さようなら、お別れしましょう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「寒い……」

 北の山脈から冷たい風が吹く。
 その風を防ぐのに、ショールを頭からかぶって草原の向こうに雲が流れ行くのを眺めた。
 森林と草原が広がり、草原には馬や羊、牛が多く飼われているのが見える。
 世界は広く、砂漠や海、ラクダやロバなど、馬とは違う珍しい生き物が存在すると本で知った。
 イレーネお姉様以外の王女たちは、毎日、お菓子を食べたり、音楽を奏でさせたり、庭で遊んだり――優雅に暮らし、外の世界に興味もない。

 素敵な王様と結婚して、幸せに暮らすのだと言って過ごしている。
 
 ――素敵な王様なんて想像できない。
 
 私が知る王様は父だけ。
 私から母を奪い、忌まわしい死の【契約】を与える残酷な王。
 冷たく強い風が吹きつけ、ショールが飛ばないようきつく握りしめた。
 強く冷たい風が吹くことを他の王女たちは知らない。

「ここに登らなかったら、外の世界を見ることも叶わないなんて……」

 今頃、イレーネお姉様は本でしか知ることのできなかった風景、海や砂漠を見た後だろうか。
 イレーネお姉様が嫁いで半年。

 ――次は誰が嫁ぐの? 私? それとも他の王女?

 そう思いながら、草原を眺めていると、下のほうから声が聞こえた。

「今日の陛下は本当に恐ろしかったわ」
「イレーネ様のお母様は牢屋に連れていかれたそうよ。イレーネ様付きだった侍女たちも罰を受けるでしょうね……」

 他の妃に仕えている侍女たちが、屋根の上に私がいるとも知らずに、おしゃべりをしていた。
 屋根の上に登っていると、下の回廊を歩く侍女たちの話し声が、時々聞こえてくる。

 ――今、イレーネお姉様の名前を言った?

「でも、あの真面目なイレーネ様が裏切るなんて、信じられないわ」
「【契約】があるからこそ、同盟が固く結ばれているというのにね。ドーヴハルクの民を見捨てて、ご自分だけ幸せになるつもりだったのかしら」

 通りかかった侍女たちはため息をつき、イレーネお姉様に失望しているようだった。

「ご自分で【契約】を破って死ぬなんて、よくできたわね」
「でも、結婚相手の国王は四十歳以上も年上だったらしいわよ。若い騎士と恋仲になって、逃げたくなる気持ちもわかるわ」

 ――イレーネお姉様が死んだ? 自分から【契約】を破って……?

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