さようなら、お別れしましょう
「そんなことはない、助けられてばかりだ。俺一人でできることは、限られているからな」

 ジグルズ様は笑いながら、大きな手のひらを私に向け、開いて見せた。
 その手は傷だらけで、剣を扱うからか、かたくなったマメがいくつもあった。

 ――ジグルズ様は優秀と呼ばれるけど、とても努力していらっしゃる。

「うん? どうかしたか?」
「……いえ。私も頑張らないとって思いました」

 私を見下ろす琥珀色の瞳は優しく、そして―― 

「レフィカ、頬に絵の具がついているぞ」

 ジグルズ様は頬についた絵の具に気づき、指でぬぐってくれた。

「もっ、申し訳ありません……」

 近すぎる距離に動揺し、焦りながら離れた。
  
「悪い。そんな反応が返ってくるとは思わなかった」
「い、いえ。ドーヴハルク王国ではお父様以外、男性は誰もいなくて、その……」

 思えば、ジグルズ様に頭をなでられた時も、私は平常心ではいられなかった。
 ジグルズ様にとって、犬や猫をなでるのと同じ扱いだとしても、私のほうはそうではない。
 後宮では女性ばかりだったし、嫁いでからも侍女に囲まれた生活だったのだ。

「ジグルズ様とレフィカ様。いい雰囲気ですわ」
「お似合いですよねぇ~」
「はぁ……。イーザック様のお妃様だなんて、もったいない。ジグルズ様の奥様になってくださったらよかったのに」

 ジグルズ様が独身であることを気にかける侍女たちは、残念そうにしていた。
 それを聞いたジグルズ様は苦笑し、なにか言おうとした瞬間――

「イーザック?」

 広間の扉のそばに佇んでいたのは、簡素な服装をしたイーザック様だった。
 お忍びで来たのだとわかる。
 侍女たちは慌てて口を手でおさえたけれど、もう遅い。
 イーザック様は扉のそばで、見聞きしていたらしく、冷ややかな琥珀色の目で、私をにらんでいた。

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