十年前なら、あなたを好きになれたのに。―10歳下の後輩に本気で恋をしました―

第25話 正面から来た人

第25話 正面から来た人
一ノ瀬くんのことで。
自分でもよく分からないまま機嫌が悪くなった。
その翌日。
仕事が終わって。
私はホテルを出た。
今日は。
一ノ瀬くんとは帰らない。
前から約束があった。
久しぶりに会う友達と。
ご飯を食べに行く。
学生の頃からの友達。
仕事が変わって。
住む場所も変わって。
お互い忙しくなって。
昔ほど頻繁には会わなくなったけど。
今でも。
何ヶ月かに一度はこうして会う。
待ち合わせ場所へ向かう。
「千尋!」
「久しぶり」
「久しぶりー」
手を振りながら。
友達が歩いてくる。
「元気だった?」
「まあまあ」
「何それ」
「そっちは?」
「私もまあまあ」
「同じじゃん」
「じゃあ行こ」
「うん」
一軒目。
駅近くの居酒屋。
金曜日ということもあって。
店内はかなり賑わっていた。
「かんぱーい」
「乾杯」
グラスを合わせる。
一口。
「……美味しい」
「千尋、疲れてる?」
「なんで?」
「一口目の顔」
「仕事終わりだから」
「相変わらず忙しいんだ」
「婚礼だからね」
「まだやってるもんね」
「まだって何」
「だって何年目?」
「十一年」
「すご」
「自分でも思う」
「私なら三年で辞めてる」
「早い」
料理が来る。
適当に頼んだものをつまみながら。
近況を話す。
仕事。
共通の友達。
最近あったこと。
そして。
当然。
「で?」
「何?」
「男は?」
「……」
来た。
「いない」
「また?」
「またって何」
「前回も聞いた」
「いないものはいない」
「出会いは?」
「ない」
「職場」
「ない」
「友達の紹介」
「面倒」
「マッチングアプリ」
「もっと面倒」
「終わってる」
「うるさい」
友達が笑う。
「千尋、昔からそうだよね」
「何が?」
「別に一人でも平気です、みたいな」
「平気だもん」
「寂しくない?」
「別に」
「ほんとに?」
「ほんと」
グラスを飲む。
「仕事あるし」
「それ言い始めたら危ないよ」
「何が」
「仕事が恋人です、みたいな」
「言ってない」
「でも十一年やってるんでしょ?」
「それとこれとは別」
「じゃあ最近なんかないの?」
「なんかって?」
「なんでもいいよ。面白いこと」
「面白いこと……」
考える。
仕事。
神崎さんたちの結婚式。
部署異動。
「あ」
「あるじゃん」
「別に面白くないけど」
「何?」
「最近、営業から婚礼部に一人異動してきた」
「へえ」
「私が教育係やってる」
「千尋が?」
「うん」
「大丈夫?」
「どういう意味」
「後輩泣かせてない?」
「失礼」
「男? 女?」
「男」
「何歳?」
「二十四」
「若っ」
「十歳下」
「新卒?」
「違う。営業にいた子」
「へえ」
「前から一緒に仕事したことあって」
「そうなんだ」
「三ヶ月半くらい」
「結構長いね」
「大きい案件だったから」
「仕事できる?」
「できる方だと思う」
「へえ」
「営業やってたから新郎新婦と話すのは上手いし。分からないことはちゃんと聞くし。一回教えたら大体覚えてる」
「……」
「この前初担当も持って」
「……」
「まだ私がついてるけど、思ったよりちゃんと――」
「待って」
「何?」
友達が。
箸を置いた。
「その子の話、長くない?」
「……そう?」
「うん」
「聞いたからでしょ」
「最近なんかないって聞いただけ」
「だから最近あったこと」
「仕事の話じゃん」
「そうだよ」
「ふーん」
「何」
「別に」
その顔。
絶対。
別にじゃない。
「で?」
「何?」
「その二十四歳」
「一ノ瀬くん?」
「一ノ瀬くんっていうんだ」
「あ」
「へえ。一ノ瀬くん」
「何その言い方」
「続き」
「もうない」
