十年前なら、あなたを好きになれたのに。―10歳下の後輩に本気で恋をしました―
第33話 朝
第33話 朝
頭が。
痛い。
「……ん」
喉も。
乾いてる。
重い瞼を。
ゆっくり開ける。
「……」
見慣れた天井。
家。
自分の部屋。
「……帰ってきたんだ」
そこまでは。
分かる。
昨日は。
婚礼部のみんなで飲みに行った。
一軒目。
居酒屋。
二軒目。
カラオケ。
三軒目。
「……」
三軒目。
行った。
そこまでは。
覚えてる。
みんなで。
飲んで。
喋って。
笑って。
楽しかった。
すごく。
楽しかった。
それから。
「……そのあと?」
分からない。
記憶が。
ない。
「……」
また。
やった。
「……最悪」
前にも。
同じことしたのに。
今回は大丈夫って。
あれだけ言ったのに。
「……もう飲まない」
たぶん。
次も。
言う。
身体を起こそうとして。
「……?」
右手が。
動かなかった。
何かに。
引っかかっている。
「……」
見る。
私の手。
その先。
「…………え?」
ソファの横。
床。
一ノ瀬くんが。
寝ていた。
「…………」
理解するまで。
数秒。
かかった。
「…………え?」
もう一度。
声が出た。
一ノ瀬くん。
なんで。
私の家にいるの?
「……」
寝てる。
完全に。
寝てる。
床に座ったまま。
ソファに。
身体を預けて。
「……なんで?」
そして。
もう一つ。
もっと。
分からないこと。
「……」
手。
繋いでる。
私と。
一ノ瀬くんが。
「…………は?」
一気に。
目が覚めた。
「待って」
小さな声で。
呟く。
待って。
落ち着いて。
昨日。
一軒目。
覚えてる。
二軒目。
カラオケ。
覚えてる。
一ノ瀬くんと。
歌った。
みんなで。
騒いだ。
飲んだ。
三軒目。
行った。
そこから。
「……」
どうやって。
帰った?
「…………覚えてない」
嫌な汗が。
出る。
もう一度。
一ノ瀬くんを見る。
私の家。
朝。
一ノ瀬くん。
床。
私。
ソファ。
手。
繋いでる。
「…………」
いや。
待って。
本当に。
待って。
恐る恐る。
自分を見る。
昨日着ていた。
シャツ。
そのまま。
スカートも。
昨日のまま。
「……」
服は。
ちゃんと着てる。
身体も。
確認する。
特に。
変なところはない。
痛いところも。
ない。
違和感も。
ない。
「……大丈夫、だよね?」
小さく。
呟く。
もう一度。
一ノ瀬くんを見る。
一ノ瀬くんは。
床。
私は。
ソファ。
そもそも。
何かあったなら。
こんな状態で。
寝てるわけない。
「……」
大丈夫。
何も。
ない。
たぶん。
「……たぶんじゃ困るんだけど」
でも。
何もなかった。
そう考えるのが。
一番自然。
少しだけ。
息を吐く。
「……よかった」
そこで。
気づく。
シャツ。
「……」
ボタン。
二つ。
開いてる。
「…………」
待って。
これ。
いつから?
一軒目?
違う。
上着を脱いだのは。
覚えてる。
カラオケ。
暑くて。
「……」
開けた。
自分で。
開けた。
「…………」
一ノ瀬くん。
見た?
「……っ」
反射的に。
胸元を。
手で押さえる。
何で。
そこが。
今。
一番気になるの。
「……別に」
見えてたって。
少しだけ。
普通のシャツ。
何も。
変じゃない。
「……」
でも。
一ノ瀬くんに。
見られたかもしれない。
そう考えたら。
急に。
恥ずかしくなる。
「……何考えてるんだろ、私」
ボタンを。
一つ。
留める。
もう一つ。
留めようとして。
「……」
手。
まだ。
繋いでる。
「…………」
そうだった。
こっちの方が。
問題。
何で。
繋いでるの?
一ノ瀬くんから?
私から?
