天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
直接会ったことはない。だが、名前だけは忘れられない。父が忌々しげに口にした、その名前だけは。

「どうして、その人が……」

藍衣の姉・朱璃(しゅり)の心を踏みにじり、人生を狂わせた仇とも言うべき男。それが滝沢黎士である。

(よりにもよって、どうしてそんな人が私の結婚相手に……?)

動揺を通り越し、湧き上がってくるこの感情は怒りか絶望か。

拳にぎゅっと力を込め、爪が食い込むほど強く握りしめた。



***



「親である私の承諾もなく勝手に藍衣の結婚を決めるとは、いったいどういう了見ですか!?」

ロイヤルフロアの一室に怒声が響き渡る。郷一郎が父である貞平に詰め寄ったのだ。

「やめなさい、郷一郎。父さんは術後間もないのだから、血圧を上げるような真似はしないで」

慌てて制止したのは、同じく貞平の娘であり郷一郎の姉、奥平一葉(おくひらいちよう)だ。すでに家を出て嫁いでおり、黒芭の姓を離れている。

掴みかかろうとする郷一郎を、身を挺して止める白衣姿の一葉。

彼女は医師だ。循環器を専門とする優秀な内科医で、このロイヤルフロアの治療の全責任を負う統括部長でもある。

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