さようなら、お別れしましょう
9 王女たちの契約(1)
「さよなら、レフィカ。元気でね」
また一人、王女が嫁いだ。
心臓に【契約】を刻まれて――
私たち王女にとって、【契約】はドーヴハルク王から与えられる死の呪いである。
古い時代から、一族の長にのみ口伝で継承されてきた秘術。
それが【契約】。
『成人した娘の心臓に【契約】の言葉を刻む。それを違えたら命を落とす』
ドーヴハルク王国では十六歳で成人とみなされる。
王女は遅くとも、二十歳までに嫁ぎ先が決まり、嫁いでいく。
嫁ぎ先によって、王女の運命が決まるといっても過言ではない。
今回、嫁いだ王女は、私の異母姉のイレーネお姉様。
イレーネお姉様は私より二つ上で、年齢も近く、聡明で賢く、一番私に優しかったお姉様だ。
いつも長い銀髪を三つ編みにして結い上げていた。
イレーネお姉さまは、私が水汲みや薪運び、機織りをしていると必ず手伝ってくれた。
王女が下働きなんておかしいと思うかもしれない。
私の母は元侍女の平民で、他の王女とは出自が違う。
母は儚げな美人だと、王宮でも評判だったことから、王の目に留まり、寵愛を受けた。
でも、母が父の寵愛を受けたのは、ほんのわずかな期間だった。
すぐに父の興味は、別の女性に移り、後見人や身寄りがなかった母は、他の妃との争いに負けて後宮にいられなくなった。
母が私を置いて、高級から出ていった日を今もはっきり思い出せる――
「おかあさま、レフィカも一緒に行きたいです。おねがい。置いて行かないで!」
「あなたは王女。お母様と一緒には行けないのよ……」
「レフィカをひとりぼっちにしないで、おかあさま!」
母は去る時、私の手を一度だけ取って離した。
それは母の迷いだったかもしれないし、二度と会えない私との別れの挨拶だったかもしれない。
母が私の小さな手をもう一度取ることはなかった。
「ごめんなさい、レフィカ。さようなら……」
「おかあさま! おかあさま!」
走って追いかけたけれど、私が後宮から出ることは叶わなかった。
兵士と侍女が現れて、私の小さな体を押さえつけた。
母の背中が遠ざかっていく――私の人生で、この日以上に悲しいことなんてないと思った。
母と暮らした王宮の小さな部屋。
その部屋に、私だけがぽつんと取り残されて、部屋に入れば孤独が押し寄せてきた。
二人で過ごしていた時は狭く感じた部屋も、一人になると広く感じた。
母がいなくなって、頼れる人は誰もいなくなった。