「……」
分からない。
昨日の記憶。
本当に。
どこまでないんだろう。
そっと。
手を。
離そうとする。
「……」
一ノ瀬くんの指が。
少し動く。
ぎゅ。
「……っ」
握られた。
「…………」
心臓が。
跳ねた。
「……え?」
寝てる。
一ノ瀬くんは。
寝てる。
たぶん。
無意識。
なのに。
「……」
手。
大きい。
私の手が。
すっぽり。
入ってる。
「……」
何で。
そんなこと。
今まで。
気にしたことなかったのに。
一ノ瀬くんの顔を見る。
寝ている。
仕事中みたいに。
笑ってない。
いつもの。
少し生意気そうな顔でもない。
「……」
寝てると。
なんか。
違う。
いつもより。
大人っぽく見える。
「……」
十歳下。
後輩。
私が。
教育係。
分かってる。
分かってるのに。
「……」
昨日から。
何か。
変。
私も。
一ノ瀬くんも。
「……」
いや。
一ノ瀬くんは。
関係ない。
私が。
変なだけ。
もう一度。
手を見る。
まだ。
握られてる。
「……一ノ瀬くん」
小さく。
呼ぶ。
「……」
起きない。
「一ノ瀬くん」
「……ん」
少し。
動く。
でも。
目は。
開かない。
「……」
どうしよう。
起こす?
でも。
こんなところで寝てたら。
身体痛くなる。
というか。
なんで。
床で寝てるの?
「……」
そこも。
覚えてない。
私が。
何かした?
「……」
嫌な予感しかしない。
前回も。
迷惑かけた。
今回も。
絶対。
何か。
迷惑かけてる。
「……ごめん」
まだ。
寝ている一ノ瀬くんに。
小さく言う。
すると。
「……主任」
「……っ」
声。
寝言?
「一ノ瀬くん?」
「……」
また。
静かになる。
「……」
びっくりした。
心臓に。
悪い。
「……」
それにしても。
手。
どうしよう。
起こすまで。
このまま?
「……」
普通なら。
離す。
絶対。
離す。
なのに。
「……」
もう少しだけ。
このままでも。
いいかな。
そう思った自分に。
「…………は?」
今度は。
自分で。
声が出た。
何。
今の。
「……違う」
何が違うのか。
自分でも。
分からない。
ただ。
一ノ瀬くんを。
起こすまで。
ほんの少しだけ。
このままでいることにした。
理由は。
「……」
分からない。
分からないことに。
しておいた。
…………………………………………
「……」
起きない。
本当に。
起きない。
さっきから。
何度。
名前を呼んだか。
肩も。
揺らした。
少し強めにも。
揺らした。
それでも。
一ノ瀬くんは。
床に座ったまま。
ソファに身体を預けて。
ぐっすり。
寝ている。
「……」
逆に。
こんな寝れるもんなの?
ちょっと。
心配になってくる。
「一ノ瀬くん」
「……」
「朝だよ」
「……」
「一ノ瀬くん」
「……ん」
「あ」
「……」
「…………」
また。
寝た。
「すご」
思わず。
声が出た。
ここまで起きないと。
逆に。
感心する。
「……昨日何時まで飲んだっけ」
時計を見る。
そこから。
記憶を辿る。
三次会。
かなり遅かった。
たぶん。
一ノ瀬くんも。
結構飲んでいた。
そのあと。
私を。
ここまで送って。
「……」
たぶん。
何かあって。
家の中まで。
入ることになった。
それで。
この状態。
「……そりゃ疲れるか」
私のせい。
なんだろうな。
たぶん。
いや。
ほぼ確実に。
「……ごめん」
寝ている一ノ瀬くんに。
もう一度。
小さく謝る。
「……」
でも。
このままじゃ。
何もできない。
問題は。
手。
まだ。
繋いでる。
「……一ノ瀬くん」
返事なし。
「手、離すよ」
もちろん。
返事なし。
そっと。
指を動かす。
「……」
握られてる。
意外と。
しっかり。
「ちょっと……」
一本ずつ。
ゆっくり。
指を外す。
「……」
途中。
一ノ瀬くんの手が。
また。
少し動く。
「っ」
握られそうになって。
慌てて。
手を抜く。
「……」
離れた。
「…………」
何だろう。
やっと。
離せたのに。
少しだけ。
手が。
寂しい。
「……いやいや」
何考えてるの。
立ち上がる。
まず。
シャワー。
昨日のままの服。
髪も。
そのまま。
化粧も。
ちゃんと落とせてない。
「……最悪」
一ノ瀬くんが。
いる。
改めて。
その事実が。
恥ずかしくなる。
「……寝てるよね?」
見る。
寝てる。
全然。
起きる気配なし。
「……」
シャワー。
浴びよ。
洗面所へ向かう。
いつものように。
浴室へ入ろうとして。
止まる。
「……」
鍵。
普段。
閉めない。
当たり前。
一人暮らし。
家に。
自分しかいないから。
閉める意味がない。
でも。
今日は。
リビングに。
男の人がいる。
「……」
一ノ瀬くん。
だけど。
「……」
もう一度。
リビングを見る。
寝てる。
めちゃくちゃ。
寝てる。
たぶん。
今。
隣で掃除機かけても。
起きないんじゃないかな。
「……でも」
一応。
念のため。
鍵を。
閉める。
カチャ。
「……」
何で。
こんなことで。
緊張してるんだろう。
シャワーを浴びる。
熱いお湯。
顔を洗う。
髪を洗う。
「……」
不思議。
さっきまで。
あんなに頭痛かったのに。
今。
ほとんど。
気にならない。
二日酔い。
治った?
