十年前なら、あなたを好きになれたのに。―10歳下の後輩に本気で恋をしました―

第31話 二次会

第31話 二次会
カラオケに着いたのは。
二十二時半を少し過ぎた頃だった。
「広い!」
「七人ならこれくらいでしょ」
「ソファめっちゃある」
「主任、奥どうぞ」
「なんで?」
「主任だから」
「飲み会でまで主任扱いしないで」
笑いながら。
みんなが順番に部屋へ入る。
俺も。
最後に入った。
「一ノ瀬さん、ドリンク頼みましょうよ」
「何飲む?」
「ハイボール」
「まだ飲むの?」
「明日休みですよ?」
「それ今日何回聞いたんだろ」
「魔法の言葉です」
一軒目で。
かなり飲んでいる。
それでも。
誰も帰ろうとしない。
むしろ。
二軒目に入って。
さらにテンションが上がっている。
「主任は?」
後輩が聞く。
「んー」
主任が。
メニューを見る。
「レモンサワー」
「まだ飲むんですか?」
俺が言う。
主任が。
こっちを見る。
「飲むよ」
「水は?」
「さっき飲んだ」
「一杯だけ」
「十分」
「十分じゃないです」
「一ノ瀬くん」
「はい」
「今日は楽しむ日」
「分かってますけど」
「じゃあ一ノ瀬くんも飲みなよ」
「飲んでます」
「もっと」
「主任に付き合ったら俺まで潰れます」
「大丈夫」
「その大丈夫が怖いんですって」
主任が。
笑う。
「じゃあレモンサワー」
「はいはい」
注文する。
曲を入れる。
「最初誰!?」
「一ノ瀬さん!」
「俺?」
「新人だから」
「もう新人扱いやめてくれない?」
「婚礼部では新人です」
「主任と同じこと言うなぁ」
「一ノ瀬くん、歌って」
主任まで。
こっちを見る。
「主任も言うんですか?」
「聞きたい」
「……」
その一言だけで。
断れなくなる。
「何歌えばいいです?」
「何でも」
「一番困るやつ」
「得意なの」
「じゃあ適当に」
曲を入れる。
前奏。
マイクを持つ。
「一ノ瀬さん歌えるんですね」
「まだ歌ってないけど」
「絶対うまそう」
「ハードル上げんなって」
歌い始める。
全員。
普通に盛り上がる。
「うま!」
「一ノ瀬さん普通にうまい」
「何、その普通」
「主任の普通とは違います」
「何で私」
笑い声。
曲を歌いながら。
ふと。
主任を見る。
ソファに座って。
楽しそうに。
手拍子している。
目が合った。
主任が。
親指を立てる。
「……」
何だよ。
それ。
普通に。
嬉しいじゃん。
歌い終わる。
「ありがとうございました」
「うまかったー」
「主任どうでした?」
「なんで私に聞くの」
「教育係だから」
「歌まで教育しないよ」
「で?」
主任が。
俺を見る。
「上手だったよ」
「……どうも」
「一ノ瀬さん顔赤」
「飲んでるから」
「まだ歌っただけですよ」
「うるさい」
「じゃあ次主任!」
「え、私?」
「はい!」
「嫌だ」
「入れました」
「勝手に!?」
イントロが流れる。
主任が。
画面を見る。
「これ知らないって」
「絶対知ってます」
「サビしか分かんない」
「サビだけでも!」
「もう……」
主任が。
マイクを持つ。
歌い始める。
「……」
思ったより。
上手い。
いや。
普通に。
上手い。
「主任、歌えるじゃないですか!」
「久しぶりだから無理」
「全然いけますって」
「一ノ瀬さんどうです?」
また。
俺?
