氷の公爵様は、愛を知らない令嬢を離してくれない
第二十話 新しい夫婦の夜
夜。
長い一日が終わった。
エレノアは自分の部屋で着替えを済ませる。
結婚式。
たくさん話して。
たくさん笑って。
さすがに疲れていた。
コンコン。
「エレノア」
扉の向こうからレオンハルトの声。
「はい」
「入ってもいいか?」
「どうぞ」
扉が開く。
レオンハルトは少しだけ緊張した様子だった。
今日から。
二人は正式な夫婦。
これまでとは違う。
そういう夜になるはずだった。
「今日は疲れただろう」
「はい」
「ゆっくり休むといい」
「旦那様もです」
「ああ」
エレノアはベッドへ入る。
「旦那様」
「ん?」
「今日は、ここにいてくれますか?」
「……いいのか?」
「はい」
レオンハルトはベッドの隣へ座る。
「……」
エレノアは目を閉じる。
数十秒。
「……すぅ」
レオンハルトが目を瞬く。
「……」
もう一度見る。
「エレノア?」
「……すぅ……」
完全に寝ている。
「……」
レオンハルトはしばらく固まった。
「早いな……」
思わず苦笑する。
ここ数日ずっと忙しかったのだ。
無理もない。
レオンハルトは毛布を掛け直してやる。
「おやすみ」
そして。
自分も隣へ横になる。
「……」
目の前には。
安心しきって眠るエレノア。
レオンハルトは天井を見る。
今日は結婚式だった。
今日から、本当の意味で夫婦になった。
だから。
当然。
その先のことも考えていた。
「……」
しかし。
隣から聞こえるのは、穏やかな寝息だけ。
「……寝るのか」
レオンハルトは小さく呟く。
もちろん返事はない。
「……まあ、そうだよな」
こんなに安心して眠っているのに。
「……」
レオンハルトは深く息を吐き
エレノアの髪をそっと撫でる。
「おやすみ、エレノア」
眠っているエレノアは。
何も知らずに、ほんの少しだけ笑った。
そして。
レオンハルトは一晩中。
隣で眠る愛しい妻を起こさないように。
ひたすら耐えることになった。
――こうして。
二人の新婚初夜は。
エレノアの爆睡によって、静かに幕を閉じた。
◇
翌朝。
エレノアは、いつもより少し遅く目を覚ました。
「……ん」
ぼんやりと目を開ける。
昨日のことを思い出す。
結婚式。
たくさんの人。
白いドレス。
指輪。
そして――ダンス。
「……結婚式」
エレノアは自分の指を見る。
そこには昨日、レオンハルトから贈られた指輪が輝いていた。
「……本当に、結婚したのですね」
そう呟いて。
少しだけ笑った。
◇
「おはようございます、旦那様」
朝食の席。
レオンハルトはすでに座っていた。
「おはよう」
「昨日はありがとうございました」
「何が?」
「一緒に踊ってくださったことです」
「楽しかったか?」
「はい」
エレノアは嬉しそうに頷く。
「旦那様がずっと支えてくださったので、怖くありませんでした」
「それならよかった」
レオンハルトは彼女の皿を見る。
「……食べる量が少ない」
「?」
「今日はもっと食べろ」
レオンハルトは使用人へ目を向ける。
「エレノアの好きなものを追加してくれ」
「かしこまりました」
「旦那様」
「何だ?」
「朝からそんなに食べられません」
「少しずつでいい」
「……はい」
エレノアは困ったように笑った。
その様子を見ていたセバスチャンが、静かに微笑む。
――結婚したことで。
旦那様の過保護が、また一段階増している。
◇
その日の昼。
「エレノアちゃん!」
屋敷に明るい声が響いた。
「……?」
エレノアが振り返る。
アルベルトとセシリアが立っていた。
「お義父様、お義母様!」
セシリアが駆け寄ってくる。
「結婚式、本当に素敵だったわ!」
「ありがとうございます」
「もう!昨日は人が多すぎて、ゆっくり話せなかったものね」
エレノアを抱きしめる。
「綺麗だったわよ」
「ありがとうございます」
アルベルトも笑いながら近づく。
「エレノア。改めて、おめでとう」
「ありがとうございます、お義父様」
「どうだった?初めての大きな式は」
「とても楽しかったです」
「そうか」
「たくさんの方が祝ってくださいました」
「レオンハルトがあんなに嬉しそうな顔をしているのも久しぶりに見たよ」
「……」
エレノアがレオンハルトを見る。
「そうなのですか?」
「父上」
レオンハルトが少し嫌そうな顔をする。
「何だ?」
「余計なことを言わないでください」
「本当のことだろう?」
アルベルトが笑う。
「昨日なんて、お前はずっとエレノアを目で追っていたじゃないか」
