True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP39

 2012年6月12日。
 帰宅して夕食と入浴を終えた後、私は急いで部屋へ戻った。
 ヘッドセットをつけ、ウェブカメラをつける。そうして通話ソフトにログインした。
 携帯は充電が終わってなくて通話できる状態にないからだ。
 武は、通話ソフトもオンラインゲームもログアウトしたままだった。
 武のいないオンラインゲームは、見る気にもならない。
 それでも数日間不在だった私がログインしたことで、不思議に思ったフレンドから声がかかった。
 それに対応していると、武がゲームにログインしてきた。
 武はゲーム内の個別チャットで、私を呼んだ。

『ゲームしたいのは分かるけど、後にしてもらってもいい?』
『違うよ、そうじゃないの』

 武はギルドへの挨拶もなくログアウトしていった。
 私はギルドに声を掛けてからログアウトした。

 -*-

 武から私に、通話要請が送られてくる。
 私は急いでそれを取った。

「武!」
「……おかえり。相談したいことってなに?」

 怒っているのがわかる声だった。
 武がこんなふうに怒りを出すのは初めてのことだった。
 怖い、ただそう思ってしまった。
 武はカメラを切ったままで、表情が見えないのも怖かった。
 怯えた私を見て、武は大きなため息をついた。
 深呼吸をする声が聞こえる。

「ごめん……ついカッとなった」
「ううん、朝にメールくれてたのに、返信できなくてごめんなさい」

 寝坊したこと、携帯に電池が無かったこと。
 仕事があって帰りが遅くなったことを正直に話した。
 それで幾分か武も安心したのかもしれなかった。でもカメラは付けて貰えなかった。

「今日も顔……見せてくれないんだね」
「酷い顔してるからな……」

 それは私も同じだ。それでも私は武に自分を曝け出す。
 武はどうして隠してしまうのか。
 問い詰めたかった、でも、問題はいまそれじゃない。

「知人の結婚式はどうだったの?」
「良い挙式だったよ」

 あっさりとした答え。
 私には興味なさげに呟いたように聞こえた。

「それだけ?」
「うん」
「それよりもさ……由惟。相談したいことって……」
「通話時間を固定したいの」
「なんだそんなことか……いいよ」
「そんなこと……? 武にとって、今こうして話していることはそんなに軽いの?」
「由惟?」

 武の戸惑う声が聞こえる。
 私はウェブカメラを切る。

「由惟……怒らずに聞いて欲しい」

 私は何も答えない、答えられない。

「ちょっと前から考えていたんだけど……。アシスタントやめようと思う」

 衝撃が走った。
 何を言われているのかわからなかった。
 答えられないまま、私は息をのんだ。

「限界だってわかったんだ。ちゃんと就活して、正規雇用の職探して……」

 武はもう38歳だ。
 私の年齢でも難しいのに、今から正社員として採用されるなんて難しいと思っていた。
 そんなことは武自身が一番よく知ってるし、わかっているはずだ。
 武の言葉はそこで止まった。
 重たい沈黙が続く。

「それでもいつかは……由惟と一緒になりたいと思ってる」

 その言葉は麻薬のように、すべての痛みを忘れさせる。
 危険だと頭では警鐘が鳴るのに、やっと言ってくれた……と心が喜んでしまう。

「……武。もしかして、夢を諦めたのって……」

 武は何も答えない。
 言って欲しかった。でも言われてしまったらもう戻れない。
 縛ってほしかった。
 そうしたら、どこまでもついていく覚悟ができるのに。
 けれども武が言ったのは――。

「由惟に会いたいんだ、しばらく会えなくなるかもしれないから……」

 それは、会うようになってから続いた、6年目の約束。
 必要な言葉はくれない。でも愛のカタチは見せてくれる。
 武はまた3日間だけ私の街を訪れた。
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