True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~
EP21
海辺に立つ白亜の城。その最上階にあるスイートルームの一室。
私と武は気まずさ100%のまま、テーブルを挟んで向かい合う。
ベッドの隣にある白い猫足のカウチソファーに、正座して座る武。
とりあえず初めての広いラブホの室内を散策する私。
ずっとドキドキが止まらない。
部屋の甘い薔薇の芳香のせいだろうか?
それとも武に近づきたいと願ってしまうから?
私は正座して座っている武に声を掛けた。
「どうして正座……?」
「いや……その……」
気まずそうに武が答える。
その視線はあらぬ方向を漂わせている。
おまけに私が近づくと、武は身体をビクッと震わせる。
何をそんなに怖がっているのだろう?
そう思いながら、ガラスのテーブルの上にあったテレビのリモコンを手に取る。
「由惟、それ押したら……」
「え?」
時すでに遅し。私は思いっきり電源ボタンを押した。
次の瞬間、見てはいけないものが、画面いっぱいに広がる。
聞いてはいけない声が、スピーカーから流れる。
私は慌てて電源を切った。
「なにいまの……」
「デフォルトで流れるんだよ。ごめん……」
武は正座を崩し、カウチソファーに寄りかかるように座りなおした。
でもなんだろう、必死で何かを隠している気がする。
落ち着かない様子を見せる武。
もしかして具合でも悪いのだろうかと、私は武の隣に座り、その額に手を伸ばす。
「由惟……?」
「熱はないみたい。良かった……」
武が私の手首をそっと掴む。
少し苦しそうに、眉をひそめた。
「熱は……あるよ。どうしようもないくらい……でも、ダメなんだ」
「私にできることはないの?」
「何とかするから……もう少し待ってて」
武は深呼吸を繰り返す。
なにかを必死で抑えつけるように。
「……武は何を悩んでいるの? 何に苦しんでいるの?」
武は何も言わない。
「私だって武のことをもっと知りたい。前の彼女さんよりももっともっと……」
武の呼吸が少し荒くなってくる。
「もっと武の側に行きたい」
武は掴んだ私の手をパッと放す。
そして私に背を向けてバルコニーに出てしまった。
後を追いかけるべきか迷って、私はその背中に手をまわして抱き着く。
その手に武の手が重なる。
「……本当にいいの?」
「うん」
情熱があふれて来る。
浜辺に打ち寄せる波のように、私を飲み込んで離さないもの。
けれども武は唇を軽く重ねるだけだった。
-*-
テーブルには「お勧めスイーツ!」のメニュー表があった。
とりあえず私はそのメニュー表に視線を落とす。
「武、一緒にパフェ食べてみない?」
「パフェ? どんなのがあるの?」
「ん~色々」
武にパフェのメニュー表を渡す。
「由惟はどれがいい?」
「チョコレートパフェが良いかも」
「じゃあストロベリーパフェだな」
私はフロントに電話してパフェを注文する。
「由惟、お願いがある。フロントに行って、映画のDVD借りてきて」
「うん? 私が選んでもいいの? 一緒に選んだ方が……」
「いや、由惟の見たい映画がいいんだ」
「うん、わかった。じゃあ……ちょっと行ってくるね?」
もしかしたら武は荷物整理でもしたいのかもしれない。
その荷物の中にはきっと私に見られたら困るものもあるだろう。
そう思いながら私はフロントへ向かった。
私がフロントで借りたのは、数年前に大ヒットした映画作品。
コメディを探したのに、これぞと思うものが無かった。
仕方がないのでこの作品を選んでみた。
どんな結末だったか覚えていないし、もう一度観ると楽しみ方が違うかもしれない、そう思った。
部屋に戻りインターホンを鳴らすと、武が出迎えてくれる。
薔薇の香りが凄くした部屋が、爽やかなハーブの香りに包まれていた。そう、武の香水だ。
「香水付け直した?」
「ちょっとこぼした」
私は借りてきたDVDを武に見せた。
「あ~、これか。大ヒットした作品だよな……。けど長いぜ?」
「あ、3時間15分? 確かに長かったかも……」
「それなら途中まで見るか? その続きはまた会えた時に見たらいい」
「うん!」
武からまた会えた時、と言われるのが嬉しかった。
その時、部屋のインターホンがなる。
武がパフェのほかにも何か頼んだのか、ホテルの人がワゴンを差し出した。
見ればパフェのほかにシンプルなピッツァが一枚と、フライドポテトがあった。
「武、パフェきたよ!」
「おおっ! ちょうどいいサイズだな」
武が映画のスタンバイをしてくれていた。
大きなテレビ画面に、タイトルが出ているところで停止している。
「パフェから先に食おうぜ!」
チョコレートのスティックが三本、チョコレートアイスに刺さっている。
スプーンですくって口に含むと、かなり甘いパフェだ。
武がチョコレートパフェに刺さっているスティックをじっと見つめている。
「かなり甘いけど、良かったら食べてみて?」
「うん。じゃあ、俺のも食べて」
今さらだけど、これって間接キスになるんだろうか――。
そんなことを思いながら、大きなイチゴをぱくっと口に入れる。
甘酸っぱいイチゴの味が口いっぱいに広がる。
「あ、俺のイチゴ……」
「えっ? あ、ごめん!」
「いや許す!」
「チョコレートスティックあげる。これで勘弁っ」
「いいの?……やった!」
なんだか学生時代に戻ったみたいだ。
こういうやりとりに憧れていたこともあったと、私はふと思った。
-*-
パフェを堪能した後は、二人並んで映画を見る。
それは身分違いの恋。
導かれるように出会って、惹かれ合って恋をして、結ばれて。
まるで私と武のようだ。
映画の二人は、互いを深く求め合っている。
――私と武は?