「……」
「ダンスの時なんて特に」
「お義父様」
エレノアが困ったように笑う。
「旦那様は、とても上手でした」
「だろう?」
アルベルトは満足そうに頷く。
「私が幼い頃から叩き込んだんだ」
「父上」
「何だ?」
「それ以上はやめてください」
セシリアが笑い出す。
「もう、レオンハルトったら」
エレノアもつられて笑った。
◇
午後。
四人でお茶を飲みながら、昨日の結婚式を振り返る。
「エレノアちゃんのドレス、本当に綺麗だったわ」
「ありがとうございます」
「レオンハルトが固まっていたのも面白かったわね」
「……」
「お母様、本当ですか?」
「本当よ」
セシリアは楽しそうに笑う。
「扉が開いた瞬間、完全に見惚れていたもの」
「……」
レオンハルトは黙って紅茶を飲んだ。
「旦那様?」
「気にするな」
「はい」
「でも、本当に綺麗だった」
レオンハルトがぽつりと言う。
エレノアが少し照れる。
「……ありがとうございます」
「うんうん」
セシリアが満足そうに頷く。
「仲良しで何よりね」
「仲良し……」
エレノアは少し考える。
「はい」
そして。
「旦那様は、とても優しいです」
レオンハルトが彼女を見る。
「いつも私を助けてくださいます」
「……」
「ご飯もいっぱい食べさせてくださいます」
「それは大事だからな」
「雷の日も一緒にいてくださいました」
「……ああ」
「だから」
エレノアは笑った。
「旦那様と結婚できて、よかったと思っています」
その言葉に。
レオンハルトの胸が熱くなる。
「……俺もだ」
アルベルトとセシリアは顔を見合わせる。
二人とも何も言わなかった。
ただ。
嬉しそうに笑っていた。
◇
夕方。
「そろそろ私たちは帰るわね」
セシリアが言った。
「もうですか?」
エレノアの声が少し寂しそうになる。
「ええ。またすぐに遊びに来るわ」
「……はい」
「寂しい?」
「……少し」
エレノアは正直に答えた。
セシリアは嬉しそうにエレノアを抱きしめる。
「大丈夫よ。あなたには、もう帰る場所があるんだから」
「帰る場所……」
「そう」
エレノアは屋敷を見る。
そして隣に立つレオンハルトを見る。
「……はい」
小さく頷いた。
「ここが私の家です」
レオンハルトは静かに微笑んだ。
長い一日が終わった。
エレノアは自分の部屋で着替えを済ませる。
結婚式。
たくさん話して。
たくさん笑って。
さすがに疲れていた。
コンコン。
「エレノア」
扉の向こうからレオンハルトの声。
「はい」
「入ってもいいか?」
「どうぞ」
扉が開く。
レオンハルトは少しだけ緊張した様子だった。
今日から。
二人は正式な夫婦。
これまでとは違う。
そういう夜になるはずだった。
「今日は疲れただろう」
「はい」
「ゆっくり休むといい」
「旦那様もです」
「ああ」
エレノアはベッドへ入る。
「旦那様」
「ん?」
「今日は、ここにいてくれますか?」
「……いいのか?」
「はい」
レオンハルトはベッドの隣へ座る。
「……」
エレノアは目を閉じる。
数十秒。
「……すぅ」
レオンハルトが目を瞬く。
「……」
もう一度見る。
「エレノア?」
「……すぅ……」
完全に寝ている。
「……」
レオンハルトはしばらく固まった。
「早いな……」
思わず苦笑する。
ここ数日ずっと忙しかったのだ。
無理もない。
レオンハルトは毛布を掛け直してやる。
「おやすみ」
そして。
自分も隣へ横になる。
「……」
目の前には。
安心しきって眠るエレノア。
レオンハルトは天井を見る。
今日は結婚式だった。
今日から、本当の意味で夫婦になった。
だから。
当然。
その先のことも考えていた。
「……」
しかし。
隣から聞こえるのは、穏やかな寝息だけ。
「……寝るのか」
レオンハルトは小さく呟く。
もちろん返事はない。
「……まあ、そうだよな」
こんなに安心して眠っているのに。
「……」
レオンハルトは深く息を吐き
エレノアの髪をそっと撫でる。
「おやすみ、エレノア」
眠っているエレノアは。
何も知らずに、ほんの少しだけ笑った。
そして。
レオンハルトは一晩中。
隣で眠る愛しい妻を起こさないように。
ひたすら耐えることになった。
――こうして。
二人の新婚初夜は。
エレノアの爆睡によって、静かに幕を閉じた。
◇
翌朝。
エレノアは、いつもより少し遅く目を覚ました。
「……ん」
ぼんやりと目を開ける。
昨日のことを思い出す。
結婚式。
たくさんの人。
白いドレス。