「あるでしょ」
「ない」
「かっこいい?」
「……」
「今止まった」
「考えただけ」
「かっこいいんだ」
「普通」
「普通ねぇ」
「何」
「別に」
「その顔やめて」
友達が笑う。
「じゃあ仕事だけ?」
「何が?」
「その一ノ瀬くんと」
「当たり前でしょ」
「ふーん」
「何」
「いや。千尋が男の話こんなにするの珍しいから」
「仕事の後輩だから」
「はいはい」
「ほんとに」
「分かったって」
分かってない顔。
「それに」
少し酔っていたからだと思う。
余計なことまで。
口から出た。
「偶然、同じマンションだっただけだし」
「……は?」
「……」
「同じマンション?」
しまった。
「偶然ね」
「何それ」
「ほんとに偶然」
「何階?」
「私は十二階。一ノ瀬くんは八階」
「階まで知ってるの?」
「エレベーターで会ったから」
「へえー」
「何」
「いや?」
「絶対なんか思ってる」
「思ってないって」
「同じマンションで、同じ職場で、教育係?」
「そう」
「少女漫画?」
「違う」
「すごい偶然」
「私が一番びっくりした」
「一緒に帰ったりするの?」
「……たまに」
「へえ」
「終わる時間同じならね」
「朝は?」
「たまに」
「へえー」
「何なの」
友達が。
楽しそうに酒を飲む。
「連絡先は?」
「知ってる」
「会社の?」
「前はメールだったけど、婚礼部のグループに入ったからチャットも」
「個人?」
「……うん」
「する?」
「たまに」
「仕事?」
「ほとんど」
「ほとんど?」
「……」
雨の日。
プリン。
モーニングコール。
「……たまに違う」
「何話すの?」
「どうでもいいこと」
「例えば?」
「雨の音とか」
「は?」
「八階と十二階で雨の音違うのかって」
「何それ」
「知らない」
「それ夜?」
「……夜」
友達が。
私を見る。
「何」
「いや」
「だからその顔やめて」
「何時?」
「十二時前くらい」
「へえ」
「別にチャットくらいするでしょ」
「するね」
「でしょ」
「好きな人とは」
「……」
「冗談」
「やめて」
「千尋、顔怖い」
「くだらないこと言うから」
「はいはい」
それ以上。
一ノ瀬くんの話はしなかった。
というより。
私が強引に話題を変えた。
それから一時間くらい。
飲んで。
食べて。
店を出る。
「二軒目行こ」
「まだ飲むの?」
「明日休みでしょ?」
「休みだけど」
「じゃあ行ける」
「強引」
「千尋もまだ大丈夫でしょ?」
「二杯しか飲んでない」
「なら余裕」
「前に失敗したから」
「何それ」
「あ」
また。
余計なことを言った。
「失敗?」
「何でもない」
「何したの?」
「飲みすぎただけ」
「いつ?」
「ちょっと前」
「誰と?」
「会社の打ち上げ」
「で?」
「でって?」
「何があったの?」
「何もない」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあなんで今そんな顔したの?」
「してない」
「してる」
「二軒目行くんでしょ」
「逃げた」
「行くよ」
「はいはい」
店を出る。
夜風が。
少し気持ちいい。
二人で並んで。
二軒目へ向かう。
「でさ」
「まだ何かあるの?」
「一ノ瀬くん」
「なんで戻るの」
「気になるから」
「何が?」
「顔」
「顔?」
「かっこいいの?」
「さっき聞いたでしょ」
「普通って言われた」
「じゃあ普通」
「千尋の普通信用できない」
「何それ」
「芸能人で言うと?」
「そんなの分かんない」
「身長は?」
「私より高い」
「千尋いくつだっけ」
「百六十四」
「じゃあ?」
「百七十後半くらいじゃない?」
「ちゃんと見てるじゃん」
「見れば分かるでしょ」
「髪は?」
「黒」
「顔は?」
「だから普通」
「タイプ?」
「……」
