天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
なにしろ彼は白薔薇の医師だ、藍衣が働いていたのはロイヤルフロアだが、検査の付き添いなどで白薔薇の検査棟を訪れる機会もあったから、そこで黎士とすれ違っていた可能性はある。だから会ったことがある気がするのかもしれない。

黎士が藍衣を覚えていなくても不思議ではないが、ひと目を引く彼を、藍衣が一方的に記憶していたとしてもおかしくはない。今は、その記憶さえ失われているのだとしても。

(だからって私が記憶喪失の間に一方的に想いを寄せていたとか憧れていたとか、そういう可能性はないと思うし)

藍衣は昔から自他ともに認める非メンクイだ。

これまで友人たちがどんなに「隣のクラスに格好いい男の子がいる」「サッカー部の先輩が超イケメン」と黄色い声を上げても、一緒になって騒いだことはなかった。

男性の外見にまったく興味がない。その顔が美しいんだろうなあと理解はしていても、好意に直結しないのだ。

これは完全に藍衣の好みの問題。

おかげでこれだけ見目のいい人に見初められたというのに、嬉しいともなんとも思わない。ありがたみを感じられないという意味では不憫とも言える。

(なんにせよ、一言二言交わしただけで嫌気が差すような感じの悪い人じゃなくてよかったけど……)

今すぐにすべてを捨てて逃げ出す必要はなさそうだ。

妙な安堵とともに、キッチンで黙々とお茶を淹れる黎士の姿をこっそりと覗き見た。




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