さようなら、お別れしましょう
48 あなたに感謝を

「もしかして、以前、ジグルズ様が悪夢を見たと言っていたのは、その時の記憶ですか?」

 私を見つめるジグルズ様の瞳の色が、月の光に似た瞳の色へ戻っていく。

「そうだ。母が父に殺される夢を繰り返し見る」

 ドーヴハルク王は娘を犠牲にし、グランツエルデ王は妻を犠牲にする――犠牲のない王の力はない。

「グランツエルデ王家は王の力を隠し続けてきた。歴代の妃は、病や事故で亡くなったと公表されているが、次の王を産んだ妃は全員、夫に殺された」
 
 グランツエルデ王家が王の力を隠したかった理由はわかる。
 夫に殺されると知ったら、嫁ぐ女性がいなくなる可能性がある。
 そうなれば、グランツエルデ王家の血筋は絶える。
 だから、長い歴史の中で、王家はその事実を隠した。
 そして、継承する者だけが知ることになったのだろう。
 
「母は嫁ぐ前から父に聞かされ、死を覚悟して嫁いだ。次のグランツエルデ王を産むために、嫁いだと言っていた」
「死を覚悟して嫁ぐ……」
「俺は生きていてほしかった」

 ジグルズ様はそう言いながら、私の手を取り、バルコニーに向かって歩く。
 砂漠からの風は強くて冷たい。
 風でショールが飛ばないよう手で押さえ、ジグルズ様を見上げた。

「幼い頃から、お前が王になるのだと、父と母から言い聞かせられて育った」
「言われても、ジグルズ様は受け入れられなかったんですね」
「ああ。イーザックが生まれ、初めて赤ん坊を見た時、無垢で本当に可愛かった。たぶん、王の力について、俺が考えるきっかけになったと思う」
「イーザック様がきっかけに……?」
「今の姿から想像できないかもしれないが、昔は可愛かった。俺の後ろをついて回ってな」

 ジグルズ様にとって、イーザック様は可愛い弟なのだと思った。
 成長した今でも。
 
「俺が親になった時、無垢な子供に、罪のない妻を殺し、生まれた子が妻を殺すような運命を背負わせたくないと思った」

 ジグルズ様は次の王に望まれるほど、幼い頃から優秀でしっかりした子供だったのだと思う。
 だからこそ、自分で考えて答えを出した。

 ――王の力を捨て、妻を殺さないという答え。

 ジグルズ様とバルコニーに並び、星空を見上げた。 
 冷たい大気の中で、空の星はまたたきを繰り返し、星空は遥か遠くまで広がっている。
 私たちが眺める方角には、グランツエルデ王国があり、さらにその先にはドーヴハルク王国がある。

「俺は自分が優秀であれば、王の力など必要ないと、父上にわかってもらえると思った。だが、意思を変えられず、無駄に終わった」
「無駄ではありません。私はジグルズ様に救われましたわ」

 心臓がある左胸に手を置いた。

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