「……違うか」
一ノ瀬くんが。
家にいた。
衝撃。
たぶん。
あれで。
全部。
吹き飛んだ。
「……」
朝起きて。
自分の家に。
十歳下の後輩がいて。
手を繋いで寝てる。
そりゃ。
二日酔いどころじゃない。
「……何があったんだろ」
聞くしか。
ない。
一ノ瀬くんが。
起きたら。
昨日。
何があったのか。
全部。
聞こう。
「……」
全部。
聞いて。
大丈夫かな。
ちょっと。
怖い。
シャワーを終える。
身体を拭いて。
部屋着に着替える。
髪を乾かす。
洗面所から。
そっと。
リビングを見る。
「……」
まだ。
寝てる。
「嘘でしょ」
思わず。
笑ってしまう。
「ほんとに起きないじゃん」
近づく。
「一ノ瀬くん」
「……」
「シャワー終わったよ」
「……」
何を。
報告してるんだろう。
私。
「……」
起きない。
「もういいや」
諦める。
時計を見る。
お腹。
空いた。
「……何か食べよ」
冷蔵庫を開ける。
卵。
少し。
野菜。
昨日買っておいたパン。
「……」
一人なら。
パンだけでいい。
でも。
見る。
一ノ瀬くん。
「……」
起きたら。
お腹空いてるよね。
三次会まで。
飲んでたし。
私を。
送ってくれたみたいだし。
「……作るか」
簡単に。
朝ごはんを作る。
卵を焼いて。
サラダ。
パン。
スープ。
本当に。
軽いもの。
二人分。
「……」
途中で。
気づく。
私。
普通に。
一ノ瀬くんの分まで。
作ってる。
「……まあ」
送ってくれた。
お礼。
そう。
お礼。
それだけ。
フライパンから。
音がする。
「……」
これでも。
起きない。
「すごいな」
本当に。
どれだけ寝るの。
料理をしながら。
スマホを見る。
通知。
「……」
いっぱい。
来てる。
婚礼部の。
グループチャット。
開く。
『みんな生きてるー?』
『生きてます』
『頭痛い』
『私今起きた』
『三次会組大丈夫?』
『私は無事帰宅しました』
『主任は?』
『主任生きてますかー?』
『一ノ瀬さんも反応ない』
「……」
止まる。
一ノ瀬くんも。
そりゃ。
反応ない。
私の目の前で。
寝てるから。
『昨日最後どうなったんでしたっけ?』
『一ノ瀬さんが主任連れて帰った』
『また一ノ瀬さんに任せちゃった笑』
『主任ちゃんと家着いたかな』
『二人とも生存確認できてません』
『まさか二人ともまだ寝てる?』
「……」
目の前を見る。
一ノ瀬くん。
寝てる。
「……正解」
私も。
ついさっきまで。
寝てた。
スマホに。
文字を打つ。
『生きてるよ』
送信。
すぐ。
既読。
『主任!!』
『生きてた!』
『よかったー』
『二日酔い大丈夫ですか?』
『昨日また結構飲んでましたよ笑』
『一ノ瀬さんは?』
「…………」
指が。
止まる。
「……」
何て。
返す?