「また止まった」
「違う」
「何が」
「タイプとか考えたことない」
「じゃあ今考えて」
「なんで」
「いいじゃん」
「……」
一ノ瀬くんの顔。
思い浮かべる。
「まあ」
「うん」
「普通に」
「うん」
「かっこいいんじゃない?」
「へえー」
「何その顔」
「認めた」
「一般的にって意味」
「はいはい」
「ほんとに」
「じゃあさ」
友達が。
ニヤニヤしながら。
こちらを見る。
「もし同い年だったら?」
「何が?」
「一ノ瀬くん」
「……」
「千尋と同い年だったら、あり?」
「知らない」
「考えてよ」
「なんでそんな――」
言いかけて。
前を見る。
誰かが。
こちらへ向かって走ってくる。
黒いランニングウェア。
イヤホン。
夜の街を。
一定のペースで走ってくる男。
最初は。
何とも思わなかった。
ただ。
距離が近づいて。
「……」
どこかで。
見たことがある。
向こうも。
こちらを見た。
速度が。
少し落ちる。
「……水野主任?」
「……え?」
止まった。
「こんばんは」
「……」
一ノ瀬くん。
「え?」
思わず。
もう一度見る。
いつものスーツじゃない。
婚礼部の制服でもない。
黒い半袖のランニングウェア。
ハーフパンツ。
髪も。
仕事中より少し崩れている。
額には。
うっすら汗。
「一ノ瀬くん?」
「はい」
「何してるの?」
「見て分かりません?」
「走ってる」
「正解です」
「こんなところで?」
「いつもこの辺走ってますよ」
「そうなんだ」
知らなかった。
「主任は?」
「友達とご飯」
「ああ」
そこで。
一ノ瀬くんが。
私の隣を見る。
「こんばんは」
「こんばんは」
友達が。
一ノ瀬くんを見る。
私を見る。
もう一度。
一ノ瀬くんを見る。
嫌な予感。
「……もしかして」
「言わなくていい」
「え?」
一ノ瀬くんが首を傾げる。
友達が。
笑った。
「一ノ瀬くん?」
「……はい」
一ノ瀬くんが。
少し驚く。
「え?」
私を見る。
「なんで俺の名前知ってるんですか?」
「……」
終わった。
「さっき聞いたから」
友達が答える。
「ちょっと」
「え?」
一ノ瀬くんが。
私を見る。
「俺の話してたんですか?」
「してない」
「してたよ」
「ちょっと!」
「してたじゃん」
「仕事の話!」
「仕事以外もしてたけど」
「……」
一ノ瀬くんが。
少し笑った。
「へえ」
「何」
「いや」
「何その顔」
「別に」
「絶対何か思ってる」
「思ってないですよ」
「嘘」
「主任が俺の話するんだなと思って」
「するでしょ。後輩なんだから」
「俺以外の後輩の話もします?」
「……」
「しないんだ」
「する」
「今の間は何ですか」
「うるさい」
友達が。
隣で笑っている。
最悪。
「初めまして」
一ノ瀬くんが友達へ軽く頭を下げる。
「一ノ瀬悠です」
「初めまして。千尋の友達です」
「いつも主任がお世話になってます」
「なんで一ノ瀬くんが言うの」
「なんとなく」
「こちらこそ?」
「返さなくていいから」
二人とも笑う。
「……」
なんで。
初対面なのに。
もう仲良くなってるの。
友達が。
一ノ瀬くんを。
上から下まで見る。
「なるほどねぇ」
「何が?」
私と。
一ノ瀬くんの声が重なった。
「何でもない」
絶対。
何でもなくない。
「主任」
「何」
「結構飲んでます?」
「二杯」
「ほんとに?」
「ほんと」
「前科あるからなぁ」
「前科って言わないで」
友達が食いつく。
「前科?」
「言わなくていい」
「この前、主任飲みすぎたんですよ」
「一ノ瀬くん」
「やっぱりあれ一ノ瀬くんいたんだ」
「……」
また。
終わった。
「いたっていうか」
一ノ瀬くんが笑う。
「俺が家まで送りました」
「へえー」
「ちょっと!」
「同じマンションなんで」
「それも聞いた」
