十年前なら、あなたを好きになれたのに。―10歳下の後輩に本気で恋をしました―
第15話 打ち上げ
第15話 打ち上げ
神崎さんたちの結婚式から、四日後。
ようやく。
本当に、全部終わった。
当日の精算。
各部署への確認。
忘れ物の対応。
写真や映像関係の引き継ぎ。
細かい事後処理まで片付いて。
神崎さんたちの案件は、ようやく私たちの手を離れた。
そして今日は。
「主任、今日ですよね?」
パソコンを閉じたところで、後輩が顔を覗かせる。
「なにが?」
「打ち上げ」
「ああ、そうだった」
「忘れてたんですか?」
「忘れてないよ」
「今、絶対忘れてましたよね」
「覚えてたって」
今日は、神崎さんたちの案件に関わったメンバーで打ち上げをすることになっている。
参加するのは、婚礼部から私を含めて六人。
全員女性。
そして営業部から。
一ノ瀬くん。
合計七人。
「一ノ瀬さんも来るんですよね?」
「来るよ」
「営業から一人だけ?」
「今回ずっと担当してたの一ノ瀬くんだから」
「ですよね」
後輩が時計を見る。
「じゃあ行きましょうよ」
「まだ一ノ瀬くん仕事じゃない?」
「あ、さっき連絡来てました」
「なんて?」
「営業の打ち合わせ長引いてるから、三十分くらい遅れるそうです」
「じゃあ先に行っててって?」
「はい」
一ノ瀬くんらしい。
仕事を放り出して来るタイプではない。
「じゃあ先始めよっか」
「やった」
「明日休みだからって飲みすぎないでよ」
「それ主任に返します」
「なんで私」
「主任も明日休みでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ今日は飲めますね」
嫌な予感がする。
ホテルから少し離れたダイニング。
予約していたテーブルに、婚礼部の六人で座る。
「じゃあ主任、お願いします」
「私?」
「主任でしょ」
「こういうの苦手なんだけど」
「早くしてください。飲みたいです」
「はいはい」
グラスを持つ。
みんなも続く。
三ヶ月半。
大変だった。
何度も変更があって。
当日まで気が抜けなくて。
それでも。
最後には、二人が笑って帰っていった。
それだけで十分だった。
「じゃあ」
みんなを見る。
「三ヶ月半、本当にお疲れさまでした。無事に終わったし、今日は仕事のこと忘れて楽しみましょう」
「お疲れさまでしたー!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
グラスがぶつかる。
冷たいビールを一口飲む。
「……おいしい」
「主任、顔が仕事終わった人になってます」
「終わったんだからいいでしょ」
「今日だけ主任じゃなくていいですか?」
「それはダメ」
「厳しい」
笑いが起きる。
料理が運ばれてくる。
最初は当然。
神崎さんたちの結婚式の話になった。
「いやー、あの主賓の件は焦りましたよね」
「あれ聞いた瞬間、終わったと思った」
「縁起でもないこと言わないで」
「主任、全然顔変わってなかったですよね」
「内心めちゃくちゃ焦ってたよ」
「嘘」
「本当だって」
「絶対嘘ですよ」
「十一年やってても焦るものは焦るの」
「でも一ノ瀬さんもすごかったですよね」
「ああ」
自然に。
その名前が出た。
「主賓の方のところ、すぐ行ってくれましたもんね」
「そうだね」
「あの人、最初あんなに婚礼のこと分かってなかったのに」
「ほんとそれ」
思わず笑う。
三ヶ月半前。
質問ばかりだった一ノ瀬くんを思い出す。
「主任のところ、ずっと来てましたよね」
「来てた」
「毎日じゃなかったですか?」
「後半はほぼ毎日だったかも」
「メールもめっちゃ来てましたよね」
「来てた」
「よく耐えましたね」
「何その言い方」
みんなが笑う。
「でも」
一人の後輩がグラスを置いた。
「ん?」
「一ノ瀬さん、普通にかっこよくないですか?」
「……」
なぜか。
私は反応するタイミングを逃した。
「あ、それ分かる」
「ですよね?」
「背高いし」
「顔も普通にいいよね」
「分かる。爽やか系」
「しかも仕事できるようになったし」
「それは主任が育てたんじゃないですか?」
「私が育てたみたいに言わないで」
「でもほぼそうじゃないですか」
「本人が頑張ったんでしょ」
口にしてから。
少しだけ気づく。
私。
普通に一ノ瀬くんのこと庇ってる。
「ほら」
「なに?」
「主任、一ノ瀬さんに甘くなった」