指輪。
そして――ダンス。
「……結婚式」
エレノアは自分の指を見る。
そこには昨日、レオンハルトから贈られた指輪が輝いていた。
「……本当に、結婚したのですね」
そう呟いて。
少しだけ笑った。
◇
「おはようございます、旦那様」
朝食の席。
レオンハルトはすでに座っていた。
「おはよう」
「昨日はありがとうございました」
「何が?」
「一緒に踊ってくださったことです」
「楽しかったか?」
「はい」
エレノアは嬉しそうに頷く。
「旦那様がずっと支えてくださったので、怖くありませんでした」
「それならよかった」
レオンハルトは彼女の皿を見る。
「……食べる量が少ない」
「?」
「今日はもっと食べろ」
レオンハルトは使用人へ目を向ける。
「エレノアの好きなものを追加してくれ」
「かしこまりました」
「旦那様」
「何だ?」
「朝からそんなに食べられません」
「少しずつでいい」
「……はい」
エレノアは困ったように笑った。
その様子を見ていたセバスチャンが、静かに微笑む。
――結婚したことで。
旦那様の過保護が、また一段階増している。
◇
その日の昼。
「エレノアちゃん!」
屋敷に明るい声が響いた。
「……?」
エレノアが振り返る。
アルベルトとセシリアが立っていた。
「お義父様、お義母様!」
セシリアが駆け寄ってくる。
「結婚式、本当に素敵だったわ!」
「ありがとうございます」
「もう!昨日は人が多すぎて、ゆっくり話せなかったものね」
エレノアを抱きしめる。
「綺麗だったわよ」
「ありがとうございます」
アルベルトも笑いながら近づく。
「エレノア。改めて、おめでとう」
「ありがとうございます、お義父様」
「どうだった?初めての大きな式は」
「とても楽しかったです」
「そうか」
「たくさんの方が祝ってくださいました」
「レオンハルトがあんなに嬉しそうな顔をしているのも久しぶりに見たよ」
「……」
エレノアがレオンハルトを見る。
「そうなのですか?」
「父上」
レオンハルトが少し嫌そうな顔をする。
「何だ?」
「余計なことを言わないでください」
「本当のことだろう?」
アルベルトが笑う。
「昨日なんて、お前はずっとエレノアを目で追っていたじゃないか」
「……」
「ダンスの時なんて特に」
「お義父様」
エレノアが困ったように笑う。
「旦那様は、とても上手でした」
「だろう?」
アルベルトは満足そうに頷く。
「私が幼い頃から叩き込んだんだ」
「父上」
「何だ?」
「それ以上はやめてください」
セシリアが笑い出す。
「もう、レオンハルトったら」
エレノアもつられて笑った。
◇
午後。
四人でお茶を飲みながら、昨日の結婚式を振り返る。
「エレノアちゃんのドレス、本当に綺麗だったわ」
「ありがとうございます」
「レオンハルトが固まっていたのも面白かったわね」
「……」
「お母様、本当ですか?」
「本当よ」
セシリアは楽しそうに笑う。
「扉が開いた瞬間、完全に見惚れていたもの」
「……」
レオンハルトは黙って紅茶を飲んだ。
「旦那様?」
「気にするな」
「はい」
「でも、本当に綺麗だった」
レオンハルトがぽつりと言う。
エレノアが少し照れる。
「……ありがとうございます」
「うんうん」
セシリアが満足そうに頷く。
「仲良しで何よりね」
「仲良し……」
エレノアは少し考える。
「はい」
そして。
「旦那様は、とても優しいです」
レオンハルトが彼女を見る。
「いつも私を助けてくださいます」
「……」
「ご飯もいっぱい食べさせてくださいます」
「それは大事だからな」
「雷の日も一緒にいてくださいました」
「……ああ」
「だから」
エレノアは笑った。
「旦那様と結婚できて、よかったと思っています」
その言葉に。
レオンハルトの胸が熱くなる。
「……俺もだ」
アルベルトとセシリアは顔を見合わせる。
二人とも何も言わなかった。
ただ。
嬉しそうに笑っていた。
◇
夕方。
「そろそろ私たちは帰るわね」
セシリアが言った。
「もうですか?」
エレノアの声が少し寂しそうになる。
「ええ。またすぐに遊びに来るわ」
「……はい」
「寂しい?」
「……少し」
エレノアは正直に答えた。
セシリアは嬉しそうにエレノアを抱きしめる。
「大丈夫よ。あなたには、もう帰る場所があるんだから」
「帰る場所……」
「そう」
エレノアは屋敷を見る。
そして隣に立つレオンハルトを見る。
「……はい」
小さく頷いた。
「ここが私の家です」
レオンハルトは静かに微笑んだ。