「全部喋ってるじゃないですか」
「違うって」
「何が違うんです?」
「流れでそうなっただけ」
「主任、俺の話好きですね」
「違う」
即答。
友達が吹き出した。
「千尋、否定早すぎ」
「うるさい」
「主任」
「何」
一ノ瀬くんが。
少し笑いながら。
私を見る。
「飲みすぎないでくださいね」
「分かってる」
「ほんとに」
「今日は大丈夫」
「二軒目行くけどね」
友達が言う。
「行くんですか?」
「行く」
「ちょっと」
「じゃあ」
友達が。
一ノ瀬くんを見る。
「大丈夫。一ノ瀬くん」
「はい?」
「責任持って千尋を家まで届けるから」
「お願いします」
「勝手に話進めないで」
「主任、酔うと大変なんで」
「一ノ瀬くんまで」
「経験者なんで」
「……もう行く」
友達の腕を掴む。
「じゃあね」
「はい」
一ノ瀬くんが笑う。
「おやすみなさい」
「まだ帰らない」
「じゃあ、楽しんできてください」
「うん」
「飲みすぎないで」
「しつこい」
「はいはい」
一ノ瀬くんが。
また走り出す。
少しずつ。
遠ざかっていく。
「……」
私は。
その背中を。
少しだけ見ていた。
「千尋」
「何」
「行ったよ」
「分かってる」
「いつまで見てんの?」
「見てない」
「見てた」
「行くよ」
「はいはい」
二軒目。
少し落ち着いた店。
席へ座る。
注文する。
飲み物が来る。
友達は。
なぜか黙っている。
「……何?」
「千尋」
「何」
「あれはダメだわ」
「何が?」
「好きになる」
「は?」
「一ノ瀬くん」
「何言ってるの」
「普通にかっこいいじゃん」
「だから言ったでしょ」
「普通にかっこいいって?」
「……」
「言ったね」
「一般的に」
「はいはい」
「それに」
友達が。
グラスを持つ。
「顔だけじゃない」
「何?」
「千尋を見るとき」
「……は?」
「なんか違う」
「何が違うの」
「分かんない?」
「分かんない」
「じゃあいい」
「何それ」
「本人が分かってないなら、私が言うことじゃない」
「気になるんだけど」
「自分で考えな」
「……」
友達が。
楽しそうに酒を飲む。
「でも」
「何?」
「さっき見て確信した」
「何を」
「千尋、あの子のことめちゃくちゃ気にしてるでしょ」
「してない」
「してる」
「教育係だから」
「便利だね、教育係」
「ほんとにそうなの」
「じゃあ」
友達が。
少しだけ真面目な顔になる。
「昨日とか今日、一ノ瀬くんが他の女の子と仲良くしてても何とも思わない?」
「……」
昨日。
思い出す。
他の後輩に。
仕事を聞いていた一ノ瀬くん。
隣で昼を食べて。
プリンをもらって。
二人で笑っていた。
「……」
「その顔」
「何」
「何かあった?」
「別に」
「何?」
「……昨日」
「うん」
「他の子に仕事聞いてた」
「うん」
「それだけ」
「それだけ?」
「あと昼一緒に食べて」
「うん」
「その子からプリンもらってた」
「……」
友達が。
黙った。
「何」
「いや」
「何?」
「千尋」
「何」
「それ」
一度。
間。
「嫉妬じゃない?」
「違う」
「早いって」
「違うから」
「じゃあなんで嫌だったの?」
「教育係だから」
「プリンも?」
「……」
「教育係はプリンの管理もするの?」
「しない」
「じゃあ何」
「知らない」
「はい」
「何」
「それを嫉妬って言うんだけど」
「違うって」
「なんでそんな否定するの?」
「だって」
言葉が。
止まる。
「だって?」
「……十歳下だから」
言ってから。
自分で。
少し驚いた。
友達も。
さっきまでの笑った顔をやめた。
「一ノ瀬くん、二十四だもんね」
「うん」
「千尋、三十四」
「うん」
「十歳か」
「……大きいでしょ」
「まあ」
友達は。
簡単に否定しなかった。
「気になるのは分かる」
「でしょ」
