわ。無理に早く結論を出さなくていい」

「はい」

「あと、必要になりそうな分野の人には、連絡を回しておいた方がいいわね」

「そのつもりだよ」

茂樹が答えるより先に、征が口を開いた。

「すでに連絡は入れています」

「早いわね」

「必要になる可能性が高いので」

誰に連絡したのか、そこまでは話さなかった。

ただ、この時点ですでに澤登法律事務所の外へも、少しずつ連携の輪が広がり始めていた。

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