さようなら、お別れしましょう

 ジグルズ様は絵筆を手に取ると、私の続きから色を塗っていく。
 
「たしかにお上手ですね」
「そうだろう?」

 私よりもずっと上手い。
 二人で地図を塗ると、早く進んであっという間に一枚完成した。
 
「よし。次だ」
「はい!」
「見本があれば、次はもっと早く終わるはずだ。同じ色をまず先に塗ってしまおう」

 同じ色の絵の具を用意して、一気に塗ってしまう作戦らしい。
 どんな仕事でも、ジグルズ様ならあっという間に片付けてしまいそうだ。
 ジグルズ様はなんでもできるし、賢くて強くて、人望まである。
 
「なぜ、ジグルズ様は王位を捨てたんですか?」

 絵筆を動かし、色を塗りながら、なにげない会話の一部として、私はジグルズ様に尋ねた。
 きっとジグルズ様は無言でかわし、答えないだろうと思っていた。
 広間に二人――私の落ち着いた声が響く。

「犠牲を終わらせるために捨てた」

 まさか、答えてくれるとは思わなかった。
 作業しながら、ほんの少しだけ視線をジグルズ様へ向けた。

「誰かの犠牲に頼る王には、なりたくなかったからだ」
 
 ――犠牲に頼る王。

 私が犠牲と聞いて、まず思い浮かんだのはドーヴハルクの王女たちだった。
 ドーヴハルク王が【契約】の力を使うには、王女の犠牲が必要である。
 王女の心臓に【契約】を刻むことで、嘘偽りない誓いだと、相手に信用させるためだ。
 犠牲に終わりがあるなんて思ったことがなかった。
 だから、私は刻まれた【契約】を無効にすることだけを探していた。

「そうですか……。私の父もジグルズ様のような考えを持っていれば、よかったですわ」

 犠牲の終わり。
 もし、それが本当にできるのであれば、私は終わりにしてほしいと願うだろう。
 二度と、私より後に生まれる王女が、同じ苦しみを味わうことなく、幸せになってほしいからだ。
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