True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP18

 父と母と私。
 三人で列車に乗り込み、街の中心部へ向かう。
 この道中は、誰も何も言わなかった。
 朝陽がとても眩しいと思った。今日はきっと暑くなる……。

 10時15分。
 私達は武が泊まるホテルのロビーに到着した。
 武はすでにロビーにいて、窓から空を見上げていた。
 その姿に一瞬だけ声を掛けるかどうか戸惑う。

「武……! お待たせ」
「由惟さん、来てくれてありがとう」

 そこにいたのはいつもの武ではなかった。
 縁なし眼鏡を掛け、明るかった髪色を部分的に黒くして、いつもより落ち着いた印象に整えている。
 指にあったあのいぶし銀のごつい指輪も消えている。
 白いシャツと、黒のジーンズはそのまま。
 ダークグレイの色素の薄い目はもう私の後ろに立つ両親を見つめている。

「今日はお時間を取って下さり、ありがとうございます。栖藤武と申します」

 武は丁寧に一礼する。それを父は頷きで返した。

「仲崎です。娘がお世話になったようで」

 険しい顔のまま、父は圧をかけるように武を見た。
 武は動じない。

「こちらこそ、由惟さんと親しくさせて頂いています」

 軽やかな笑み。
 父のような人間とは何度も対面してきたことがあるのか、堂々としているように見えた。

「栖藤さん。今日は天気がいいし、外でお話しませんか?」

 母が武を公園に誘い出す。
 ここでは確かに込み入った話は出来ない。
 この誘導は私がすべきだった。そう思いながら、自分の至らなさを悔しく思う。

「はい。近くに公園がありますので、是非ご一緒させてください」

 武は私を手招きする。
 不安に震える私の手をそっと握る。
 その手は汗でじっとりと濡れていた。
 武も必死なんだと分かる。
 私にできることを――そう思うのに、何もできない自分が悔しかった。

 -*-

 昨日二人で座った噴水そばのベンチまでやってきたとき、
 私達の一歩先を歩いていた両親の足が止まった。

「私達はあなたたちの交際を認めるつもりはありません」

 母が背を向けたまま、告げた。

「けれども二人の考え次第では、会うことを許可することは考えます」

 父は何も言わず、後ろを振り返った。
 腕組みをして、無言のまま武の態度をずっと観察している。
 武が値踏みをされているようで、私はすごく嫌だった。

「どうしてそこまで――」

 武は私に目で合図を送り、言葉を選んで慎重に話し始めた。

 父親はアメリカ人で、武自身は15歳まで海外で暮らしていたこと。
 関東で一人暮らしをしていること。
 文系の大学を卒業した後、たまたま書いた漫画が高く評価されたこと。
 それをきっかけとして、漫画家への道を目指す為にアシスタントをしていること。
 それは私が疑問を抱きながらも聞けなかったことだ。

「由惟さんと出会ったのはネットの掲示板でした。ですがこれはきっかけの一つにすぎません。そこから今日にいたるまで、僕達は1年以上の時間を重ねてきました」
「衝動で会ったわけではないと?」
「はい。会話を通じて由惟さんの人柄に好意を持ちました。由惟さんと話すことで僕も励まされて、仕事に打ち込むことができたんです」

 それまで状況を伺っていた母が背を向けたまま、疑問を投げかける。

「栖藤さんはどういうつもりで娘と交際を望んでいるの? 結婚を視野にいれた交際を考えているのかしら?」

 単刀直入に聞く母。
 そう、彼女は回りくどいことを嫌う。
 父も続いた。

「こんなことを言うのは失礼だが……、今の仕事だけで生活は成り立っているのか?」
「はい。……自分一人だけでしたら」
「そうか。君の夢を否定するつもりはない。ただ、娘と付き合うなら君一人の問題ではなくなる」

 ここで初めて武が一瞬、不安を見せた。

「はい……。その件については、僕自身もまだ答えが出せません。ですが、由惟さんとは今後も真剣なお付き合いをさせて頂きたいと思っています。その果てに二人で相談して結婚になることはあるかもしれません」

 父が、私を見つめる。
 こんな男にお前はついて行く気なのか?
 そう目が訴えている。

「由惟はどうなんだ」

「確かに私も28になった。結婚願望がないかと言われればちょっとはそういう想いもある。でも私と栖藤さんはやっと巡り会えたばかりよ。これからを見守ってて欲しい……」

 そう言うのが精いっぱいだった。
 それを聞いた母は、初めて私たちを振り返った。
 目には涙が溢れている。

「……由惟。今後は日付が変わる前に帰宅しなさい。間に合わなかったとしても、終電には必ず乗るのよ。それと、これからも会う以上、節度は守りなさい」

 厳しい目を武と私に向ける。

「それを一度でも破ったら、由惟はどうなるかは言わなくても分かるでしょう?」

 私は頷く。
 しかし、武は真っすぐに母と父を見つめ答えた。

「わかりました。しかし僕は、由惟さんを悲しませる結末だけは阻止します」
「口では何とでも言える。誠意があるなら行動で見せるんだな」

 父が吐き捨てるように告げる。
 私も口を開いた。今度はちゃんと言える。

「約束する。行動で示すべきなら、私もそれを徹底する」

 この日、私は親に誓いを立てた。
 それは武との未来のため――。

 その日、私と武は、現実(リアル)の恋人になった。
< 19 / 49 >

この作品をシェア

pagetop