一ノ瀬くん。
います。
私の家に。
そこで。
寝てます。
「…………」
言えるわけ。
ない。
同じマンションに住んでいることすら。
みんな。
知らない。
なのに。
朝。
私の部屋に。
一ノ瀬くんがいる。
なんて。
言ったら。
「……」
絶対。
面倒なことになる。
『一ノ瀬さん無事に帰れたんですか?』
さらに。
来る。
「……」
目の前を見る。
無事。
なのかな。
一応。
寝てる。
『昨日送ってもらったよ。私は大丈夫』
送信。
嘘では。
ない。
一ノ瀬くんが。
帰ったとは。
言ってない。
『さすが一ノ瀬さん』
『また介抱されてる笑』
『主任ほんと一ノ瀬さんに迷惑かけすぎですよ』
「……」
それは。
本当に。
そう。
『反省してます』
送る。
『絶対してない笑』
『次も飲むやつ』
『また一ノ瀬さん係ですね』
「……一ノ瀬さん係って何」
小さく。
呟く。
そして。
次のメッセージ。
『てか一ノ瀬さん全然既読つかないけど大丈夫かな』
「……」
見る。
一ノ瀬くん。
「大丈夫」
たぶん。
「めちゃくちゃ寝てる」
もちろん。
それは。
送らない。
スマホを。
テーブルに置く。
朝ごはん。
完成。
二人分。
並べる。
「……」
改めて。
変な光景。
休日の朝。
自分の家。
二人分の朝ごはん。
そして。
ソファの横で。
寝ている。
一ノ瀬くん。
「……」
昨日まで。
こんな朝になるなんて。
考えもしなかった。
というか。
普通。
考えない。
「一ノ瀬くん」
もう一度。
呼ぶ。
「朝ごはんできたよ」
「……」
起きない。
「……」
笑ってしまう。
「どんだけ寝るの」
二日酔いは。
いつの間にか。
完全に。
どうでもよくなっていた。
今。
私の頭にあるのは。
この。
全然起きない後輩を。
どうやって。
起こすか。
それだけだった。
頭が。
痛い。
「……ん」
喉も。
乾いてる。
重い瞼を。
ゆっくり開ける。
「……」
見慣れた天井。
家。
自分の部屋。
「……帰ってきたんだ」
そこまでは。
分かる。
昨日は。
婚礼部のみんなで飲みに行った。
一軒目。
居酒屋。
二軒目。
カラオケ。
三軒目。
「……」
三軒目。
行った。
そこまでは。
覚えてる。
みんなで。
飲んで。
喋って。
笑って。
楽しかった。
すごく。
楽しかった。
それから。
「……そのあと?」
分からない。
記憶が。
ない。
「……」
また。
やった。
「……最悪」
前にも。
同じことしたのに。
今回は大丈夫って。
あれだけ言ったのに。
「……もう飲まない」
たぶん。
次も。
言う。
身体を起こそうとして。
「……?」
右手が。
動かなかった。
何かに。
引っかかっている。
「……」
見る。
私の手。
その先。
「…………え?」
ソファの横。
床。
一ノ瀬くんが。
寝ていた。
「…………」
理解するまで。
数秒。
かかった。
「…………え?」
もう一度。
声が出た。
一ノ瀬くん。
なんで。
私の家にいるの?
「……」
寝てる。
完全に。
寝てる。
床に座ったまま。
ソファに。
身体を預けて。
「……なんで?」
そして。
もう一つ。
もっと。
分からないこと。
「……」
手。
繋いでる。
私と。
一ノ瀬くんが。
「…………は?」
一気に。
目が覚めた。
「待って」
小さな声で。
呟く。
待って。
落ち着いて。
昨日。
一軒目。
覚えてる。
二軒目。
カラオケ。
覚えてる。
一ノ瀬くんと。
歌った。
みんなで。
騒いだ。
飲んだ。
三軒目。
行った。
そこから。
「……」
どうやって。
帰った?