今夜武は自分の街に帰ってしまうのに、次に会えるのはいつになるのかわからないのに。
「武……」
「ん? どうした? そろそろ映画止めるか?」
「うん」
武が私に背を向けて映画を止める。
プレーヤーからDVDを取り出し、ケースに戻した辺りで、私は武の背中に手をまわした。
「由惟……?」
武の手が私の手に重なる。
「由惟」
「武……そのまま聞いて」
しばらく間を置いて、武が返事をする。
「武はトラウマがあって、不安だって言ってた。だからそれが何かは聞かない」
「うん」
「でも私は、このまま武とまた離れ離れになるのが怖い。武と過ごしたこの三日間が夢のように消えてしまうんじゃないかって……」
「由惟……俺は、由惟を傷つけるのが怖い」
「それでも、構わない。もっと武のことを知りたい」
武はしばらく何も言わなかった。
やがて、確かめるように私の頬へ触れる。
「……後悔することになるかもしれない。今ならまだ……」
「それでもいい。……あなたを教えて」
その日私は、武がずっと抱えていたトラウマの片鱗を初めて知った。
そして、今までより少しだけ彼に近づけた気がした。
彼の温もりを体に刻みつけるように、何度も境界線を越えた。
離れても彼を忘れないように。
そして私が武の弱さを受け止めたいと願えば願うほど、
私と武の間に「境界線」ができてしまうことを、私はまだ知らない。
私と武は気まずさ100%のまま、テーブルを挟んで向かい合う。
ベッドの隣にある白い猫足のカウチソファーに、正座して座る武。
とりあえず初めての広いラブホの室内を散策する私。
ずっとドキドキが止まらない。
部屋の甘い薔薇の芳香のせいだろうか?
それとも武に近づきたいと願ってしまうから?
私は正座して座っている武に声を掛けた。
「どうして正座……?」
「いや……その……」
気まずそうに武が答える。
その視線はあらぬ方向を漂わせている。
おまけに私が近づくと、武は身体をビクッと震わせる。
何をそんなに怖がっているのだろう?
そう思いながら、ガラスのテーブルの上にあったテレビのリモコンを手に取る。
「由惟、それ押したら……」
「え?」
時すでに遅し。私は思いっきり電源ボタンを押した。
次の瞬間、見てはいけないものが、画面いっぱいに広がる。
聞いてはいけない声が、スピーカーから流れる。
私は慌てて電源を切った。
「なにいまの……」
「デフォルトで流れるんだよ。ごめん……」
武は正座を崩し、カウチソファーに寄りかかるように座りなおした。
でもなんだろう、必死で何かを隠している気がする。
落ち着かない様子を見せる武。
もしかして具合でも悪いのだろうかと、私は武の隣に座り、その額に手を伸ばす。
「由惟……?」
「熱はないみたい。良かった……」
武が私の手首をそっと掴む。
少し苦しそうに、眉をひそめた。
「熱は……あるよ。どうしようもないくらい……でも、ダメなんだ」
「私にできることはないの?」
「何とかするから……もう少し待ってて」
武は深呼吸を繰り返す。
なにかを必死で抑えつけるように。
「……武は何を悩んでいるの? 何に苦しんでいるの?」
武は何も言わない。
「私だって武のことをもっと知りたい。前の彼女さんよりももっともっと……」
武の呼吸が少し荒くなってくる。
「もっと武の側に行きたい」
武は掴んだ私の手をパッと放す。
そして私に背を向けてバルコニーに出てしまった。
後を追いかけるべきか迷って、私はその背中に手をまわして抱き着く。
その手に武の手が重なる。
「……本当にいいの?」
「うん」
情熱があふれて来る。
浜辺に打ち寄せる波のように、私を飲み込んで離さないもの。
けれども武は唇を軽く重ねるだけだった。
-*-
テーブルには「お勧めスイーツ!」のメニュー表があった。
とりあえず私はそのメニュー表に視線を落とす。
「武、一緒にパフェ食べてみない?」
「パフェ? どんなのがあるの?」
「ん~色々」
武にパフェのメニュー表を渡す。
「由惟はどれがいい?」
「チョコレートパフェが良いかも」
「じゃあストロベリーパフェだな」
私はフロントに電話してパフェを注文する。