「なってない」
「最初めっちゃ面倒そうにしてたのに」
「してないって」
「してましたよ」
してた。
それは認める。
でも。
今は違う。
「一ノ瀬さん、後半ほぼ婚礼部の人でしたもんね」
「本人もそんなこと言ってた」
「主任ともめっちゃ仲良くなりましたよね」
「そう?」
「なりましたよ」
「仕事で一緒にいただけでしょ」
「毎日のように?」
「今回の担当なんだから当たり前」
「メールでいいことまで直接聞きに来てたのに?」
「……」
そこまで見られてたんだ。
グラスに口をつける。
「そういえば」
別の後輩が言った。
「一ノ瀬さんって、彼女いるんですかね?」
一瞬。
グラスを持つ手が止まった。
本当に。
一瞬だけ。
「さあ」
「主任知らないんですか?」
「知らない」
答えたのは。
私だった。
「えー、意外」
「なんで?」
「この三ヶ月半ずっと一緒だったじゃないですか」
「仕事でね」
「そういう話しなかったんですか?」
「しないよ」
考えてみれば。
知らない。
一ノ瀬くんに彼女がいるのか。
好きな人がいるのか。
そもそも。
どんな人がタイプなのか。
何も知らない。
「二十四歳でしょ?」
「そう」
「普通にいそう」
「絶対モテますよね」
「分かる」
「じゃあ今日聞いてみようかな」
「何を?」
思ったより。
早く言葉が出た。
後輩が私を見る。
「彼女いるんですかって」
「ああ……」
なんだ。
それだけ。
「聞けば?」
「主任、気にならないんですか?」
「ならないよ」
即答した。
「ほんとに?」
「なんで私が気にするの」
「ですよねー」
そのまま。
話題は別の方向へ流れていった。
次の案件。
最近入った新人。
ホテルの新しいレストラン。
そんな話をしながら。
私はもう一口飲む。
一ノ瀬くんに。
彼女。
「……」
いても。
別におかしくない。
二十四歳。
背も高い。
顔だって――。
「……」
顔だって。
何?
さっきみんなが言っていた。
普通にかっこいい。
今まで。
そんなこと考えたことなかった。
いや。
なかった……と思う。
いつもスーツで。
婚礼部に来て。
私の机の前に立って。
「水野主任、ちょっといいですか?」
そればっかりだったから。
顔なんて。
ちゃんと見たこと――。
「……あるな」
「主任?」
「え?」
「今なんか言いました?」
「何も言ってない」
危ない。
何考えてるんだろう。
グラスを持つ。
飲む。
「主任、今日早くないですか?」
「そう?」
「まだ始まったばっかりですよ」
「明日休みだから」
「あ、自分で言った」
「たまにはいいでしょ」
もう一口。
そのとき。
店の入口の方が少し騒がしくなった。
「すみません、遅れました」
聞き慣れた声。
全員が振り返る。
一ノ瀬くんが立っていた。
仕事終わり。
スーツ姿はいつもと同じ。
でも。
ジャケットは腕に掛けていて。
ネクタイも少しだけ緩めている。
いつもホテルで見る姿とは。
ほんの少しだけ違った。
「お疲れさまでーす!」
「遅いですよ、一ノ瀬さん」
「すみません。打ち合わせ長引いて」
笑いながらこちらへ歩いてくる。
私は。
さっきまでの会話を思い出していた。
『一ノ瀬さん、普通にかっこよくないですか?』
「……」
一ノ瀬くんを見る。
背が高い。
それは知ってる。
顔。
「……」
いや。
何。
普通に一ノ瀬くんじゃん。
「水野主任」
「え?」
目が合った。
「お疲れさまです」
「……お疲れ」
「もう飲んでるんですか?」
「飲んでるよ」
「早くないです?」
「みんなに言われた」
「明日休みだからって飲みすぎないでくださいよ」
「一ノ瀬くんに言われたくない」
「俺、まだ一滴も飲んでないです」
「じゃあ早く座って」
「はい」
一ノ瀬くんが空いていた席に座る。
その瞬間。
向かいの後輩と目が合った。
ニヤッ。
「……なに?」
「別に?」
「絶対なんかあったでしょ」
一ノ瀬くんが周りを見る。
「俺来る前、何話してたんですか?」
「秘密です」
「怖」
「一ノ瀬さんには言えませーん」
「絶対俺の話じゃん」
私は知らないふりをしてグラスに口をつける。
「水野主任」
「なに?」
「知ってます?」
「知らない」
「まだ何も聞いてないですけど」
「知らない」
「怪しいなぁ」
一ノ瀬くんが笑う。
その顔を見て。
また。
さっきの言葉が頭に浮かんだ。
普通にかっこいい。
「……」
やめよう。
今日は。
ただの打ち上げ。