「…………覚えてない」
嫌な汗が。
出る。
もう一度。
一ノ瀬くんを見る。
私の家。
朝。
一ノ瀬くん。
床。
私。
ソファ。
手。
繋いでる。
「…………」
いや。
待って。
本当に。
待って。
恐る恐る。
自分を見る。
昨日着ていた。
シャツ。
そのまま。
スカートも。
昨日のまま。
「……」
服は。
ちゃんと着てる。
身体も。
確認する。
特に。
変なところはない。
痛いところも。
ない。
違和感も。
ない。
「……大丈夫、だよね?」
小さく。
呟く。
もう一度。
一ノ瀬くんを見る。
一ノ瀬くんは。
床。
私は。
ソファ。
そもそも。
何かあったなら。
こんな状態で。
寝てるわけない。
「……」
大丈夫。
何も。
ない。
たぶん。
「……たぶんじゃ困るんだけど」
でも。
何もなかった。
そう考えるのが。
一番自然。
少しだけ。
息を吐く。
「……よかった」
そこで。
気づく。
シャツ。
「……」
ボタン。
二つ。
開いてる。
「…………」
待って。
これ。
いつから?
一軒目?
違う。
上着を脱いだのは。
覚えてる。
カラオケ。
暑くて。
「……」
開けた。
自分で。
開けた。
「…………」
一ノ瀬くん。
見た?
「……っ」
反射的に。
胸元を。
手で押さえる。
何で。
そこが。
今。
一番気になるの。
「……別に」
見えてたって。
少しだけ。
普通のシャツ。
何も。
変じゃない。
「……」
でも。
一ノ瀬くんに。
見られたかもしれない。
そう考えたら。
急に。
恥ずかしくなる。
「……何考えてるんだろ、私」
ボタンを。
一つ。
留める。
もう一つ。
留めようとして。
「……」
手。
まだ。
繋いでる。
「…………」
そうだった。
こっちの方が。
問題。
何で。
繋いでるの?
一ノ瀬くんから?
私から?
「……」
分からない。
昨日の記憶。
本当に。
どこまでないんだろう。
そっと。
手を。
離そうとする。
「……」
一ノ瀬くんの指が。
少し動く。
ぎゅ。
「……っ」
握られた。
「…………」
心臓が。
跳ねた。
「……え?」
寝てる。
一ノ瀬くんは。
寝てる。
たぶん。
無意識。
なのに。
「……」
手。
大きい。
私の手が。
すっぽり。
入ってる。
「……」
何で。
そんなこと。
今まで。
気にしたことなかったのに。
一ノ瀬くんの顔を見る。
寝ている。
仕事中みたいに。
笑ってない。
いつもの。
少し生意気そうな顔でもない。
「……」
寝てると。
なんか。
違う。
いつもより。
大人っぽく見える。
「……」
十歳下。
後輩。
私が。
教育係。
分かってる。
分かってるのに。
「……」
昨日から。
何か。
変。
私も。
一ノ瀬くんも。
「……」
いや。
一ノ瀬くんは。
関係ない。
私が。
変なだけ。
もう一度。
手を見る。
まだ。
握られてる。
「……一ノ瀬くん」
小さく。
呼ぶ。
「……」
起きない。
「一ノ瀬くん」
「……ん」
少し。
動く。
でも。
目は。
開かない。
「……」
どうしよう。
起こす?
でも。
こんなところで寝てたら。
身体痛くなる。
というか。
なんで。
床で寝てるの?
「……」
そこも。
覚えてない。
私が。
何かした?
「……」
嫌な予感しかしない。
前回も。
迷惑かけた。
今回も。
絶対。
何か。
迷惑かけてる。
「……ごめん」
まだ。
寝ている一ノ瀬くんに。
小さく言う。
すると。
「……主任」
「……っ」
声。
寝言?
「一ノ瀬くん?」
「……」
また。
静かになる。
「……」
びっくりした。
心臓に。
悪い。
「……」
それにしても。
手。
どうしよう。
起こすまで。
このまま?
