天才外科医の密かなる執愛~傾国の微笑は運命を耽美に狂わせる~
第四章 事実は消えても、心は
あれから一カ月が経ち、季節は梅雨に移り変わった。ロイヤルフロアの庭園の薔薇ももう見頃を終えているだろう。
藍衣の体力作りは順調――と言いたいところだが、ここ数日は頭痛に悩まされていた。
「片頭痛だろうな。もともと藍衣は気圧の変化に弱いと言っていた」
そう言って、ソファに横たわる藍衣の額に温かいタオルを置く黎士。ソファの脇に膝をつき、こめかみに触れて丁寧にマッサージする。
「痛み、少しは楽になったか?」
「はい……」
(この人は本当に私のことをなんでも知っているのね……)
雨の日は頭痛になりがちなことも、温めてマッサージすると改善することも知っている。
先日はコーヒーを淹れてもらったが、砂糖とミルクの分量がまるで自分が指示したかのように好みに合っていた。
彼は記憶を失っていたときの自分と、どういう関係だったのだろう。
(まさか本当に恋人同士だった? でも、朱璃姉さんの恋人が黎士さんだったって言うならともかく、私の恋人が黎士さんだなんて、どうしても思えない)
典型的なメンクイの朱璃なら迷わず黎士を好きになるだろう。だが、藍衣は違う。
記憶を失う前の藍衣は、自分でも呆れるくらい恋愛に興味がなく、恋人を作るつもりもなかった。頭の中は仕事で埋め尽くされていたのだ。