三ヶ月半の仕事が終わった。
そのお祝い。
それだけ。
――のはずだった。
神崎さんたちの結婚式から、四日後。
ようやく。
本当に、全部終わった。
当日の精算。
各部署への確認。
忘れ物の対応。
写真や映像関係の引き継ぎ。
細かい事後処理まで片付いて。
神崎さんたちの案件は、ようやく私たちの手を離れた。
そして今日は。
「主任、今日ですよね?」
パソコンを閉じたところで、後輩が顔を覗かせる。
「なにが?」
「打ち上げ」
「ああ、そうだった」
「忘れてたんですか?」
「忘れてないよ」
「今、絶対忘れてましたよね」
「覚えてたって」
今日は、神崎さんたちの案件に関わったメンバーで打ち上げをすることになっている。
参加するのは、婚礼部から私を含めて六人。
全員女性。
そして営業部から。
一ノ瀬くん。
合計七人。
「一ノ瀬さんも来るんですよね?」
「来るよ」
「営業から一人だけ?」
「今回ずっと担当してたの一ノ瀬くんだから」
「ですよね」
後輩が時計を見る。
「じゃあ行きましょうよ」
「まだ一ノ瀬くん仕事じゃない?」
「あ、さっき連絡来てました」
「なんて?」
「営業の打ち合わせ長引いてるから、三十分くらい遅れるそうです」
「じゃあ先に行っててって?」
「はい」
一ノ瀬くんらしい。
仕事を放り出して来るタイプではない。
「じゃあ先始めよっか」
「やった」
「明日休みだからって飲みすぎないでよ」
「それ主任に返します」
「なんで私」
「主任も明日休みでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ今日は飲めますね」
嫌な予感がする。
ホテルから少し離れたダイニング。
予約していたテーブルに、婚礼部の六人で座る。
「じゃあ主任、お願いします」
「私?」
「主任でしょ」
「こういうの苦手なんだけど」
「早くしてください。飲みたいです」
「はいはい」
グラスを持つ。
みんなも続く。
三ヶ月半。
大変だった。
何度も変更があって。
当日まで気が抜けなくて。
それでも。
最後には、二人が笑って帰っていった。
それだけで十分だった。
「じゃあ」
みんなを見る。
「三ヶ月半、本当にお疲れさまでした。無事に終わったし、今日は仕事のこと忘れて楽しみましょう」
「お疲れさまでしたー!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
グラスがぶつかる。
冷たいビールを一口飲む。
「……おいしい」
「主任、顔が仕事終わった人になってます」
「終わったんだからいいでしょ」
「今日だけ主任じゃなくていいですか?」
「それはダメ」
「厳しい」
笑いが起きる。
料理が運ばれてくる。
最初は当然。
神崎さんたちの結婚式の話になった。
「いやー、あの主賓の件は焦りましたよね」
「あれ聞いた瞬間、終わったと思った」
「縁起でもないこと言わないで」
「主任、全然顔変わってなかったですよね」
「内心めちゃくちゃ焦ってたよ」
「嘘」
「本当だって」
「絶対嘘ですよ」
「十一年やってても焦るものは焦るの」
「でも一ノ瀬さんもすごかったですよね」
「ああ」
自然に。
その名前が出た。
「主賓の方のところ、すぐ行ってくれましたもんね」
「そうだね」
「あの人、最初あんなに婚礼のこと分かってなかったのに」
「ほんとそれ」
思わず笑う。
三ヶ月半前。
質問ばかりだった一ノ瀬くんを思い出す。
「主任のところ、ずっと来てましたよね」
「来てた」
「毎日じゃなかったですか?」
「後半はほぼ毎日だったかも」
「メールもめっちゃ来てましたよね」
「来てた」
「よく耐えましたね」
「何その言い方」
みんなが笑う。
「でも」
一人の後輩がグラスを置いた。
「ん?」
「一ノ瀬さん、普通にかっこよくないですか?」
「……」
なぜか。
私は反応するタイミングを逃した。
「あ、それ分かる」
「ですよね?」
「背高いし」
「顔も普通にいいよね」
「分かる。爽やか系」
「しかも仕事できるようになったし」
「それは主任が育てたんじゃないですか?」
「私が育てたみたいに言わないで」
「でもほぼそうじゃないですか」
「本人が頑張ったんでしょ」
口にしてから。
少しだけ気づく。
私。
普通に一ノ瀬くんのこと庇ってる。
「ほら」
「なに?」
「主任、一ノ瀬さんに甘くなった」
「なってない」
「最初めっちゃ面倒そうにしてたのに」
「してないって」
