天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
「彼女をお願いします。俺は腹部外傷の患者を」

ベテラン医師は「わかった」と応じて藍衣につく。

朱璃の方は意識が比較的はっきりとしていて、苦痛に表情を歪めていた。

腹部を確認しようとベッドの真横に立つと、突然彼女の手が黎士の腕を掴んだ。

「私は……いい! あい、を……! 藍衣をっ、たすけて……!」

彼女の口からそんな言葉が出てきたことに驚き、ごくりと息を呑む。

(ふたりの間で、なにがあった……?)

そんな疑問が一瞬脳裏をよぎるもすぐに平静を取り戻す。

「大丈夫だ、彼女も助ける」

そう約束して処置を進める。自分の手で愛しい人を救えないやるせなさに揺さぶられながらも、目の前の命に集中した。



結局、藍衣は外傷こそ酷くはなかったものの、意識が戻らず二日が経過。

朱璃は腹部に内出血を起こしていたが重篤な事態にはならなかった。問題は精神の方で、事故のショックで塞ぎ込み会話が成り立たず、時折パニックを起こしては泣き叫んだり過呼吸を起こしたりするようになった。

黎士の顔を見る度に「出ていって」と泣かれてしまい、その様子を見た郷一郎に誤解され『娘の仇め!』『人殺し!』と騒がれた。

< 173 / 252 >

この作品をシェア

pagetop