「由惟、お願いがある。フロントに行って、映画のDVD借りてきて」
「うん? 私が選んでもいいの? 一緒に選んだ方が……」
「いや、由惟の見たい映画がいいんだ」
「うん、わかった。じゃあ……ちょっと行ってくるね?」
もしかしたら武は荷物整理でもしたいのかもしれない。
その荷物の中にはきっと私に見られたら困るものもあるだろう。
そう思いながら私はフロントへ向かった。
私がフロントで借りたのは、数年前に大ヒットした映画作品。
コメディを探したのに、これぞと思うものが無かった。
仕方がないのでこの作品を選んでみた。
どんな結末だったか覚えていないし、もう一度観ると楽しみ方が違うかもしれない、そう思った。
部屋に戻りインターホンを鳴らすと、武が出迎えてくれる。
薔薇の香りが凄くした部屋が、爽やかなハーブの香りに包まれていた。そう、武の香水だ。
「香水付け直した?」
「ちょっとこぼした」
私は借りてきたDVDを武に見せた。
「あ~、これか。大ヒットした作品だよな……。けど長いぜ?」
「あ、3時間15分? 確かに長かったかも……」
「それなら途中まで見るか? その続きはまた会えた時に見たらいい」
「うん!」
武からまた会えた時、と言われるのが嬉しかった。
その時、部屋のインターホンがなる。
武がパフェのほかにも何か頼んだのか、ホテルの人がワゴンを差し出した。
見ればパフェのほかにシンプルなピッツァが一枚と、フライドポテトがあった。
「武、パフェきたよ!」
「おおっ! ちょうどいいサイズだな」
武が映画のスタンバイをしてくれていた。
大きなテレビ画面に、タイトルが出ているところで停止している。
「パフェから先に食おうぜ!」
チョコレートのスティックが三本、チョコレートアイスに刺さっている。
スプーンですくって口に含むと、かなり甘いパフェだ。
武がチョコレートパフェに刺さっているスティックをじっと見つめている。
「かなり甘いけど、良かったら食べてみて?」
「うん。じゃあ、俺のも食べて」
今さらだけど、これって間接キスになるんだろうか――。
そんなことを思いながら、大きなイチゴをぱくっと口に入れる。
甘酸っぱいイチゴの味が口いっぱいに広がる。
「あ、俺のイチゴ……」
「えっ? あ、ごめん!」
「いや許す!」
「チョコレートスティックあげる。これで勘弁っ」
「いいの?……やった!」
なんだか学生時代に戻ったみたいだ。
こういうやりとりに憧れていたこともあったと、私はふと思った。
-*-
パフェを堪能した後は、二人並んで映画を見る。
それは身分違いの恋。
導かれるように出会って、惹かれ合って恋をして、結ばれて。
まるで私と武のようだ。
映画の二人は、互いを深く求め合っている。
――私と武は?
今夜武は自分の街に帰ってしまうのに、次に会えるのはいつになるのかわからないのに。
「武……」
「ん? どうした? そろそろ映画止めるか?」
「うん」
武が私に背を向けて映画を止める。
プレーヤーからDVDを取り出し、ケースに戻した辺りで、私は武の背中に手をまわした。
「由惟……?」
武の手が私の手に重なる。
「由惟」
「武……そのまま聞いて」
しばらく間を置いて、武が返事をする。
「武はトラウマがあって、不安だって言ってた。だからそれが何かは聞かない」
「うん」
「でも私は、このまま武とまた離れ離れになるのが怖い。武と過ごしたこの三日間が夢のように消えてしまうんじゃないかって……」
「由惟……俺は、由惟を傷つけるのが怖い」
「それでも、構わない。もっと武のことを知りたい」
武はしばらく何も言わなかった。
やがて、確かめるように私の頬へ触れる。
「……後悔することになるかもしれない。今ならまだ……」
「それでもいい。……あなたを教えて」
その日私は、武がずっと抱えていたトラウマの片鱗を初めて知った。
そして、今までより少しだけ彼に近づけた気がした。
彼の温もりを体に刻みつけるように、何度も境界線を越えた。
離れても彼を忘れないように。
そして私が武の弱さを受け止めたいと願えば願うほど、
私と武の間に「境界線」ができてしまうことを、私はまだ知らない。