「してましたよ」
してた。
それは認める。
でも。
今は違う。
「一ノ瀬さん、後半ほぼ婚礼部の人でしたもんね」
「本人もそんなこと言ってた」
「主任ともめっちゃ仲良くなりましたよね」
「そう?」
「なりましたよ」
「仕事で一緒にいただけでしょ」
「毎日のように?」
「今回の担当なんだから当たり前」
「メールでいいことまで直接聞きに来てたのに?」
「……」
そこまで見られてたんだ。
グラスに口をつける。
「そういえば」
別の後輩が言った。
「一ノ瀬さんって、彼女いるんですかね?」
一瞬。
グラスを持つ手が止まった。
本当に。
一瞬だけ。
「さあ」
「主任知らないんですか?」
「知らない」
答えたのは。
私だった。
「えー、意外」
「なんで?」
「この三ヶ月半ずっと一緒だったじゃないですか」
「仕事でね」
「そういう話しなかったんですか?」
「しないよ」
考えてみれば。
知らない。
一ノ瀬くんに彼女がいるのか。
好きな人がいるのか。
そもそも。
どんな人がタイプなのか。
何も知らない。
「二十四歳でしょ?」
「そう」
「普通にいそう」
「絶対モテますよね」
「分かる」
「じゃあ今日聞いてみようかな」
「何を?」
思ったより。
早く言葉が出た。
後輩が私を見る。
「彼女いるんですかって」
「ああ……」
なんだ。
それだけ。
「聞けば?」
「主任、気にならないんですか?」
「ならないよ」
即答した。
「ほんとに?」
「なんで私が気にするの」
「ですよねー」
そのまま。
話題は別の方向へ流れていった。
次の案件。
最近入った新人。
ホテルの新しいレストラン。
そんな話をしながら。
私はもう一口飲む。
一ノ瀬くんに。
彼女。
「……」
いても。
別におかしくない。
二十四歳。
背も高い。
顔だって――。
「……」
顔だって。
何?
さっきみんなが言っていた。
普通にかっこいい。
今まで。
そんなこと考えたことなかった。
いや。
なかった……と思う。
いつもスーツで。
婚礼部に来て。
私の机の前に立って。
「水野主任、ちょっといいですか?」
そればっかりだったから。
顔なんて。
ちゃんと見たこと――。
「……あるな」
「主任?」
「え?」
「今なんか言いました?」
「何も言ってない」
危ない。
何考えてるんだろう。
グラスを持つ。
飲む。
「主任、今日早くないですか?」
「そう?」
「まだ始まったばっかりですよ」
「明日休みだから」
「あ、自分で言った」
「たまにはいいでしょ」
もう一口。
そのとき。
店の入口の方が少し騒がしくなった。
「すみません、遅れました」
聞き慣れた声。
全員が振り返る。
一ノ瀬くんが立っていた。
仕事終わり。
スーツ姿はいつもと同じ。
でも。
ジャケットは腕に掛けていて。
ネクタイも少しだけ緩めている。
いつもホテルで見る姿とは。
ほんの少しだけ違った。
「お疲れさまでーす!」
「遅いですよ、一ノ瀬さん」
「すみません。打ち合わせ長引いて」
笑いながらこちらへ歩いてくる。
私は。
さっきまでの会話を思い出していた。
『一ノ瀬さん、普通にかっこよくないですか?』
「……」
一ノ瀬くんを見る。
背が高い。
それは知ってる。
顔。
「……」
いや。
何。
普通に一ノ瀬くんじゃん。
「水野主任」
「え?」
目が合った。
「お疲れさまです」
「……お疲れ」
「もう飲んでるんですか?」
「飲んでるよ」
「早くないです?」
「みんなに言われた」
「明日休みだからって飲みすぎないでくださいよ」
「一ノ瀬くんに言われたくない」
「俺、まだ一滴も飲んでないです」
「じゃあ早く座って」
「はい」
一ノ瀬くんが空いていた席に座る。
その瞬間。
向かいの後輩と目が合った。
ニヤッ。
「……なに?」
「別に?」
「絶対なんかあったでしょ」
一ノ瀬くんが周りを見る。
「俺来る前、何話してたんですか?」
「秘密です」
「怖」
「一ノ瀬さんには言えませーん」
「絶対俺の話じゃん」
私は知らないふりをしてグラスに口をつける。
「水野主任」
「なに?」
「知ってます?」
「知らない」
「まだ何も聞いてないですけど」
「知らない」
「怪しいなぁ」
一ノ瀬くんが笑う。
その顔を見て。
また。
さっきの言葉が頭に浮かんだ。
普通にかっこいい。
「……」
やめよう。
今日は。
ただの打ち上げ。
三ヶ月半の仕事が終わった。
そのお祝い。
それだけ。
――のはずだった。