さようなら、お別れしましょう
 胸に不安が広がり、胸元を掻いた。
 心臓の音が聞こえてくるようだ。

「失礼します」
「ひっ!」

 声がして、部屋の扉のほうを振り向くと、そこにいたのは死刑執行人ではなく、イーザック様の侍従だった。
 侍従はわたくしに一礼した。

「こ、こんな夜遅くに、なんの用かしら?」
「明日から、メリア様には王都の別邸へ移っていただきたいと、陛下より伝言を承っております」
「別邸……? イーザック様はわたくしと別れるつもりですの?」
「お心までは存じ上げませんが、レフィカ様が暮らしていた屋敷が空いております。そちらへお移りください」

 ――わたくしとレフィカ様の立場が逆転した。
 
 ぞくっと背筋に寒いものが走った。

「それでは、メリア様。王宮最後の夜をお過ごしください。おやすみなさいませ」

 侍従は表情ひとつ変えずに言い終わると、扉を閉めて出ていった。
 本当に伝言だけだったようで、侍従の足音が遠ざかっていく――

「ま、待って……。今日で王宮にいられなくなる……? わたくしが?」

 自分の手が震えているのがわかる。
 王宮から屋敷へ移されたら、なにもできなくなる。
 レフィカ様がイーザック様に愛され、幸せそうに暮らす姿を別邸から眺めるしかない。

 ――そんなの嫌よ! イーザック様の妻の地位は、わたくしのものよ!

「レフィカ様さえいなければ……なにもかもうまくいっていたのよ……。わたくしが正妃だったのに……」

 ぶつぶつ呟きながら、ふらりと廊下に出た。
 不思議なことに監視の兵士はいなかった。

「イーザック様がシャルク・ホジャへ向かったから、兵士たちは気が緩んでいるのね」

 王が不在の王宮は緊張感がなく、警備が甘くなっているようだ。
 誰もいない夜の王宮の廊下に、わたくしの足音だけが響いていた。
 ベルタが捕らえられている地下牢を目指す。

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