「うん」
「一ノ瀬くんはまだ二十四だよ」
「うん」
「これからいくらでも」
言いかけて。
止まる。
何を。
言おうとしたんだろう。
これからいくらでも。
若い子と出会える。
結婚だって。
子どもだって。
将来だって。
「……」
私は。
何を考えてるの。
「千尋」
「何」
「一個聞いていい?」
「うん」
「十歳下だから」
「……」
「好きになっちゃダメなの?」
「……」
答えられなかった。
好き。
その言葉を。
自分に当てはめたことなんてない。
一ノ瀬くんは。
後輩。
教育係と新人。
十歳下。
それだけ。
「好きじゃないよ」
やっと。
出た言葉。
友達は。
私を見る。
「じゃあなんで」
「……」
「十歳差を気にしてるの?」
「……」
何も。
言えない。
「千尋」
「何」
「私、好きになれなんて言ってないよ」
「分かってる」
「付き合えとも言ってない」
「うん」
「ただ」
友達が。
グラスを置く。
「十歳下だからって理由だけで、自分が何を思ってるのかまで否定しなくてもいいんじゃない?」
「……」
「好きなら好きでいいじゃん」
「だから好きじゃないって」
「じゃあそれでもいい」
「何それ」
「今はね」
「……」
「でも千尋」
少し笑う。
「さっき一ノ瀬くんが正面から走ってきたとき」
「うん」
「めちゃくちゃ嬉しそうな顔してたよ」
「してない」
「してた」
「してない」
「はいはい」
「ほんとに」
「じゃあそういうことにしとく」
「……」
グラスを飲む。
さっきより。
お酒の味が。
少しだけ分からなかった。
二軒目を出たのは。
二十三時前。
「じゃあね」
「うん」
「ちゃんと帰れる?」
「大丈夫」
「ほんと?」
「今日はそんな飲んでない」
「ならいいけど」
「そっちこそ」
「私は余裕」
「また行こう」
「うん」
少し歩いて。
友達が振り返る。
「千尋」
「何?」
「一ノ瀬くんによろしく」
「なんで」
「なんとなく」
「言わない」
「じゃあね」
「はいはい」
別れる。
一人で。
帰る。
レジデンス・ルミエール月島。
エントランス。
エレベーター。
一人。
十二階のボタンを押す。
扉が閉まる。
二階。
三階。
四階。
『十歳下だから』
自分が。
言った言葉。
五階。
六階。
『好きになっちゃダメなの?』
友達の言葉。
七階。
八階。
「……」
表示を見る。
一ノ瀬くんが住んでいる階。
そのまま。
通り過ぎる。
九階。
十階。
さっき。
ランニングしていた一ノ瀬くん。
仕事中とは。
全然違った。
十一階。
十二階。
扉が開く。
「……」
部屋へ戻る。
靴を脱ぐ。
鞄を置く。
静かな部屋。
ソファへ座る。
「……好きじゃない」
誰もいないのに。
声に出した。
好きじゃない。
一ノ瀬くんは。
十歳下の後輩。
それだけ。
「……」
なのに。
友達に聞かれたとき。
好きじゃない。
より先に。
出てきた言葉。
『十歳下だから』
「……」
顔を手で覆う。
もし。
一ノ瀬くんが。
二十四歳じゃなかったら。
もし。
私と。
同い年だったら。
今日。
友達に聞かれたとき。
私は。
何て答えていたんだろう。
「……やめよ」
考えるのをやめる。
まだ。
何も始まっていない。
一ノ瀬くんが。
私をどう思っているのかも知らない。
私だって。
自分がどう思っているのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
昨日より。
はっきりしてしまったことがある。
私は。
一ノ瀬くんが。
十歳下であることを。
気にしている。
それは。
ただの後輩なら。
きっと。
気にする必要なんてないことだった。
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