天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
藍衣は「お疲れ様です、統括部長」と礼儀正しく挨拶すると、彼女の目的は黎士だと踏んで、自分は邪魔にならないよう仕事に戻った。

「看護師たちが探していたわよ。君に食べてもらいたくてクッキーを焼いたんですって」

「遠慮しておきます。人から食べ物をもらうのは苦手なので」

それにはひと言、物申したくなったようで、藍衣が眉をひそめて顔をあげる。

「失礼な方ですね。滝沢先生のためにご用意したものですよ?」

「君は食べ物の中に刻んだ髪の毛を入れられたことがないから言えるんだ」

さすがに驚いたようで、目を見開いて絶句する。一葉が「わかったわ」と苦笑した。

「看護師たちには私からうまいこと言っておく。しばらくここにいるつもり?」

「二〇一の東海林(しょうじ)さんの容体がもう少し落ち着くまでは」

「了解」

一葉が部屋を出ていく。藍衣が「何時間いるつもりですか?」と迷惑そうな顔で尋ねてきた。

「二時間くらいかな」

「医局に戻ったらどうです? もしくは、上の階の待機所か」

「どこにいても看護師たちがおしかけてくる。俺の安息の地はこことオペ室しかない」

苦い顔で沈黙する藍衣。不憫な人だなあと思っているのだろう。
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