「……うまいです」
「何その間」
主任が。
笑いながらこっちを見る。
「正直」
「ほんと?」
「ほんとです」
「じゃあもうちょっと歌おうかな」
「歌ってください」
自然に。
出た。
主任が。
少し笑う。
「分かった」
曲が進む。
一軒目より。
さらに。
みんなの距離が近い。
仕事の話なんて。
ほとんどしない。
曲。
酒。
笑い声。
「乾杯!」
何回目かも。
分からない。
主任も。
かなり楽しそうだった。
「暑い」
主任が。
手で顔を扇ぐ。
上着は。
一軒目から着ていない。
髪も。
結んだまま。
「主任、暑いですか?」
「暑い」
「飲んでるからですよ」
「この部屋暑くない?」
「エアコン下げます?」
「お願い」
後輩が。
リモコンを取る。
主任は。
シャツの襟元に。
指をかけた。
「……」
一軒目から。
第一ボタンは。
外していた。
いや。
いつからだったか。
正確には覚えていない。
たぶん。
上着を脱いだとき。
そして。
「暑っ……」
主任が。
二つ目のボタンを。
外した。
「……」
見るな。
そう思った。
その時点で。
もう。
見てしまっていた。
別に。
露出しているわけじゃない。
シャツ。
普通の。
仕事用。
ただ。
二つ目まで。
ボタンが開いただけ。
少しだけ。
いつもより。
胸元が見える。
それだけ。
「……」
視線を。
テレビへ戻す。
何やってんだ。
俺。
「一ノ瀬さん」
「……何?」
「次入れてくださいよ」
「何?」
「曲」
「ああ」
「ぼーっとしてました?」
「してない」
「顔赤い」
「飲んでるから」
「今日それ何回言うんですか」
「知らない」
隣で。
後輩が笑う。
「一ノ瀬さん意外と弱い?」
「弱くない」
「主任より?」
「それ基準にするな」
「主任まだ元気ですよ」
「それが怖い」
向かいを見る。
主任が。
後輩と一緒に。
選曲端末を見ている。
笑ってる。
別に。
何も気にしてない。
当たり前。
自分で。
暑いから。
ボタンを開けただけ。
俺が。
勝手に意識しているだけ。
「……」
頼むから。
もう一個は。
開けないでくれ。
「一ノ瀬くん」
「……はい」
呼ばれる。
見る。
主任が。
こっちへ手招きしている。
「何ですか?」
「次何歌う?」
「俺?」
「うん」
「まだ決めてないです」
「一緒に見よ」
「……」
主任が。
隣の空いている場所を。
軽く叩く。
「ここ」
「……はい」
行く。
座る。
近い。
「何歌える?」
「何でもいいですよ」
「またそれ」
「主任が選んでください」
「じゃあこれ」
「古くないですか?」
「知ってるでしょ」
「知ってますけど」
「じゃあ歌える」
「強引」
主任が。
笑う。
選曲端末を。
二人で見る。
「……」
近い。
肩。
ほとんど。
触れている。
しかも。
また。
いい匂い。
「……」
仕事中。
主任が。
俺のパソコンを覗き込んだ。
あのときも。
この匂いがした。
今日は。
それ以上に。
意識する。
というか。
今は。
場所が悪い。
視線を。
下げられない。
主任のシャツ。
二つ目まで。
開いている。
「……」
どこ見ればいいんだよ。
「一ノ瀬くん」
「はい」
「これ知ってる?」
「知ってます」
「じゃあこれ」
「はい」
「何?」
「何がです?」
「今日ほんと変」
「変じゃないです」
「さっきから全然こっち見ない」
「……」
「何?」
主任が。
顔を覗き込んでくる。
「……主任」
「何?」
近い。
マジで。
近い。
「近いです」
「え?」
「いや」
「何が?」
「何でもないです」
「酔った?」
「主任に言われたくないです」
「私はまだ大丈夫」
「そのまだが怖いんですよ」
「一ノ瀬くん顔赤い」
「酒です」
「ほんと?」
主任が。
俺の顔を。
近くから見る。
「……」
やめて。
本当に。
「熱ない?」
「ないです」
「触る?」
「触らなくていいです」
反射的に。
言った。
主任が。
目を丸くする。
「そんな拒否する?」
「違います」
「じゃあ何?」
「酒です」
「また?」
「酒なんです」
「変なの」
主任が。
笑って離れる。
「……」
助かった。
「一ノ瀬さん!」
向こうから。
後輩の声。
「次入れましたよ!」
「何?」
「デュエット」
「誰と?」
「主任」
「は?」
「え?」
主任も。
同時に声を出す。
「なんで私?」
「二人で歌ってくださいよ」
「嫌」
「俺も嫌」
「息ぴったり」
「違う」
「何ですかその拒否」
「だって知らない曲だったら無理」
「知ってますって」
イントロ。
主任が。
「あ」
「知ってます?」
「知ってる」
「じゃあ歌えますね」
「一ノ瀬くんは?」
「……知ってます」
「決まりー!」
マイクを。
一本ずつ渡される。
「……」