「……」
普通なら。
離す。
絶対。
離す。
なのに。
「……」
もう少しだけ。
このままでも。
いいかな。
そう思った自分に。
「…………は?」
今度は。
自分で。
声が出た。
何。
今の。
「……違う」
何が違うのか。
自分でも。
分からない。
ただ。
一ノ瀬くんを。
起こすまで。
ほんの少しだけ。
このままでいることにした。
理由は。
「……」
分からない。
分からないことに。
しておいた。
…………………………………………
「……」
起きない。
本当に。
起きない。
さっきから。
何度。
名前を呼んだか。
肩も。
揺らした。
少し強めにも。
揺らした。
それでも。
一ノ瀬くんは。
床に座ったまま。
ソファに身体を預けて。
ぐっすり。
寝ている。
「……」
逆に。
こんな寝れるもんなの?
ちょっと。
心配になってくる。
「一ノ瀬くん」
「……」
「朝だよ」
「……」
「一ノ瀬くん」
「……ん」
「あ」
「……」
「…………」
また。
寝た。
「すご」
思わず。
声が出た。
ここまで起きないと。
逆に。
感心する。
「……昨日何時まで飲んだっけ」
時計を見る。
そこから。
記憶を辿る。
三次会。
かなり遅かった。
たぶん。
一ノ瀬くんも。
結構飲んでいた。
そのあと。
私を。
ここまで送って。
「……」
たぶん。
何かあって。
家の中まで。
入ることになった。
それで。
この状態。
「……そりゃ疲れるか」
私のせい。
なんだろうな。
たぶん。
いや。
ほぼ確実に。
「……ごめん」
寝ている一ノ瀬くんに。
もう一度。
小さく謝る。
「……」
でも。
このままじゃ。
何もできない。
問題は。
手。
まだ。
繋いでる。
「……一ノ瀬くん」
返事なし。
「手、離すよ」
もちろん。
返事なし。
そっと。
指を動かす。
「……」
握られてる。
意外と。
しっかり。
「ちょっと……」
一本ずつ。
ゆっくり。
指を外す。
「……」
途中。
一ノ瀬くんの手が。
また。
少し動く。
「っ」
握られそうになって。
慌てて。
手を抜く。
「……」
離れた。
「…………」
何だろう。
やっと。
離せたのに。
少しだけ。
手が。
寂しい。
「……いやいや」
何考えてるの。
立ち上がる。
まず。
シャワー。
昨日のままの服。
髪も。
そのまま。
化粧も。
ちゃんと落とせてない。
「……最悪」
一ノ瀬くんが。
いる。
改めて。
その事実が。
恥ずかしくなる。
「……寝てるよね?」
見る。
寝てる。
全然。
起きる気配なし。
「……」
シャワー。
浴びよ。
洗面所へ向かう。
いつものように。
浴室へ入ろうとして。
止まる。
「……」
鍵。
普段。
閉めない。
当たり前。
一人暮らし。
家に。
自分しかいないから。
閉める意味がない。
でも。
今日は。
リビングに。
男の人がいる。
「……」
一ノ瀬くん。
だけど。
「……」
もう一度。
リビングを見る。
寝てる。
めちゃくちゃ。
寝てる。
たぶん。
今。
隣で掃除機かけても。
起きないんじゃないかな。
「……でも」
一応。
念のため。
鍵を。
閉める。
カチャ。
「……」
何で。
こんなことで。
緊張してるんだろう。
シャワーを浴びる。
熱いお湯。
顔を洗う。
髪を洗う。
「……」
不思議。
さっきまで。
あんなに頭痛かったのに。
今。
ほとんど。
気にならない。
二日酔い。
治った?
