十年前なら、あなたを好きになれたのに。―10歳下の後輩に本気で恋をしました―

第34話 目覚め

第34話 目覚め
いい匂いがする。
「……」
なんだろ。
これ。
甘い。
というより。
落ち着く匂い。
「……」
どこかで。
嗅いだことがある。
最近。
何度も。
「……」
昨日も。
すごく。
近くで。
「……」
昨日?
ぼんやりした頭の中。
少しずつ。
記憶が戻ってくる。
居酒屋。
カラオケ。
三次会。
主任。
酔った。
主任。
腕。
「……」
柔らかい。
「…………」
いや。
違う。
そこじゃない。
匂い。
この匂い。
昨日。
主任が。
隣に来たとき。
「……主任」
口から。
出る。
「……」
主任。
「……主任?」
自分で言って。
何かが。
引っかかった。
主任?
「…………」
主任。
主任。
「…………はっ」
目を開ける。
「……え?」
知らない天井。
いや。
知らなくは。
ない。
というか。
「…………」
一気に。
昨日の最後が。
戻ってくる。
主任を。
マンションまで送った。
十二階。
部屋の前。
扉を閉めた。
帰ろうとした。
ガタンって。
音がして。
戻ったら。
主任が。
玄関で転んでて。
ソファまで連れてきて。
水を飲ませて。
帰ろうとしたら。
手を。
「……」
自分の右手を見る。
「……離れてる」
昨日。
主任が。
離してくれなかった。
それで。
俺は。
ソファの横に座って。
少しだけ。
目を閉じるつもりで。
「…………寝た?」
時計を見る。
朝。
「…………マジか」
主任の家で。
朝まで。
寝た。
「……」
終わった。
いや。
何もしてない。
何もしてないけど。
普通に。
終わってる。
ゆっくり。
身体を起こす。
「いっ……」
首。
痛い。
腰も。
痛い。
そりゃそうだ。
床で。
ソファにもたれて。
何時間寝たんだ。
「……」
それにしても。
いい匂い。
もう一度。
鼻に入ってくる。
今度は。
分かった。
料理。
「……飯?」
キッチンの方から。
音がする。
誰かが。
いる。
いや。
誰かって。
一人しかいない。
「……主任?」
ゆっくり。
ソファから顔を出す。
「……」
いた。
主任。
昨日とは。
違う服。
髪も。
少し湿っている。
「……」
シャワー。
浴びたんだ。
そこで。
ようやく。
完全に理解する。
朝。
主任の家。
シャワー上がりの主任。
キッチン。
二人分に見える朝ごはん。
そして。
俺。
床。
「…………」
何だ。
この状況。
主任が。
こっちを見る。
「あ」
目が合う。
「起きた」
「……おはようございます」
「おはよう」
「……」
「……」
気まずい。
いや。
主任は。
思ったより普通。
「一ノ瀬くん」
「はい」
「すごいね」
「……何がですか?」
「全然起きなかった」
「え?」
「何回起こしたと思ってるの」
「……起こしたんですか?」
「起こしたよ」
「全然覚えてないです」
「でしょうね」
主任が。
少し笑う。
「肩揺らしても起きないし」
「……すみません」
「名前呼んでも起きないし」
「すみません」
「頬つついても起きないし」
「……」
「何?」
「頬?」
「……」
主任が。
止まる。
「……起きないから」
「俺の頬つついたんですか?」
「起きないから」
「二回言った」
「うるさい」
「……」
何だろう。
朝から。
心臓に悪い。
主任が。
料理へ視線を戻す。
「もうできるから」
「……え?」
「朝ごはん」
「俺の分も?」
「一応」
「……」
「何」
「いや」
朝起きたら。
好きな人が。
シャワーを浴びたあとで。
俺の朝飯を。
作ってる。
「……」
まずい。
何か。
めちゃくちゃ。
まずい。
「一ノ瀬くん?」
「はい」
「またぼーっとしてる」
「今起きたばっかなんで」
「顔洗ってくれば?」
「借りていいんですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
立ち上がる。
その瞬間。
また。
ふわっと。
主任の匂い。
「……」
昨日。
近くに来るたび。
気になった匂い。
今は。
シャワー上がりだからか。
少し。
違う。
「……」
朝から。
これは。
無理だろ。
「一ノ瀬くん」
「はい?」
「どうしたの?」
「何でもないです」
「そう?」
「はい」
主任の横を。
通り過ぎる。
「……」
洗面所。
どこだ。
いや。
その前に。
俺。
昨日。
主任に。
『いかないで』
って。
言われたんだよな。
「……」
覚えてるのかな。
たぶん。
覚えてない。
「……」
聞かない方が。
いいよな。
絶対。
洗面所へ向かいながら。
もう一度。
思う。
主任の家で。
朝を迎えて。
主任が作った朝飯を。
これから。
二人で食べる。
「……」
昨日より。
今日の方が。
死にそうかもしれない。
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