何だこれ。
主任が。
俺を見る。
「歌える?」
「たぶん」
「間違えたらごめん」
「俺もです」
曲が始まる。
交互に。
歌う。
サビ。
二人。
声を合わせる。
「……」
何で。
こんなことまで。
嬉しいんだ。
主任が。
横で歌っている。
近い。
笑ってる。
たまに。
歌詞を間違えて。
「あ」
って笑う。
それだけで。
楽しい。
曲が終わる。
「二人うまー!」
「めっちゃ合ってた」
「もう一曲!」
「嫌」
主任が。
即答する。
「何で?」
「恥ずかしい」
「主任恥ずかしがるんだ」
俺が言う。
主任が。
こっちを見る。
「恥ずかしがるよ」
「意外」
「何だと思ってるの」
「何でもできる人」
「できないことあるよ」
「例えば?」
「……」
主任が。
少し考える。
「いっぱい」
「適当」
「ほんと」
「じゃあ今度教えてください」
「何を?」
「できないこと」
「なんで」
「知りたいから」
「……」
主任が。
一瞬。
止まる。
「教育?」
「……」
俺も。
止まる。
「話の流れです」
「それ私の」
「借りました」
主任が。
少し笑う。
「ずる」
「主任がいつも使うからです」
次の曲。
誰かが歌い始める。
また。
飲む。
時間が過ぎる。
二十三時。
零時。
「まだ行ける人ー!」
「はーい!」
「主任?」
「行ける!」
「主任」
「何?」
「水」
「飲んだ」
「いつ?」
「さっき」
「どれ?」
「……」
「飲んでないですね」
「バレた?」
「バレます」
水を渡す。
今度は。
素直に飲む。
「ほんと一ノ瀬さんの言うことだけ聞く」
また。
言われる。
「違うって」
主任が。
言う。
「一ノ瀬くんしつこいから」
「ひど」
「でも飲んでるじゃないですか」
「喉乾いたから」
「はいはい」
みんなが。
笑う。
俺も。
笑う。
でも。
少し。
気になる。
主任のペース。
今日は。
前よりは。
大丈夫そう。
会話も。
ちゃんとしている。
歩けなくなるほどではない。
でも。
かなり。
酔っている。
「主任」
「なに?」
「三次会どうするんですか?」
「行く」
即答。
「大丈夫?」
「行く」
「二回答えなくていいです」
「明日休み」
「知ってます」
「明後日も」
「それも」
「じゃあ行ける」
「理屈になってない」
「一ノ瀬くんは?」
「行きます」
「じゃあ決まり」
「俺基準?」
「うん」
「……」
その答えが。
少し。
嬉しい。
零時半。
二次会終了。
「楽しかったー!」
カラオケを出る。
「三次会どうする!?」
「行く人ー!」
全員。
とは。
いかなかった。
「私帰ります」
「私もさすがに」
二人。
離脱。
残ったのは。
五人。
主任。
俺。
後輩三人。
「五人ならどこ行く?」
「バー?」
「もう一軒居酒屋?」
「お腹いっぱい」
「じゃあバー行きましょうよ」
「主任?」
「行く」
「即答」
主任が。
笑う。
外の空気。
カラオケより。
ずっと涼しい。
「涼しいー」
主任が。
言う。
上着は。
腕にかけたまま。
シャツのボタンは。
二つ目まで。
開いたまま。
髪も。
結んだまま。
「……」
また。
見てしまう。
「一ノ瀬くん」
「はい?」
「何?」
「何がです?」
「さっきから見てない?」
「見てないです」
「ほんと?」
「ほんと」
「ならいいけど」
前を向く。
危な。
好きだと。
気づいて。
まだ。
二日。
なのに。
こんなに。
分かりやすくなるものなのか。
「一ノ瀬さん」
後輩が。
俺の横へ来る。
「何?」
小声。
「今日、主任のことめっちゃ見てますよね」
「……」
「やっぱり?」
「何が」
「いや?」
「違うから」
「まだ何も言ってないです」
「……」
後輩が。
笑う。
「分かりやす」
「うるさい」
「主任には言わないであげます」
「何を」
「さあ?」
そのまま。
前へ行く。
「……」
絶対。
何か。
バレてる。
少し前。
主任は。
友達に。
俺の話をしていた。
婚礼部でも。
後輩に。
俺が主任を見すぎだと言われた。
もしかしたら。
自分たちが思っているより。
周りから見れば。
分かりやすいのかもしれない。
「一ノ瀬くん!」
前から。
主任が呼ぶ。
「何ですか?」
「三次会置いてくよ」
「今行きます」
走るほどでもない距離を。
少しだけ早足で。
追いつく。
「遅い」
「またそれ」
「早く」
「はいはい」
主任の隣を。
歩く。
三次会。
もう。
日付は変わっている。
普通なら。
疲れている。
帰ってもいい。
それなのに。
「……」
まだ。
主任と。
一緒にいられる。
そのことが。
やっぱり。
嬉しかった。
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