「……違うか」
一ノ瀬くんが。
家にいた。
衝撃。
たぶん。
あれで。
全部。
吹き飛んだ。
「……」
朝起きて。
自分の家に。
十歳下の後輩がいて。
手を繋いで寝てる。
そりゃ。
二日酔いどころじゃない。
「……何があったんだろ」
聞くしか。
ない。
一ノ瀬くんが。
起きたら。
昨日。
何があったのか。
全部。
聞こう。
「……」
全部。
聞いて。
大丈夫かな。
ちょっと。
怖い。
シャワーを終える。
身体を拭いて。
部屋着に着替える。
髪を乾かす。
洗面所から。
そっと。
リビングを見る。
「……」
まだ。
寝てる。
「嘘でしょ」
思わず。
笑ってしまう。
「ほんとに起きないじゃん」
近づく。
「一ノ瀬くん」
「……」
「シャワー終わったよ」
「……」
何を。
報告してるんだろう。
私。
「……」
起きない。
「もういいや」
諦める。
時計を見る。
お腹。
空いた。
「……何か食べよ」
冷蔵庫を開ける。
卵。
少し。
野菜。
昨日買っておいたパン。
「……」
一人なら。
パンだけでいい。
でも。
見る。
一ノ瀬くん。
「……」
起きたら。
お腹空いてるよね。
三次会まで。
飲んでたし。
私を。
送ってくれたみたいだし。
「……作るか」
簡単に。
朝ごはんを作る。
卵を焼いて。
サラダ。
パン。
スープ。
本当に。
軽いもの。
二人分。
「……」
途中で。
気づく。
私。
普通に。
一ノ瀬くんの分まで。
作ってる。
「……まあ」
送ってくれた。
お礼。
そう。
お礼。
それだけ。
フライパンから。
音がする。
「……」
これでも。
起きない。
「すごいな」
本当に。
どれだけ寝るの。
料理をしながら。
スマホを見る。
通知。
「……」
いっぱい。
来てる。
婚礼部の。
グループチャット。
開く。
『みんな生きてるー?』
『生きてます』
『頭痛い』
『私今起きた』
『三次会組大丈夫?』
『私は無事帰宅しました』
『主任は?』
『主任生きてますかー?』
『一ノ瀬さんも反応ない』
「……」
止まる。
一ノ瀬くんも。
そりゃ。
反応ない。
私の目の前で。
寝てるから。
『昨日最後どうなったんでしたっけ?』
『一ノ瀬さんが主任連れて帰った』
『また一ノ瀬さんに任せちゃった笑』
『主任ちゃんと家着いたかな』
『二人とも生存確認できてません』
『まさか二人ともまだ寝てる?』
「……」
目の前を見る。
一ノ瀬くん。
寝てる。
「……正解」
私も。
ついさっきまで。
寝てた。
スマホに。
文字を打つ。
『生きてるよ』
送信。
すぐ。
既読。
『主任!!』
『生きてた!』
『よかったー』
『二日酔い大丈夫ですか?』
『昨日また結構飲んでましたよ笑』
『一ノ瀬さんは?』
「…………」
指が。
止まる。
「……」
何て。
返す?
一ノ瀬くん。
います。
私の家に。
そこで。
寝てます。
「…………」
言えるわけ。
ない。
同じマンションに住んでいることすら。
みんな。
知らない。
なのに。
朝。
私の部屋に。
一ノ瀬くんがいる。
なんて。
言ったら。
「……」
絶対。
面倒なことになる。
『一ノ瀬さん無事に帰れたんですか?』
さらに。
来る。
「……」
目の前を見る。
無事。
なのかな。
一応。
寝てる。
『昨日送ってもらったよ。私は大丈夫』
送信。
嘘では。
ない。
一ノ瀬くんが。
帰ったとは。
言ってない。
『さすが一ノ瀬さん』
『また介抱されてる笑』
『主任ほんと一ノ瀬さんに迷惑かけすぎですよ』
「……」
それは。
本当に。
そう。
『反省してます』
送る。
『絶対してない笑』
『次も飲むやつ』
『また一ノ瀬さん係ですね』
「……一ノ瀬さん係って何」
小さく。
呟く。
そして。
次のメッセージ。
『てか一ノ瀬さん全然既読つかないけど大丈夫かな』
「……」
見る。
一ノ瀬くん。
「大丈夫」
たぶん。
「めちゃくちゃ寝てる」
もちろん。
それは。
送らない。
スマホを。
テーブルに置く。
朝ごはん。
完成。
二人分。
並べる。
「……」
改めて。
変な光景。
休日の朝。
自分の家。
二人分の朝ごはん。
そして。
ソファの横で。
寝ている。
一ノ瀬くん。
「……」
昨日まで。
こんな朝になるなんて。
考えもしなかった。
というか。
普通。
考えない。
「一ノ瀬くん」
もう一度。
呼ぶ。
「朝ごはんできたよ」
「……」
起きない。
「……」
笑ってしまう。
「どんだけ寝るの」
二日酔いは。
いつの間にか。
完全に。
どうでもよくなっていた。
今。
私の頭にあるのは。
この。
全然起きない後輩を。
どうやって。
起こすか。
それだけだった。