天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
第一章 横暴な婚約と傾国の微笑
「ふざけるな! なにを勝手なことを!」
屋敷に荒々しい怒声が響き、驚いた藍衣は自室を飛び出した。
今のは間違いなく父の声だ。だが、あの温厚で優しい父があんなにも声を荒らげるとは、ただならぬ事態だと蒼白になる。
二階の手すりにもたれかかり吹き抜けの下を覗き込むと、父・郷一郎がエントランスでスーツ姿の来客に掴みかかっているところだった。
(あの人は確か……お祖父様の)
入院中の祖父専属の秘書。ここにいるということは伝言を預かってきたのだろう。
なにを言われたのかは知らないが、掴みかかるとは穏やかではない。
来客が帰っていくのを見て、藍衣は吹き抜けから身を乗り出す。
「お父様。なにかあったの?」
藍衣が階段を下りようとすると、気付いた郷一郎が「おお、藍衣か。驚かせてすまない」と慌てて上ってきた。
これから出かけるのか、上質なスーツを纏って中折れ帽を被り、長いストールを首にかける姿は紳士然としている。
そんな彼に押し戻され、二階の廊下を引き返す。
「なんの心配もない。藍衣は部屋でゆっくり休んでいなさい」
「でも――」