True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP38

 2012年6月9日、その日は大安だった。
 武は前の晩から通話ソフトを立ち上げなかった。
 メールには『知人の結婚式に行くことになった』とあるだけ。
 いつ帰るのかは何も書かれていなかった。

 今まで毎日声を聞いていたのに、
 急にフッと無くなると分かると、寂しくて仕方がなかった。
 気を紛らわそうと、私はレンタルショップに行って、DVDを見ようと思った。
 色んなDVDが立ち並ぶ中、私の目に留まったのはあの作品だった。

『マドンナ・リリーに捧ぐ』

 それは1年目のラブホで、武と一緒に途中まで見た映画のDVD版だ。
 公爵令嬢メアリーと、路上で絵を描き続ける画家の青年の、身分違いの恋だ。

「懐かしいな……」

 私はてっきり、このまま二人はハッピーエンドで終わるのだと思っていた。
 だからなんとなく続きが気になったものの――なぜかこの作品より他の作品を見た方がいいような気がした。
 例えば、2年目、3年目に武が来た時に一緒に見た映画作品などを。
 そうすれば楽しい記憶がよみがえって、心も晴れるだろう。
 けれどもそうした作品は貸し出し中の札が付いていて、スタッフに聞くと早くて3日後だという。
 正直、そんなに待てなかった。

「まあいいか、だいぶストーリー忘れてるし……この機会に全部見てもいいよね」

 そう思って私はその作品だけを借りて、自宅に戻った。
 居間にあるDVDプレイヤーで再生する。

 メアリーの生家は、多額の負債に喘いでいた。
 そこで長女のメアリーを平民の資産家の息子に嫁がせることで、跡取りの弟と家族を守ろうとした。
 心優しいメアリーはそれを受け入れ、資産家の息子に嫁ごうとする。
 雨の日にひとりの青年画家と出会い、絵を通して心を通わせる。
 そして結婚の日が近づくと、彼は彼女を連れて駆け落ちしようとする。
 そう、新大陸へと向かう船に紛れて。
 私が見たのは、二人がその船に紛れて無事大西洋を横断した時だった。
 船の中で心も身体も結ばれた二人は、新大陸での生活を夢見て到着を待つ――。
 そこまでだった。

 洗濯ものを抱えた母が居間を通り過ぎた。

「由惟、少しテレビの音が大きいわよ? いつもこんな音量で音楽を聴いているの?」

 私は映画を一時停止して、母の問いにこたえた。
 厳しい声にまた何かを止めろと言われるのかと、心が身構える。

「え、……そんなに大きい? ボリューム下げるね」
「夜遅くまで通話するのも控えて欲しいわ。話し声がうるさくて眠れないのよ」
「気を付けるね……ごめん」

 私がそう答えると母は、それ以上何も告げなかった。
 麦茶でも飲もうかと思ってキッチンに立つと、見慣れた薬の名前が印字された袋が置いてあった。
 それは眠りの浅いホームの利用者さんが、精神科の医師に処方されていた睡眠薬と同じ種類のものだ。

「いつから……?」

 キッチンにある卓上カレンダーに病院の名前があった。
 その病院へ去年11月から通っていたことがわかる。
 私が武と繋がって楽しく過ごしている時、母は――。

 武に相談しなければいけないと思った。
 でも、今以上に繋がりが減ることが怖かった。
 もう私は武の声無しでは生活が送れないような気がした。

 -*-

 私は二日間悩んで、武にメールを送った。

『相談したいことがあります』

 返事は直ぐに返ってこなかった。
 通話ソフトのチャット欄にも同じ内容を書いた。
 でも何度考えてもどう説明すべきか言葉が浮かばなかった。

 2012年6月12日の朝、出掛ける前に携帯をみるとメールが来ていた。
 直ぐに返信したかった。でも寝坊したせいで、返信する時間がない。
 おまけに充電もなくなりかけていた。

『今から帰る。由惟が帰ってきたら内容を教えてください』

 返信できないまま8時間待たせることになる。
 でも仕事に行かなければならない。
 結局、帰宅するまで10時間以上武を待たせることになった。
 それが武に何を決意させるか、そんなことも知らずに。
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