天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
いっそ、病人を追い出してでも自分を優先するようなドライな人ならよかったのに。そうすれば、藍衣も堂々と彼を幻滅することができた。

『俺はあの人を傷つけた』――黎士は確かにそう言って、加害者であることを認めた。仇という刺々しい表現は、父の勘違いでもなんでもなく事実だった。

でも、藍衣は知ってしまった。黎士は倒れた自分を抱き上げて運び、介抱してくれるような人なのだと。藍衣にベッドを譲って、自らは狭くてかたいソファで眠るような人なのだと。

(この先、彼にどんな顔をすればいいのだろう……わからない)

憎めもしないし疎むこともできない。かといって夫として素直に愛し慕うこともできそうにない。

(それに、どうしてキスなんか……)

ふとした拍子に戻ってきたキスの感触に、たまらず口元を押さえた。

初めての人とする探り探りのキス――なんかじゃなかった。まるで相手の癖も気持ちのいい場所もすべて知り尽くしたかのような触れ方だった。

藍衣にとってはファーストキス――のはずなのに。

(どうして唇の感触なんて知ってるの……?)

体が勝手に反応して彼を受け入れた、その説明がつかない。

この家に来てから、彼に会ってから、わけのわからない現象に頭を悩ませてばかりだ。

ソファのひじ掛けを枕にして安らかに眠る美しい寝顔に、文句を言うようにじっと見つめ続けた。



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